第96話 ピンク頭再び
彼女は目立つ。この世界の人々は、様々な髪や瞳の色を持つが、ピンクブロンドは多くない。外見は前ループのまま、聞き込みをするまでもなく。この学園唯一の光属性、ヴァーノン男爵令嬢はすぐに見つかった。
しかし、彼女はヴィヴィちゃんではなかった。名前だけではない、性格や物腰も。彼女はヴェロニカ・ヴァーノン。なるほど、ヴィヴィちゃんが最初に
「あ、登録ネームはヴィヴィアンね。愛称はヴィヴィちゃん。親密度80%以上でヴィーだョ☆」
と自己紹介した意味が分かった。きっと名前は、「中の人」が付けるのだ。ということは、ヴェロニカ嬢は、「中の人」が違う可能性が高い。よし、いよいよ問題の核心に迫って来たじゃないか。前のトンチンカンなイカれ…ちょっとおちゃめな令嬢と違い、まっとうな恋愛が営めると信じたい。
「失礼、ご令嬢。図書館の場所を教えていただいても?」
僕は偶然を装い、彼女に話しかけた。ヴィヴィちゃんと違い、異性に対する警戒心を隠さない少女だったが、それとない接触を繰り返し、次第に挨拶程度を交わす仲となった。うんうん。貴族子女はこうでなければならない。前任者がアレすぎて、至極普通なことに、思わず感動してしまう。
「ヴェロニカ嬢、こんにちは。今日も良いお天気ですね」
「レクス様、ごきげんよう。今日も調べ物でいらっしゃいますか?」
僕はアーカート風の仮名を名乗り、さるやんごとなき生徒の従者ということにした。
彼女は何かのゲーム(恐らく恋愛シミュレーション?)をプレイしているなどと考えられないくらい、ひたすら図書館に入り浸っている。僕は先んじて彼女の行動パターンを把握してから、図書館周辺で張り込んでいたわけだけど…何だろう。このままでは彼女は、残り2年半ほどをひたすら勉強に費やして終わってしまう。何故?スチル回収ってヤツ?それともバッドエンド回収とか。それじゃあ困るんだけど。いや、逆にそれがループの終わりに繋がる?
僕と彼女は、お互い黙々と課題をこなし(僕は課題をこなすフリをして、持ち込んだ仕事をこなしてたんだけど)、カフェテラスでランチを摂り、そして夕方には解散する。そんな週末を過ごしていた。
「今日も一日、どこに行ってたの?」
寮に帰ると、リュカ様と鉢合わせた。彼は週末、大人たちにマロールの街に連れ出してもらったり、上級ダンジョンでファイアラットを狩ったりしているそうだ。土属性は火属性に劣性、そしてファイアラットは上級のモンスターだけあって、火属性スキルを吸収。獣系には無類の猛威を誇るラクール先生も、あのネズミにだけは手も足も出ない。そこで活躍するのが、飛行属性ダンジョンでみんなの攻略を指を咥えて見ていたルネさんだ。まだ氷属性までは進化していないが、水刃や豪雨などで順調にダメージ、そしてもう一人の従者レジスさんがウィンドカッターで補助。「こんなに楽しいなら私もダンジョンアタックに付いて行けばよかった」だそうだ。
本当は、年が近くて気を遣わなくていい僕が相手をしてあげるべきなんだろう。彼は大人の中で、いつも行儀良くしている。伯爵邸に居た頃を思い出すと、格段に明るい表情をしているが、前ループではしゃぎながら一緒に旅をしていた頃の彼を知っている身としては、ちょっと切ない気持ちになる。
「ちょっと調べ物をしに出かけていました。またいつか、リュカ様ともご一緒したいと」
そう言うと、彼はちょっとはにかんだ様子で頷く。まだまだ中一、声変わりもしていない。可愛い坊ちゃんだ。攻略など抜きにして、いろんなところを案内してあげたいものだが。ところで彼もいつかアーカートに連れて行きたいんだけど、それはいつになるのか。てか、今のループのどのタイミングで連れて行けば?
そんなことを考えていたある日。別れ際、ヴェロニカ嬢に呼び止められた。
「どうされましたか?」
「そろそろ私たち、次の段階に進むべきだと思うんです」
「えっと?」
「こういうのは、男性の方からリードしていただけるものだと」
え?え?どゆこと?
「あのっ、ヴェロニカ嬢…?」
「まどろっこしいわね!レクス、あんた隠しキャラでしょ?!図書館の!もう図書館イベント10回クリアしたじゃない。何ちんたらやってんの、10回目の終わりにキスイベントスチル回収でしょうが!」
「はっ?!」
「何これ、バグってんの?あーもう、平民なのに一番金持ちキャラだって聞いたから選んだのに。めっちゃクソゲー」
声色を一変させたヴェロニカ嬢が髪を掻き上げた途端、彼女の姿がブレた。そしてヴン、という機械音とともに、世界の全てが暗転。
そして次の瞬間、僕は寮室で目覚めた。
王国歴358年10月1日、世界はまた巻き戻った。




