第85話 マロールに帰省(2)
さて、ちょっと早いけどホテルにチェックイン。ブリュノはマロールで一番お高いお宿、オテル・ド・マロールのスイートルームを取ってくれた。僕らはいつもの通り、その辺で塔でも建てて、気ままにダンジョン攻略旅行を楽しもうと思ってたんだけど、マロールに帰ったら一度は泊まって行け、ということで、有り難く甘えさせてもらった。
「いらっしゃいませ、ラクール閣下。当ホテルへようこそ」
「あはっ。そうしてると、本当にホテルマンみたいだよ」
フロントに到着を告げると、ブリュノ自らがビシッと制服を着こなし、優雅に出迎えた。さすがホテルのオーナー、大手バラティエの子息。おふざけも洗練されている。
「出迎えご苦労」
「ウィ、ムッシュ。どうぞこちらです」
僕には悪戯っぽい笑顔を向ける一方で、リュカ様には一流の接遇を欠かさない。リュカ様も、貴族の子息らしく堂々としている。他人行儀な感じだけど、仕方ないのかな。僕は二人と仲良しだけど、二人にお互い仲良くってのは無理がある。会うのはこれが二度目だし、リュカ様はれっきとした貴族だしね。
最上階の五階からは領都の街が綺麗に見渡せる。小高い丘の上には、領主様の住まう伯爵邸。反対側には、遠く麦畑まで。
「こんな凄い部屋、押さえてくれなくて良かったのに」
「馬鹿言え。5月の学園祭からこっち、どんだけ忙しくしてると思ってる。こんくらいじゃ礼にもならねぇよ」
「そっか、良かった」
「夜、一緒にメシ喰おうぜ。リュカ様にもこっちの名物、召し上がって頂くだろ?」
僕はお言葉に甘えることにした。屋台飯なんかは二人で食べ歩けばいいけど、ちゃんとした郷土料理なんかはそれなりに予約がいる。至れり尽せり、ブリュノ様々だ。
夕飯の時間はすぐにやって来た。ブリュノは最初、僕とリュカ様に自ら給仕するつもりだったみたいだけど、僕が二人に頼み込んで、一緒に食事を摂ることにした。
「こちらがマロール鹿のロースト。ハーブが豊富な土地柄、季節によってお味が変わります」
「ブリュノすごいね。本物の給仕みたい」
「あったり前だろ。全部叩き込まれてるっつうの」
「リュカ様にはどうしても、こっちに来たら名物を召し上がっていただきたくて。僕らも毎日食べられるようなご馳走じゃないんだけど、この鹿はこの辺りでポピュラーな固有種なんです」
「あとは鴨や魚は、王都でも召し上がって頂けますが、こちらの渓流魚はまた格別です」
リュカ様は大人しく晩餐を召し上がっている。僕らは古い友達だから、ちょっと打ち解けにくいかも知れない。
こちらの名物を余すところなくコースに仕立てた食事。最後まで堪能した後、デザートをいただきながら。
「アレクシ。例の件だが、時間取れるか?」
「ああ、何か分かった?いいよここで」
「だってお前」
「大丈夫。リュカ様は信頼できるお方だから」
まだループとか魔道具とか、一部の事は伏せてあるが、大抵の秘密は共有している。リュカ様も、こちらを見ながらこくんと頷いた。
「…そうか。なら」
例の件とは、僕が闇属性や光属性の貴族の子弟について心当たりがないか、という話だ。彼は人払いをして、改めて切り出した。
「一応国内を当たってみたけど、それらしき人物は見当たらなかった」
「そっか…」
彼は、王都のみならず、国中の未就学の貴族の子弟まで調べ上げてくれた。そして平民まで。今のところ、光属性の者は全て教会所属であるらしい。闇属性は言わずもがな、もれなく闇属性ネットワークの庇護下にあるそうだ。
これは、ループの原因探しを根本から見直さなければならないかも知れない。僕は、三年で巻き戻るということは、てっきりよくあるゲームか小説か何かの世界だと思っていたのに。まずそこから疑う必要があるのかも。気が遠くなりそうだ。
「だが、アーカートの王立学園には、光属性の女生徒が一人、在籍してるって話だ」
———アーカート?!
僕が顔色を変えてガタリと立ち上がると、ブリュノとリュカ様は、ひどく驚いた。
この辺りは強国が犇めき合い、お互い牽制し合っている。このラシーヌ王国の西、隣の隣がアーカート王国。敵の敵は味方ということで、親密な同盟を組んでいる。
僕は馬鹿だった。この国は、前世で言うところのフランス語圏。しかし、スキルの名前は全部英語だったじゃないか。じゃあ、ループの元凶が英語圏であると、何故思い浮かばなかったのか。そしてよりにもよって、マロールの旧友ブリュノがその答えをもたらしてくれたなんて。鍵は最初から、すぐ足元にあったのに!
「…ありがとブリュノ。本っ当に、恩に着るよ」
「お、おう。そんなにか?」
ブリュノがちょっと退いている。だけど、これで本当にループが終わらせられるかも知れないと思うと、僕だって冷静ではいられない。僕は懐から、一本の杖を出した。
「これ、お礼に」
「何だよ。光属性の生徒の話くらいで、礼なんて」
「もうすぐ土属性の公共工事ブームが来る。そしたら土属性はみんな、こぞって石壁を作ったり、道路を舗装するようになると思うんだ。だから」
僕は杖を軽く振るい、机の上に小さな石の壁を作って、消して見せた。
「ブリュノにあげるよ。だって君は土属性だろう?」
「…」
ブリュノはゴクリと喉を鳴らし、杖を手に取った。
「魔石を握り込むと、魔石から。先を軽く握れば、自分の魔力で。便利だから、使ってみて」
あと、聖句はちゃんと覚えてね。
「…また借りが出来ちまうじゃん…」
「僕にとっては、こんな杖よりアーカートの方が重要なんだ。ああ、ご家族にも土属性はたくさんいらっしゃるよね。慎重に分解すれば、複製出来ると思う。みんなで使ってよ」
ブリュノはいつもの陽キャを取り繕う余裕もなく、「恩に着る」と呟いたまま、部屋を出て行った。入れ替わりに本物のホテルの給仕やメイドがやって来て、その日の晩餐はお開きになった。
「アレクシ。今日はどうしたの」
使用人が全て退出し、後は就寝するだけとなった僕たち。明かりを落とした部屋に、リュカ様が気遣わしげに入って来る。
「ああ、ご心配お掛けしましたね。何でもありません、ってわけじゃないんですけど」
「心配くらいするよ。だって僕は、アレクシの主人だよ?」
「そのことなんですけど、リュカ様。僕、お暇を頂きたく」
暗い部屋の中に、重苦しい沈黙が訪れた。




