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第82話 土属性ブートキャンプ(3)

 ブートキャンプは、3月13日の木曜日から28日金曜日まで、計12回開催された。そのうち殿下が参加されたのは、17日からの10回。つまりあの後、全ての回に参加され、さらにA組全ての土属性、またB組土属性同盟に未加入(?)の者にも声を掛け、最終的に学園の土属性の生徒全員が、ダンジョンアタックに臨むこととなってしまった。


 最初はおっかなびっくり泥人形マッドゴーレムを倒していた新参組も、先発組を見てどんどん調子が出て来る。やがて2日ほどで、みんな危なげなく泥人形を倒せるようになって来たら、満を持して地下二階へ。


 地下二階は、土人形クレイゴーレムのステージ。


 トフッ……トフッ……


 ウボァー……ウボァアァー……


 あちこちからモコモコと土が盛り上がり、土人形たちが三々五々集まって来る。緩慢な動きと、薄気味の悪い声(?)が、相変わらずアンデッドぽくってグロい。僕らはそれを、ロックウォールに囲まれたタワーから見ていた。建てたのは、リュカ様だ。


「本当に建てた…」「一瞬だった…」「これって俺らも建てれるようになんの?」「てか、土属性って実は凄いよね?」


 みんなどっちかって言うと、土人形のグロさよりも、立派な建物がスキルによって一瞬で建ったことに驚いている。みるみる土が盛り上がり、あっという間に石造りの建物に変化していく様は、いつも見ている僕でも、やっぱりちょっとときめくものだ。


 タワーという名前ではあるけども、お馴染み都内三階建狭小住宅。物見櫓のような屋上から、壁に群がるゴーレムたちを見下ろす。まあ、武器を持たない土属性の攻撃手段は、石礫ストーンバレットを根気良く飛ばす程度に限られている。しかし石礫だって、レベルが上がればそれなりに強化され、最終的には物理最強のレールガンに進化するのだ。諦めずに根気良く狩っていただきたい。なお、泥人形攻略の反省として、皆さん自主的に石礫も取得された模様。石礫貴重。土属性の生命線である。


 各班一棟ずつ塔を当てがったのち、僕とリュカ様は、壁の外で剣術の訓練だ。剣術を教えてとせがまれたものの、結局僕が出来ることといえば、パワーレベリングくらい。土日に稼いだスキルポイントが剣術に化けたリュカ様と、剣を持ってフィールドにお出かけ。


「僕も早く二刀流を覚えたいな!」


「ふふ。焦らずに、まずは立ち回りから固めて行きましょう」


 まあ立ち回りも何も、この世界の仕組み上、経験値を稼いでレベルを上げるしかないんだけどね。だけど基本的なスキルでも、使い方次第では思わぬ成果を生むこともある。土人形は泥人形に次いで動きも緩慢だし、剣術の練習台としてはこの上ない。相手の攻撃を受け流してみたり、斬撃を飛ばしてみたり。初心者の引率ばかりではつまらない。斬って斬って斬りまくろう。




 行き帰りの馬車は、殿下の質問タイム。だけどこの日は特にすごかった。


「この目で見るまで信じられなかった。本当にロックウォールのスキルで、あのような」


「魔導書の通りです。何も驚くことではありません」


 リュカ様はふんす、と薄い胸を張っている。


「しかも一階を突っ切る道中の石壁ロックウォールだ。見る間に石畳が」


「ああ、発想の転換ですよね。壁って名前だから縦に伸ばすのではなく、横に伸ばせば道になります」


 これ、前ループのクララックで僕がやった奴。あの時には、カロルさんが土属性を引き連れて、ブートキャンプやってたな。ほんの少し前なのに、もう懐かしい。ここではいつも、リュカ様と秋津装備でひとっ飛びしちゃうから、久々にいっぱい道を作ったよ。まあ、次に侵入した時にはリセットされちゃうんだけど。


「歴史が変わるぞ…。我々は、全ての常識が塗り変わる瞬間に立ち会っている」


 殿下がぶつぶつと呟いている。あはは、まさかぁ。でも、土属性と公共事業って相性いいよね。前世でそういう物語、いっぱい読んだ。




 しかし、常識が塗り変わる前に、生徒会が塗り変わった。リシャール殿下は、「学園祭支援事務局」と称して会議室を一室借り切り、土属性の生徒たちを集めた。そして些細な事務作業は全て彼らに回し、生徒会の負担軽減を実現した。「機密文書は与えていない。彼らはあくまでボランティアだ」そう言われると、他の役員も反対は出来なかった。


 そしてもう一つ。今回の屋外の催し物は、全て土属性の生徒によるスキルで建造物を担当することとなった。


「何の取り柄もなく、いつも地味な土属性だ。君たちの盛り立て役となりたい」


 殿下はしれっと言い放ち、本当に屋台やらステージやらそういったものを、みんなでスキルで建てて回った。驚いたのは生徒だけじゃない。教諭陣に学園長、そして「塔」こと魔法省や本丸の王宮からも、質問が殺到した。殿下は抜かりなく、事前に用意した資料を配布し、後に説明会兼記者会見を開き、世間を大いに賑わせた。高等部三年の土属性の生徒には山のようなリクルートオファーが舞い込み、昨年までの土属性の扱いとの差に、みんなキツネにつままれたような顔をしていた。


 次第にその流れは在野の土属性保持者にも及び、その強さの源が冒険者活動にあると知れ渡るや、空前のダンジョンアタックブームが巻き起こる。安全な初級ダンジョンでは、そうそう家屋が建てられるまでのレベルは得られないが、ロックウォールくらいなら、頑張れば誰でも何とかなる。そのうち石畳に転用されるのが一般的となり、道路や市街を囲う城壁など、国内のインフラは急速に整備されていった。それはまた後のお話。




 なお、土属性ブートキャンプはその後も存続して行った。ただし、僕らの引率は春休みの間だけだ。最初から、そういう約束だったしね。一部の生徒からは、もっと引率をと頼まれたけど、


「冒険者は飯のタネを明かさないものですよ」


 と断った。実のところ、王都周辺でゴーレムダンジョンほど安全で実入りの良い狩り場はない。一階の泥人形が面倒臭いだけで、きちんと対処さえ出来れば、二階の土人形はもっと美味しい。ただし、三階以降は煉瓦人形ブリックゴーレムに進化して、格段に倒し辛くなる。火属性でゴリ押しするならともかく、コスパがよろしくない。僕は二階で地道に稼ぐのを勧めておいた。つくづく、単純作業が苦にならない土属性のためにあるようなダンジョンだ。


 それからもう一つ。


「冒険者ギルドで必ずマップを買い、予習して対策を立てるのも楽しいものです」


「おお!」


 そう。どこでどういうモンスターが出て、どういう立ち回りをするべきか。予習復習をきっちり行い、万全な準備を怠らない土属性は、既知の場所には滅法強い。彼らは気の合う仲間とパーティーを組み、それぞれ好みに合う攻略を始めるようになった。


 ただし、未知のダンジョンを開拓するには、他の属性の方が向いている。まず斥候に適した風属性。彼らは風を操って音を集め、または遮断し、足音を消して、周囲の状況を素早く把握する。そして水属性。彼らは基本四属性のうち、唯一回復スキルを持っている。攻撃にも転化できるマルチな才能を誇る。そして、最大火力を持つ火属性。彼らの難局を突破する攻撃力が、何にも増して不可欠だ。当然、物理攻撃や防御を担当する前衛職も重要だけれど。


 これまでの属性差別が、すぐに無くなるわけじゃない。土属性の中には、これまで散々冷遇されてきたわだかまりもあるし、他属性にはバツの悪さもある。だけど、世界は全ての属性でバランスが取れるように出来ている。ぽつぽつ属性混成パーティーが結成されつつあるが、彼らが属性の壁を越える架け橋になればいいなと思う。


「もう僕らがどうこうしなくても、皆さんご自身の手で強くなって行かれますよ」


「本当に君は、欲がないね」


 いつもの勧誘をかわした僕に、殿下が苦笑する。だけど僕は、欲がないわけじゃない。ループが終わらなければ、何も始まらないんだ。これでこの学園と殿下には、義理は果たしたと思う。今度こそ私利私欲のため、ループを終わらせるために、情報収集に努めなければ。

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