第73話 土属性ダンジョン
地下二階は、土人形のステージ。そう、このダンジョンは、ゴーレム作成スキルで作れるゴーレムが、各階層に現れるダンジョン。全10階層だ。相変わらずどうなってるのか分からないが、広い広い平原に日が昇り、心地よい風まで吹いている。しかしのどかな風景とは裏腹に、歩いていると突然地面が盛り上がり、人形のゴーレムとなって襲いかかって来る。しかもここは、階層全体が見渡せる広いダンジョンのため、ギルド売りのマップでは出現ポイントが明確に示されていない。ランドマークらしいものが皆無なのだ。とりあえず、次の階層への階段の方角が、ざっくり書いてあるくらい。
まあ、空を飛べる僕には関係ないんだけどね。上空から全体攻撃でドカーンとやっちゃえば済むことだし。
だけど今日ここに留まるのは、リュカ様のためだ。僕はロックウォールでぐるりと岩壁を作り、その中に塔を建てる。例の、都内狭小三階建て住宅っぽいヤツ。僕らは屋上で、眼下の平原を見下ろす。
トフッ……トフッ……
ウボァー……ウボァアァー……
あちこちからモコモコと土が盛り上がり、土人形たちが壁に群がり始める。緩慢な動きと、薄気味の悪い声(?)が、ちょっとアンデッドぽくってグロい。
「ヒイッ」
さっきまで岩壁と塔にはしゃいでいたリュカ様が、震えながら僕のマントの端を掴んでいる。
「リュカ様。今日は先日お見せした、無詠唱の秘密についてお教えします」
そう言うと、彼の目の色が変わった。うん。彼もカバネル先生や僕と同じ、土属性ならではの研究馬鹿の香りがする。
「大地におわす豊穣の女神よ、捧げしマナと引き換えに我が願いを聞き入れ給え。小さき石よ、飛翔せよ、敵を打ち砕け、石礫」
小石は飛んで行った。これが魔道書に載ってたヤツ。授業で習うバージョンである。次に、
「小さき石よ、飛翔せよ、敵を打ち砕け、石礫」
修飾句を除いたバージョン。やはり小石は飛んで行った。更に、
「小、石、飛、打、石礫」
最小限の聖句とスキル名。
「石礫」
スキル名だけでも難なく飛んでいく。
「石礫」
「石礫」
ついでに自国語、隣国語で。そして最後に、無言で発動。2周目、マロールの先生たちの前で披露したのと同じだ。杖の先から、バラバラと石礫が飛び出して、土人形を砕いて行くのを、彼は真剣な目で見ている。本当はこれらは、全て魔道具で再現しているので、ちょっとズルだけど。
「試してみられますか?」
彼は杖を振り振り、土人形に向けて石礫を撃ちまくった。時々不発もあったけど、最終的には無詠唱を成功させていた。もちろん、彼のMPではそうそう何度も唱えることはできない。僕らは時々塔の中で休みながら過ごした。
「すごいよアレクシ!本当に、詠唱なんか要らないんだ!」
「小、石、飛、打、石礫の聖句だけで発動できることは、「塔」の研究でも分かっています。冒険者の中にはこの仕組みに気付いて、更に省略する者もいるということです」
僕のことだけどね。
「だけどこんなこと…研究して発表したら、きっとすごいことに」
「冒険者は、自分の手の内を見せないものです。それが飯の種ですからね」
「なるほど…」
冒険者同士、どんなスキルを持っているか、どんな強みを持っているかは探らないのがマナー。なので皆、パーティーを組んだり合同でクエストを請け負ったりする際には、相手選びに慎重になるものだ。そして、口の軽い冒険者は一緒に組むことを嫌厭されるから、孤立したり、仕事が受注し辛くなる。信用が大事なのは、商人だけじゃないのだ。
ということをリュカ様に吹き込むと、彼は神妙な顔つきで「分かった」と言った。彼は冒険者仲間扱いをすると、殊の他嬉しそうだ。あまりに素直過ぎてちょっと心配になってしまう。だけど、こっちが心配しちゃうくらい信用してくれてるなら、もういいかな。
「はい、ではリュカ様。このペンダントを掛けていただいて」
僕が手渡したのは、魔石にトンボの羽を付与した秋津Maxのタリスマン。身に付ける個数が増えるたびに飛行速度が上がるから、予備のために3つ作っておいたんだけど、1つあげよう。
「では、上空から駆けて参りましょう。行きますよ」
「えっ、ちょっと待ってアレクシ…えええええ?!」
僕は爆炎の杖を振るった。
三階はブリックゴーレム(国民的RPGでお馴染みな感じの)、四階はストーンゴーレム。五階はゴーレムソルジャー、より人型に近くて機敏なヤツ。六階はゴーレムホース、一人で騎乗するならこれ。モンスターとしても結構な機動力と耐久性を誇る。七階はゴーレムナイト。ここからはボディが金属の上、剣術スキルを持っているので、ソルジャーよりも格段に強い。八階はゴーレム馬車。前ループでは散々乗り回していたけど、あれで暴走して来るのは怖い。九階は一人乗りゴーレム、十階のダンジョンボスが6人乗り、パーティー全員搭乗用の巨大ゴーレムだ。
卵を横倒しにしたような形のボディに、ずんぐりした脚と長い腕を持った金属の塊。並の冒険者では歯が立たない。ここはモンスターの種類が少ないので対策が立てやすく、上級と認定されているが、ボスの難易度だけを見ると超級と遜色ない。これまで踏破した冒険者たちって、こんなのどうやって倒したんだろう。
しかし目には目を、搭乗用ゴーレムには搭乗用ゴーレムを。
ちゅちゅちゅちゅちゅどーん。
頑丈なゴーレムに乗り込み、中からファイアボールを連打連打。火属性の攻撃スキルとしては最弱と呼ばれるファイアボールも、レベル10のMaxまで育てると、不死鳥の形になって追尾して飛んで行く。結局ボス戦は、こういうのが一番コスパがいいのだ。
相手は巨大な金属の塊。屈強な腕でパンチを仕掛けたり、体当たりで押し潰して来たりする。だけどこっちも同じもの、しかも重火器付き。丸腰では相手にならない。ワンサイドゲーム気持ちいい。
「すごいよアレクシ!すごいよアレクシ!」
リュカ様は操縦席から身を乗り出し、モニターに釘付けだ。こっちにロボットアニメはないが、男子はいくつになってもこういうのが好きなもの。やがて間もなく、ゴーレムはインゴットとコインに変わる。宝箱も落ちた。あ、中は聖銀の剣だ。欲しかったヤツ。
搭乗型ゴーレムは、揺れが激しい。短期決戦で終わったけど、リュカ様はちょっと酔ったみたいだ。今日はそろそろ帰ろうかと言うと、「もう一回!」という返事が返って来た。
結局この日は3周回り、僕らは夕方遅く寮に帰った。




