第62話 残念なお知らせ
えー、残念なお知らせがあります。赤い鳥亭のローズちゃん、真っ黒でした。
「お前ェ、俺の女に手ェ出してんじゃねェぞ…」
「ヒイイすみませんすみません!」
あれから気になって、時折寮を抜け出して歓楽街の上をふわふわ飛んでいると、路地裏で派手な身なりの男が、ガラの悪い男に絡まれていた。怖いね。赤い鳥亭といえば、この界隈で結構な高級店みたいなのに。彼は単なるお店の用心棒ってだけじゃなくて、ローズちゃんの情夫のようだ。完全に美人局です本当にありがとうございました。
だけどこれ、どうやって兄貴に伝えるべきかな。「あの子ヤバいよ」とか言ったって、今の僕たちの関係じゃ、聞き入れられそうにないし。しかも彼らが美人局だからって、それをおいそれと糾弾して大丈夫なものなのか。裏社会の抗争とか面倒臭そうだ。ああもう、何でこんなややこしい女の子にハマってんだよ。
でもまあ、素人の若造じゃ仕方ないかな、とも思う。彼はたかだか二十歳の若造だ。件のローズちゃんは、
「アイツさぁ、結構な大店のボンボンなのに、シケてんのよね」
「もっと引っ張れねェのかよ」
「うふふ。丸裸にしてからが、アンタの出番でしょ。焦んないの」
とか言ってる。夜の蝶の割にはものすごく清純っぽい外見をしていて、そのギャップの分さらにヤバさ満点だ。やっぱ女の子って怖い。
ああ…兄貴どうしよっかな…。でもここまで知っちゃったら、知らぬ存ぜぬも後味悪いしな…。
しかし、上空で物陰に隠れながら思案していて、あることに気付いた。この歓楽街で働く人たち、ほとんどが闇属性だ。
この世界の住人は、火・土・風・水・光・闇の6属性のどれかを持って生まれて来る。よくラノベなんかで「全属性?!」とかいうヤツを見るけど、僕としてはまだ複数属性を持つ人に出会ったことがない。そのうち光属性と闇属性はとても希少で、光属性は大体1,000人に1人くらいと言われている。7歳になると、教会で洗礼を受けて属性が明らかになるんだけど、光属性の子はもれなく教会に勧誘され、ほとんどが聖職者の道を歩む。普通に平民として生きるより、教会の方が良い暮らしをさせてもらえるからね。例外は、貴族の子弟くらい。
一方、闇属性の人の実態は良く知られていない。闇属性は不吉とされていて、孤児院に連れて行かれたりだとか、里子に出されたりだとか聞くけど、そういえば学園でも見たことないし、普通に暮らしていて滅多とお目にかかることなどない。
そもそも属性に関しては、ある程度髪や瞳の色で推察できるものの、プライベートなことなので、みんな大っぴらにするものではない。ごくたまに、火属性魔法のエキスパートとして名を馳せるだとか、水属性のヒーラーとして活躍するだとか、そういう場合に限って属性を明らかにするくらいのもので、例えば僕と同じ土属性の人なんか、土属性スキルを覚えようともしないし、それをわざわざ人に言って聞かせない。だって土属性って、あまり需要がなくて人気がないんだもの。実際はすごく便利なんだけどね。
ともかく、普段お目にかからない闇属性の人が、歓楽街の住人の多くを占めているというのは、僕にとって意外というか、納得というか。そして兄の問題を解決しようと思ったら、この闇属性の人たちと何らかの対峙というか、渡りをつけないといけないんだろうな。
と、そこに意外な人物が通りかかった。
———あれ?彼はブリュノ?
ブリュノと言えば、僕が前世の記憶を取り戻す前、経済研究会でずっと一緒にツルんでたヤツだ。人懐っこい陽キャで、人の背中をバンバン叩くのが玉に瑕。経済研究会に所属する子弟はみんなそうだけど、彼の実家もホテル業やら飲食業やらを広く手掛ける豪商だ。人のことは言えないけど、寮を抜け出してこんなところに?もしかして、うちの兄貴みたいに悪い友達とツルんじゃった?
ハラハラして見守っていて、気付いてしまった。彼、闇属性だったんだ。僕と同じ土属性だって言ってたから、てっきり———
「ブリュノ坊ちゃん、お帰りなさいませ」
「ああ。で、首尾は」
「はい」
僕の耳は、そんな会話を拾った。学園の彼の面影が一切見られない、低く抑揚のない声色。彼は煌びやかな色街にあって、一見目立たない建物の入り口に吸い込まれて行った。




