第53話 結婚式
さて、冬が過ぎて春が来て。今日はカバネル先生とカロルさんの結婚式だ。
「おめでとうございます!」「おめでとうございます!」
「キャーカロル様素敵!」「クレマン様もお幸せに!」
沿道からの歓声に、二人は馬車から手を振る。クララックは長閑なところだけど、小ぢんまりした教会に小ぢんまりしたメインストリート、だけど住人総出で祝福の嵐だ。
神聖ながらも温かみのある式だった。女神像の前で誓約を交わし、指輪を交換する。僕とウルリカは、指輪に状態異常無効の付与を担当した。マロールの両生類ダンジョンのボスを周回して取って来たヤツだ。僕は頑張った。
オープンカーの馬車は、シャルロワ侯爵家からのお祝い品。侯爵たる大貴族が、わざわざ時間を調整してまで、夫人を伴ってクララックまでお祝いに駆けつけた。カバネル先生のご両親だから、当たり前と言えば当たり前か。だけど第四夫人のところの七男の結婚式に当主自ら足を運ぶなど、やはりお酒の経済効果が高いのだろう。僕は遠くから見ていただけだが、渋いイケメンとすっごい美人だった。カバネル先生は、母方の姓を名乗ってずっとこっちで暮らしてたみたいだけど、貴族だから色々と事情はあるんだろう。
早春のまだ肌寒い中、街は活気に溢れている。新しいカップルと新しい農繁期のスタートに、みんなの表情が自然とほころんでいた。
「はあ、いい式だったね」
「ほんにあの二人は、モダモダしよって。やっと片付いたわい」
二人を子供の頃から知っているウルリカが、上着を脱ぎながらため息をついている。僕らはその後の披露宴を、辞去して来た。カバネルさん家からは是非ともとご招待を受けたんだけど、シャルロワさんや他の寄り子の貴族たちも参列する席だ。教会の式は、末席で大人しく見学させて頂いたけども、領内向けのお祝いの席は別途後日用意されるみたいなので、そっちにお邪魔しようと思ってる。付き合いの長いウルリカはともかく、僕は平民だし、元はカバネル先生の教え子の一人に過ぎないしね。
「で、これなんだけど」
僕が差し出したのは、小ぶりなショートケーキ。
「これは何ぞ」
披露宴はご遠慮したものの、何もお祝いをしないわけじゃない。僕はカバネル家の皆さんと共謀して、密かにウエディングケーキを用意していたのだ。今頃、二人で入刀しては、みんなに切り分けてサーブされているだろう。その材料の一部を取っておいて、小さく焼き直したのが、これ。
「ウルリカは春生まれって言ってたろ。だから、ハッピーバースデー」
僕は燭台の蝋燭を灯し、下手なアカペラを披露した。そして蝋燭を吹き消すように促し、一人でぱちぱちと拍手した。
「おめでと!」
「な、何じゃ急に。これは一体何の呪いじゃ」
「えっと…遠い国のお祝いだって」
ウルリカはほっぺを紅く染めて、「歳のことは言うでない!」と手刀を繰り出そうとしたが、「いいから食べて」と誤魔化した。そして一口口に運ぶと、「ウマっ!」と小声で叫んだのち、瞬く間に平らげた。
それにしても、このケーキを作るのは大変だった。いつか動画で、ボウルの中のクリームを自動で泡立てる機械を見たんだけど、あの記憶が無かったら作れなかった。牛乳を振ってクリームを取り出し、泡立て泡立て。ふわふわのシフォンケーキを焼くために、卵白を泡立て泡立て。子爵家の皆さんも、結婚式の準備で忙しいのに、僕のおぼろげな記憶を頼りに、こっそりと試作品作りに協力してくれた。見返りは、自動泡立て魔道具の現品と、試作品の下げ渡しだ。
僕は秋津Maxで、こっそりと南部へ抜け出した。あっちは温暖なので、果物の栽培が盛んだ。市場で無事イチゴをゲット。結果、彼らのウエディングケーキは、どっちかっていうとクリスマスケーキみたいになっちゃったけど、生クリームとイチゴのハーモニー。これだけは譲れない。
他にも何か気の利いたものを用意しようかと思ったんだけど、生憎僕が用意出来るものは、ウルリカの方が詳しいものばかり。だけどこっちには、まだこういうフワフワのケーキは普及してないみたいだから、先生たちの結婚式と共用させてもらった。だし、縁談避けの仮の婚約者に、形に残るプレゼントをもらっても困るだろう。消え物が無難でいいのだ。
おかわりはないのかと催促され、差し出した僕の分も平らげながら、彼女ははたと手を止めた。
「アレクシ。お主の誕生日は、いつぞえ」
「9月だよ」
そう。去年は、一旦マロールに引き上げて、飛び級と卒業に追われていた頃だった。
「ならば今年は儂が祝ってやろうぞ」
口の周りにクリームをいっぱい付けて、ウルリカはムン、と頷いた。
そうなんだよな。僕の誕生日まで、あと半年。するとすぐに10月になって、そこから1年。僕にはもう1年半しかない。ループの半分まで来てしまったけど、一向にループの元凶と終わらせ方が分からない。本当は、ここでウルリカと付与術の研究を進めていてもダメなんじゃないか、と思いつつ、でも今の気楽な生活が手放せず。僕は素材を取りに出かけ、ウルリカは工房で付与を掛けて。時々一緒に狩りをしたり、新しい素材に喜んだり、ガッカリしたり。師匠でありながら同僚のような、友達のような。彼女との適度な距離のお付き合いが、楽しくていけない。
いずれ次のループが始まったら、全てリセットされちゃうわけだし、今を楽しんで付与術を深めておくべきか。それとも、少しでもループの元凶を探りに、王都にでも進出してみるべきか。いや、ワンチャン今回でループが終わって、このまま人生が続いて行くかも知れない。だけどそれならそれで、いつまでウルリカと仮の婚約を?
ヘタレの僕は、考えても仕方のないことをぐるぐると頭の中で弄びながら、今日もダンジョンへと向かった。




