第51話 婚前旅行
僕らはとりあえず、マロールの隣、プレオベール領のダンジョンを目指した。ここは僕が1周目にひたすらレベル上げをしたところだ。
なお、王国の地理を説明すると、王国は丸っこい四角。王都は下寄りの真ん中。マロールは王都から見て12時の方角。国の北側には険しい山脈が走り、侵略の恐れがないため、中堅貴族がいくつか配置されている。僕の住んでいたマロールもそうだし、お隣のプレオベールもそう。プレオベールはマロールの東、王都から見て12時半ってとこだ。
ちなみに今僕らがお世話になっているクララックは、およそ10時の方角。こっちは西の端で、王国の西側もまた、山脈が走る辺境となっている。この辺りは王都の西に広大な所領を持つ、シャルロワ侯爵の配下。カバネル先生のお母さんは、上司の家にお嫁に行ったような感じ。
王国の東と南は海で、東にも大貴族、南にも大貴族がいる。東側は大洋に面していて、主に遠距離の交易が。南側は海を挟んで他国との距離が近く、絶えず小競り合いが生まれている。なお、マロールの西北、山脈の切れ目には街道があり、ここも西の隣国と接しているが、マロール側も隣国側も王都から遠く、人口も少ないので、国境は至ってのどか。ハイモさんたちはここを行き来して商売している。
なお次の夏、南の穀倉地帯が不作に陥るが、対応が遅れたのは、南が軍事色の強い地域だから。不穏な空気が広がると、どうしても人手をそっちに取られてしまう。
思考が逸れた。
クララックからマロールは、馬車でおよそ一週間。マロールからプレオベールは、ハイモさんの隊商を護衛した時には三泊四日。だけど、それは地形に沿って街道が作られているからで、上空を直線距離で突っ切れば、数時間で着いてしまう。しかも二人とも、秋津Maxを2つ装備している。「重量-100」二個分の恩恵で、飛行速度に超ブーストが掛かり、まるで新幹線に乗ってるような感じだ。息苦しくてアップアップしていると、ウルリカが「ほれ」と精霊魔法を掛けてくれた。風の精霊の力を借りて、僕はやっとのことで息が出来るようになった。別途、風のシールドを張る魔道具を作らなければならない。
さて、僕がプレオベールで通い詰めたのは、水の中級ダンジョンと、飛行モンスターの上級ダンジョン。経験値的にも素材的にも上級の方が美味しいと思うんだけど、手持ちの在庫には、意外と水属性の素材が少ない。まずは中級から。
「豪雷」
どんがらピシャーン。
ここはクララックの中級ジャングルと同じ、階層全体が見渡せるダンジョンだ。ということは、全体攻撃が有効。つまり、そこに出現している敵、全体を攻撃する、全体攻撃。
1周目、ここはハルバードとストーンブラストで攻略した。ストーンブラストも全体攻撃なんだけど、最初はまさかこのフロア全体の敵を攻撃してるなんて想像もしていなかった。途中から気付いて、ガクブルしたものだ。しかし、コインもドロップ品も水の底に沈んでしまうし、やがて土属性と相性の良い飛行モンスターの上級ダンジョンの方が稼げると分かって、そっちに活動拠点を移したんだけど。3周目の今、インベントリの「収納」で任意のアイテムを「収納」出来ると分かった今、僕に死角はない。
ついでに豪雷の魔道具でダメ押しだ。クララックの中級は、モンスターごとに属性と弱点が違ったので、いくつかの全体攻撃を重ね掛けしていたけど、水棲モンスターはすべからく雷に弱い。豪雷だけで行けちゃうのだ。
掃討、回収、次の階へ。掃討、回収、次の階へ。夜中に到着して一旦休み、お昼前に活動を始めた僕らは、全20階層のダンジョンを、おやつの時間までに2周した。
「お主、エグいな…」
ウルリカが遠い目をしている。「あの途轍もない量のトンボの羽も、納得じゃ」だそうだ。だけど秋津Maxを1つ作るのに、1,000枚単位の羽が必要になる。ここのモンスターの素材が、果たして魅力のある効果を持つものか、そうでないかは分からないけど、少なくともMax付与するためには、何百周も回らなければならない。
「つまんなかったら、ウルリカはここで休んでていいよ」
僕はダンジョンの側に砦を建てた。この辺りはそんなに強い魔物はいないから、こんなもんでいいだろう。一応、実験道具も一揃い持って来ている。なんなら、いつも通りに付与の研究でも行って頂きたい。
彼女にはもう、魔道具のことも収納のことも打ち明けてある。魔法陣から聖句だけを抜き取った僕のオリジナルに関しては、「まさかそれを見抜く人間が現れるとは」と驚いていた。そもそも魔法陣を作ったのは過去の森人で、彼らはその本質的な構造を理解している。他種族に悪用されないように、わざと模倣しにくく加工して伝授したもので、だからあんなに複雑なんだって。
あと、収納について。この世界にも、いわゆるマジックバッグと呼ばれるものは存在する。しかしその製法は秘伝中の秘伝で、ウルリカもおいそれと口外は出来ないらしい。僕がそれに近いスキル、つまり多くのものを見えない空間に仕舞い込む力があっても、不思議ではないという認識だ。しかも目視できる範囲で、任意のものを収納出来るとあっては、彼女としては、僕からその秘密を聞き出すよりも、身の安全のために秘匿することを推奨された。そんなわけで、ループの話や前世の知識、ステータス、インベントリなんかのことは、まだ打ち明けていない。
「やれやれ。お主のお陰で、付与漬けの毎日になりそうじゃわい」
彼女はサンドイッチを齧りながら、ため息をついた。だけど嫌そうじゃない。さながら「面白いゲームの続編が手に入ったから、三徹確定だなこりゃ」って感じだ。流石研究馬鹿、「塔」の変態と同じDNAを感じる。
「お主、今良からぬことを考えたであろう」
ズビシ。
「あうっ」
僕はその後ソロで、ダンジョンを周回した。




