第41話 錬金術師オルドリシュカ
子爵邸に到着後、すぐに錬金術師に使いを出してもらった。面会のアポは、翌々日に取れた。僕は何を土産にすれば良いか考えた挙句、浄化の魔道具を作って持って行くことにした。
なお、空いた翌日はカロルさんがダンジョンに行きたそうにしていたので、二人して中級にでも行くように勧めたけど、カバネル先生が首を縦に振らなかった。彼は彼で、新しく覚えたスキルを試してみたかったようだ。ランドスケイプLv4の掘削、Lv5の土砂除去まで覚えると、井戸があっという間に掘れる。後は落とし穴を作ったり地震を起こす攻撃的なスキルに進化するから、農業転用なら、もうここら辺まででいいんじゃないかな。
翌々日。僕は子爵家の馬車に揺られて、領都外れの森の中にやって来た。小ぢんまりとした、煉瓦造りの家。そこが、錬金術師オルドリシュカの工房だった。
前世において錬金術は、既に過去の遺物だ。一つの元素を違うものに変えるなんて、相当困難なことであって、まして中世の呪術じみたアプローチでは、金は作れない。それはこの世界でも同様で、「塔」には既に錬金術課は存在しない。今は付与術課と名前を変えて、細々と研究が続いている。
しかし、在野の錬金術師は、未だ金の錬成を諦めていない。錬金術の一分野である付与術を生業としながら、独自の研究を続けている変わり者たちだ。これから会いに行く、錬金術師オルドリシュカもその一人。しかもオルドリシュカ師は、森人族だという。僕の胸は高鳴りっ放しだ。
「開いている」
カバネル先生がノッカーを鳴らそうとして、中から涼やかな声がした。てか、付いて来ちゃったんだよね。先生もカロルさんも暇かよ。
ドアの向こうの風景に、僕は激しい既視感を覚えた。
———腐海だ。腐海が広がっている。
「要件なら早く済ませてくれ。儂も暇ではないのでな」
一面モノだらけで、足の踏み場もないゴミ屋敷。その中のボロキレから声がする。もこり、と動いたかと思ったら、中からボサボサの頭が出て来た。僕の高鳴った胸が、急速に萎れ、音を立てて枯れ果てる。
「ウルリカさんお久しぶりですわ。お元気でいらして?」
「あー、ウルリカ。こちらはアレクシ君。僕の教え子にして、凄腕の冒険者だよ」
「初めまして、オルドリシュカ師。カバネル先生に師事しております、アレクシと申します。本日はお時間を頂き、感謝いたします」
「そういう堅苦しい挨拶はいい。ところで今日は何の用じゃ」
「使いから聞いていないかな。彼が迷宮のドロップ品を持ち込みたいというのだけれど」
「…ああ、何かそんなことを言っていた気がする」
ボロキレがもそもそと動き出した。「そこへ座れ」と言われるが、一体どこに座れば良いのか分からない。僕は一言断って、早速手土産の浄化の魔道具を使った。これは、泥人形の一件で作った強力版だ。正確には、生活魔法の浄化ではなく、水・光属性のキュアースキルLv7、エリアクレンズに相当する。積もった埃とこびりついた汚れが一掃され、空気も幾分マシになった。そして本やアイテムをどかすこと10分、発掘した椅子に掛けて、やっと面会が始まる。
「お主のそれ、相当な業物じゃのう」
「本日の手土産としてお持ちしました。お納めください」
「彼の実家はマロールの大店なんですよ」
ボロキレ、もとい、年季の入ったローブを纏ったオルドリシュカ師は、コンパクトを模した魔道具を手にして、瞳を輝かせていた。うん。「塔」の変態たち、こういうオモチャが好きだよね。彼女は紛れもなく、彼らと同じ属性の生き物だ。




