第39話 接待レベリング(※接待なし)
「あの…非常に申し上げにくいんですが…」
「ん?何だい?」
「ダンジョン…ソロで行きたいんですけど…」
場が凍った。まあ、そうなるよね。
「だってほら、生徒が一人で危険だよ?」
「そうですわ。一人で何かあったら」
「それ、本気で仰ってます?」
ぐ、とカバネルペアが押し黙る。二人とも自覚はあるんだ、足手纏いなこと。
「冒険者は、自分の飯の種を明かしたくないものです。出来ればご遠慮頂けると…」
そう言うと、二人は見る間にしょぼくれてしまった。昨日、楽しかったんだね。はしゃいでたもんね。
でもここでバシッと言わないと、僕は貴重な夏休みを、延々と背後でいちゃいちゃされながら、接待レベリングで棒に振ってしまう。僕には3年しかないんだ。3年経ったら全部リセットされてしまう。その間に、出来る限り経験を積んで知識を集め、あわよくばループの元凶を突き止めて、終わらせたいところ。そして万一ループが終わったあかつきには、そこから先の人生もあるわけで。こんなところで1ヶ月も無駄な時間を過ごす余裕などないのだ。
しかし二人は、こちらをジト目で見ている。お前ら、何なら二人で初級ダンジョンでも回って来ればいいじゃないか。
「決してお邪魔は致しません。アレクシさんの能力についても、決して他言は致しませんから、どうか!」
そこで食い下がって来るのは、カロルさんだった。うん、何となく予想はしていた。彼女はバトルジャンキーだ。昨日、モーニングスターぶん回してヒャッハーしてるの見て、そんな気はしていたんだ。カバネル先生、きっと苦労するな。
「…では、絶対に秘密は守ってもらいますよ」
僕はつい根負けして、そう言ってしまった。どうせこのループも3年で終わる。多少バレても逃げ切れるだろう。
どんがらピシャーン。
ちゅどーん。
ドボズバァァン。
今日も攻略は快調だ。僕はゴーレム馬車を操りながら、全体攻撃を繰り返す。
全体攻撃って、敵全体だろ?僕も最初は顎を外したんだ。これ、出現してる敵全体に攻撃するんだよ。迷宮型じゃなく、こういう、階層全体が見渡せるダンジョンだと、そこに出現している敵、全体だ。
豪雷、爆炎、氷嵐。ありとあらゆる全体攻撃スキルを、有り余る魔石と特製魔道具でブチかます。いい感じで撃ち終わったら、コインとドロップアイテムをこっそり「収納」して次の階層へ。いつもはゴーレムホースでの移動だけど、今日はカップル乗せて御者席だ。背後の客席は振り返らない。絶対邪魔しないって約束したんだから。
だけど、三人で回ったら経験値も按分されちゃうんだよね。中級の雑魚敵の経験値くらいどうってことないから、まあいいか。このくらいはサービスしてあげよう。
掃討、回収、次の階へ。掃討、回収、次の階へ。全25階層のダンジョンだけど、僕らはお昼までに地下12階まで到達した。
「さあ、お昼です。どうぞ」
僕はテーブルにランチを広げ、客人に勧める。二人はまだ固まったままだ。
ここは魔道具で建てた塔の中。ロックウォールのスキルを上げると、スキルで家が建てられる。レベル7は塔だ。しかし塔と言っても、物見櫓というか、都内狭小住宅三階建て、屋上付きっていうサイズ感。1周目、スキルで家を建てるのにハマって、小さい隠れ家から大きな砦まで習得したけど、結局塔が一番使い勝手が良かった。僕のお気に入りだ。
1階にはキッチンや小さなダイニング、水回り。2階はリビング、3階には寝室用のスペースがあるが、使ったことはない。なんせ前世は、ワンルーム住まいの量産型社畜だったしね。
ロックウォールで建てる建物には、それぞれ耐久値が設定されていて、レベルが上がるほど堅固になる。もちろん、強力な魔物が出る場所では、塔だと少し心許ない。だけど中級くらいなら大丈夫。
これ、本当に便利なんだよね。土日はいつも、ソロでダンジョン攻略。学園には実家に泊まると外泊届けを出し、そのままダンジョンの中で宿泊。1周目、先輩冒険者のディオンさんたちが、家を建てるスキルに目の色を変えたのも分かる。寮室どころか、下手をすると実家の自室よりもずっと快適だったりする。
子爵邸で用意してもらったパストラミサンド、そして魔道具で沸かしたお茶にスープ。冷めますよ、と促すと、彼らはおずおずと口を付け始めた。
「…何と言えばいいのか…」
「だから言ったんですよ、ご遠慮下さいって」
「…私たちが如何に足手纏いだったか、思い知りましたわ…」
まるで通夜振る舞いのようになってしまった。だが空気は読まない。
「この後は、最下層まで降りて帰りましょう。あ、朝にも申し上げましたが、途中気分が悪くなられたり休憩が必要な場合は、仰ってくださいね」
二人とも乗り物酔いしてる感じはしないけど、ずっとゴーレム馬車で爆走してるから、乗ってるだけで疲れちゃうかも知れない。まあ、それでも付いて来る、邪魔しないって約束なんだから、文句言われても困るんだけどね。
その後は無事にボスを撃破、おやつの時間にはダンジョンを出ることが出来た。レベルも82になると、中級を一周したくらいではレベルは上がらない。まして三人で按分してしまっては、尚更だ。だけどまあ、初見ダンジョンの観光としては、こんなものだろう。
その日の晩餐は、大人しいものだった。子爵も準男爵も、そんなに暇ではない。救荒作物のプレゼンのために集まってもらったのは特例であって、言うなれば、お盆に親戚が集まって会食したようなものだ。子爵家の皆さんは家族用のダイニングで食事を済ませたようだし、カバネル先生は疲れ果てて部屋食にするって言うから、僕もそうしてもらった。カロルさんは準男爵家に帰って行った。明日からは、ソロでちょっと離れた上級に行こう。そして適当なところで切り上げて、クララック領から辞去しよう。
と、思っていたのだが。
「さあ、今日も張り切って参りましょうね!」
「アレクシ君ごめん。カロルを止められなくて」
どうしてこうなった。




