第21話 無詠唱のお披露目
今回も、読んでくださってありがとうございます。
さて、本題は詠唱破棄と無詠唱の研究だ。しかし、思いつく限りの検証は、前ループで済ませてある。
「僕の仮定は、こんな感じなんですけど」
まどろっこしいので、僕は以前先生とまとめた理論を、そのまま概要にして持ち込んだ。
「君、これは凄いなんてもんじゃないよ。これが事実だとすれば、魔法スキルの在り方が根本から変わる大事件だ」
うん、実際世間を揺るがす大事件だったんだ。全部、塔の魔導士の手柄になっちゃったんだけどね。僕と先生は、僕のレポートを元に、一つ一つ検証して裏付けを取って行った。
そして今回は、この話を他の教師にも持ちかけて、巻き込むことにした。「他の属性でも可能かどうかを確かめたい」と言うと、彼は早速学長に話を通し、職員室案件にしてしまった。つくづく欲のない先生だ。彼は「それを言うなら君だって」と言うんだけど、違うんだ。これは前ループの先生と一緒に考えたもので、僕だけの手柄じゃないんだ。先生を研究に仕向けるために、ゆっくり誘導するのがまどろっこしくて、最初から全部レポートにして提出したのがマズかったか。僕の方こそ、先生の手柄を横取りした感があって、居た堪れない。
「事前にお配りした資料に基づき、アレクシ君が実演を行います」
そういう流れで、今日。多数の先生方が勢揃いの中、魔法訓練場で、僕は石礫を撃つことになった。どうしてこうなった。
「大地におわす豊穣の女神よ、捧げしマナと引き換えに我が願いを聞き入れ給え。小さき石よ、飛翔せよ、敵を打ち砕け、石礫」
小石は飛んで行った。これが魔道書に載ってたヤツ。授業で習うバージョンである。次に、
「小さき石よ、飛翔せよ、敵を打ち砕け、石礫」
修飾句を除いたバージョン。やはり小石は飛んで行った。更に、
「小、石、飛、打、石礫」
最小限の聖句とスキル名。この辺りから、教師陣がざわつき始める。
「石礫」
スキル名だけでも難なく飛んでいく。
「石礫」
「石礫」
ついでに自国語、隣国語で。そして最後に、無言で発動。
僕と先生が前回のループで立てた仮説は、聖句というのは「このスキルはこういうものですよ」という記号に過ぎないということ。それが理解出来ていれば、どういう文言であれ、スキルは行使出来るということ。要はイメージだ。ゆえに、体内でマナを練るだとか、発動まで詠唱時間がとか、そういうのは一切不要。
一方で、魔法スキルの威力はINT、命中率はDEXを参照していることが分かっている。これは前ループで僕が冒険者をしていて、感覚として掴んだことだ。そこが、以前先生と二人で研究した内容から、一歩進んだところ。これは、僕がステータス画面を見られるという隠れた恩恵による。
集まった教師陣は、皆一様に沸き立っている。カバネル先生は三人ほどの教師に囲まれて質問責めに遭い、せっかちな教師は的に向かってスキルを放って、「おお」とか「まさか」とか言ってる。
教師の中で、無詠唱が出来た人と出来なかった人に分かれた。やはり先入観の強さの差だろうか。僕のを見てすぐに出来た先生もいれば、同属性の先生が自分の持つスキルを無詠唱で放ったのを見て、やっと出来るようになった先生もいる。しかし結果的に、全員が無詠唱、もしくはスキル名だけの詠唱破棄で魔法を放つことが出来るようになった。
「これは大問題ですよ!」
筆頭魔法教諭のラクール先生が、髭をもじゃもじゃしながら興奮している。火属性らしく見事な赤毛で、声が大きく圧が凄い。カバネル先生がたじたじしている中、彼は教諭を集めて、早速魔法省にカチ込…論文提出のスケジュールをまとめ始めた。学園長に掛け合い、全学挙げての一大プロジェクトにするらしい。いや、小一時間前は「忙しいのに何の用だ」みたいな顔してたのに?
僕は当初、研究はカバネル先生名義にして、あらゆる面倒事…いや、名誉的なところは全て彼に委ねようとしていたのに、僕も一緒にラクール先生に捕まった。そして放課後は、農業研究会どころではなくなってしまった。マロール領立学園魔導研究プロジェクトが立ち上がり、学長がプロジェクトのトップ、ラクール先生が顧問、カバネル先生がリーダーで、僕は生徒代表。間もなく領主のモラン伯爵の後援が決まり、とんでもない大ごとに。おかげで週末も拘束されて、冒険者活動もままならなくなってしまった。僕の大事な資金源が。
しかし、これで多数の教諭と伯爵家の後ろ盾が付き、魔法省こと「塔」の研究の横取りは、実質不可能となった。教諭陣とて、多くが貴族の子弟。早速多数のスポンサーが付き、他領からも見学者が訪れる。改めて、貴族社会の根回しの大事さを思い知る。言われてみれば、前世のビジネスマンだってそうだ。結局、仕様やコスパがどうとかより、接待ゴルフや接待キャバクラなんかで受注って決まっちゃうもんだ。時代や場所が違っても、世の中って世知辛い。
そんな中、カバネル先生がシャルロワ侯爵家のご子息だと判明した。好きな魔法の研究に進みたいと、敢えて母方のカバネル子爵家に身を寄せていたそうだ。特に秘匿された話ではないが、彼が七男なので、誰も気に留めていなかった。しかしこの度の大発見に、彼が大きく関わっていると実家に知れた途端、大貴族シャルロワが一躍スポンサーの筆頭に躍り出て、それはそれで大きな波紋となった。イメチェンの時以上の周囲の手のひら返しに、彼は辟易していた。そしてそれ以上に、研究と後援者の対応に忙殺されてヨレヨレになっていた。
もちろん言い出しっぺの僕も、いい具合に巻き込まれて、日々が飛ぶように過ぎて行く。いつどこで何が起こるとまとめたノートが、まるで役に立たない。今回のループは、完全にこれまでと別物になってしまった。誰か助けて。
今回も、読んでくださってありがとうございます。
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