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第119話 帰省

 やがて年末年始の繁忙期を経て、試験を経て、春休み。学生の春休みは長い。なんせ、学内は受験でてんやわんやだから。


 僕は久しぶりに帰省した。春休みは、シフトに入りたい学生でいっぱいだから。自己同一性アイデンティティに悩んでいたこともあるし、一度自分のルーツに触れておかなければと思って。


 実家は首都圏からは遠く、帰省は一日仕事だ。東京駅でお土産を買って、新幹線から在来線を乗り継いで、結構な大仕事だ。界渡りで戻って来た僕にはインベントリというチートがあるけど、それ以前はどうやっていたのか、想像もつかないくらい。なお、いっそ転移すればいいんじゃね?と思わなくもなかったけど、あっちとは違って人目の多いこっち側。防犯カメラも半端ない。家族の迎えもあるし、アリバイに辻褄が合わなくなるのは避けたい。何より、新幹線や地方の在来線は、ちょっと楽しみだしね。


 駅にはパート帰りの母さんが迎えに来てくれて、軽自動車の中ではマシンガントークが繰り広げられた。


「あなた、正月にも帰らないで」「垢抜けたわね、どうしたの、彼女でも出来たんでしょう」「元気してたの、ちゃんと食べてる?」「ちゃんと学校に通って単位を取ってるの?」「〇〇さんとこの〇ちゃん、もう結婚して赤ちゃんが産まれたのよ」「おばあちゃんがね、昨日からぎっくり腰で」


 僕の返事を待たずに、次々と飛び出す話題。一人弾幕だ。僕はただ、「信号青だよ」とか「歩行者来てるよ」とか、たまにつぶやくだけ。


 パワフルだ。実家にいた頃は、うざったいと感じていた記憶がある。だけど彼女はこれでいいのだ。




 腰を悪くした祖母のため、夕飯は近所の祖父母の家で摂ることとなった。彼らに取って孫は僕だけじゃない、妹も従兄弟たちもいるのに、久しぶりだからっていたく歓迎してくれた。都会暮らしについて質問攻めに遭いながら、いつもよりちょっと豪華な晩餐を終えて、さあ帰ろうかっていう時。


 ———あれっ?僕、治癒スキルの魔道具、持ってるよね?


 そもそも僕は、鑑定スキルを持っている。しかし界渡りしてからは、ずっとオフだ。なんせ人混みで何気なく鑑定をオンにしたままにしていると、知りたくもない情報が勝手に目に飛び込んでくる。深刻な状態異常の人がいるかと思えば、スリ、詐欺師、殺人犯などが平然と歩いていたり、この世のものではない者、人ではない者なんかも紛れ込んでいる。都会って怖い。だけど、こういう時こそ使うべきなんじゃないだろうか。


「そういえば婆ちゃん、腰痛いんだっけ」


 僕はあくまでさりげなく腰に手を当てる。鑑定では、外科的な不具合よりも内科的な不具合が見て取れる。こういうのに治癒スキルが効くか分からないけど、試してみるか。


(ヒール、サニティ、クレンズ、リカバリー)


 手元でこっそり杖を取り出し、軽く振る。祖母の状態異常は、無事消えたようだ。


「あら。腰の痛みが引いたわ」


 祖母は腰をさすりながら声を弾ませている。「無理しないでゆっくり休んでね」と告げて、実家に戻った。僕、こっちのスキルで食べて行けるかもしれない。いや、医者にでもならなければ、怪しくて仕方ないか。




 帰省は一週間の予定だ。特にどこに行く予定もなく、父も母も妹も普通に仕事だったり、学校だったり。妹は高二、四月からは受験生だし、春休みとはいえ塾に補習に忙しそうだ。


 僕は久しぶりに、故郷の街をぶらぶらした。たった二年ほどで、結構変わっている。空き地に家が建っていたり、店が移転していたり。そして久しぶりにやりたかったことといえば、お墓参りだ。ちょうどお彼岸も近いことだし、お盆も帰っていなかった。こちらには、父方のお墓がある。僕は線香と蝋燭を持って、自転車でお参りに出かけた。


 今日は天気がいい。川沿いの土手の道は、走ってて気持ちがいい。まだ桜の時期じゃなくて良かった。並木の下は混み合うから。


 お墓には、ぼつぼつ先客が見えた。僕は軽く掃除すると、線香を立てて手を合わせた。こうしていると、アイデンティティでゲシュタルト崩壊を起こしていたことを忘れてしまう。僕はちゃんとここにルーツがあって、ここで生まれ育ったんだって。あっちでループに気付いてから何十年、途中からはループのたびに界渡りをして、こっちでも何十年。それ以前の僕の人生の記憶は、あやふやだ。だけど、ちゃんと魂が覚えてる。帰省してきて良かった。


 そうだ、あっちでもお墓参りや教会に行っておこう。アレクシはアレクシで、ちゃんと魂を持った一人の人間だ。ループにかまけて自我を失いそうになっていたけど、こういうのって大事なんだな。


 手を合わせながらご先祖様に感謝して、さあ立ち去ろうとしたその時。


「あら、怜旺くん。帰ってたのね?」


 振り返ると、少し先に優しそうな年配の女性が立っていた。見覚えがある。それは、こないだバイト先でチラリと見かけた、岡林くんのお婆ちゃんだった。




 岡林くんは小さい頃、近所のお婆ちゃんの家に住んでいて、仲良しだった。小学校くらいまでは、一緒に学校に通い、お互いの家で遊んだり、宿題をやったりしたものだ。しかし思春期に入ると、彼は素行の悪い友達と付き合うようになり、次第に疎遠になっていった。その過程もあまり穏やかなものじゃなかった。僕はお婆ちゃんに頼まれて何度か彼に苦言を呈することもあったけど、その度に返って来るのは冷たい拒絶。時には暴力もあった。そして高校進学を機に、全く見かけることもなくなった。


 今なら分かる。詳しいことまでは知らないけど、彼の家庭環境は複雑で、いろんな感情を持て余していたのだろう。とはいえ、当時の僕に何が出来たかと言われたら、どうしようもなかっただろうけど。そして今、バイト先で彼と偶然に出会い、こうしてここでお婆ちゃんと出くわしても、どうすることも出来ない。だけど、


「あの子のこと、よろしくね」


 って微笑まれたら、どう返事していいのか、僕には分からなかった。




 夕方、母がパートから帰って来て、それとなく岡林くんのお婆ちゃんのことを聞いてみた。


「あら、知らなかったの?」


 お婆ちゃんは、岡林くんの高校進学とともに施設に入られたそうだ。一方岡林くんははお父さんの意向で、遠くの全寮制の高校へ入学していたらしい。道理で、高校入学以降は顔を見なかったわけだ。


「そうなんだ。今日ちょっとお婆ちゃんと、お墓で会ったから」


 そう言うと、母は顔をさっと曇らせた。


「———お婆ちゃん、去年亡くなったって聞いたけど」


 えっ。

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