第115話 チョロインと賄賂
「なるほどのう…」
ウルリカは、腕を組んで難しい顔をしている。これも何度目だろう。しかし、毎度毎度「今度こそ大丈夫」と思いつつ、三年後「やっぱループかよ」という落胆。これを乗り越えるためには、心の支えが必要だ。ここのところ、僕はリュカ様を攫い、ウルリカの工房の門を叩くことに躊躇がなくなった。
何回訪問しても、僕のことを知らない二人。彼らからしたら「初めまして」なのだから仕方ない。だけど知ってる。いつもいきなり好感度Maxで現れる怪しいモブに、何だかんだ親切にしてくれる。二人とも善良な人物だ。とはいえまあ、僕も彼らの関心を惹くために、それ相応の対策は怠らない。
「しょれにしても…もっもっ…このブラウニーとやらは…」
ウルリカのみならず森人全体に言えることだが、彼ら彼女らは食べ物に弱い。特に女子には甘いものだ。かつてうろ覚えのレシピを、カバネル子爵家の皆さんが見事にそれっぽいケーキにしてくださったことを思い出す。界渡りを覚えた後、僕は適当だった自炊に精を出し、特にお菓子作りに本腰を入れて取り組んだ。今となっては、セミプロ級を自負するほどだ。なんならプログラミングよりも自信があるかもしれない。
ウルリカはチョコ系、しかもずっしり系が好み。おばば様はレアチーズケーキとかババロアとか、冷たくて口当たりのいいやつ。ばら撒く用のパウンドケーキやクッキーも欠かせない。そして進物は、中身だけでなく外側も大事。ラッピングまでマスターしてしまった。自分でも、時々何を目指しているのか分からなくなる。
彼女よりもっとチョロいのが、リュカ様だ。彼は出来たお子様だが、厨二病という大きな弱点を抱えている。振るうたびにブンブンと鳴る、光る剣。半透明に光る盾。チュンチュンと光線を放つ銃。実はこれらは、「ラブきゅん学園2♡愛の龍王討伐大作戦♡」に登場したものだ。何を隠そう、2の舞台はお隣の皇国。僕はダンジョンの場所も攻略法も知っている。リュカ様は超後衛型、剣術も弓術も習得していないのに、剣を持てば振り回したくなるし、銃を持てば撃ちたくなる。
「パワーが共にあらんことを」
この一言で、即落ち二コマだ。ちょっと心配になるくらい。
そう、界渡りを繰り返す間、僕は考えた。別に6の中だけで問題解決しなくてもよくね?と。これまで、1から5までの制作に関わって来たわけだもの。その中で得た知識やスキルを、ループ脱出のために使ってもいいのでは。
僕がループを繰り返すこの世界は、オープンワールドのソシャゲ「ラブきゅん学園6♡愛の諸国漫遊大作戦♡」の舞台だ。しかし実は、1から5の世界観と共通している。この世界は、地球よりちょっと小さくて、でも地球の公転速度や重力、太陽や月の位置関係などは同じ。物理的には説明がつかないんだけど、そこはご都合主義だ。この惑星———公式に名前は付いてないんだけど、便宜上ラブきゅん星———の各地に、四つ葉のクローバーのように四つの大陸が配置されている。
仮に僕の住む大陸が右上だとすると、ウルリカの故郷の大森林は左下。左上が、1・4・5の舞台。2は、ラシーヌのお隣アルノルト皇国。3は大陸沖の列島。6は、プレイできる国が各大陸一つずつ配置されていて、右上大陸を選べばアーカート。そんな感じになっている。
それぞれのゲームのことを一つ一つ説明していたらキリがないから割愛するんだけど、ゲームは所詮ゲーム。例えば、4は錬金術学校が舞台になっているんだけど、ゲームの中では濃縮付与やMax付与は登場しない。逆に、ウルリカたち森人が把握していないレシピも存在する。これが現実とゲームとのギャップで、両方を知る僕の強みでもある。
逆に現実とゲームとのギャップで僕の弱みな部分。それは、今僕の住んでいる舞台(だと思われる)6の世界は、オープンワールドのソシャゲということだ。つまり、一度に複数のプレイヤーが自在にキャラを攻略出来る、ある意味斬新、ある意味カオスな作りとなっている。どういうことかというと、あっちの世界でこのゲームをプレイした場合、ゲームの中には何人ものプレイヤーが一度に存在していて、お互いチャットしたりお茶会を開いたり、アイテムを融通し合ったり出来るということだ。なお、あるプレイヤーがある攻略対象とデートに出かけていても、他のプレイヤーも同様に同じキャラとイベントをこなせる。言葉にして説明するのは難しいが、同じ舞台の中で同時にパラレルワールドが存在するわけだ。
しかし、この世界の僕から見れば、ピンク頭は一人。つまり、僕がどのプレイヤーのパラレルワールドで自我を持つのかは運次第。しかもどうやら、プレイヤーの取った行動や攻略結果がグッドエンドだろうがバッドエンドだろうが、僕のループとは関係ないっぽい。あるピンク頭のプレイが終われば、次のピンク頭のパラレルワールドで目覚める、みたいな。
———ピンク頭が攻略対象と結ばれれば、ループは終わるはず。そう思って頑張ってきた、僕のこれまでの苦労は何だったんだ。
しかし、過去を思い出してくよくよしても始まらない。かつて初めて界渡りをした時、リュカ様が言った。
「すごいよアレクシ!まるで神様みたいだ!」
そう。向こうの世界でプログラムを書き換えられるのは、僕の唯一かつ最大の強みだ。そして厳しい制限があるとはいえ、僕には異世界を行き来できる夢のようなチートがある。いつか必ず、どうにか出来るはず!———多分、きっと。
ウルリカの工房の腐海の中、辛うじて片付けたテーブルで。三人でケーキを突きながら、僕は改めてループ断絶を心に誓った。