植物戦士 ネイチャーグリーン
すっかり春ですね。
西暦2XXX年――地球を支配していたのは人類ではなく、凶悪に進化した植物群【夜廃植物】であった。
生い茂る樹木は己等の生息域を脅かす生物を排除すべく、強力な毒素を花粉に乗せて飛ばすようになった。人類ほど高くはないものの知能と自我を有し、生物を狩るための運動機能を発達させた食肉植物たちは、地上にて頂点捕食者の地位を獲得した。
花粉にさえ人類の対抗策は追いつかず、針葉樹林が地上を侵食するにつれて 人類を含めた多くの生命が死滅した。全盛期は地上を埋め尽くすほどに繁栄した人類も、今や海沿いの地方のみに小さな集落を作り 息を潜めるように暮らしている。
それでも、全ての人類が滅びの宿命を受け入れているわけではない。いつの日か【夜廃植物】を駆除するべく、僅かな光明を求めて 危険な森林を探索する者も存在した。
防花粉マスクと、片手で扱える程度に小型化された連弾式火炎放射器を装備した、背格好から十五、六の年頃のツンツンはねた赤毛の少年――シュシュもそのうちの一人である。
自身の所属している《徹底的に除草作業し隊》に通報された賞金根、【ヒトドリグサ】を除草すべく、シュシュは単身 食人植物の潜む《ハルバータシティ》の森を捜索していた。
[1]
「……おかしい。こんな奥地まで来て、未だに【ヒトドリグサ】の痕跡が見つからねーなんて……」
かつては《エヴァー・ラッキー》と呼ばれていたこの地域で、メロンをはじめとした青果の産地として名を馳せていた《ハルバータシティ》。しかし現在では、食用であった野菜も凶悪な【夜廃植物】へと変貌してしまった。住民が逃げ出した後に【夜廃植物】たちは我が物顔で勢力を伸ばし、人里であった土地はすっかり深い森に覆われている。最近では隣接する集落《ディアイランド》にまで食人植物が出没し、人的被害も大きくなりつつあった。
目撃情報があってから、そう時間が経っているわけではない。それなのに、【ヒトドリグサ】が森へ帰ってきた痕跡が、どこにも見当たらないのだ。
「まさか、まだ集落から出て来てないんじゃ……」
「少年よ、お探しのモノはコイツかね?」
「……!? 何者だっ!!」
どこからか太く力強い男の声が聞こえ来る。思わずぐるりと周囲を見回すと、頭上から巨大化したハエトリグサ――【ヒトドリグサ】の捕人器が開いたまま降ってきた。シュシュの頭に見事に被さる。
「うわああああっっ!! コレだけどこの渡し方はねーだろっ!!」
「ハッハッハ! 礼には及ばんよ。私は『植物戦士 ネイチャーグリーン』、愛と欲望の哀しきヒーローだ」
「待って待って、このタイミングで”何者だ”の答え 返してこないで!!」
「とうっ!」いまだ【ヒトドリグサ】の捕人器が外れていないというのに、正面に何者か――もとい、『植物戦士 ネイチャーグリーン』とやらがスタン、と着地する音が聞こえた。
こんな真似をしておいて、どのツラを下げてヒーローを名乗っているのか見てやろうと捕人器に手を掛ける。途端に バクリと捕人器の葉がシュシュの両手まで挟んで閉じる。
「しまった! 悪いけどアンタ、コイツを外すの手伝ってくれねーか?」
「なぜに私がそんな事を?」
「たった今、自分でヒーローだって名乗ってただろ!?」
「確かに私は愛と欲望の哀しきヒーローだ。助けを求める声には応じよう。しかしそれが人様に向かって物を頼む態度かね?」
「常識的なヒーローはそんな事言わない!!」
「この私がいつ、常識的なヒーローだと名乗った? 私は通りすがりの植物戦士でしかないのだぞ?」
「もうヤダ、このヒーローめんどくさい!」
助けを求める相手を盛大に間違えてしまったようだ。幸いこの【ヒトドリグサ】は仮死状態になっている、すぐに消化されることはないだろう。今のうちに片手だけでも抜け出せれば……。
「おいキサマ! この私、ネイチャーグリーンを前に いつまでシカトぶっこいているつもりだぁ!!」
スパァン! と頭に被さる捕人器ごと引っ叩かれ、為すすべなく吹っ飛ばされた。それでも捕人器の葉は外れないどころか、何やらモゾモゾと動き始める。
「バカああああ!! 何で外れる前に【ヒトドリグサ】起こすんだよぉ!!」
「抵抗しない相手に攻撃するなどと卑怯な行為は、私のポリシーに反するのでな」
「抵抗しないどころか、助けを求める相手を吹っ飛ばしておいて言う台詞がそれか!?」
「なんと、助けを求めていたのはキミだったのか! 力及ばず、みすみす見殺しにしてしまったお茶目な私を許してくれ……」
「ヒーローとしては許されざるよ!? てかまだ、見殺されてない!」
このままネイチャーグリーンと名乗った不審者の相手をしていては、動き出した【ヒトドリグサ】の消化液に溶かされるのも時間の問題だ。周囲の様子は見えないが、近場の障害物にでも体当たりをしてみよう。
記憶に残る限り崖はなかった。樹木か岩にでも当たることを期待し、思いっきり前方へ走り出す。
「あぁンッ!」
覚悟していたよりもずっと早く、何かにぶつかる。と、同時に野太い野郎の喘ぎ声が響き渡った。
「ちょっとキミィ! 出会ったばかりで私の胸に飛び込んで来るのは、その、さすがに心の準備が……」
「なんでそこにいるんだよ!! 心の準備が出来てないなら、避けてくれよ!!」
「無茶を言うな。とにかく今、キミが私の大胸筋に飛び込んだことで 右の乳首の自爆&他爆スイッチが突かれて起動してしまった。あと二秒ほどでオペレーションボンバーファイヤだ」
「何言ってんの、この変た――」
オペレーションボンバーファイヤ。
それはそれは凄まじい爆発が その場に立つ全てを弾き飛ばしたのだった。
**
気が付くと、ベッドのような場所に寝かされていた。
「あれ? オレ、生きてる……? どこだ、ここ」
仰向けに寝転んだまま、シュシュは見える範囲を見渡してみた。南国のツリーハウスのような、壁は樹の皮、屋根はシュロの葉を幾重にも被せて作られた小屋の中だ。
「やあ、気がついたかね」
割と最近 聞き覚えのある、野太い声が足元から飛んでくる。恐る恐る体を起こすと、そこには――。
「チャオ☆ ネイチャーグリーンだよ」
「あっ、コレ 悪い夢だわ。もっかい寝て起きよう」
これは夢。これは夢。これは夢。少なくとも、天国にいるということはなさそうだ。
今一度横になり、目を瞑る。脳内で十数えたあとで、再びシュシュは目を開いた。
「ぎゃああああ!! やっぱりオレ、死んぢまっただーっ!! 緑の強面が、緑の強面地獄がああ!!」
視界の全てを埋め尽くす、緑色をしたスキンヘッドの濃いめのおっさんフェイス。眉骨と鼻梁と頬骨の三大山脈に挟まれ、眼窩は深い闇に沈んでいる。何より特徴的なのは、顔の半分を占めていようかという顎であった。逞しく、力強く、そして 深く筋が刻まれている。見事なケツアゴだ。ケツアゴの化身、ケツアゴッド降臨だ。
「落ち着くのだ、少年。まずは安心したまえ、ここは私の経営するラブホテルの一室だ」
「ヒーローもラブホ経営するもんなの!? 何をどう、安心すればいい!?」
「もちろん、時間分のお代は頂戴するからね。これで私の懐もひと安心だ」
「安心するの そっちかよ!!」
「そうだ、そんなことより」この《ハルバータシティ》の森に来たのは、賞金根である【ヒトドリグサ】の除草のためだった。オペレーションボンバーファイヤ直前までシュシュの頭に被さっていた【ヒトドリグサ】は、あの爆発で吹き飛んでしまったのだろうか。
「オレは《徹底的に除草作業し隊》の隊員、シュシュ。さっきの【ヒトドリグサ】の除草依頼を受けてこの森に来たんだけど、除草された証拠になるものとか 残ってねーかな」
捕人器の葉の切れ端でも残っていれば、とパーカーのフードをパタパタやってみた。いつもより軽い。
「あああ、溶けてる……着心地良くて気に入ってたのに……」
「食人植物を相手にするのに、薄手の服など着ているからだ!」
「もうちょっと重装備するべきだったか……って、オイ! まさかアンタ……ッ!?」
改めて、自称 植物戦士ネイチャーグリーンに向き直る。「ちょっと近すぎる」両手で少し押しやって距離を開けてから、全身緑色のケツアゴ不審者の全体像を確認する。
これは全身タイツでも、ボディペイントでもない。頭の天辺からつま先まで、自前の緑肌だ。
つまるところ このマッチョなヒーローの纏う鎧は、緑色のブーメランパンツ一枚だ。
「そう! 最初から服など着ていなければ、破損する心配はないのだ!」
「……パンツは破損してもいいってこと?」
「ぬ!? パンティの破損は由々しき事態だな。これも脱いでおくか、よいしょ」
「ゴメンナサイスミマセン言い過ぎました!! あとパンティとか言わないで!!」
脱ぎかけたネイチャーグリーンのブーメランパンツから、ポロリと何かがこぼれ落ちる。
「ええー、そんなトコから証拠品出してくるのー?」
「期待させてすまないが、これは私の長ナス(品種は筑陽)だ」
「採れたては焼きナスが一番だよね」
「まあまあ待ちたまえ待ちたまえ。まずはその物騒なモノを収めて、私の話を聞こうではないか」
「”聞こうではないか”はこっちが言うべき台詞だろ」
無意識に身の危険を感じ、条件反射的に抜いてしまった携帯用連弾式火炎放射器を しぶしぶ腰の後ろに収める。ポロリとこぼれ出た長ナス(食用の野菜)をシュシュに手渡し、ネイチャーグリーンはいつになく真剣な眼差しを向けてきた。
「税込みで3280円になります」
「ブランド野菜にしたって高いわ!!」
売り込みに失敗し、素敵な長ナスはシュシュに突き返されてしまった。悲しげな表情で鋭く舌打ちすると、再びネイチャーグリーンは シュシュに真っ直ぐ顔を向ける。
「さて。さきほどキミは【ヒトドリグサ】除草の証拠品が必要だと言っていたね」
「うん、そんな大きな物でなくていい。集落の人が怯えないで済むように、除草したと目に見える証拠であれば 何でも」
「なるほど。よし、了解した!」
シュシュの言葉に力強く頷き、ネイチャーグリーンは小屋の出口へと歩き出す。颯爽としたその僧帽筋に「証拠品が残ってるのか?」と問いかけると、顔だけ振り返ったネイチャーグリーンは任せろと言わんばかりに、親指を自身に向けた。
「証拠品は、ワ・タ・シ☆」
我に返った時には シュシュの足裏は既に、ネイチャーグリーンの顔面にめり込んでいたのだった。
[2]
ここは《夜廃植物を除草するための対策本部》。【ヒトドリグサ】の除草報告をするため、ひとまずシュシュは総合窓口で受付をしているエルトリーに声をかけた。
エルトリーはセミロングの金髪に色白で頬に少しそばかすの残る洋風の顔立ちをした 可愛らしい少女で、シュシュより一つ年上らしい。幼馴染というわけではないが、シュシュが《徹底的に除草作業し隊》に入隊してから もうだいぶ長い付き合いになる。正直なところ、シュシュも憎からず思っている。
「あら、おかえりなさい シュシュ。今日も無事で何より。【ヒトドリグサ】の除草は上手くいったの?」
「うん、一応は。ただ、証拠の品が持ち帰れなくて」
「そっかーちょっと報酬、減っちゃうねぇ」
どんまい、とシュシュの肩を叩いてエルトリーは微笑する。減った分の報酬はコレでもいいか。
「何を言っているんだ、シュリケンブレード君! 証拠の品ならこの私が居るではないか!!」
《夜(略)部》建物内に朗々と響き渡る 聞き慣れぬ声に、シュシュを除いた誰もが出処である玄関口に注目する。そして一瞬の間を置き、主に女性の悲鳴がそこかしこから上がる。
「シュリケンブレードって、頭文字しか合ってなくない?」
「ヤダ、何よあの人……人? シュシュ、知り合い?」
「ハッハッハ、あんな変質者と知り合ってるとかないわー」
「なに、遠慮することはない。胸を張って、この植物戦士 ネイチャーグリーンのマブダチだと名乗るが良い、シュビドゥバベロンチョ君!」
「呼びたいように呼ぶの止めよーぜ?」
「ほら、やっぱり知り合いだよね? マブダチなんでしょ。あーあ、百年の恋もいっぺんに冷めちゃったなぁ」
どこか淋しそうな顔で、エルトリーは小さくため息を吐く。
「お嬢さん。……憂いを帯びた表情も綺麗だ。だが、あなたの最も美しい表情は笑顔ではなかろうか」
「まぁ……」
「というワケで、早速ですが私の種を植えませんか? あなたなら私のクローンのような、カワイイ息子たちが芽吹いてくれるはずさ」
緑色の歯をキラッと輝かせ、ネイチャーグリーンはブーメランパンツに手を突っ込んだ。またもや立派な長ナス(今度の品種は庄屋大長)を引っ張り出す。
「おっと間違えた。長ナスではなく、私の種を渡さなけれぶほぁっ!!」
「誰にナニ渡してくれてんだゴルァ!!」
鼻息荒くネイチャーグリーンを殴り飛ばし、シュシュはエルトリーとの間に割り込んだ。
「これで確信したぞ! ネイチャーグリーン、お前も人類の敵【夜廃植物】だったんだな!!」
「ま、待ちたまえ待ちたま……バレてしまっては仕方ない」
「えっ? うそ、ホントに【夜廃植物】だったの?」
「なーんてな! エイプリルフールのハートウォーミングなジョークさ」
「エイプリルフールに間に合わなかった件についてはどのようにお考えですか」
「ネタとして間に合わなければ、事実にしてしまえば良いだけのことさぁ!!」
変装を剥ぎ取るがごとく、ネイチャーグリーンはブーメランパンツに手を掛ける。
「止めろ、ネイチャーグリーン!! 公衆の面前だぞ!?」
「若く美しい女性たちの注目を浴びながら脱ぎ散らかすパンティは最高だぜヒャッハー!」
シュシュの制止も虚しく、ネイチャーグリーンのブーメランパンツが弾け飛ぶ。怯える女性たちの悲痛な叫びが上がった。
「安心したまえ、もう一枚 履いてますよ」
輝く笑顔のネイチャーグリーンの股間には、確かにブーメランパンツが元通りに装着されていた。
「……どっちがいい?」
「む? 一体なんの話だい?」
「【グリホサー屠】と【ラウン怒アップ】、どっちの除草剤をぶっかけて欲しいかって訊いてるんだよ!! もちろん、原液5Lをな!!」
「あ、【HB‐1001】でお願いします」
「この期に及んで活力剤を所望するか! もういい、エルトリー! 台所用の漂白剤持ってきて‼」
「シュシュ、ちょっと落ち着いて! 総帥がいらしちゃった」
後ろからエルトリーに裾を引かれ、シュシュもハッと我に返る。《夜(略)部》内は水を打ったように静まり返った。
「随分とレディたちがイエローヴォイスをシャウトしているようだが、これはワッツのパーリィかね?」
「ハンサームッシュ総帥……」
人だかりが干潮のように引いた奥から現れたのは、ダークブロンドの髪を七三分けに固め 黄色のスーツをはち切れんばかりに筋肉で満たした、大柄な中年男性であった。彼こそ《夜(略)部》総帥、ハンサームッシュ氏である。ハンサームッシュ総帥その人の顎にもまた、深い切れ込みが刻まれていた。とてもセクスィーなButt Chin Guyだ。
「総帥、敵襲です!」
「ワァーッツ!? テイスティング、バットチンプレェス!!」
「あああ危なっ!! 総帥、敵はあっちです! オレは名前すら覚えてもらえない ヒラ隊員ですっ!!」
『敵襲』という単語に反応し、ハンサームッシュ総帥はなんだか良くわからないけど凄い技を繰り出した。
既の所でどうにかシュシュは避け切った。が、さっきまでシュシュの立っていた場所には、なんだか良くわからないけど凄い攻撃の痕跡が 細くピンク色の煙を吐いている。
「おっと、ソーリーソーリーアイムソースイー。吾輩としたことが、強者のオーラにヒットされてしまったようだ」
「ハンサームッシュ総帥ってば、なんてセクスィーなの……」
「マジで!? なんで今のでエルトリー、魅入られてるの!? オレ、とても(あのケツアゴには)太刀打ち出来ないんだけど!!」
蕩けるような眼差しでハンサームッシュ総帥を見つめるエルトリーに、シュシュは失恋の足音を感じていた。
「ほほう? 人類にもこの私に対抗し得る剛の者が存在したとはな」
何の攻撃もされていないにも関わらず、両腕を交差して防御態勢を取っているネイチャーグリーンの周囲の地面が抉れている。「いや、流れ弾すら行ってないっしょ?」シュシュの言葉は誰の心にも届かない。
ザザ、と砂埃を掻き分け ネイチャーグリーンは一歩、また一歩と踏み出した。
そして、もう一歩(合計三歩)進んで二歩下がる。
「いかん、私は 愛と欲望の哀しきヒーロー……久しくまみえなかった好敵手と邂逅したからとて、罪なき人々を巻き込むわけには……っ!!」
「ラヴとディザイヤのサッドネス勇者、とな? 戦士よ、ストーリーをヒアリングさせてプリーズ」
右手を差し出し、ハンサームッシュ総帥がネイチャーグリーンに歩み寄る。しばし俯き、唇を噛み締めた後でネイチャーグリーンは その手にピーマン(品種はエース)を握らせた。
「……持ってけ価格2850円になります」
「なるほど、アンダースタンしたよ。バット、これはノーセンキューだ、吾輩は 京みどり(品種名)派でね」
「いったい 何が読み取れたんですか、総帥……」
突き返されたピーマンを切なく見つめる ネイチャーグリーンの顎の尻がパカリと開く。そこから放たれたビーム光線は、壁面にスライド画像のようなものを映し出した。
【体内菜園ABC! コレであなたも 植物戦士ネイチャーグリーン☆】
「待って待って待って、最初のツッコミに躓いていろいろ間に合わないんだけど!!」
――キミは知っているだろうか。【夜廃植物】として芽吹いたにも関わらず、人類を偏愛し 人類の生娘に欲情するが 一度として種を植え付け芽吹かせた経験のない、孤独に戦うヒーローのことを。
「普通に人類の敵じゃねーか。永遠に孤独でいろよ」
「まあまあ、ここからがいいところなんだ」
マッチョなボディと豊かな菜園能力を秘めるスーパーパワーを駆使し、『植物戦士』として覚醒したネイチャーグリーンは、今日も 愛する人類を守るため、全ての二十歳未満の美しい女性に己の種を芽吹かせてもらうため、【夜廃植物】を裏切り 戦い続けるのであった。 〜完〜
「終わっちゃったよ!? いいところ、全部 端折られてたよ??」
「詳しい経緯は有料記事だ、課金してキミの目で確かめてくれ! シュシュ何とか君」
「いや、もういいから! 名前もシュシュだけ覚えてればいいから!」
ケツアゴビームによるスライドショーが終了し、ネイチャーグリーンの顎の尻が閉じる。ハンサームッシュ総帥ただ一人が、頬骨に涙を伝わせ 拍手を送っていた。
「同じバットチンをハヴするメンズとして、ティアーロスではワッチングできなかったよ。バット、アイムトップメンオブ《夜(略)部》。ノーコンディションではユーをウェルカムすることはインポッシブルだ」
「……所詮 私は植物戦士。人類に笑顔で受け入れてもらえるとは、成功率八割程度にしか考えていなかったさ……」
「自分の中では、結構な勝算あったんだね」
「そこで、ユーにミッションをギヴしようではないか!」ハンサームッシュ総帥は ジョリ、とほんのり青味を帯びた自身のケツアゴを撫で、エルトリーに何かを要求するような目線をやった。
「どうぞ、総帥! 川向こうから輸入した落花生(品種は郷の香)ですっ!」
「センキュー、レセプショニスト」
受け取った落花生の端を顎の尻に挟んで軽く捻り、ハンサームッシュ総帥は中から豆と小さく丸められた紙を取り出して開く。豆の方は親指で弾き飛ばし、一つはネイチャーグリーンのケツアゴに、もう一つはシュシュの鼻の穴にホールインワンさせた。誰もが認める 見事な狙ピーナッツ撃能力だ。
「ルッキングの通り、リヴァーオーヴァーゼアからニューなヘルプコールがカミングだ。ユーたちには賞金根【散屠矢刃杉】をレッツトリミングにゴーして欲しい」
「えっ? オレもスか??」
予想もしていなかった展開に荒くなった鼻息で、シュシュの鼻からピーナッツが飛び出す。床に落ちたそれをサッと拾い上げ、ネイチャーグリーンは笑顔でシュシュに手渡した。
「はい、三秒ルール☆」
「鼻の穴に突っ込まれた時点で食えるかぁ!!」
「このご時世に、食べ物、それも植物由来のものを粗末にするのは いただけないな」
「そのピーナッツこそいただけないよ!! (小声で)元はと言えば、飛ばしてきたの総帥だから!」
シュシュとネイチャーグリーンのやり取りを気にした様子もなく、ハンサームッシュ総帥は落花生のおかわりをエルトリーから受け取っている。顎の尻で挟んで割っては「ヤミーヤミー」と豆を口に放り込む。
「ノープロブレムにミッションをコンプリートしたなら、強き者よ。我らが《徹底的に除草作業し隊》の隊員としてウェルカムしようではないか」
「総帥、めちゃめちゃピーナッツ食いながら大事なこと言ってる……」
「(小声で)それにしても彼、カタカナ英語ばかり使うから 何言ってるのかサッパリだよね!」
「(小声で)完全に同意するけど、当事者はちゃんと聞いておけよ‼」
「うむ、シュシュシュ君というマブダチが共に戦ってくれるというのは心強いなぁ!」
「いっこ多い!! あと、マブダチの意味はちゃんと理解して使ってるのか!?」
「ズッ友ってことだろう?」「まず、友達になった覚えがない!」
そんなこんなで、シュシュはネイチャーグリーンと共に賞金根【散屠矢刃杉】の伐採に向かうこととなった。
[3]
川向こう――《サウザン・ドリーフ》地域は、既に【夜廃植物】の魔の根が張っていた。辿り着いた先《イーストヴィラ》は、至るところにスギ花粉が漂っていて 防花粉マスクなしではとても歩けそうにない。
「かつてこのスギ花粉により、人類の六割が死滅してしまったという。【夜廃植物】の中でも凶悪さはトップクラスだ。まあ、この私 ネイチャーグリーンの足元にも及ばんがね」
「それはアンタが最も凶悪な【夜廃植物】ってことでいいのかな?」
「待ちたまえ待ちたまえ。なぜキミはそう、すぐに火炎放射器を向けてくるんだい? そんなに私のハートに火をつけたいのかね」
「自分の胸に手を当てて、ちょっとでいいから考えてみようか」
シュシュの言葉に、素直にネイチャーグリーンは己の左胸に手を当てた。ポチッと小気味良い音がする。
「おっと、左の乳首の花粉放出スイッチが入ってしまった! ケツシリから花粉が放出されてしまう!」
言うが早いか、ネイチャーグリーンのケツシリから黄色い花粉がとてつもない勢いで噴き出してきた。
「本尻にはケツ付けなくていいと思う!! それより花粉に花粉で対抗するのは無茶苦茶すぎる、早く止めろよ!」
「生理現象を止めろなんて、それこそ無茶を言うんじゃない」
「スイッチで起動する生理現象なんてあるか!!」
「仕方ない、右の乳首のスイッチを押すか」
「本気でちょっと待って! 右の乳首スイッチって」
「そうだ、オペレーションボン――」
オペレーションボンバーファイヤ〜花粉塵爆発を添えて〜。
周辺に漂う花粉を巻き込み、それはそれは大規模な爆発が一帯を焼き飛ばしたのであった。
**
「……あれ? なんとも、ない……?」
今度こそ消し炭になって打ち切り全滅エンドを覚悟していたが、意外にもシュシュ自身には何の影響もなかった。こわごわ辺りの様子を窺うと、爆発自体は確かにあった様子だ。一面の焼け野原が見渡す限りに広がっている。ネイチャーグリーンの姿は――ない。
「ネイチャーグリーン? おい、ネイチャーグリーン!? こ、こんな時にふざけてるなよ」
両腕を広げた人型の影がシュシュの足下に残っている。
「お前、何のために【散屠矢刃杉】伐採に来たんだよ……人類に受け入れてもらうためだろ? オレ一人、かばって終わるためなんかじゃ……」
爆発し、吹き飛ばされたはずのスギ花粉が、何処からか風に乗って流れ来る。ハッと風上に目を向けると、先刻の爆発をものともしない顔で 巨大な杉の木が丘の上より悠々と枝を揺らしていた。
「アイツか。アイツが、【散屠矢刃杉】か……」
「ほう、なかなか葉応えのありそうな巨木ではないか」
たった今、燃え尽きてしまったはずの声が聞こえる。そうだ。ヤツはこんな事でいなくなってしまうような、やわなヒーローではない。
「所詮、杉の木一本。我々の敵ではないさ」
「派手に燃やして、勝利の暁には枝葉でキャンプファイヤーをするのもよかろう」
「まあ 待ちたまえ、角材にして平均台を作ろうではないか」
「平均台よりも手彫り工芸品のヒーローフィギュアを作って、子どもたちに配布するのはどうかね?」
おかしい、独り言を呟いている感じではなさそうだ。
恐る恐る 複数の声の元を辿ると、そこには――。
――赤、紫、黄、薄茶、そして緑の肌を持つ、同色のブーメランパンツのみ装備した スキンヘッドのケツアゴマッチョメンが五人、ポーズを決めて並んでいた。
「増えてる!! 五人に増量してるっ!?」
「ネイチャーレッドだ」「ネイチャーパープルだ」「ネイチャーイエローだ」「ネイチャークリームだ」「はじめまして、ネイチャーグリーンです」
「ネイチャーグリーンははじめましてじゃない! 他の皆さんだよ、はじめましてなのは!!」
「五人揃って、」
「植物戦隊 ネイチャーファイヴ!(✕2)」「植物戦隊 ネイチャーカラーズ!(✕2)」
「植物戦士 ネイチャーグリーン!」
「揃ってない以前に派閥が出来ちゃってるよ!? あと、ネイチャーグリーンは自分を曲げないんだね!?」
「私は最初から 孤独なヒーローだからね」
「自分の分身ですら味方についてくれないの!?」
どこまで本当かは判らないが ネイチャーグリーンの語るところによると、左右の乳首スイッチを同時押しすることによってネイチャーコンパチが大量発生し、外部の衝撃を緩和するバリアの役目を果たすのだという。大部分のネイチャーコンパチは弾け飛んでしまったが、中でも屈強な四体と本体だけは生き残ったという訳だ。画面右下に注目して欲しい。おわかりいただけただろうか。それではスローモーションでもう一度。
「いや、VTRはもういいから!! 絶対、見ててもおわかりいただけないから!!」
「そうか……一人だけ、激レアなネイチャングリーンが混ざっていたのに」
「ナニソレ、怖いけどちょっと気になる」
「む!? スローモーション再生での確認は後でのお楽しみにしよう。……風向きが変わったようだ」
ネイチャーグリーンが丘の上に視線を向ける。真剣に見つめるその先には、バッサバッサと花粉をまき散らす【散屠矢刃杉】がそびえている。
刹那、【散屠矢刃杉】は自ら根っこを引き抜き、わさわさと丘を駆け下りて来た。
「まあ、そうだよね! 【夜廃植物】だもんね!! このくらい予想してたよ、チクショー!」
火を使うとまた花粉塵爆発を引き起こしてしまうかもしれない。携帯型連弾式火炎放射器を収め、伸縮式三徳枝切り鋏に持ち替えた。あのサイズの巨木相手には枝葉を落とすくらいしか出来ないだろうが、それだけでも花粉被害は抑えられるはずだ。
「よし、今こそ右の乳首のスイッチを!!」
「さっき爆発したばかりだろ!? なんでオレが武器 持ち替えたか分かろうとしないの!?」
ネイチャークリームの提案にすぐさま噛みつくシュシュに、「大丈夫だ、問題ない」とネイチャーグリーンは人差し指を真っ直ぐ立てて 体の方を左右に揺らす。
「何その動き。枝切り鋏の鋏部分を枝切り鋸に付け替えて挽く?」
「ハッハッハ! そんな鋸でこの私の腹筋背筋側筋に傷一つ付けられるものかぐおわああああ!!」
「あっ、なんかゴメン……メンタルの方、傷付けちゃったみたい」
「グウッフ……すまんな、枝切り鋸には苦い思い出があるんだ。あまり私の腹筋に向けないでくれるとありがたいぐおわああああ!!」
「後で苦い思い出について詳しく聞きたい」
メンタルに多大なダメージを負いつつも、ネイチャーグリーンは満面の笑みで親指を立てていた。
「よし、今こそ右の乳首のスイッチを!!」
「今度はネイチャーパープルかよ!?」
「一番良いのを頼む」
またもや止めに入ろうとするシュシュを、ネイチャーグリーンは右手を上げて制止する。
「安心したまえ。ネイチャークリームとネイチャーパープルの右の乳首は起爆スイッチではない」
「哺乳類は右の乳首に起爆スイッチなんか備えてねーんだよ」
「ならば哺乳類の雄は、右の乳首に何を備えているんだい?」
「……。そんなことより、ネイチャーパープルの行動の意味を教えて?」
「よし来た!」「合体!」
ネイチャーパープルとネイチャークリームは叫ぶやいなや、それぞれ自身の右の乳首のスイッチをポチッとした。紫と薄茶の眩い光が二人を包み込む。
――そして。
光が消えた後にネイチャーパープルとネイチャークリームは、トーテムポールさながらに肩車をしていた。上がネイチャーパープルで下がネイチャークリームだ。
「今のは、絶対に肩車が崩れないスイッチだ」
「肩車にスイッチって必要!? ん? でも 絶対に崩れないなら、それを利用した攻撃が……」
「ゆくぞ、クリーム!!」「ガッテンだ、パープル‼」
肩車をしたまま、ネイチャーパープルとネイチャークリームは 【散屠矢刃杉】目掛けて駆け出していった。紫と薄茶のダブルマッチョメンの突撃は、インパクト抜群だ。
「! そろそろだな。パープル、クリーム! 左の乳首のスイッチを押すのだ!!」
ネイチャーグリーンの合図に合わせ、ネイチャーパープルとネイチャークリームは左の乳首のスイッチを同時に押した。それぞれのケツシリから黄色い花粉が噴射され、迫りくる【散屠矢刃杉】へと突撃の勢いを強める。
衝突する瞬間、【散屠矢刃杉】が無造作に振り回した枝にパァン! と弾き飛ばされた。肩車は崩れることなく、ケツシリから花粉を噴き出しながら ネイチャーパープルとネイチャークリームは 遥かな空の彼方へと消えていった。
「……あの人たち、何がしたかったの?」
「ふん、パープルとクリームは我々ネイチャーファイヴの中でも最弱とブービー……」
「肩車をしながら飛んで行くくらいしか出来ない、ネイチャーカラーズの面汚し共よ……」
「こらこら、仮にも植物戦士仲間をそんな風に腐すのは、ヒーローとして感心しないぞ」
「どうしよう、ネイチャーグリーンがマトモなケツアゴヒーローに見える」
「レッドにイエロー、さっさとキミたちも玉砕してくれないか。シュシュポポ君が退屈しているぞ」
「さすが孤独なヒーロー、全方位を敵に回す抜かりのなさ! そー言うトコだよ!!」
「言われなくても」と、ネイチャーレッドとネイチャーイエローも 不敵な笑みを浮かべつつ、それぞれ右の乳首のスイッチをポチッとした。
オペレーションファイヤワークス、ダブル。
真っ昼間の青空にも負けない 赤と黄色の花火が、天高く弾けたのだった。
「ちょっとネイチャーグリーンさん!? ホントに二人とも玉砕しちゃったんだけど!?」
「ああ、尊い犠牲だった……」
「いや、不要な犠牲っしょ!! また二人に戻っちゃったじゃねーか!!」
「なあに あんな杉の一本ごとき、私とキミが力を合わせれば大した敵じゃない」
玉砕したネイチャーレッドとネイチャーイエローに見向きもせず、【散屠矢刃杉】は迫りくる。このままでは スギ花粉の餌食だ。
「さあ、我々の友情パワーを見せつけてやろうではないか!」
「存在するなら、是非 オレも見てみたいね! 友情パワーとやらを」
「オッケー☆」
とても緑臭く良い笑顔で応えるやいなや、ネイチャーグリーンはシュシュの首根っこを引っつかんだ。「はっけよーい」そのまま大きく振りかぶって――「のこったぁ!!」投げた。
「届け、私の友情パワー☆ 尊さに爆発四散するが良い」
「ぎゃああああ!! 今すぐヒーロー辞めちまええええ!!」
その勢いに風圧に 漂う花粉はかき消され、【散屠矢刃杉】が抵抗する間もなく シュシュは樹冠に突っ込んだ。
「無事、届いたようだな。さて、私はここらでひと休み……」
「させるかよぉ!!」
「ぐおわああああ!! 杉の枝に跨ったまま、枝切り鋸を私に向けるなああああ!!」
敵の枝に跨っていながら、味方であるはずのネイチャーグリーンの腹筋に 枝切り鋸を最長まで伸ばして突き付けるシュシュに、【散屠矢刃杉】はさも愉快そうに枝葉を震わす。
『フハハハハ! おんごったなぁ、ネイチャーグリーンよ』
「喋った!? あ、でも【夜廃植物】だし、喋ってもおかしくないか」
ご立派な図体の割に【散屠矢刃杉】は、舌足らずな少女のように可愛らしい声をしていた。無意識のうちにシュシュも、樹冠の中の声の出処を探してしまった。
『いしが人間のやんらとどーもどーもしとる間に、おらはこのいら うんならがして花粉だらけにしてやったぇ。おめらいばかっくるげしたら、えさけった。えさけって、おらさのせなぁのねぇぎでも植えっペや』
「くッ、何を言っているんだ……? 《古代 エヴァー・ラッキー語》か? 川向うだというのに」
「”早く帰って、畑仕事したい”って言ってるよ」
「分かるのか、シュンミンアカツキヲオボエズショショテイチョウヲキ君!?」
「地元っ子ですから。てか、離れた上に長くなったな 呼び方」
とは言え【散屠矢刃杉】には敵意があり、仲間を殖やす意思も持っている。ネイチャーグリーンが気を引いている間に、弱点を探し出さなければ……!
密集して移動しづらい杉の樹冠の中を慎重に探り、声の出処と思しきそれを 遂に見つけ出した。
『あれやれや』
幹と枝の分かれ目にぴょこんと飛び出した、手のひらサイズでおかっぱ頭の緑色をした可憐な少女がいる。シュシュに見られていることに気づくと、恥ずかしそうに小さな両手で顔の半分を隠してしまった。
ササッと髪型と眉を整え、ニヒルな笑みを作ると シュシュは小さな少女に右手を差し出した。
「やあ、驚かせてゴメンよ 可憐なドライアドちゃん。他の人類は放っておいて、オレと仲良くしないかい?」
『ああ? んだおめ、あだまかっくらってんでねのか?』
「ふふ、照れ屋さんだね。そんなところもキュートだよ☆」
『キュート、か。……こんなアゴでも?』
唐突に標準語を話しだしたと思うと、【散屠矢刃杉】は顔の半分を隠していた両手を開いた。そこには――それはそれは逞しく割れたケツアゴが現れた。
「植物の神様ありがとう!! コレで迷いなく【散屠矢刃杉】伐採出来ます!!」
『あんぎゃあああああああ!!』
迷いを断ち切り、携帯型除草スプレー【ネ殺ソギクイック Pro】を少女のケツアゴに噴射する。
ネイチャーグリーンに負けず劣らずな野太い断末魔と共に、【散屠矢刃杉】はシュウシュウと音を上げて枯れ始めた。
「よし、やったか!?」
「まだだ! ヤツの花粉はまだ放出されているぞ!!」
「だっぺだけに、最後っ屁か……クソ、空気清浄機でもあれば……!!」
「ありま〜す!」
「なんでだよ!?」
緑の歯をキラッと輝かせ、ネイチャーグリーンはVサインを突き出しポーズを決める。
そして徐ろに顎の尻を開くと、Vサインを己の両鼻の穴に突き刺した。
「顎の尻が、スギ花粉を吸い込んでいる……!?」
【散屠矢刃杉】が放出し、一帯を埋め尽くさんとする花粉は 全く衰えぬ吸引力のネイチャーグリーンのケツアゴに渦を巻いて吸い込まれていく。
花粉と毒性のある物質を取り除き、清浄になった酸素たっぷりの空気は 盛大にネイチャーグリーンのケツシリから排出されている。
「ん? なんか臭くない?」
「すまない、ついうっかりスカしてしまった」
「わかった、消臭」
「待ちたまえ待ちたまえ、除草剤では私は消せても臭いは消せないぞ」
**
空のてっぺん付近にあった太陽は、地平を目指して だいぶ 高度を落としている。
【散屠矢刃杉】が完全に枯れ落ち、漂う花粉もあらかた除去出来た。証拠の品となる杉の細根を採集していると、ふっと地面に影が差した。
「ナイスなプレーイングだったぞ、勇者よ」
「ハンサームッシュ総帥!? どうしてここに……って、戻って来たのかよ!!」
遥かな空の彼方へと消えていったはずの、肩車合体をしたままケツシリから花粉を噴き出しているネイチャーパープルとネイチャークリームをサーフボードのように乗りこなすハンサームッシュ総帥の姿が、上空にあった。
「我々が地球をグルリと一周している間に、伐採は完了していたようだな」
「ならば私とネイチャーパープルは、もう一周回って来るかな」
「と、いうわけだ。吾輩たちはもうリトル、スカイのジャーニーをエンジョイして来るよ」
グッと親指を立てて白い歯をきらめかせると、ハンサームッシュ総帥を乗せたネイチャーパープルとネイチャークリームは再び夕日の沈む方へと飛んでいった。
「どうやら、私は人類に認めてもらえたようだ」
ケツアゴの上に穏やかな笑みをたたえ、ネイチャーグリーンは己の手の平を見つめた。そこには大きなトマト(品種はホーム桃太郎)が乗っている。
「それはどうかな。これから《徹底的に除草作業し隊》で オレ以外にもっと人間の友達を作らなきゃ、認められたとは言えねーぞ」
「それもそうだな」
手の平のトマトをシュシュに放る。驚いた顔で受け取ったシュシュに、ネイチャーグリーンは力強く頷いた。色艶が良く、瑞々しくも良く熟れている。
かぶりついてみると、甘く味が濃く それでいて青臭さはないサッパリとした口当たりだ。
思わず顔を綻ばせるシュシュを眺めながら、ネイチャーグリーンはシュシュの名を呼んだ。
「シュシュ君には友情価格、税別 八万五千円で提供しよう!」
「やっぱり【夜廃植物】は根絶しないとダメだわ」
人類と共に【夜廃植物】に立ち向かった、植物戦士 ネイチャーグリーン。
愛と欲望の哀しきヒーローの伝説は 今ここに、始まったのである。