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後編

 いつから、僕は好きになっていたんだろう。僕は隣を歩く優香を横目に思う。


 初恋の時に感じたような胸の高鳴りを感じたことはなかった。ただ、一緒にいる時間がいつの間にか、何ものにも変え難い程、愛おしいものになっていた。


 そして、今だって少しでも、優香と過ごす体感時間を引き伸ばしたくて、コンビニに誘った。


 僕の手にはビニール袋が握られている。中には、チョコレートが2枚、僕が買った分と、優香が買った分。


「今度こそ、コンプできるといいね」


 僕は隣を歩く優香に言った。


「そうだね。もう、何枚シールのダブりが出たことか」


 優香が肩をすくめる。僕はその仕草に思わず笑みをこぼす。


「何故か、レアが2枚集まったりするんだよね。そして中々当たらない、普通の1枚」


「そう、まさにあるある。でも、集まる時はあっさり集まるのもあるある」


 僕の言葉に優香は小気味良く返答してくれる。決して僕も優香も口数が多い方じゃないけれど、どこか波長が合っているのだろう。ちょっとした会話が心地よかった。


 僕と優香は同時にビニール袋に目線をやった。


「当たるといいね、『らくだいキューピッド』」


「そうだね」

 

「私のも当たるといいなあ。『らぶりーリリン』」


 僕はチラリとビニール袋を見る。この中に優香が以前から中々、当たらないとぼやいていた最後の1枚が入っていたら随分と運命的だ。


「当たるんじゃない?」


 何故だか、そういう気がした。運命だなんだと考えたせいでなんだか感傷的な気分になっていることを自覚する。でも、今はそれで良い気がした。


「そうかも」


 優香が笑みを浮かべた。僕も微笑みを浮かべる。

実に、幸せな気分だった。僕は優香に顔を向ける。


「な、何? そんなにじっと見て」


「せっかく外に出たんだし、ちょっと散歩でもしない?」


「散歩?」


「何だか目が冴えちゃってさ。少し歩けば、疲れも溜まって眠れるかなって」


「じゃあ、神社にでも行く? シールが当たりますようにって願掛けでもしに」


「良いね。行こう」


 僕達は、並び歩いて、神社まで向かった。真夜中の散歩、愛おしい時間だ。


 神社に到着した。僕は暗闇にぼんやりと浮かび上がる朱色の鳥居を見上げる。住宅街から少し離れた小高い丘の上に建つ神社、その入り口となる鳥居は荘厳な気配を発していた。


 僕達は、境内には入らず、数刻その鳥居を眺め続ける。


「……ごめん」


 優香がポツリと呟く。


「まさか、夜は仕切りがされてるとは思わなかったの」

  

 僕は視線を下げる。そこには鳥居を遮るようにロープが掛けられている。さらに念を押すように『監視カメラあり〼』という張り紙がされてあった。


「問題ないよ。ほら、夜の鳥居、イケてると思わない?」


「確かに。これが『映え』ってやつかな」


「そうかもね」


 優香がフッと唇を弛緩させる。


「でも、まさかこんな厳重なトラップがあるとは思わなかったよ」


「神主もいないような神社なのにね」


 僕は、優香の言葉に頷く。全くもって不思議だ。


「まあ、いいや。戻ろっか、優介」


「うん、帰ろう」


 僕は手を擦り合わせながら言う。外気で少し身体が冷えてきた。すると、僕の前にニュッと手が突き出される。


「繋ごう」


 優香の手も少し、赤らんでいる。腕に掛けていたチョコの袋を片手に持ち直すと僕は優香の手を握った。


 優香の体温は僕よりも少し低く、ひんやりとしていた。それでも互いの体温が循環していくうちに少しずつ手のひらがポカポカとしてくる。


 何故だか、僕達は無言だった。ただ、歩幅を合わせて歩いていく。静かにじんわりと時が流れていくのを僕は感じた。


「ふう、疲れた」


 優香の部屋に戻ってきた僕達はひと段落する。


「じゃあ、お楽しみのシール確認といこうか」


 大袈裟に手を広げるポーズをとると戯けながら僕は言った。口元には笑みを湛える。


「ええ、運試しとしましょう」


 優香が、それに乗っかるように言う。僕はローテーブルの上のビニールからうっかりマンチョコを取り出すと1つを優香の前、もう1つを自分の前に置く。


「では、同時に」


「せーの」のタイミングで、僕達は封を開けてシールを取り出した。僕と優香はしばらくシールを凝視した。僕が欲しいのが『らくだいキューピッド』で優香が欲しいのが『らぶりーリリン』。


「フッ」


 僕は思わず、吹き出していた。側にいる優香も笑う。僕達は互いにカードを突き合わせる。


「交換だね」


 見事に僕達はシールを当てた。ただし、それぞれ互いが欲しがっていたものを。袋の中で混ざり合った筈だから実際に自分が最初、買ったのがどちらかは分からないけど、最後の最後に見事、逆を選んだ訳だ。


 僕は、シールを受け取ると裏の説明を読む。「らくだいキューピッドのお仕事は恋人たちの手助け。けれどもいつも失敗ばかり」


 ポップな字体でシールのキャラの説明がされている。


 ……シールの説明と絡めて何か上手いことを言おうとしたけれど何も思いつかなかった。


 僕は優香の方を見る。優香はちょうど僕に背を向けていた。


「どうかしたの?」


 優香が振り返った。少し顔を赤らめている。


「結構、エッチいなって思って」


 僕は、先程優香に手渡したシールを改めてよく見た。『らぶりーリリン』、ディフォルメされているけれど中々、扇状的なポーズをしている。


「確かにエッチいかも」


「でしょ」


 何だか、気恥ずかしくなって、僕は優香から視線を逸らしてしまう。


「チョコ食べよっか」


 僕はうっかりマンチョコの本体、つまり、極薄の板チョコを口に放り込んだ。パキッと音が鳴る。


「美味い」


 うっかりマンチョコは美味しい。厚みは年々、薄くなっているなんて噂されているけれど、味は上等なものでほんのりと苦味もあった。


 僕は舌の上で溶けていくチョコの味を楽しんだ。自然と笑みが浮かび上がる。優香も笑っていた。


 うっかりマンチョコは別に高価なお菓子ではない。でも、僕にとって何よりの幸せの味だった。それともそんな気がするのは横に優香がいるからだろうか。


 その後、何となくふわふわとした感覚を覚えたまま、歯を磨くと、寝る支度を整える。


「また、コンビニ行くなんて言い出さないでよ」


 優香が冗談めかして言う。


「流石に言わないよ。もう日も跨いでるしね」


 僕は欠伸を1つする。釣られて、優香も欠伸を漏らした。僕はその連鎖がおかしくてクスリと笑う。


 パチン。不意に電気が消えた。いや、優香がスイッチを消したのだろう。


「優香?」


「ねえ、優介、一緒の布団で寝よ」


 暗がりから声が返ってくる。


「寂しいの?」


 僕は、少し動揺しながら答える。優香の声が何だか艶かしく聞こえた。そんな風に思ったことは初めてだった。


「優介がいれば寂しくない」


 優香の手が僕に触れた。僕は思わず、後ずさる。パチリ。電気がついた。瞬きをしながら優香を見ると優香は笑っていた。


「ねえ、優介、チョコレート美味しかったね」


「ああ、うん、美味しかった」


「でもね、どんなお菓子でも優介と食べると結局、美味しいの。タコスミ味ポテチも塩辛味のチーズスティックも」


 優香はぐいぐいと迫ってくる。何かが憑依しているみたいだった。優香は僕の腰に手を回すとピッタリと抱きついてくる。


「優香!」


 僕は、思わず悲鳴にも近い声を上げる。その途端、優香が憑き物でも落ちたように僕から離れる。


「ごめんなさい」


 優香は泣き出しそうだった。僕は何を言えばいいのか分からなくなる。優香に泣き顔は似合わない。優香には笑顔が1番良く似合う。


「何か、しなくちゃって思ったの」


 僕は、優香の顔をじっと見つめる。その時になって僕はようやく言うべき言葉を理解した。


「優香。僕、優香のこと好きだよ。優香といる時間が幸せなんだ」


 優香はポカンとした顔を浮かべた。


「優香とさ、ずっと幸せを共有出来たらいいなって思ってる」


 優香の両手を包み込むように握る。それから僕は優香の瞳をじっと見つめる。


「本当に大好きだよ、優香」


 優香は耳元まで赤くなって、さっと視線をずらしてしまった。


「……『らぶりーリリン』が何て説明されているか覚えてる?」


「確か、恋の悪戯を仕掛ける悪魔だったかな」


「そう。だけど、自分の意中の相手には奥手になっちゃう、そういうキャラクターなの」


 僕は、優香の次の言葉をじっと待った。


「私、優介に恋してる。だから、優介に恋愛対象として意識されたかった」


 何と言えばいいのか分からなかった。僕はただ優香が好きだった。そこには恋愛も友情もない。


 僕は、優香と初めて接点を持った時のことを思い出す。校外学習で、僕はカルパスとうっかりマンチョコを持って行った。


 毎度のことだけれど、誰かと交換できるようなおやつではない、そう思っていたのに同じセンスを持っている人を見つけた。


 それで、小学生がするようにシール交換をしたんだ。僕は『てくてくテング』をあげた。優香は、『なかよしオロチ』をくれた。それから僕達は仲良くなっていった。


「恋じゃないんだ、僕のは。だから恋人になろうとは言えない。だけどさ、幸せを共有する、そういうパートナーに僕達なれないかな」


「ずるい言い方」


 優香は頬をプクッと膨らませる。


「今、優介との出会いを思い返してたんだ」


「僕も」と口にしかけて、僕は口を閉ざす。


「私たちの仲は思えば思えば、おまけシールからはじまったんだよね。これって大分、変わってる。でも悪くない。最高の出会いだって私は思ってる」


 優香は笑顔を見せた。それは本当に綺麗な笑顔だった。


「優介の提案のった!」


 優香はビシッと宣言する。僕は思わずビクッとする。


「ありがとう、優香」


「ということで健全な高校生同士、寝る部屋は分ましょう。優介は父さんの部屋、使っていいから」


「分かった」


 僕達は、驚くほどスムーズに別れるとそれぞれの部屋で眠りについた。


 目を瞑ると回想する。


 チョコレートは恋の味だという。割とポピュラーな例えだ。じゃあ、スルメイカはどうだろうか。あるいはカルパスは? はたまた今日食べたポテトチップスタコスミ味に、チーズスティック塩辛味はどうだろうか。


 またチョコレートが恋の味だというのならば、チョコについてくるおまけシールは一体、何になるのだろう。


 答えは無くてもいい。僕は今ある幸せを静かに噛み締めた。

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