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コミュ障少年は狐娘に出会う

作者: 塩2.5g

「暑い……」


 忙しない蝉の鳴き声の響く鬱蒼とした森の中を、滝のような汗を流しながら歩いていた。


 ぴっちりと肌に張り付いたTシャツの気持ち悪さに顔を顰めながら、何故こんな所に来ているのかと後悔していた。


 事の始まりは一週間前、夏休みに入る直前のことだった。





『この前のカラオケ、チョー楽しかったな』


『ん?ああ、クラス全員で行ったやつな。わかる、超楽しかったよな』


 昼休憩中の何気ない会話だった。しかしそれは、俺にとって衝撃的なものだった。何故なら────俺は誘われてないから。




 え?なにそれ、俺誘われてないんですけど?というか、そんなものあることすら知らされてないんですけど……?もしかして俺はクラスメイトではなかった?


 これが俺の心に大きな傷を作った。それはもう、無計画な弾丸旅行を決行させるほどに。





「俺の馬鹿野郎……」


 この山の、大自然の前ではそんなこと小さなことだと今、気づいた。というか、現在進行形で遭難中の俺にそんなこと考えている余裕なんてなかった。


 正直、山舐めてた。


 先程から下山するために草木の生い茂った道なき道を歩いているが、一向に降りている気がしない。


 暑さとは別に、冷や汗が頬を伝う。


 このまま帰ることができないのではないかという不安が胸中をよぎる。


 大丈夫だ、と自分に言い聞かせ、駆け出す。


 早足が駆け足へ、駆け足が疾走へ。


 坂を転がるようにして加速していき、ついに茂みを抜ける。


 すると、急に視界が開けた。


 そこにあったのは────ボロボロの神社だった。


 赤かったであろう鳥居の塗装は禿げ上がり、本殿に関しては何とか形を保っているもののいつ壊れてもおかしくない程の倒壊具合だ。


 流石にここには誰もいないだろう、そう思った瞬間─────


「─────此処に人が来るとはのぉ」


 背後から、幼い子供特有の幼い高音域の声がする。


 後ろを振り返ると、そこには黄金の長い髪を腰まで伸ばした、小学生低学年程の身長で朱色の着物姿の幼女がいた。


驚いた。こんな場所に子供が来るのか。それにしても─────。


「なんで狐のコスプレ……?」


「コスプレではない!」


幼女は髪と同じ色のふさふさの耳と尻尾を尖らせて言った。


そういう設定なのだろう。そう思うと微笑ましい気持ちになる。


「うぬ、信じておらぬな?」


「いやいや、ちゃんと分かってるよ」


怪訝な顔でこちらを覗く幼女に笑みを返す。


「本当じゃろうなぁ?」


それでもなお怪訝な顔を続ける幼女。


「そんなことより、どうしてこんなところにいるの?親御さんは?」


「親御ぉ?そんなものはとうの昔に朽ち果てたわ、儂は300を超える歳月を生きた妖狐じゃぞ!」


平らな胸を張りふんぞり返る幼女。


……どうやら想像以上に電波な幼女だった。


「そ、それはすごいなぁ……」


普段なら適当に話を切り上げてそそくさと何処かに逃げていただろう。街中で出会っていたなら確実にそうしていた。


しかし、ここは山中で自身は遭難中、どうにかしてでも下山するための道を聞いておきたい。


はてさて、一体どうやってこの自称300年の時を生きる妖狐、もとい電波コスプレ幼女から聞き出したものか……。


素直に保護者が来るのを待つという選択もあるにはあるが、できる限り早くこの山から下山したい。シャワーを浴びたい。


「出来れば下山する道を教えて欲しいんだけど……」


「─────ほう、下山する道を聞きたいのじゃな?」


すると、途端に幼女はその姿に似つかわしくない含みを持った妖艶な笑みを浮かべる。


その姿に、思わず見とれた。


しかしそれも一瞬のことだ。すぐに相手が子供だった事を思い出し、冷静になる。


「そ、そうだよ。教えて欲しいんだ」


「いいじゃろう、教えてやる。─────ただし、一つだけ条件がある」


大仰な言い方と、有無を言わせぬ威圧的な雰囲気に無意識にゴクリと生唾を飲む。


「条件って…?」




「──────儂と夕暮れまで遊ぶことじゃ!!」




「………………えぁ?」


まるで阿呆のような間抜けた声が出た。


想定外すぎる。いや、見た目通りの願いなのではあるけれど。しかし、なんかもっとこう、雰囲気的にもっと恐ろしいものが来ると……。


「なんじゃ、不服そうだな…」


そんな考えが顔に出たのか、幼女はムッとした表情で尻尾を不機嫌そうにゆらゆらとはためかせている。


「いやその、不服というか、なんかその、雰囲気とのギャップで……」


「童の姿でこのようなことを申すのはおかしいと言うか?」


「おかしいというか、むしろその逆というか、見た目通りというか……」


「なんじゃと!!」


幼女は大きな瞳を釣り上げてこちらを強く睨みつけてくる。


「嘘嘘!冗談です!」


あまりの迫力に幼女相手に頭を下げて謝ってしまう。


自分の情けなさに涙が出そうになる。


「ふん!まあ良い、着いてこい!」


くるりと身を反転させて、駆け足で歩いてゆく幼女。


有無を言わせぬ行動に取り敢えず着いていくことにしたが、向かう先には人が住めるとは思えないボロボロの神社だけだ。


「……さすがにここじゃない…よね?」


そんな願いを一刀両断するかのごとく、神社に入っていく幼女。


「何をしておる!」


足止め右往左往していると幼女から急かしが入る。


「い、いや、さすがにこんな場所にに入るのは……」


「いいから着いてこぬか!」


幼女がこちらを振り向き手をこちらに伸ばしたかと思うと、ぐいっと行き良いよく胸元に手を引いた。すると─────自身の体が幼女の方に思いっきり引き寄せられる。


「うわっ!?」


自由を失った体は顔面から幼女に倒れ込んだ───と思いきや、すんでのところで全身が空中に固定され停止する。


「え……?は………?」


理解不能な怪奇現象にうめき声に似た疑問の音が口から漏れる。


「ふん!」


幼女が胸元に引きをせていた手を振り払うと、重力が自分の役割を思い出したかのように地面に引きをせ叩きつける。


「ふぎゃ!?」


痛みで情けない声が出る。しかし、そんな痛みをすぐさま頭の隅に追いやってしまう程の疑問が脳裏を駆け巡る。


「今のは…一体……?」


「驚いたか、この阿呆め。儂の妖術に決まっているじゃろう」


呆れたような、それとも誇示する様な、舌足らずの可愛らしい声で回答がくる。


妖…術……?


ファンタジー小説あるあるの日本における魔法的な物だったか。


つまるところ、これはこの幼女が起こしたということだろうか?


いやいや、そんな馬鹿な。


「……もう一回妖術を見せてもらっていいでしょうか?」


「あ?何故じゃ?」


素直な疑問。それに対し、あなたの妖術とやらを疑っているからです。なんて素直に言うのははばかられた。


「よ、妖術なんて初めて見たものでもう一度見たいなぁ、なんて思いまして……」


「ほう、つまりあれじゃな。儂の素晴らしい妖術に歓喜にもう一度味わいたいと、そういうことじゃな!」


何故か嬉しそうに声を張り上げこちらを見つめてくる。なんだか心苦しい。


「は、はい。そういうことです…」


「むふー!ならばよかろう!それ!」


破顔し、腕を振り上げる。すると─────


「うぉ!?」


体が再度宙に浮かび上がる。周囲を見渡すがワイヤーや仕掛けと思われるものは一切ない。


これはもう、信じるしかないだろう。この幼女はただのコスプレ幼女ではなく、本物の妖狐幼女だということを。


「どうじゃ!すごいじゃろ!すごいよなぁ!」


嬉々とした表情で問うてくる幼女、いや、幼女の姿をした妖狐。


「す、凄いです。で、ですので、そろそろおろして持らっても……」


「なんじゃ、もう良いのか?」


「は、はい、もう大丈夫です」


妖狐が手を払い、どさりと体が地に落ちる。


「それでは行くかの」


くるりと踵を翻し、ボロボロの社に向かう妖狐に今度こそ断りを言えずについて行った。






神社の内部は外見からは考えられない程に綺麗だった。テレビや空調、冷蔵庫などがあり生活感を漂わせる部屋だ。


これも妖術の力だろうか?


「ちょっと待っておれ」


そういうと、テレビの下をゴソゴソと漁り出す。


「あったあった、これじゃ!」


くるりとこちらを振り向く。妖狐がその手に持っているのは俺にも馴染みのあるものだった。


「産天堂のゲームハード……」


それも今年発売されたばかりの最新機種だ。


「おお、知っておるか!ならば説明は不要じゃな!」


何となく、ファンタジーな夢が破壊される思いだった。着物で妖狐と来てまさかの現代的なゲーム機である。蹴鞠とか、そういうのじゃないんですね……。


「なんじゃ、不服か?」


「そ、そんなことは無いです…」


不味い、いつの間にやら考えが顔に出ていたようだ。


考え方を変えるんだ。ここでもし蹴鞠なんかを出されても満足に遊び相手になることも出来なかっただろう。その点、産天堂のゲームならソフトにもよるがかなりやり込んでいる。十分以上に遊ぶことが出来るだろう。


となれば、やはり問題はソフト。一体どんなものが来るのか…。


「ちなみになんのソフトをやるんでしょうか……」


「それはもちろんこれじゃ!」


ドヤ顔と共に提示されるパッケージ。それに書いているタイトルは『大乱戦スマッシュシスターズ』。


「それは…!」


「その様子、お主もやっておるようじゃな」


不敵な笑みをこちらに向ける妖狐。


『大乱戦スマッシュシスターズ』。それは国内のみならず、世界的にヒットしている大人気格闘ゲームだ。そして俺が今最もやり込んでいるゲームでもある。


まさかこのゲームを持ち出してくるとは…。


正直、負ける気がしない。100回やれば100回勝てる自信がある。それ程までに俺はこのゲームをやり込んだ自負がある。


「それでは早速始めるとするかの」


熟れた様子で準備してゆく妖狐。その様子を眺めつつ、どうやって接待プレイをするかを考えていた。


本気を出してプレイしてもいいが、そうすれば一方的な結果になるのは明白。そうなれば、妖狐はおそらく怒るだろう。そして妖術で報復。そんな結果が待っているのは想像に難くない。


1番望ましいのは妖狐が対人戦の初心者であること。そうだった場合は適当に手を抜いて戦えばいいだろう。逆に最悪なのは対人戦の経験がそこそこあること。その場合、生半可な手加減では手を抜いていることがバレて逆鱗に触れる可能性がある。


「準備が出来たぞ。早うキャラを選べ」


ああだこうだと頭を悩ませているうちに画面は既にキャラクター選択画面にまで進んでいた。


どうやらタイムアップのようだ。こうなれば、勢いに身を任せるしかない。


目の前に置いてあるコントローラーを握り、自分の得意キャラであるピンクの悪魔を選択。それに対し妖狐は髭の生えた悪役顔の大男を選ぶ。


相性はそこそこだ。


──────────Lady fight!!


戦闘が始まる。まずは様子見みの投げ技を放つ。


これを妖狐は華麗に回避。そのまま流れ様に自身が操作するキャラクターに近ずき、そのまま()()()()()を放った。


「はぇ……?」


瞬く間に画面はの外に吹き飛ばされ、ノックダウンの表示が画面に浮かぶ。


「ふふん、手加減してやろうか?」


したり顔と愉悦の混ざった顔でこちらに問いかける妖狐。


ぷっちんと、頭の中でなにかが切れる音がした。


「……大丈夫です。もう1回やりましょう」


「良いじゃろう。何度やっても同じだと思うがのぉ」


ぶっ倒す……!


ド派手な開始音─────と同時に相手キャラに詰め寄り連続コンボを決める。


「なっ……!」


妖狐は慌てて距離を取ろうとするが、そのせいで無防備な状態になる。その隙は致命的だ。


そのまま大技を決め、妖狐を倒しきった。


「ふぅ……」


スッキリした。なと清々しい気持ちだろう…。


「……………………」


そんな俺を無言で、それも鬼のような形相で睨みつける妖狐が居た。


……やってしまった。どうしよう、逆恨みで殺されたりしないだろうか…。


清々しい気持ちは曇天に隠れ、漣のような不安が心を満たす。


「…………もう1回じゃ」


「………え?」


「なんじゃ、今ので終わりなどとは言わせぬえ?」


「は、はい」


意外なことに、妖狐は怒鳴り散らすことなく再戦を申し込んできた。


伊達に300年生きてきていないということだろか。しかし、いつ怒りが爆発するか分からない以上、本気でややるのは躊躇われた。


「本気でするのじゃぞ、間違っても手を抜くではない。よいな?」


考えを見透かされたのかそんな声がかかる。


「……はい」


これには素直に頷くしかない。


もう覚悟を決めるしかないようだ。


コントローラーを強く握り、画面に集中する。


お互いに先程と同じキャラクターを選択し、3度目の戦いが始まった。


先に動いたのは妖狐だった。素早くキャラを操作し、間合いを詰めてくる。そのまま小パンチを放つ。


それをバックステップで回避、お返しにこちらも小パンチを返す。


しかしそれを華麗に回避する髭ズラのキャラクター。


一進一退の攻防が繰り広げられる。


実力は完全に互角、少しずつ少しずつお互のキャラクターにダメージが蓄積されてゆく。


この均衡が崩れる時が刻一刻と近ずいてくる。


おそらく勝負が決まるのは一瞬だろう。その確信がある。


その時が来たのはすぐだった。


緊張のあまりいつの間にか出ていた汗でコントローラーを押す指が滑り、ボタンを押すことが出来なかった。


ほんの些細なミス。しかしそれは勝敗を分けるには十分過ぎるミスだった。


刹那の間に距離を詰め、コンボを繋がれる。洗練され、無駄のないコンボに瞬く間にダメージを重ねられる。


一見して即死コンボかのように見えるがこのコンボには穴がある。


蹴りあげ、空中パンチ、そして大剣切り──────ここだっ!


糸の隙間を縫うようにコンボを抜け─────。


「そうくるじゃろうと思っておったわ」


技を空振り、硬直状態のはずの妖狐のキャラが硬直していない。それもそのはず、妖狐は俺がコンボを抜け出すのを読み、コンボをあえて途中でやめていた。


俺の行動は完全に読まれていた。


そしてそのまま俺は大技を決められ、敗北した。




情けない。


俺は泣きたくなった。さっきの勝負は言い訳のしようのないほど本気だった。本気で戦って負けた、それも自分の最も得意なゲームで。それも手加減がどうのと驕った考えを持ったうえで。


情けない情けない情けない。


自己嫌悪で死にそうだ。


そんな時。


「ほれ、ぼうっとしてないでこんとろーらーを握らんか」


「…………え?」


つぶらな瞳でこちらをのぞき込む妖狐。


「なんじゃ?負けたままで悔しくないのかえ?」


「それは……悔しい…けど…」


「ならば再戦じゃ!」


満面の笑みで再戦を望む妖狐。


それが何故だか無性に嬉しかった。


「あ、ああ!」


俺はコントローラーを握り直し、日が暮れるまで妖狐と夢中になって遊んだ。





気付けば太陽は落ち、月が空に浮かんでいた。


「やばい……」


さっさと道を聞き下山するつもりがあまりの楽しさに時間を忘れて遊んでしまった。この暗さではたとえ道がわかっても帰れる気がしない。というかこんな暗いところを歩きたくない。


「おいお主、夕餉はどうする?苦手なものはあるかえ?」


「……え?…ない……けど…」


「ほう、それは良い事じゃ、では少し待っておるのじゃ」


それから程なくして、割烹着を着た妖狐が台所で料理を始めた。


熟れた様子でテキパキと動き回り、いつの間にやら机には豪勢な和風料理が並んでいた。


「では、いただくとするかの」


「え……え…?」


「なんじゃ、やはり嫌いなものでもあったかえ?」


「そういう事じゃなくて……」


「ならばどういうことなのじゃ?」


こてんと首を傾げ、純粋な眼差しでこちらを見つめてくる。


「もしかして…今日は帰れないのでしょうか?」


「物の怪の出でる真夜中に帰りたいと申すなら止めはせぬが、無事に帰れるかは保証せぬぞ?」


「いえ、今日はどうかここに止まらせてください!」


「うむ、許可するのじゃ」


妖狐の脅しに速攻で挫け、宿泊を決意した。


「ささ、早く食べるのじゃ。冷めてしまうえ?」


机に並ぶ料理はどれも美味しそうだ。


どれから食べるか迷ったが、一番手前にあっった天ぷらを食べる。


「う、うまい……!」


「ふふん、そうかそうか」


嬉しそうに笑みをこぼす妖狐。


あまりの美味しさに箸が止まらず満腹で動けなくなるまで食べ続けた。






「今日は楽しかったのじゃ!」


笑顔満開な妖狐。


夕日が落ち、満月が天に浮かぶ頃で何故か枕を並べて布団に入っていた。


「…………そうですね」


楽しげに話しかけてくる妖狐に対し、地蔵のような反応しか返すことが出来ない。できるはずがなかった。


お泊まりというもの自体が初めてであったし、それも女の子(人間では無い)が相手だという事実がこの硬直を産んでいた。


「くかか、そう緊張せんでもよいのじゃ。お主と儂の仲じゃろう」


いつの間にかかなり信用されていたようだ。嬉しいような照れくさいようなむず痒い気持ちになる。


少し落ち着きを取り戻した。かと言って、自分から話しかけるほどの度胸は生まれなかった。


「……お主は悩みがあってここに来たのじゃろう?それを話してみよ」


真実を突いた唐突な言葉に、心臓を鷲掴みにされたような気持ちになる。


「なん……で…?」


「くかか、この社に来れるのは迷いを持つものだけじゃ。つまりここに来た時点でお主は迷いがあったということじゃ」


そんな馬鹿な。と言いたい気持ちになるが、妖狐の自信満々の顔を見るとそういうこともあるのだろうと自然に思えてしまった。


「そう……なんだ…。実は、悩んでることがあってさ…」


不思議と、口が動いていた。


「友達の作り方がさ…わからないんだ……。どうすれば仲良くなれるのか、どうすれば一緒に遊べるのか…」


「─────()()()()()で悩んでおったのか?」


「そんなことって─────」


あきれたような顔でこちらを見てくる妖狐に言い返そうとしたとき、






「─────友達なんてもうすでにできておろう、儂という友達がな!」






「…………え?」


「なんじゃ、ちごうたのかえ?」


一転して悲しそうな顔になる妖狐。


「ち、違う違う!そういう事じゃなくて!あの、その…………」


「その……?」


「どうして…いつの間に友達になったんだろうって…」


「そんなの今日に決まっておろう。一緒にげーむをした仲ではないか!」


堂々と、当然のように言い張る妖狐。


「そう…なんだ……」


「そうなのじゃ!」


「そうか…そうなんだ……ふ、あはは!」


思わず声を出して笑いだしてしまった。


「何故笑うのじゃ!?」


「いや、その…ふふ、ごめん」


どうしてこんな簡単な事に今まで気づかなかったのか、それが可笑しくて笑ってしまったのだ。

  

友達を作る方法なんてそう難しく考える必要はなかったんだ。ただ一緒に遊んで、ただ一緒に居るだけで良かったんだ。


「なんじゃなんじゃ、一人で勝手に満足した顔しおって…」


頬を膨らませて不服そうな顔になる妖狐。


なんだかその様子が年相応の幼女のようで先程の緊張が嘘のように消え、微笑ましい気持ちになる。


「……ありがとう」


自然と感謝の言葉が口から漏れる。


「……?なんじゃかよく分からんがうむ、その感謝受け取っておくのじゃ!」


ふんぞり返り偉そうに鼻を鳴らす妖狐。


今まで思い悩んでいたことが解決したせいか、安心してひどく眠くなってきた。


「なんじゃ、もう眠くなっておるのかえ?」


「うん、少しね……」


重たくなった瞼を擦りながらそう答える。


すると妖狐がクククと、笑いをこらえた引きつった声を出す。


「まさかは楽に寝れるとは思ってないじゃろうなぁ」


不敵な顔を浮かべる妖狐。嫌な予感しかしない……。


「な、何をする気……?」


「そんなこと決まっておろう!─────げーむ談義じゃ!」


「………………そんなことだろうと思った」


予想通りといえばそうだが、なんだかまたもや肩透かしを食らった気持ちだ。


「『そんなこと』とはなんじゃ!そんなこととは!」


それに対し、夜なのに元気に怒る妖狐。


いったいどこからそんな元気が湧いてくるのだろう。


そう思いながらうとうとして瞼が閉じる。


「なにを寝ようとしてるんじゃぁ!」


大声と共に胸元を掴まれがくがくと揺らされ、現実に引き戻される。


「うぇぁ!?」


「とーくたいむじゃ!」


その日は、意気揚々とした妖狐に付き合わされ夜更けまでゲームやその他いろいろ語り合った。







「うむ、忘れ物はなさそうじゃな!」


小鳥の囀りと淡い朝日が木々の隙間から零れ落ちてあたりを照らす中、妖狐に帰り道を教えてもらい準備を済ませて玄関に来ていた。


「……色々とありがとう」


「よいよい。そんなことよりもうこんな所に来ぬようにな!」


「それは……」


笑顔で言う妖狐に対し、口ごもってしまう。何故なら……


「……もう一度、遊びに来ちゃダメかな?」


「…………なんじゃと?」


妖狐の顔が怪訝な面に変わる。


「いや、その、だって……友達…だろ?」


不安になりながらも、素直な気持ちを告げる。


「…………はぁ、お主と言う奴は。…………良かろう」



「本当にッ!?」


「─────但し!今回の様にフラフラとなんの準備もせずに来るのではないぞ?しっかりと準備をして来るのじゃ」


「うん…!うん!あ、あとひとつ教えて欲しいことが……」


「なんじゃなんじゃ、この際なんじゃろうと答えてやろう」


妖狐は呆れたと嬉しさの交じった様な表情で言う。


それに対し、緊張した心持ちで問う。


「その…………名前を教えて欲しい」


「うーむ、出来るのなら教えてやりたいのじゃが……その、な……」


妖狐が口ごもる。


「その………?」


「…………儂、名前を持っておらぬのじゃ」


「…………え?」


そんなことある?


「し、仕方ないじゃろ!今まで必要なかったのじゃから!」


「えぇ……」


「そ、そうじゃ!お主、儂の名前を考えるのじゃ!」


妖狐がいい事を思いついたという顔でこちらを見上げてくる。


「そ、そんなこと急に言われても……」


少し考えるも、何も思いつかない。


「うーむ、そうじゃな、ならば次会う時までに考えておくのじゃ!良いな?」


「それなら……」


自信はないが、初めての友達の頼みだ。頑張って考えることにした。


「あ、そうじゃ、帰る前に儂もお主に聞かなければならぬことがあったのじゃ」


「え?な、なにを?」


「なに、お主と同じじゃよ。名前じゃ、名前。お主人に聞く割には自分の名前を教えておらんのじゃ!」


た、確かに…!


長年家族以外の他者と関わってこなかったせいか、自己紹介というコミュニケーションの基本中の基本を疎かにしていたようだ。


「えっと、俺の名前は……唆更紗 朔(ささらさ さく)…です」


「なんじゃ、『さ』の多いなまえじゃのぉ」


うっ……人が地味に気にしてる事を……。


「まあよい、では今度こそさようならじゃな、朔よ」


「うん、次来るときは何かお土産を持ってくるよ」


「まことか!?あまいものじゃ!甘いものを持ってくるんじゃ、よいな!?」


凄い食い付きだ。


「うん、絶対持ってくるよ……それじゃあ」


「さらばじゃ!」


後ろ髪を引かれるような思いになりながらも、俺は初めての友達に別れを告げて家に帰った。






「ふぅ…」


人気のないマンションの一室、数日ぶりの自宅だというのに随分と久しぶりに帰ってきたような感覚だ。


「名前、考えなくちゃな……」


「そうじゃな、儂に合う優美で優雅な名前にするのじゃぞ!」


「うーん、そうかなぁ?可愛い系の名前の方が合う様な…………って、なんでここにいるの!?」


後ろを振り向けばそこにいたのは数時間前に別れたはずの妖狐だった。


「そんなの暇だったからに決まっておろう」


「ひ、暇だったからって……」


そんなに簡単に来れるもんなんだ……。


「そんなことはどうでもいいのじゃ!そんなことより─────儂の名前を考えるのじゃ!!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 朔くんとキツネ耳少女が絆を深めていくところが良かったです。
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