第二章 前転編
どんどん大都市が近づいてきました。走りながら気付いたのですが、大都市の周囲は円状の大きな壁に包まれていたようです。現在は大部分が崩落していて防壁の意味をなしていません。どうやら外部からの突き崩された模様です。
大都市に入ると家屋は燃やされ、崩れ、多くの兵士が倒れておりました。人だけではありません。灰色の肌と黒い髪をした兵士も倒れております。傷からして争っていた形跡があります。これは戦争、いえ、大都市は侵略行為を受けているのですね。
そんなことを考えながら駆け抜けます。大都市の中心部に建つ大きな建造物……お城は無事なようでした。
しばらく走ると前方には二人の騎士がおりました。やっと生存者に会えたものの、お二人ともボロボロですね。
「この先は王族が住まう王城だ。一歩も足りとも進ませはせん!」
「しかし黒の女王軍め。あんな化け物まで投入してくるとは!」
本来ならば遠すぎて聞き取れないはずの会話も、今の私なら余裕で耳に入ります。
彼らの表情は決死の覚悟。それもそのはず。視線の先には黒いドラゴンが迫っていたのです。ドラゴンは口から火の弾を発射。直撃した屋敷や街道は炎に包まれます。山道から見えた黒い塊はドラゴンだったのです。
ドラゴンは前進しながら火の玉をお城へ向けて発射。するとお城を守るように空中に現れた魔法陣に衝突しました。お城は無事であるものの、魔法陣にはヒビが入り、次は持ちそうにありません。
二人の騎士が雄叫びをあげながら巨大なドラゴンに立ち向かっていきました。
大都市の防御面は崖っぷち。攻撃面は見るからに人手不足。察しました。良いところに駆けつけたようです。
シュババババっ!
私は二人の騎士を追い抜いて背中の剣を引き抜きました。剣からまばゆい光が溢れます。跳躍! ドラゴンの首めがけて下から斬り上げます。ドラゴンの首はすっ飛んで、頭部を失った巨体は転倒しました。
着地。大きな剣にもかかわらず、楽に振りきることが出来ました。さすが最強の私。
「誰だ、あの騎士は。ジャバウォックの体表は魔法金属カタマンタイトに匹敵する硬度だというのに。一撃だと!」
「それに彼女の持つ大剣は何だ。あの輝きは、まさか、神聖金属ネガハルコンなのか!」
なんだか二人の騎士たちが良い具合に私に驚いてくれています。そのときでした。
「まさかジャバウォックを倒す者が王国に居ようとは」
「逆に面白い。我らが相手してやろうぞ」
いつのまにか、倒れたドラゴンの上に人が立っておりました。黒い鎧と、面付きの兜を纏った二人組です。
「我は黒の女王軍が四天王の一人、暗黒騎士トウィードルダム!」
「同じく漆黒騎士トウィードルディー!」
なんだか、それっぽいのが出てきましたね。
「四天王だと。それにトウィードルといったら四天王の上位二名だぞ」
「四天王の上位が全員で攻めてきたっていうのか。この国はもうおしまいだ!」
先ほどの二人の騎士が震えあがります。
シュババっ!
黒い騎士らは一瞬にして私の前に立ちはだかりました。
「我らを前にして逃げないとはいい度胸!」
「我が漆黒剣の錆にしてくれるわ!」
「今の私は負ける気はしません! どこからでもかかって来なさい! 出来れば前から順番に!」
相手は同時に剣を抜き、同時に斬りかかってきました。私は最強剣で応戦します。
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!!
激しい鍔迫り合いと斬り結び。線香花火のような火花が両者のあいだに咲き誇ります。
「我ら二人と引けを取らないとは!」
「これほどまでの実力者が王国騎士団にいたとは? キサマ、何者ぞ!」
「私はアリス。最強と書いてアリスと読むのです!」
「最強だと? しかし我ら二人と同等なのならば、このまま押し切ってくれる!」
「そうはいきません。二人で来るのであれば、一人ずつ潰すまで」
シュバババババババっ!
最大速度でトウィードルディーとやらの背後に回り込みました。
「速い! だが受けて立つ!」
「相手が一人になったのなら!」
翻ったトウィードルディーの剣が私の剣と重なります。再び重なる黄金と漆黒。
キンキンキンキンキンキンキンキンキン、グッサァ!
私の剣がトウィードルディーの鎧と兜を一刀両断しました。
トウィードルダムがこちらに気付き、斬りかかってくる寸前の、一瞬の出来事でした。
「四天王の我が人間なんぞに……フフンっ。逆に誉めてやろう……ぐぇぇ」
トウィードルディーは力尽きました。私はそのまま、呆気にとられているトウィードルダムに斬りかかります。
「よくも漆黒騎士を!」
キンキンキンキンキンキンキンキンキン、ブスッ!
私の剣がトウィードルダムの鎧を貫きました。
「見事だ。しかし黒の女王は我らよりも強い。キサマら人間に勝てるかな……ごふぅ」
トウィードルダムは正義の前に倒れたのでした。
「すごい。ジャバウォックどころか四天王まで倒してしまうなんて」
「俺たちは奇跡を見ているのかもしれない」
二人の騎士たちが神を見るような目で私を見つめます。こうして私は大都市の窮地を救ったのでした。
★
その後、騎士団本部に招かれた私は団長さんからこの世界の詳細を聞くことになりました。
ここはナーロップ大陸にあるギレイシャ王国。10年ほど前、何の前触れもなく王国西側の広大な森が黒色に変わり、黒の女王軍と名乗る勢力があらわれたとのこと。彼らは王国北部、南部、王都のある中部に侵攻。これに王国軍が応戦、討伐に出るものの上手くいかず、ついに王都が攻め込まれたとのことでした。
すると、いたるところで倒れていた灰色の人たちは黒の女王軍の人たちだったんですね。
そして夜が明け、私は王様と謁見することになりました。
謁見の間。両サイドには数人の貴族や大臣っぽい人たちが控えております。奥の椅子に座るのはおじいちゃん。ではなくて王様でしょうね。王冠被ってるし。
私は儀礼には疎いので隣の騎士団長のポーズを真似して傅いております。
「旅の者よ。昨晩は見事、黒の女王軍を退かせてくれたようだな。すごい実力だ。本当にすごい。最強だと思う。礼を言う。今日はこの城で贅沢三昧するがいい」
「ハンパなきお言葉、誠に心に沁み入ります」
良いことしたあとは良いことがあります。今日も良いことをしましょう。
「王様、発言を許していただきとう御座いまする」
ここで隣の騎士団長が声を上げました。
「なんぞよ」
「この旅人アリス、昨晩、居合わせた騎士の証言によると、四天王二人を相手に『キン』を18回、高速移動の際には『バ』を7回も発動させたとか」
貴族や大臣たちがザワつきました。何事でしょうか。
「それは真のことか、旅人よ」
「え?」
言葉に詰まると騎士団長が助言をしてくれました。
「アリスよ、オヌシは『能力』について無知なようだから教えよう。この世界では一度に出せる剣撃をあらわす単位のようなモノがある。それが『キン』だ。『キン』は多いほど、その者は連続攻撃に長けているということになる」
「はぁ……」
戦闘時におけるキンキンキンっというヤツですね。騎士団長は続けます。
「私のような手練でも『キン』は8回が限度。四天王でも9回。しかしオヌシは18回も『キン』を発動させていたのだ」
そういえば。だから私は四天王二人と渡り合えたのですね。
「さらに素早さをあらわすのが『バ』。我が軍の最速の剣士ですら『バ』は5回まで。しかしオヌシは7回も発動させたそうだな」
もしかして走ったときのシュバババババババっヤツですか。たしかに『バ』が7回です。
王様はジッと騎士団長を見据えます。
「団長よ。つまり剣撃と瞬足、双方最強の持ち主が王国に現れたというのか」
「まさしく『18キン・バ7』のアリスと言って良いでしょう。王様に進言しまする。このアリスという者を王国軍に引き入れたい」
おおおっ! 大臣たちから歓声がもれます。それにしても私のすごさが具体的に示される素晴らしい設定ですね。
王様はしばし逡巡したあと、こう言いました。
「僧正よ。真実の鏡を持ってまいれ」
大臣の中にいたお坊さんのような頭の人が大きな鏡を持ってきました。
「これは鏡に映った者の能力や才能を映す魔法具じゃ。旅人アリスよ。鏡の前に立つのじゃ」
前の世界のステータスオープンの腕輪のような物ですか。
私が鏡の前に立つと、私の姿が写りこみます。すると多くの文字が浮き出してきました。
おおおっ! 貴族から驚きの声がもれます。中には気絶する人もおりました。
「体力、硬さ、素早さ……全ての能力が最大値を示しているだと」
「魔力や知識力まで最高値なんて。魔法使いでもあるってことか」
「会得している魔法の数を見てみろよ。王国軍の魔法使いでも、あんなには会得している者はいないぞ」
「この者には不得意という言葉はないのか」
王様の御前であるというのに、多くの方々が驚愕のあまり思ったことを口にしてしまっております。お気持ちは察します。驚かせてしまった私が悪いのです。フフフ。
「旅人アリスよ。鏡に示されている魔法は本当に全て使えるのか」
「さぁ? 使ったことはありませんし。なにせこの世界で戦ったのは昨晩が初めてでした。でも最強なので使えるとは思いますよ」
立ち上がった騎士団長にそう答えると、目を見開きました。
「すると、初戦でジャバウォックや四天王と戦い、さらに全力ではなかったということか」
「そうなりますね」
それを傍で聞いていた老大臣の股間がみるみるうちに濡れていきました。あまりの驚愕による失禁でした。
「王様、再び進言致します。我が軍は黒の女王軍率いる森への進軍を諦めておりませぬ。王国の勝利のためにもアリスを王国軍の要職へ向かえいれることを許可して頂きたい」
王様はしばし熟考にふけったようです。そして。
「ふむ。しかし戦術や魔法には明るくないようじゃのう。進軍を予定していたのは半年後じゃったはず。それまでに、彼の者に教育を施す者をあてがおう」
「その責務、私に任せていただきませんか」
貴族たちの中から出てきたのは、玉子のような体型の男性でした。
「当学園では黒の女王軍に対抗できうる若者を育てております。そこでアリス殿には学園にて、王国の文化、地理、そして剣術と魔法の基礎を学んでもらうのはどうでしょうか」
「ふむむ。学園長伯か。期間はいかほどじゃ」
「アリス殿の知識力があれば半年で修学できるでしょう。当学園の学生も半年後に卒業を控えております。王国軍の進軍作戦に合わせた采配です」
え、もしやこの年で学園生活ですか。ちょっと恥ずかしいんですが。同い年の教員がいたら恥死確実なのですが。
王様は話を続けてしまいます。
「ふむむむ。では任せたぞ。学園長伯」
「かしこまりました。よろしいですね騎士団長」
「うむ。良かったな、アリス」
マジか。異世界転移で学園生活なんて誰が想像できたでしょう。次の行から学園アリス編ですね。
★
王都から東に馬車で一日。そこに王立騎士・魔法士養成学園はあります。
「この時期に転入生? 既に専用の剣まで持っているのか」
「なんでも数日前に王都が襲撃されたとき、黒の女王軍を追い返したんだってよ」
「しかも『18キン・バ7』らしいぜ」
「ジュウハチキン・バナナだって? 女なのにキレてるぜ!」
なんだか注目されていますね。昨日の夜に学園寮に越してきてからというもの、気が休まりません。朝になってからは玉子体型の学園長伯が部屋にやってきて、これから実力試験があるからついて来いと言われて、校庭を移動中ですが、生徒さんがすっごく見てきます。
ただでさえ、この年齢で制服を着るのは恥ずかしいというのに。ピンクのブレザーなんて初めて見ました。ミニスカートがデフォルトのようです。ああ、寒い。私だけロングスカートにしてもらおう。
「聖騎士さまぁ~」
そう言って物凄い勢いで抱きついてきたのは公爵令嬢さんです。王様の親戚なんだそうですが、魔法使いの素質があるため、この学園で魔法を学び、将来は国防職に就くのだとか。
私の王都での活躍は公爵経由で知り得たようで、昨晩私が学園寮を訪れた際には目を潤ませて歓迎してくれました。
「その、聖騎士様っていうの、やめて頂けませんか」
「いけませんでしたか」
聖騎士。私が神聖金属の剣を振るっていたため、騎士団長が騎士の位では忍びないと言って、新たに聖騎士という位を設けて下さいました。学生の身分でありながら既に聖騎士。さすが私。でも、さすがに学園で聖騎士と呼ばれるのは。
「いけませんでしたか」
キョトンとする公爵令嬢さん。ここは控えめに行きましょう。初日だし。
「今の私はみなさんと同じ学生の身。栄誉ある称号ではなく、ともに勉学に励む同じ人間として、どうか名前でお呼びください」
「なんて慎ましい。それではアリスさんとお呼びしますね」
公爵令嬢さんはにっこり。
「ちっ」
ん? こちらを見つめる一部の男子の鋭い視線を感じます。どうやら公爵令嬢さんは男子勢のアイドルのようですね。これは面倒な。
「公爵令嬢。アリス殿はこれから実力を測るための試験をされます。結果によって配属されるクラスが決まるのです。あまりアリス殿を困惑させないように」
「学園長先生。申し訳ありません」
公爵令嬢さんは「向こうで応援してます」とウインクするとパッと離れていきました。
校庭の隅にやってきました。
「おはようございます。学園長。うしろに追わすのが例の転入生なのですね。ククク」
そこにいたのは金髪の青年でした。年齢は私の同じくらい。
「最優秀クラスの先生、おはよう。アリス殿を連れてきた。試験を施すように」
学園長の言葉を受けて、先生と呼ばれた青年は初めて私に視線を向けました。
「これはこれは聖騎士殿。お噂は聞いておりますよ。私めは試験官を務めさせていただく者です。まずは、あちらをご覧ください」
あちらには人の背丈ほどの円筒形の黒い金属がありました。
「あれは強さを測る魔法具です。魔法具が攻撃魔法や治癒魔法を受けると色が変わるのです。あれに聖騎士殿の魔法をぶつけて頂きたい。ククク」
「魔法ですか」
「ええ。当学園の最優秀クラスは魔法の才のある者で固められております。ゆえに授業は魔法の使い方ばかり。国王からは聖騎士殿を最優秀クラスに編入させろとの指示を受けておりますが」
試験官の青年は私をジロジロと舐めまわすように見ます。
「聖騎士殿は剣技で女王軍を退かせたとか。では魔法は使えませんね。騎士志望者のクラスは最優秀クラスの下のクラスになりますが。まぁ仕方ありません。魔法が使えないのなら。ククク」
さっきから癪に障る笑いを私に向けてきます。私が学生適齢期を過ぎていることに勘付いていますね。ピンクの制服が全然似合っていないことを嘲笑っていますね。腹立つ。
学園長が試験官の青年に問いました。
「騎士志望者のクラスの入学試験は、教官騎士との一騎打ちが基本。先生、なぜ魔法使い志望者の入学試験をアリス殿に?」
「国王が聖騎士殿を最優秀クラスに入れろと仰ったそうではないですか。しかし最優秀クラスは魔法使いのクラス。だからこうして魔法使いの入学試験を朝から受けさせてあげているのです」
「ふんっ……」
学園長は溜息をついてしまいました。試験官の青年は言います。
「どんなことをして国王に気に入られたか分かりませんが、魔法が使えないのでしたら、言って頂きたいですね。できないのなら、できないと」
ああ、嫉妬のようなものですか。私が王様に気に入られていると。
「聖騎士殿は剣を振り回すほうが性に合っているでしょうね。ならば魔法具に斬りかかっていただいてもよろしいんですよ。剣で壊した場合は弁償して頂きますが。ククク」
周囲には続々と生徒が集まってきています。なんだかゴルフの中継で見るギャラリーのよう。これでは試験というよりも発表会です。ここで試験内容の変更を願い出れば、この先舐められるでしょう。さらに多くの生徒の前で恥をさらすことにもなると。
「いいでしょう。受けて立ちます」
「はぁ?」
「先生、あの魔法具に魔法をぶつければいいんですね」
「え、ええ。当たった箇所が変色します。広範囲魔法なら全体が変色。弱い魔法なら紫色に。強い魔法なら赤色に。言っときますが最優秀クラスは皆、赤色に変色するほどの魔力の持ち主です」
「そうですか。では攻撃魔法を撃ちます。試験を始めてください」
「なにを。いや、始めて下さい聖騎士殿」
試験官の青年はチッと舌打ちをして顔をゆがめますが、すぐにニヤついた表情になりました。私がたいした魔法を使えないと踏んでいますね。
「アリスさん……」
公爵令嬢さんが不安げな視線を向けてきました。いつのまにかお嬢様集団が公爵令嬢さんを囲んでいます。あれが取り巻きというものですね。
私は魔法具を見据えました。えっと、なんの魔法にしよう。最強なので各種魔法を取り揃えております。頭の中で勝手に魔法の種類がエンドロールのように流れ、発動させる際の感覚が想起されていきます。う~ん、最強魔法だと学園が蒸発しかねません。ここは上から三番目くらいの魔法を出力調整して放ってみましょう。
魔法具との距離は約50メートル。魔法を脳内検索。上から三番目は、ああ、これか。放ちかたは対象から十分距離をとって、右手をかざす。そして最初はつぶやく。
「ディメンションブラスト」
右の掌から円状の光線が出現。円の直径は一メートルほど。光線は空気に接触してベキベキと音を立てながら、黒い雷を纏いつつ高速で前進。まるで私の手から光の柱が横に向けてニョキニョキと生えてきた感じです。
そして魔法具に接触、光がその周囲に拡散。まるで景色を飲み込んでいくかのよう。私が手の平をギュッと握ると、光線の発射は終了し、魔法具は……消えていました。
魔法具があったはずの箇所、そして周囲の景色は無くなっていたのです。景色はひび割れたガラスのように砕け散り、空間が開いたとしか説明できない謎の穴からは、紫に歪む世界が黒い雷を帯びて顔をのぞかせております。学園の校庭の片隅に異次元へのワームホールが出来てしまいました。
「先生、魔法で魔法具を壊してしまった場合、弁償は必要なんでしょうか」
「え、あっ、魔法具が魔法で壊れるなんて。それにさっきの魔法はまさか伝説上の、え、そんな……バカな」
試験官の青年は呆けてしまって、会話になりそうにありません。
私が学園長を見ると、学園長は笑顔で頷いてくれました。
「すごいですアリスさん。合格ですよ。これで同じクラスですね」
公爵令嬢が飛びついて来ました。辺りの生徒はザワつき、ほかの教員まで校舎から飛び出してきました。
「あんな魔法、初めて見たぞ」
「そんなことより、誰か空間に治癒魔法をかけてやれよ!」
「空間を治癒するなんて出来るのかよ!」
なんだか朝から騒がしいことになってしまいました。やれやれ。
★
私は三年生の最優秀クラスに編入しました。一時間目の授業は『効率の良い魔法の使い方』。魔力の節約方法を教えてくれます。
授業内容は全体の真ん中まで差しかかっているようでしたが、私は講義を受けながら教科書の始まりから最後まで読破。その甲斐あって授業も理解できたようでした。例えるなら日本史の授業を江戸時代中期から受けながら、縄文時代から近代まで理解した感じでしょうか。さすが私、知力も最強です。
「アリスさん。これは私たちが使っていた一年生と二年生のときの教科書です。どうぞ使って下さい」
公爵令嬢と、その取り巻きたちは以前使っていた教材を持ってきてくれました。
「ところでアリスさんは旅の途中でこの国に来たんですのよね」
「どこの国からいらっしゃったの?」
「魔法は誰から教わったのかしら」
クラスのみんなが私に興味深深です。
「もうっ、アリスさんが困っているではありませんか」
公爵令嬢さんが椅子に座る私の背後から抱きついてきました。
「え~、公爵令嬢様だけズルイですわ」
みんな良い子ですね。そんな中で私に只ならぬ視線を向けてくる男子の集団がおりました。
★
それは昼休みのこと。
「みなさんと中庭でお昼を食べる約束をしましたが、中庭ってどこでしょうね」
校内を一人で彷徨っていると。
「よぉ、オマエ聖騎士なんだってな」
先ほどの男子の集団が現れたのです。周囲の生徒がおののきます。
「うわっ。子爵令息のグループだ。早速転入生に絡みやがった」
「あの転入生はもう終わりだ」
男子の集団は六名。その中でもリーダー格と思われる男子がニヤリと笑います。まるで新しいおもちゃを手に入れたガキのように。
なんだか面倒なことになりましたね。
連れてこられたのは学園の敷地内でも草木が生い茂る人気のない場所でした。
「何の御用でしょうか」
私がそう言うとリーダー格の男子である子爵令息はイライラしながら答えました。
「俺の家は先祖代々、王宮で魔法使いの筆頭をしている。この前の女王軍襲撃のときも巨大魔法障壁を展開させて城を守っていたんだぞ」
「そういえばドラゴンが火の玉を吐いたとき、お城の前に大きな魔法陣が現れたような」
「それこそ俺の親父や祖父さんの魔法だ」
でもドラゴンの火の玉でひび割れていましたけど。
「それで何の御用でしょうか」
そう言うと子爵令息と取り巻きは睨みを効かせてきます。
「オマエ、ずいぶん公爵令嬢さんと仲いいみたいじゃないか」
「子爵令息くんに挨拶もなしに、クラスで活きがって良いと思ってんのかよ」
「噂だと入学試験で派手に暴れたとか、18キンとか呼ばれてイイ気になっているみたいだけど、うちのクラスではそうもいかないからな」
やっぱり、そういうことですか。なんだか、かったるいですね。
全然ビビらない私にイラついたのか、子爵令息は殴りかからんばかりの勢いです。
「それで、私は具体的に何をすれば? 挨拶すればいいのですか。ではコンニチハ。公爵令嬢さんを無視すればいいのですか。そうなれば公爵令嬢さんは理由を聞いてくるでしょう。その場合は顛末を語ってもよろしいのでしょうか」
「な。なんだとっ」
子爵令息は声を荒げます。私は平穏に返します。
「どうしたんですか? もしかしてたった六人に囲まれて震えていないことに不満をお持ちですか」
「て、テメぇ!」
「先ほど『うちのクラスではそうもいかない』と仰いましたが、クラス内の空気やルールなんて、社会に持ち越すことなんて出来ない無意味なものです。閉所でのヒエラルギー由来の大将の経験なんて、就職活動では何の役に立ちませんから」
「意味の分からないことを!」
ああ、キレましたね、この人。
「おい、オマエら。この女をブッ殺すぞ」
「マジかよ子爵令息くん。相手は黒の女王軍を追い返したって」
「きっと違法魔薬でも使っていたんだろうよ。こっちは六人だ。痛い目遭わせて黙らせてやる!」
う~ん。ここの男子は強力な魔法が使えるばかりに、力ずくで人に言うことを聞かせようとするんでしょうね。まぁ、裏でネチネチと嫌がらせするヤツよりは幾分マシかもしれませんが。
六人の手に魔力が帯びていくのが分かります。攻撃魔法を放つ気ですね。ですが素直に戦ってあげる気にはなりません。早くお昼ご飯を食べたいので。
ここは先制攻撃を。でもケガを負わせてしまったらあとあと面倒です。なにか、いい魔法は……あ、思いついた。
私は人差し指を六人に向けました。
「バンっバンっバンっバンっバンっバンっ!」
まるで銃を撃つかのように。すると
「げげぇっ」「ああ……」「おえぇぇぇ」
「がはぁっ」「ブリブリぃっ」「…………!」
取り巻きたちは悲鳴を上げて倒れてしまいました。気絶している者、泡を吹いている者、嘔吐している者、痙攣を起こしている者。中には失禁と脱糞で白いズボンの前が黄色に、うしろが茶色に染まっている者もいます。
「これは……何を!?」
子爵令息は膝をついて私を見上げてきました。顔は脂汗にまみれています。
「視線に魔力と殺気を混ぜ込んで、発砲しただけです。人差し指を向けたのは、なんとなく。意味はありません」
「なんだとっ。そんな魔法、聞いたことないぞ」
「そりゃ、そうです。今、私が作りましたから。殺意の弾丸とでも命名しましょうか」
「俺は、なんて人間を敵に回してしまったんだ……」
それにしても子爵令息。殺意の弾丸を喰らう直前に魔法障壁を展開させて直撃を防ぎましたか。だから一人だけ意識を保っていられると。曲がりなりにも宮廷魔法使い筆頭の息子のようですね。
そこへ。
「アリスさん! やっと見つけました」
公爵令嬢です。
「ほかの学生から話は聞きました。子爵令息が因縁をつけて来たとか。お怪我はありませんか」
私は笑顔で頷いて、地面に転がる男子たちを指さしました。
「えっと、これは?」
「六人がかりで攻撃魔法を放とうとしてきたので、思わず睨んでしまいました」
「え、睨んだだけで?」
公爵令嬢さんは首を傾げはするものの、すぐに子爵令息を問いただします。
「アリスさんに魔法を向けようとしたのは本当ですか」
「うう……」
「これは立派な規則違反です。公爵令嬢として命じます。六人は罰として放課後はトイレ掃除を行うこと。卒業までずっと、です。それと子爵令息。あなたは雑巾やブラシは使ってはいけません。自らの手と舌のみでトイレをキレイにしなさい!」
「ううう……聖騎士にケンカを売った俺がバカだったぁぁぁ!」
子爵令息は泣いてしまいました。
「さぁアリスさん。中庭にランチを用意しておりますのよ。私のお抱え料理人が作った逸品です。みんな待ってますわ。行きましょう」
腕に手をまわして私を引っ張る公爵令嬢さん。途中ですれ違う生徒たちが羨望の眼差しを送ってくるのでした。
★
放課後は公爵令嬢さんたちが私のために勉強会を開いてくれました。彼女たちの言っていること、教科書に書かれていることが、私の脳に染み込むように理解できます。あっという間に教科書も読破。
翌日の授業も驚くほど理解できます。
放課後はみなさんの勧めで部活動を見学に行きました。体験入部です。騎士団長の息子が部長を務める剣道部では顧問の教師を圧倒し、柔術部、槍術部、棒術部では部長を秒でやっつけて、弓道部や馬術部では誰よりも好成績。魔法薬研究部では傷薬を作ったつもりがポーションを作ってしまいました。
さらに公爵令嬢さんに気に入られたおかげで、学園内のヒエラルギー上位のグループに在籍しております。放課後は学園内に設けられたオシャレな喫茶スペースでお茶をするのです。
各部活動からは入部依頼が殺到しています。
授業が理解できる。廊下を歩けば声をかけられる。男子と当り前のように話せる。こうなると学園生活が楽しくて仕方がありません。
魔法や剣の扱いも練習すれば、そのぶんだけ上達していくのが自分でも分かりました。勉学や剣術に時間をかければかけるほど良い結果が生まれます。転移する前とはまるで違う。教科書を読んだだけで頭に新たな知識が吸収されていく。最強知力さえあれば、誰だって頑張ることが出来る。
私は悟りました。努力は必ず報われると。素晴らしいと。今なら努力を推奨する本を一冊書けてしまいそうです。
子爵令息は感染症にかかって学園を退学されました。
校庭の片隅には、いまだにワームホールが発生しています。
そしてついに私たちは学園を卒業して、正式に王国軍に入隊。それは騎士団が黒の女王軍討伐に向けて遠征を仕掛ける時期が来たことを意味します。
★
ついに出立の朝を迎えました。
王都入口には遠征団の数千人が整列しております。学園での同級生だった者たちも、この中にいるはずです。
「アリス。ここにいたのか」
騎士団長が、離れた場所から兵たちを見つめる私に声をかけてきました。
「どうかしましたか」
「どうもなにも。アリスは我が軍の幹部待遇だ。先頭で兵たちを引率してほしい」
「ほかにも幹部の騎士はいらっしゃいますよね。申し訳ありませんが別行動を取らせていただきます」
「なんだと?」
そこへ公爵令嬢さんが男子を引き連れてやってきました。男子たちは学園で友情を育んだ各体育会系部活動の元・エースたちです。今の彼らは公爵令嬢さん率いる魔法使いたちからの肉体強化の魔法を受け、筋肉モリモリ。鉄や鋼、魔法金属の塊、木材などを工房ギルドから持ってきていただきました。
「今から私たちは一足先に黒の女王軍が居座る、黒の森へ進攻します」
「一足先だと? 本軍もこれから出立するというのに、どのように」
「フフフ。見ていて下さい」
私は男子勢が運んできてくれた魔法金属、鉄、木材に手をかざしました。
「クリエイト!」
すると金属らは切断、伸延、変形、屈折を繰り返し、ひとつの塊に形を成していきます。
「これは一体?」
「クリエイトの魔法ですわ」
魔法に集中する私の代わりに、公爵令嬢さんが騎士団長に説明します。
「アリスさんは頭の中で想像した道具や武器を、素材さえあれば魔法の力で作ることが可能なのです。まさに想像を創造する力といえば分かってもらえるでしょうか」
「そんなことがっ」
そうして出来上がったのは装甲車です。ガソリンではなく魔力で動きます。
一号車は広々スペースで指揮官が乗り込みます。
二号車は多くの兵員が乗り込めるよう、ふたつの長椅子が向き合う通勤電車のような内装になっております。
三号車はトレーラータイプ。コンテナにはお風呂やトイレ、寝室、医療室が完備。魔力さえあれば簡単に運転できる仕様です。最高時速は100キロ。
私は騎士団長に向き直ります。
「私たちチーム・アリスはこれに乗って一足早く黒の森に向かいます。みなさんは私たちが討ち損ねた魔獣を倒しながら、女王軍に蹂躙された村々を救済しつつ、ゆっくりと追ってきて下さい」
「では行ってきますわ」
公爵令嬢さんが一号車の助手席に乗り込もうとします。
「え? 待って下さい。公爵令嬢」
騎士団長は慌てて止めます。
「あなたは大事な公爵家の方です。魔法を学んでいたのは、王族の護衛を勤めるためでしたでしょう。遠征なんて危険だ」
「大丈夫です。こう見えても魔力はアリスさんに次いで大きいんですから」
「安心しろよ、親父。俺だって一緒に行くんだ」
そういうのは剣道部部長であった騎士団長の息子です。
「息子よ。オマエもアリスについていくのか。それにしても学園を卒業したばかりの者たちだけでは……」
「心配するでない。このワシが引率してやろう」
そこに現れたのは筋骨隆々のお爺さんです。それを見た騎士団長は目を丸くしました。
「親父殿! どうしてここに!」
「アリスちゃんおかげじゃ。ガハハハハ」
このお爺さんは先代の騎士団長。現役騎士団長のお父上です。なんでも黒の女王軍の魔法使いが放った呪いに直撃したせいで、筋肉が衰えて肝機能不全になり、痴呆になってしまって長いあいだ寝たきりだったんだそうです。
「水くさいですよ騎士団長。呪いで困っているご家族がいるのなら相談して下されば良かったのに」
騎士団長の息子さんから話を聞いた私は、すぐにお見舞いに行ったのでした。騎士団長さんはお父上に言います。
「しかし親父殿が受けた呪いは宮廷魔法使いの治癒魔法でもポーションでも治らなかったのだぞ」
「アリスちゃんがエクストラポーションを毎日のようにガブ飲みさせてくれたおかげで、このとおり完全回復よ。ガハハハ」
「エクストラポーションだと! 王国の魔法使いや薬学者が総力を挙げ、それでも月にコップ一杯分しか作れないエクストラポーションを、毎日ガブ飲み?」
騎士団長が信じられないという視線を向けてきたので、教えてあげました。
「エクストラポーションだったら学園の魔法薬研究部でたくさん作っておきました。もうすぐ後輩たちが大樽をいくつも担いで渡しにくると思いますので受け取ってやって下さい。手足の欠損くらいなら瞬時再生できると思います。では、みなさん」
公爵令嬢、その取り巻きの魔法使い、元・騎士団長、騎士団長の息子筆頭の体育会系エースたちが装甲車に乗りこみます。
「それでは騎士団長、先ほど説明したとおり先陣切って参ります。女王討伐後の帰り道でお会いしましょう。では」
私も装甲車に乗りこみ、いざ出発。唖然とする騎士団長を残して、車列は黒の森を目指すのでした。