第二章 承編
私は最強パーティに誘われて、ダンジョンへ向けて馬車で旅をしています。最強パーティのメンバーは、初心者でありながら冒険者の平均以上の実力を持つ私に将来性を感じたのだとか。これはまさにスカウト。優秀な学生や会社員が有名企業に引き抜かれるときって、こんな気分なのですね。
「アリスが仲間になってくれて助かったぜ。しかも治癒魔法まで扱えるなんてな」
そう言う大柄の男性は重戦士さん。筋肉に刻まれた数多の傷は歴戦の勇士であることを物語るかのよう。
新たなメンバーを探しているところ、魔法も使える私がちょうどギルドへやってきて、嬉しかったんだそうです。
ベテランの冒険者を仲間にしようにも既にほかのパーティに所属していたり、癖のある人である場合が多いんだそうで。
「新人を一から育てるにも時間がかかるもんねぇ」
こちらの女性は女弓手さん。妖艶な女性ですが、ときおり上品さも垣間見えるのが不思議です。
すぐにでも目的のダンジョンに挑みたかったそうで、新人を仲間にして育てる時間が惜しかったそうです。その点、私は新人といえども平均以上。
「それにしても驚きましたわ。盗賊や魔獣を圧倒する剣術と身のこなし。さらに攻撃魔法まで。アリスさん、本当に初心者ですの?」
誉めて下さるのは女魔法使いさん。魔女の服を着た可憐な少女です。
それにしても私だって驚いています。旅の途中では何度も盗賊や魔獣に出くわしました。しかし私は、まるで身体が勝手に動くかのような剣術さばきで大勝利。敵の次の一手が閃いて的中するものですから、先手を打ってチャンバラできます。攻撃魔法だってお手のもの。
「アリス、キミを仲間にして本当に良かった。紅のダンジョンまでとは言わず、ずっと仲間でいてくれ」
嬉しいことを言ってくれるのはパーティのリーダーである美丈夫剣士さん。私をスカウトした人ですね。
こんな四人に連れられて向かう紅のダンジョンとは。ギルドでスカウトされたとき、美丈夫剣士さんがこう言いました。
「この世界には古き言い伝えがあるんだ。七色の聖剣。それは炎を放つ紅き聖剣、風を生みだす碧の聖剣、聖水したたる蒼き聖剣。あと、いろんな聖剣。それら七振りの聖剣を集めし者は、大きな達成感を得られるというんだ」
そんなわけで、最初に目指すは紅き聖剣が眠るとされる紅のダンジョン。聖剣の伝説は昔から語り継がれているようですが、各聖剣が眠る各ダンジョンは難易度が高すぎて誰も収集できなかったのだとか。
しかしながら、このたび最強パーティは領内最強を誇るAランク魔獣の討伐に成功しました。実力をつけた最強パーティの次なる目標は聖剣捜索だったのです。
馬車に揺られて一週間。何度も魔獣に遭遇しましたが、私が有能だと知らしめる良い機会にすぎませんでした。
そしてやってきた紅のダンジョン。
「おそらく最下層ボスが紅き聖剣を守っているはずだ。そいつを倒せば聖剣は手に入る」
美丈夫剣士さんの目にヤル気が漲ります。
「回復や補助は任せて下さい」
女魔法使いさんも小さな身体で杖を握りしめます。
「炎を出す剣ね。売ったらいくらになるんだか」
女弓手さんはニヤリと笑うと美丈夫剣士さんに小突かれていました。
「みんな油断すんじゃねえぞ。多くの冒険者が散っていったダンジョンだ。間違っても俺より先に死ぬなよ」
重戦士さんが皆の気を引き締めてくれます。
「大丈夫さ。この五人なら、やれるっ!」
美丈夫剣士さんの強い言葉にみんな頷きます。
「さぁ、みなさん。行きましょう!」
私の掛け声とともに、パーティはダンジョンへと足を踏み入れるのでした。
★
ダンジョンに潜入してから五日目のこと。
「どうしてこうなった……」
私の目の前には発熱しながら膨張する肉の塊。破裂寸前です。
「破裂したら、一人で死ぬんでしょうね……」
私は目を閉じて、ここにはいない元・仲間たちに想いを馳せました。
★
ダンジョンに潜入した私たちはサクサクと各階層を攻略。大きなアクシデントもなく最下層ボスの間に辿り着きました。さすが最強パーティです。
ボスの魔獣は巨人タイプ。強敵でしたが、皆の知恵と力と情熱、勇気、最強技、そして私の機転もあり打ち倒すことに成功しました。
さらに隠し扉が自動的に開き、隠し部屋が出現。部屋の中には念願の紅の聖剣が床に突き刺さっていたのです。
「みんなのおかげだ。さぁ、アルファベの街へ戻って祝杯を上げよう!」
紅の聖剣をなんなく引き抜いた美丈夫剣士さん。彼のあとに続いて隠し部屋を出たときでした。
「なんだい……あれ」
女弓手さんが戸惑いの声をあげたのです。それもそのはず、倒して横たわっているボスの身体が赤く発熱していたのです。
「これはもしや……爆弾型の魔物なんじゃねぇか」
重戦士さんの声色から只ならぬ状況であることがわかりました。それにしても爆弾型って?
「死ぬと爆発する魔物です。魔物の体質とでもいいましょうか。死体に残存した魔力が暴走して爆発する個体がいるんです。それにしても、まさかボスが爆弾型なんて」
女魔法使いさんの表情が強張りました。私は聞きます。
「ボスレベルが爆発したら、どうなるんですか」
「ボスは強かった。死体の中の魔力残存量がいかほどかも分からないが、おそらくこのダンジョンの半分は爆発で吹き飛ぶだろうな。残された時間も多くはないはずだ」
美丈夫剣士さんが額に汗を滲ませながら教えてくれました。
それにしてもダンジョンの半分が爆発に呑み込まれるのであれば、走っても逃げ切れません。なにせ入口からここまで四泊五日の距離です。
こうしているあいだにも、ボスの腹を中心にして赤く膨張していきます。どうしましょう。
「みんな、慌てるな。女魔法使い、やってくれるな」
美丈夫剣士さんの言葉に、我を失いかけていた女魔法使いさんの目が生き返ります。
「わかりましたわ。今こそ秘義を披露いたします」
女魔法使いさんは何やら呪文を唱えはじめました。
「彼女は何を」
「あれがあの子の最強技さ」
女弓手さんが答えます。たしか女魔法使いさんだけがボスに最強技を放っていなかったような。
「あの子の最強技は転移魔法。どんなダンジョンや森の中にいようと、マーキングしたところに瞬時に移動できる魔法さ。このダンジョンの入口にもマーキングしていた。この魔法があれば一気に外に逃げることができるよ」
そんな便利な魔法があったんですね。さすが最強パーティの魔法使いです。
女魔法使いさんが呪文を唱え終わると、魔法陣が出現しました。
「みなさん、早く魔法陣の上に移動して下さい」
彼女に促されて私は魔法陣の上にいち早く飛び乗ります。ほかの方も魔法陣に足を踏み入れました。
ところが美丈夫剣士さんは動きません。どうしたことでしょうか。
「どうしたんですか。早く外へ出ましょう」
私の言葉を受け、彼はゆっくりと女魔法使いさんへ顔を向けます。
「なぁ、その転移魔法って五人も移動できるのか」
「あっ!」
女魔法使いさんが不穏な声を上げました。
「今まで四人で冒険してきたので、四人用の転移魔法にしてしまいました。い、今すぐ魔法を組み直します!」
そのあいだにもボスの腹は赤く膨張を続け、破裂寸前の風船のようになっておりました。
美丈夫剣士さんが意を決した表情で言いました。
「魔法を組み直すには時間がかかる。オマエたちだけでも外へ逃げるんだ」
「そんな……。これは私の責任です。私が残りますから」
「落ちつくんだ、女魔法使い。キミがいなかったら魔法は発動できないだろう」
「でも……そうだ、アリスさん」
「え? 私?」
「魔法障壁を張ることが出来ましたよね」
ええ。防御魔法だって使えます。なんせ全てが平均以上。平均的な魔法使いが使える魔法は使えるので。
「まさか、ここに残って魔法障壁で爆発を耐えしのげと」
「はい」
「ダンジョンの半分を吹き飛ばす爆発ですよ」
「はい」
私は返す言葉もなく、ただ沈黙があたりを支配してしまいました。
「こういうときは、やっぱり俺だろう」
沈黙を破ったのは重戦士さんです。
「この中で最年長は俺だ。オマエら、あとは仲良くやれよな」
「待て重戦士、オマエがいなくなったら、宿屋のおかみさんはどうなる」
「心配すんな美丈夫剣士、あの女は強い女だ」
重戦士さんは魔法陣を出ようとします。ああ、重戦士さん。
「待ちなよ重戦士。おかみさんのお腹の中には、アンタの子供がいるんだろう。知ってるんだからねっ」
「女弓手……」
「私には父がいません。これから生まれてくる赤ちゃんにパパがいないなんて、私は絶対に許しませんからね」
「女魔法使い……」
重戦士さんは残るのをやめてしまいました。再び沈黙。こうしているあいだにも、ボスは全身を膨張させていきます。
「あらよっと」
魔法陣から飛び出したのは女弓手さんでした。
「アタイには待っている家族はいない。残るならアタイさね」
女弓手さんは私たちに笑みを向けてきました。これまで見た笑顔の中で最も慈愛に満ちたものでした。
「実はアタイ、魔法が使えるのさ。魔法障壁くらいなら展開できる。爆発に耐えてダンジョンを出るとするよ。アンタらは先に出ていきな」
「待て女弓手。もしものことがあったら……」
「重戦士、もしものことがあったら、そのときはアンタたち仲良くやりなよ。残りの聖剣を集めておくれ」
重戦士さんは、それ以上何も言えませんでした。女弓手さん、ありがとう。
「待つんだ、女弓手」
美丈夫剣士さんが声をかけます。本人が残る気でいるのに邪魔するのでしょうか。
「キミは家族がいないと言ったな。嘘だ。キミは隣領の魔法使いの名家の娘なんだろう」
「どうしてそれを! まぁ、知っていたところでアタイに帰る家が無いのと同じさ。アタイは魔力が少ないからって、あの家を勘当されたようなものなんだから」
「それは違うぞ、女弓手!」
美丈夫剣士さんが真っ向から否定します。
「かつてキミの御両親が冒険者ギルドを訪ねてきたことがあった。キミがいないとき、ご両親は俺たちにキミを実家に返してほしいと相談しに来たんだ」
「そんなバカな。アタイは家族全員から落ちこぼれと邪険にされて」
「それは当主であるキミの祖父だけだったんだ。ご両親も兄弟たちもキミを愛していた。でも当主には逆らえなかったんだ。実家のみなさんは仕方なく当主に従っていたんだ」
「嘘だ。アタイは家族から疎まれていて」
「これを見ろ、女弓手!」
本人が残ると言っているのに、一体なにを。美丈夫剣士さんは懐からメダルを出しました。女弓手さんが目を見開きます。美丈夫剣士さんが続けました。
「このメダルは当主が家族と認めた者に授けるんだそうだな。二年前にお祖父さんは亡くなり、これは現当主となった御父上がキミに渡してくれと言って預けてきたモノだ。キミには家族がいる。こんなところで死ぬんじゃない」
「アタイに帰る場所があったというのかい……」
「それに」
今度は女魔法使いさんが言います。
「魔法障壁程度では爆発を凌げるとは思いません。ましてや魔物の身体から弾けとんでくる『呪いの糞尿』は魔法障壁を貫きます。一緒に地上へ帰りましょう」
あれ? さっき私に魔法障壁で耐えろとか言っていませんでしたっけ。
メダルを手にし、今にも泣き出しそうな女弓手さんを、美丈夫剣士さんが背中を押して魔法陣の上に戻します。再び沈黙。
なんだか短期間のあいだに私の知らない人の名前や、知っている人たちの知らない背景が出てきましたね。
こうしているあいだにも、ボスの身体は膨れ上がり、爆発目前です。
「やはりここは、ダンジョン攻略を言いだした俺が残るべきだろうな」
美丈夫剣士さんが覚悟を決めた表情で皆の顔を見渡しました。
「重戦士。ベテランのオマエはみんなを導いてやってくれ。女弓手。良い機会だ。残りの聖剣の探索は置いておいて、しばらく実家に戻るといい。女魔法使い……泣くなよ。キミの治癒魔法は素晴らしい。あとは度胸だけだ。それさえ獲得すれば、キミは立派な」
「うう……」
女魔法使いさんは泣き崩れてしまいました。最後に美丈夫剣士さんは私を見つめます。
「アリスさんは……えっと」
えっと?
「えっと、そうだな。短い間でしたが、ありがとう」
「なんですか、それ。まるで短期のバイトが終わった日の、管理職が放つ夕方の解散時のメッセージのようなものは」
「……はっ!」
美丈夫剣士さんは今にも爆裂しそうなボスの遺体に目を向けます。ますます膨らんでおります。
「非常に時間が無いのは明らかだ。女魔法使い、みんなを地上に転移させてくれ」
すると、先ほどまで泣いていた女魔法使いさんは魔法陣を飛び出すと、美丈夫剣士さんに抱きつき接吻をしました。どさくさにまぎれて、なんて破廉恥な。
「魔女の契約のキスです。これで私と貴方は一心同体。二人でも一人としてカウントされます。これなら四人しか転移できない魔法陣でも、地上へ帰ることが出来ますよ」
抱きつかれた美丈夫剣士さんの顔は真っ赤。
「待つんだ女魔法使い。魔女のキスとは一生を共にする男にほどこすモノだと聞いているぞ。つまり、それは夫婦というか。それを俺なんかに。俺はキミの隣にいるような男では……」
「いい加減、認めなよ美丈夫剣士。その子と一緒になっちまいな」
「二人が両想いなんてこと、共に戦ってりゃ、バカでも気付けるもんだ」
女弓手さんと重戦士さんは美丈夫剣士さんに発破をかけます。私はお二人が想いあっているとは、一瞬たりとも気付きませんでした。
「さぁ、一緒に地上へ帰りましょう」
「……そうだな」
女魔法使いさんは美丈夫剣士さんの腕に手をまわし、お二人とも魔法陣へ戻ってきます。女弓手さん、重戦士さんも笑顔です。
「アタイらには、まだ剣士が必要さね」
「俺たちは4人でひとつ。あ、5人でひとつ。手に入れた聖剣は一振りだけ。こんな所で諦めてんじゃねぇよ」
私たちは笑顔で彼らを迎えました。この瞬間、魔法陣の上に五人が立った、そのときでした。
ビーっ!
定員オーバーのエレベーターが放つような無情な警戒音が魔法陣から湧きだしました。魔女のキスで一心同体になろうが五人は五人だったのです。
みなさん事情を察したのでしょう。誰も喋りません。誰も突っ込みません。
ボスの身体は膨張を続け、伸長された皮膚は薄みを増していき、内部の赤熱した魔力は心の臓のように脈打っています。
「やはり、ここは俺が……」
美丈夫剣士さんが、何か素晴らしい自己犠牲案を口にしようとしたときでした。
「おっと! 足が滑ったぁ!」
突然、女魔法使いさんが体勢を崩し、その身体が私にぶつかりました。
「ふぎゃあ!」
私はバランスを崩して転倒。体育の授業のマット運動での、失敗したうしろ回りのような態勢で魔法陣から転げ落ちました。
「アリスさん!」
美丈夫剣士さんの声。私は急いで体勢を立て直そうとするも……魔法陣は仲間とともに消失。即座に立ち上がり、踏み出していた私の足は、目的地を失ったのでした。
★
私の目の前には発熱し、膨張を続ける肉塊があります。
魔法陣が消え、四人も消えたということは無事に地上へ戻れたんでしょう。爆発した肉塊の衝撃波がダンジョンの半分を飲み込むとあれば、全力で走ったって生き残る術はありません。私はボスの部屋の片隅で体育座りしながら人生の最後を待っております。
それにしても女魔法使いめ。美丈夫剣士さんに抱きついていながら体勢を崩すなんて故意としか思えません。私が最後に見たものは、驚きながらも私に手を伸ばそうとする重戦士さん、女弓手さんの姿。美丈夫剣士さんは女魔法使いに遮られて、悲しみの視線を送るばかりでした。それに女魔法使い。私にしか見えませんでしたが、あれはニヤついていましたね。あのデカ尻女……。
ボスの遺体は膨張を続け、部屋の隅にいる私を押し潰そうとしてきます。これは爆発も秒読み段階でしょう。私の人生もこれで終わり……。
「終わってなんて、いられるか!」
思い出したら腹が立ってきました。せっかく転移したというのに、何でしょうか、この待遇は。
「神ぃー! 神ぃー! 見ているんでしょう! 返事をしなさい!」
私は怒りの声を荒げます。そして……
ついに肉塊は大爆発を起こしたのでした。
★
気がつけば、そこは真っ白な空間。
「アリスさん、いかがしました? って、なんですか、その汚れた格好は!」
振り返れば神様。私の姿を見て驚嘆の眼差しです。
「身体が少し溶けかけていますよ」
「『呪いの糞尿』を喰らったんですよ。一体なんだったんですか、あの世界は」
こんな目に遭わせてくれた世界に転移させた神に全力で抗議します。そんな神は。
「気に入りませんでしたか? 流行りの『ざまぁ』の序章的な展開だったんですが」
「はぁ?」
「人気のウェブ小説サイトを読んで勉強したんですよ」
神様の手には私の遺品のスマホが握られておりました。
「アリスさんに言われた通り、スマホでウェブ小説サイトを覗いてみたんです」
神様は楽しげに話します。
「ウェブ小説では『ざまぁ』が大人気なんです。私も読んでハマってしまいました。アリスさんには是非『ざまぁ』して頂きたくて、あのような展開を与えたのですが。お気に召しませんでしたか」
「私は転移先でシアワセになりたいんです! 『ざまぁ』って仕返しですよね。そんなことが目的の人生でシアワセを得られるわけがないでしょうが!」
「最先端のトレンドなんですよ」
「そもそもダンジョンに置き去りにされ、爆発に晒されたら死ぬでしょう。仕返しもできませんよ」
「大丈夫ですよ。アリスさんには特殊スキル『再生強化』があるんですから。人体を再生させて、爆発による熱攻撃の耐性をつけたところで『ざまぁ』するんです。紅の聖剣の火炎攻撃だって受け付けませんよ」
『再生強化』? そんなスキル持っていましたっけ?
腕にはギルドでもらったステータス丸見えの腕輪があります。腕輪の機能でステータスオープンさせ、私の個人情報を確認してみました。どこにもスキルの記述はありません。
すると神様も覗きこんできました。
「あれ? あ、やばっ」
神様がステータス画面に触れます。すると
ピロリロリン!
レベルアップした音とともに特殊スキル『再生強化』が追加されました。
「今追加しても意味ないでしょう。あのままでは私、死んでいたではないですか!」
「もともと死んでいますけど」
「うるさいですね。もういいです。次は私が最強で、皆が私を見捨てることが出来ない、むしろ見捨てたら世界が滅びるような世界へ転移させて下さい!」
そもそも能力が平均よりちょっと上であること自体が中途半端なんですよ。せっかく転移するのなら、世の理を壊すくらいの強さがあっていいはずです。
「待ってくださいアリスさん。努力もなしに最強の力を手に入れたら、いずれ我が身を滅ぼしかねません」
「ずっと我が身を滅ぼすような低スペックで生きてきた顛末が、このザマです。良く見て下さい。このザマですよ!」
私は神様にズズズぃっと迫ります。身体にこびりついた『呪いの糞尿が』びちゃびちゃと音を立てながら、白さ際立つ空間に散乱します。
「汚ない。それに臭い。こっち来ないで下さい」
「だれのせいで『呪われし糞尿』を喰らったと御思いですか。ああ、ほかの神様なら良かったのに」
「うう……ぱぴよん」
神様の大きな双眸から涙がこぼれ出しました。真っ赤になった顔を小さな両手で覆います。相変わらず腹の立つ泣き声ですね。
こうなったら強硬手段です。
「願いを叶えてくれなければセクハラをします。げへへ、お姉ちゃん、お風呂入るときはハダカなのぉん?」
「ハダカです。下着も脱ぎすてます。一糸まとわぬ姿です。ああ、なんて恥ずかしい。耐えられない。分かりました。アリスさんが最強になりうる世界へ転移させます。だから、もうやめて下さい」
分かればいいんですよ。余計な手間を取らせないでください。
神様が右手を振りあげます。
「神様、言い忘れていました。武器や防具も最強にしてください。ダンジョンに潜って最強の武器を探すのなんて面倒臭いですからね」
「わかりましたよ。最後に確認ですが、先ほどの世界での『ざまぁ』はしなくて良いんですね」
私は首を縦に振りました。あのメンバーに仕返しなんて、やりにくいし。でも女魔法使い、テメぇはダメだ。私を怒らせた。
「神様。女魔法使いには是非とも天罰を」
「大丈夫。女魔法使いは美丈夫剣士と七色の聖剣を集めて名声を得て、シアワセに暮らす運命です」
「許さん! デカ尻女に神の裁きを」
「それぃっ」
神様は右手を振り下ろしました。落雷が私に直撃。どうして私に神の裁きを……いや、これは毎度の落雷か。でも今回の電流量は……さすがに、死……
「ではアリスさん。良い旅を」
薄れゆく意識の中で見たものは、悲しげな顔で手を振る神様の姿でした。
★
気がつけば山道に立っておりました。見上げれば満点の星空。大きな銀色の満月があたりを照らしだし、夜だというのに視界良好。幻想的な雰囲気を醸し出しております。
山道から下界を見下ろせば大都市が伺えます。そこに溢れるのは家々の灯ではありませんでした。
都市の各所で火の手が上がり、良く見れば建物が崩壊しているではありませんか。目を凝らせば巨大な黒い物体が建物を壊しながら動いております。なにやら大都市は緊急事態に陥っている模様。
「これは悠長に天体観測をしている場合ではなさそうですね」
私は自身の身を確認しました。『呪われし糞尿』のダメージも臭さも消えております。さらに上等な鎧や値が張りそうなブーツ、手甲を装備しております。背中には大きな剣。どうやら神様は最強装備を施してくれたようです。
今から救援に間にあうでしょうか。下山するにも数時間、大都市にたどりつく頃には夜が明けているでしょう。
しかし、今の私は力が満ち溢れております。これが最強の力でしょうか。
「なんだか、行けるような気がしますね」
理由のない自信に押されて、山道沿いに下山するのではなく、適当な崖から飛び降りてみました。着地。足、全然痛くない。走ってみました。まるで快速急行のような速度が出ます。間違えて快速急行に乗ってしまい、降りるべき駅が高速でうしろへ流れていく、車窓からの風景のように、異世界の景色が後方へ吹き飛んでいきます。
頭の中には憶えてもいない加速魔法、飛翔魔法などのスペルが自然と浮かんできました。
これなら大都市の惨事に間にあう!
つづきは明日に投稿します。