第二章 起編
気がつけば草の生えた平野に立っておりました。遠くには山々。空の感じも日本のモノとは違います。照りつけてくる太陽はキツイですが、肌に張り付くような湿気は感じられません。
「どうやら異世界転移できたようですね」
落雷には痺れましたが、これといった後遺症はないようです。ようやく冒険の始まりです。目を凝らせば遠くに集落が見えました。行く宛ても無いので向かってみましょうか。
集落では農作業の真っ最中でした。人々の服装や家屋を見る限り、やはり日本ではありませんね。
農夫さんや村道を行きかう女性たちが好奇な目を私に向けてきます。そういえば私は元の世界の服装のまま。神様、TPOに合わせた服くらい用意しておいて下さい。
「おや、旅人さんかね」
日光全開の道路わきに腰を下ろし、畑仕事を見守るお爺さんが声をかけてきました。よかった。言葉がわかる。
「アリスと言います。旅人のような者です。ここは何ていう国の何て村ですか」
「ここはナーロッペ国のアイウ村じゃよ。この辺りには他に村はないでのぅ。今晩は村長であるワシの家に泊まるが良い」
宿泊先ゲット!
村長は「あとで案内するでのぅ」と言うので、やることも無いので隣に座って一緒に畑仕事を見守ります。
それにしても暑いです。湿度が高くないとはいえ危険な暑さです。よく農夫さんは平気ですね、と見てみると何人かはふらついています。
ついに一人、倒れました。
「案の定、熱中症ですよ!」
ほかの農夫さんと協力して日影に運びます。ここでも救急車なんて来ないので、服を脱がせて濡れた布を脇の下や足の付け根に押しあてました。
「すごい。ずいぶん顔色が良くなったわ」
一緒に介抱していた村娘さんが感心して私を見つめました。それにしても……
農夫さんたち、こんなに暑いのに休みもしません。しかも長袖で仕事しております。帽子もかぶっていないし、水分補給もしていないような。
私は村長さんのところに戻って質問しました。
「どうして農夫さんたちは半袖ではないのでしょうか」
「半袖? なんじゃそれは」
「半袖というのは、上着の形状のひとつで袖が短い物をいいます。それでしたら暑さも多少しのげるのでは」
「なんと! そんな着物があったのか。しかし、この村には半袖なんぞは」
「では袖をまくってみたら如何でしょう?」
「袖を、まくる?」
私は近くにいた農夫さんを呼びとめました。
農夫さんの袖をまくって差し上げます。
「どうでしょうか」
「これは、なんて涼しいんだ!」
周りの農夫さんもやってきて真似をします。
「こりゃ、イイ!」
「これなら農作業も元気に続けられるぞ」
「袖をまくる? それだけで快適になれるのか? 試してみよう。うわっ、すげぇ、暑くない!」
農夫さんは嬉しそうに畑に散っていきます。そんな彼らを見ていたときでした。
「ぐぎゃああああ!」
なんでしょうか。魔物の襲来ですか。
「目に、目に汗がぁぁぁ!」
若い農夫さんが目を押さえて苦しんでおります。汗が目に入ったようです。そうなる前にタオルで拭えばいいモノを。あれれ? 見渡せば農夫さんの誰ひとりとして首にタオルを巻いていませんでした。
「村長さん、みなさんタオルは?」
「タオル? 何じゃそれは」
「タオルというのは縦幅に対して横幅が長めの布。吸水性のある素材でできたモノです。この際、どんな布でも構いませんが。あ、そうだ。村の女性のみなさん」
私は村道を行く女性たちに声をかけて、家にある長めの布を持ってきていただきました。
「これを首にかけて作業すればいいのか」
「はい。汗をかいたら布で拭いて下さい。最適さが違うはずです」
農夫さんは布で顔の汗を拭いました。
「これは! 水浴びをしていないのに汗が消えた! なんて爽快なんだ」
「本当だ! これなら汗が目や口に入ってイヤな想いをすることはないぞ」
「本当かよ。試してみよう。うわっ、すげぇ、まるで作業する前みたいな感じだ!」
農夫さんたちは喜んで畑に散っていきました。
「旅人さんよ」
村長さんが驚愕に満ちた眼差しで私を捉えています。
「アンタはすごい知識人じゃ。何者かね」
「フっ。ただの旅人ですよ。それと村長さん、みんなを見守るのでしたら是非、木陰に移動して下さい。そのほうが暑くないと思います」
ここは炎天下です。村長さんを連れて木陰に移動。すると。
「なんて涼しいんじゃぁ。これまで畑を見守ってきたが、暑さのせいで意識朦朧、一日一回は三途の川の幻影が見えた。しかし木陰であれば頭スッキリ。皆を見守れるわい」
「よかったら、これも」
私は木から大きな葉をむしって、村長に差し出します。
「うちわの代わりです。扇いでみて下さい」
「扇ぐ? ふむ、なにぃ! これは。まるで風が吹いているようじゃ。なんて快適な」
「よかったね、おじいちゃん」
近くで見ていた村娘さんもニッコリです。
私はさらに提案しました。
「こんなに暑い日は農夫さんたちに水分補給をさせたほうが良いと思うんです。汗のかきすぎで倒れる前に、意図的に水を飲ませたほうが大事に至らずに済みますから」
「なんと! 倒れる前に水を飲ませるとは。なんて素晴らしい考えじゃ!」
農夫さんたちを一度休ませて水を飲ませます。
「食事以外で水を飲むと、こんなに元気が出るんだな」
「よく気付いたモノだな、旅人さん」
「アンタはすごい。この村は変わるぜ!」
そして私はみなさんに胴上げされました。村長や女性陣も笑っています。こうして私は村のみなさんの信頼を得たのでした。
★
「アリスさん、一緒に森へ木の実を取りに行きましょう」
昼食を村長さん宅でご馳走になったあと、そう誘ってくれたのは村娘さんです。
私と村娘さん、何人かの男女で森へと進みます。森の入口には立て札がありました。
「読めませんね。神様から識字能力をいただきたかったものです」
「それは領主さまのお触れ書きよ」
神様への愚痴を漏らしていると、村娘さんが教えてくれました。
「この森に住んでいる魔獣の種類が書いてあるわ。でも安心して。領主さまの調査では弱い角ウサギしかいないって書いてあるわ」
「角ウサギですか」
「ええ。頭に一本角が生えたウサギよ。野ウサギと変わらない大きさで攻撃力は皆無。穏やかな性格よ。この森には何度も入っているけれど、角ウサギ以外の魔獣や危険な獣には会ったことがないわ」
それなら安心ですね。それにしても若い娘さんが攻撃力と言いました。異世界転移したことを実感します。
私たちは森の奥へと進んでいきました。
木の実がなっている樹を発見。男性陣が背中に担いだカゴをおろし、みんなでカゴへ木の実を入れていきます。
そのときでした。
「うわぁっ。ビックリしたなぁ、もぅ!」
男性の一人が大声をあげたので見てみれば、彼の視線の先には巨大な獣がおりました。大きさはゾウと同程度。けれど、その姿は頭に一本角を生やしたウサギだったのです。
今まさに茂みから出てきて、私たちと遭遇したのでしょう。真っ赤な目に殺意と食欲を滾らせて、私たちを睨んできます。
「あれは角ウサギだわ」
村娘さんが言います。私は問います。
「角ウサギって野ウサギと同じ大きさで攻撃力が無いに等しいんですよね? あんなに大きいんですか」
「あんなに大きいのは初めて見たわ。でも、この森の魔獣は角ウサギしかいないのよ。だからあれは角ウサギだわ」
牙の生えそろった口からはヨダレが滴り、そのヨダレが雑草を溶かしております。さらに怒った猛犬のように唸りを上げ、全身の毛は興奮によって逆立ち、明らかにこちらを絶対殺すモードで警戒しています。
「アレのどこが穏やかな性格なのでしょうか」
「角ウサギは穏やかな性格だから、穏やかな性格に決まっているわ」
「村娘さんが角ウサギだというアレの前を、いまイノシシが横切ろうとしましたけれど、見事に捉えられて、鋭い牙でバキバキと捕食されていますが」
「でも角ウサギだから」
「けれどアレの頭の角、ロボットアニメのドリル並に高速回転していますよ」
「角は回転しないわ。そんなこと聞いたことがないもの」
「アレの周囲の花、次々と枯れていきますよ。呼吸しながら毒を吐いているのでは?」
「角ウサギは毒なんて吐かないわ。誰もそんなこと言っていないわよ」
そのとき、角ウサギの口が赤く輝きました。口から炎が溢れます。ヤバい!
そう思った瞬間、角ウサギの口から火の玉が発射されました。
火の玉に直撃した村の男性は炎上。森にこだまする絶叫を上げながら転がりまわり、服は焦げ、皮膚は重度のやけどを負っております。
「大変です。みなさん、男性を担いで逃げおおせましょう」
「待ってアリスさん。角ウサギは温厚な魔獣よ。逃げる必要はないわ」
村娘さんはもちろん、村のみなさんは微動だにしません。私は村娘さんに抗議します。
「明らかに攻撃力の高い魔獣との遭遇ですよ。火の玉だって吐いたではないですか」
「角ウサギが火の玉を吐くなんて、村長や村のみんなは言っていないわ。領主さまのお触れ書きにも書いていなかったもの」
「じゃあ、先ほど吐かれた火の玉は?」
「……火の玉ではないナニカよ。とにかく角ウサギは大人しい生き物だって、みんな言っているわ」
再び角ウサギの口が炎を帯びました。火の玉を発射。別の男性に直撃します。男性は悲鳴を上げながら炎上。服は消し炭となり、大やけどを負って倒れこみました。
「村娘さん。あれは明らかに火の玉ですよ。このままでは私たちは美味しくウェルダンされてしまいます。逃げるなら、今でしょ」
「でも角ウサギは逃げるほどの魔獣とは誰も言ってないわ。人畜無害だってみんなが言っていたわ」
「では男性二名はどうして火傷を負っているのですか」
「……それは分からないわ」
誰ひとりとして逃げようとはしません。現状を不思議そうに眺めているだけです。
そうこうしているうちに、角ウサギは私のほうを睨むと火の玉を吐きつけてきました。
チクショウっ。
私は火の玉をかわすと足元の石を投げつけます。怯む角ウサギ。こうなったら私が角ウサギを倒すしかありません。
「すごいぞ、あのアリスッて旅人。石を投げつけることで石を武器にしやがった」
驚く男性の腰には鉈がぶら下がっていました。
「そこの殿方、その鉈で攻撃してやって下さい!」
「え? この鉈は邪魔な枝木や雑草を刈るだけの物。まさか、これも武器として使えるってことなのか」
「その通りですよ。ああ、埒が明かない。借りますよ」
私は混乱する男性から鉈を拝借して角ウサギに斬りかかります。うおおおぉ!
そんな中、一人の男性がつぶやきました。
「俺はかつて冒険者として武器を振るっていたことがある。あるとき、剣の切っ先で自分の腕を切ってしまったんだ」
周囲の村人は男性の言葉に耳を傾けていました。私は男性の声を聞きながら角ウサギの攻撃を避けつつ、斬り続けます。それっ、ザクっザクっ。
ああ、身体能力はいつものままだ。身体が重い。足がつる。アキレス腱がなんだか痛い。おのれ神め。男性は続けます。
「そのときの傷と、村で刃物を扱っていたときに出来た傷がよく似ていたんだ。まさか、刃物は剣と同様に武器になるってことなのか」
村人たちに動揺が広がります。みなさん、各々が持つ刃物を手にとり、不思議そうに眺めておりました。
そんな中、私の動きが止まります。
「どうしたの? アリスさん!」
村娘さんが心配そうに声をあげます。これは……角ウサギの呼気に含まれる毒素が……いえ、この感覚は……日ごろの運動不足からくるスタミナ切れか。神め。
チャンスとばかりに角ウサギが私に向けて火の玉を発射。私は今日の安全と引き換えに、明後日の筋肉痛を覚悟して避けきります。
「そうか。火の玉を避ければダメージを負わずに済むのか!」
「ダメージを負わなければ身体状態は初期のまま。攻撃力も劣ることなく、勝ったあとも治療に費やす時間をなくすことができるぞ」
「やっぱり、あの旅人はすごいわ」
みなさん、私を誉めてくれることは良い心がけですが、手伝ってくれれば高感度はさらに上がりますよ。
鉈で攻撃を続けていると、鉈の切れ味が悪くなってきました。さらに私の快心の一撃が角ウサギの骨に食い込んだらしく、抜けません。なにか新しい武器を、あ。
「村娘さん、そちらに落ちている木の枝を取って下さい!」
村娘さんの足下には、イイ具合に先端が尖がり、太くてたくましい枝が転がっておりました。村娘さんは手に取ると。
「まさか、これを武器にして戦うの。ただの枝なのに」
「もしそれで生き物を刺したら、どうなると思いますか」
「これで刺したら? こんな先端の鋭いモノで刺されたら、枝といえども刺突箇所や勢い次第で、生物の皮膚や皮下脂肪を貫いて内臓に達すると思うわ。引き抜けばおびただしい出血によって生物の生命維持は困難なものへとなってしまうと思うの」
「つまり?」
「つまり、これはただの枝よね」
「考え直して下さい。つまり?」
「……まさか、これも武器になるというの?」
村娘さんは枝を投げて寄こしてきました。それを手にした私は角ウサギの火の玉を再びかわし、接近、勢いつけて、身体のひねりを利用して、その巨体の首を枝で貫きました。動かなくなる角ウサギ。私もしばらく立ちつくしました。
「あの、アリスさん?」
「……フッ。勝った」
「わあぁぁぁぁぁ!」
みんなが歓声をあげました。私はゼぇハァと呼吸も荒く、言います。
「この角ウサギは新種か突然変異だと思います。これからも出てくるかもしれません。気をつけましょう」
「でも角ウサギは安全な生き物よ。みんな、そう言っているわ」
「村娘さん。みんなが言っていても、それがいつも正しいとは限りません。たとえば自分が領主さまで、危険な角ウサギに遭遇したとしたら、どうしますか」
「私が領主さまなんて、畏れ多いわ」
「たとえ話です。自分が領主さまなら、村人になんて伝えますか」
「そうね、火の玉を吐く危険な角ウサギが現れたとみんなに知らせるわ。お触れ書きにも、危険な角ウサギに出会ったら逃げるように書くと思うの」
「そうです。角ウサギに出会う最初の人間が領主さまとは限りません。みなさんが最初に出会う可能性もあります。今日が、正にそうだった。私は領主さまが取るであろう行動を取るしかなかった」
村人たちの目から鱗のようなモノがポロポロと落ちていきました。村娘さんが口を開きます。
「つまり、みんなが言っていた事は、正しくないこともある? そうなのね、アリスさん」
「そういうことですね。誰も見たことも聞いたこともない事態に、自分が遭遇することもあります。そんなときは自分で考えなければいけないんです」
「すげぇぞ、この旅人。目の前で起きたことを瞬時に理解して、行動へ反映させやがった」
「石を武器として使っていた。あと鉈も。こりゃスゲぇ奴が来たもんだ」
男性の一人が死んだ角ウサギに近づいていきました。
「これだけデカければ、たくさんの肉が食えそうだ。げへへへ」
「待って下さい!」
私は急いで止めます。
「さきほど角ウサギは周囲の花を枯死させるほどの臭気を吐いておりました。体内に毒がある可能性もあります。食べないほうがよろしいのでは」
「さっき見た光景から判断したって言うのか。やっぱりアンタは只者じゃないぜ」
「アリスさん、ばんざーい!」
感動の眼差しで私を取り囲んだ村人たちは、私を胴上げしました。村娘さんは笑顔です。木の実もいっぱい取れました。火傷は負った男性二名は手遅れのようでした。こうして私は村人のさらなる信頼を得たのでした。
★
森から帰ると村長さんは広場に村人を招集し、私の歓迎会を開いてくれました。森での出来事をみんなから聞いた村長さんは、ずっとこの村にいてほしいと泣いて頼んできたのでした。
帰りの途中でイノシシを見つけたので狩ってきたのですが、みなさん肉を捌くと生で食べようとします。さらに野菜や魚まで生で。私が『焼く』という調理法を実践して教えると、みなさん喜んで食べてくれました。村長さんは、次期村長になってくれと泣いて頼んできたのでした。
楽しい宴も終わり、夜も深まります。私は村長宅で眠りにつきます。明日は『煮る』『蒸す』『プラスチックは石油から出来ている』などの調理法や事実を教えてあげましょうか。目を閉じます。
「ここは良い村です。異世界転移して本当に良かった……良かった……」
閉じかけていた目がカッと開きました。
「良いワケないだろ!」
私は外へ飛び出しました。真夜中の村道を駆け抜けます。神の名を叫びながら。
「神ぃー! 神ぃー! 見てるんでしょうが! 出てきなさい!」
気がつけば真っ白な空間に立っておりました。
「アリスさん、どうしたんですか。お礼なら無用ですよ」
振り向けば神様がおりました。
「誰が礼なんてするもんですか。一体あの村はなんなんですか」
神様はキョトンとしております。可愛い顔して首を傾げて、ああ腹立つ。
「どうして村人はあんなにバカなんですか。暑いのに腕まくりませず、魔獣が現れたっていうのに逃げもしない。刃物が武器になるってことも知らずに、どうやってこれまで生きてきたというんです?」
あんなヤツら夏が来るたびに熱中症で死んでしまいますよ。彼らの先祖、よくぞまぁ道具を武器にする発想もなく、大昔に別の原始人に殺されなかったなと思います。
神様は言います。
「だってアリスさんが誉めてもらえる世界がイイって。アリスさんが誉められるには、周囲の人間の知能指数を下げるほかありません」
「私の知能指数を上げればいいことでしょう。それに身体能力。魔獣がいる世界なのなら強くして下さい。私はこれまでレンコンに穴を開ける仕事をしていたんです。体力なんて、無いんですから」
「フフフ。変な仕事」
「うるさいですよ。どこの世界に大型魔獣と戦うフリーターがいるというんですか。とにかく知力と体力を上げたうえで転移させて下さい」
これを受けて神様は困惑気味な表情を向けてきました。
「自分の努力で得たモノではない知識や強さでは、到底使いこなせるとは思えません。それは本人のためにもなりませんよ」
「出た出た正論。それがなんの役に立つって言うんですか。いまのような時代、私のような弱者に必要なのは支援と力なんですよ。だいたい才能や遺伝だって努力で得たモノではないでしょうが」
「才能や遺伝も使いこなすには努力が」
「そういうのはエッセイで書いて下さい。私の遺品の中にスマホがあるからウェブ小説サイトに登録してエッセイを書いて下さい」
「ウェブ小説?」
「神様なのにそんなことも分からないのですか。ああ、ほかの神様が良かった」
「うう……」
項垂れる神様。こうなれば実力行使です。
「ここで発情したオス猫の真似をやりますよ。ふぅ~~~、なーごぉ、ふにゃあぁぁぁ!」
私は神様に詰め寄りました。
「きゃあっ。すごく怖い! 分かりました。アリスさんの各能力を平均以上にします。だからやめて下さい……ぱおん」
最初からそうすればよかったのですよ。泣きながら震える神様。相変わらずムカつく泣き声ですね。
「そうそう、次の世界はもう少し都会でお願いします。あと私の服装も、その世界の普通な感じに合わせて下さい。文字も読めるようになると助かります」
「ううう……分かりましたよ。では転移を行います」
神様は右手を上げました。あ、また電撃が来るのか。
「神様、言い忘れていました。落雷の電圧を下げることは出来ますか。無痛の電撃にしてもらえると……」
「言わずもがな。村人の知能指数は元に戻しておきます」
「違う。そうじゃない。うぎゃあああああ!」
神様が右手を振り下ろすと、私めがけて落雷直撃。なんだか前回よりも強烈な電撃が体内を貫通します。もしやワザと。おのれ神め……あ、意識が薄れて……
★
「ここは?」
目の前には西洋風中世の街並み。私は噴水のある広場に立っておりました。服装は、まるでファンタジーアニメに出てくるような冒険者のいでたち。腰には剣も下がっています。背中にはマント。アニメではたしか冒険者ギルドなるものがあって、そこでお仕事の依頼を受けて、達成することで報酬をもらえるんでしたっけ。
「情報収集するにも時間がかかります。宿にも泊まりたいです。そのためにはお金が欲しいですね。やっぱり仕事を得てみますか」
転移しても仕事かと思うと気落ちしますが、今の私は平均以上。きっといい仕事ができて、毎日が楽しくなることでしょう。
冒険者ギルドはすぐに見つかりました。街の中に案内札があったのです。やはり識字能力はあったほうが良いですね。
冒険者ギルドの扉を開けると、エントランスには大勢の冒険者がおりました。中心には皆に囲まれた四人組がおります。
「Aランク魔獣の全身角ウサギを倒したんだってよ」
「すげぇな。全身角ウサギって言ったら、一目見ただけじゃウサギだって分からないくらい角だらけの強敵だぜ」
「さすがこのギルドの最強のパーティだ」
みんなから誉められている様子です。よし、私だって間もなく。
私はギルドの受付カウンターの女性に声をかけます。
「新規入会の手続きをしたいんですが」
「ナーロッポ領アルファベの町の冒険者ギルドへようこそ。ご入会ありがとうございます。ではこちらのメンバーズカードにお名前をご記入ください」
アリスって書けますかね。あ、書けた。
「ありがとうございます。次にこの腕輪を装着して下さい。どちらの腕でも構いませんよ」
「この腕輪は何でしょう」
「あなたのステータスを見ることができる魔法具です」
腕輪をはめながら疑問を口にすると、受付の女性は笑顔で教えてくれました。
「それでは……お名前はアリス様ですね。アリス様、ステータスオープンと口にして頂けますか」
「ステータスオープン?」
すると腕輪に仕込まれた宝石のような石から、黄色いガラスのような立体映像が、腕輪から30センチほどの距離に現れました。良く見れば文字が書いてあります。
「これは?」
「アリス様の各能力値を示したものです。固有スキルや魔力量、いろいろ分かりますよ」
へぇ……。個人情報がダダ漏れの魔法具ですね。
「では、ステータスを参考にしてお仕事を紹介させていただきますね。そのためにも拝見させていただきます」
「ええ。お願いします」
受付の女性は私の個人情報をジッと見ます。そして、目を見開きました。
「これは……」
「どうしました? まさか物凄い才能を持っていたりしたんですか?」
「いえ。平均より少し高いんです」
「平均より少し高いんですか」
ちぇっ。でも、まぁ、平均以上という約束でしたからね。
「アリス様。お気に障ったのなら、それは誤解です」
私の表情が翳ったことに気付いたのでしょうか。受付の女性は興奮気味で話し出しました。
「アリス様は今日初めて冒険者になられたんですよね。ステータスには他のギルドに属したという記録はありません。いわば冒険初心者。にもかかわらず、当ギルドの冒険者の実力の平均以上なんです」
冒険者はA~Eまでランク付けされているそうです。初心者はステータスの各能力値が低いため、ほぼEランクになるとのこと。けれど私は初心者にもかかわらずCプラスの冒険者に匹敵しているのだそうです。
受付の女性は興奮気味に続けます。
「さらにアリス様の各能力値が平均以上なんです。こんなのは初めて見ました」
「どういうことでしょう」
「アリス様は恰好からして戦士か剣士とお見受けします。なので体力、硬さ、俊敏性が平均以上なのは分かるのですが……いえ、それも初心者としては例外なのですが」
「はぁ……」
「えっと。魔力値や知力も、魔法使いの平均を上回っているんです。全てにおいて平均以上。すごいことです。たとえば、普通の戦士は体力がずば抜けていても魔力が無い。普通の魔法使いは魔力があっても体力が少ないというように」
「けれども私は全てにおいて平均以上」
「その通りです」
つまりオールラウンダー。良い意味で特長が無いことが特徴。平均以上ということは普通の会社で鬱になることなく、アラサーで年収400万円以上稼いじゃうタイプですか。イイ人生じゃん!
受付の女性が私の手を取ります。
「アリス様のような女性を待っていました」
「私もこのような展開を待っておりました」
今後の活躍に胸が躍ります。早速Cプラスのレベルにあったお仕事を紹介してもらいましょう。
そのとき、背後から視線を感じました。気付けばザワついていたエントランスが静まりかえっています。
振り向くと、そこには先程までみんなに囲まれていた四人組の一人が立っておりました。
「話は聞かせてもらった。キミ、俺たちの仲間にならないか?」