第一章 転結編
「毒作家の仕事を辞める? どういうことだい」
剽子さんをファミレスに呼び出しました。
「作品を読んでほしい読者ができました。文章で誰かを傷つける仕事を続けたまま、誰かを楽しませる物語を提供するなんてこと、私にはできません。だから毒作家業とは距離を取りたいんです」
剽子さんは驚くとテーブルの上のコップの水を飲みほしました。
「キミの作品はたしか、テイマーの少年が冒険する話だったな」
「そうです」
「悪いがそこまで多くの読者を惹きつけるような話には思えなかった。書籍化はおろかランキングに上がる作品ではないと思っていたのだが。読者とは一体?」
「読者は数人います。ただ、ある一人の読者のために物語を書きたいんです。読者を差別するのはいけないとは思いますが。まずは、あの男の子をシアワセにしたいんです」
「しかしキミは毒作家だ。その名称は職種でもあるがキミの個有能力でもある。仕事を辞めたとしても、作品を読んだ読者は吐き気を催してしまうんだぞ」
「だから一話につき二千字程度に留めようと思います」
「しかし書いたからといって何も残らない。だったら毒作家として金銭を得ていたほうがいいではないか。キミは今や月額ウン十万円も稼いでいるエースだというのに」
「お金の問題ではないんです。私の作品は未完です。終わらせないといけません。純粋な気持ちで作品と向き合うためにも、毒作家のお仕事と決別させて下さい」
剽子さんは驚くとテーブルの上のコップの水を飲みほしました。あ、そのお水は私の。
すると剽子さんはジッと私の目を見つめると……
「良い読者を持ったようだね」
すると、ポケットの中から白い指輪を出してテーブルの上に置きました。
「毒作家としての能力を抑え込むアイテムだ。これをつけて執筆に臨めば、作品を人に読ませても吐き気をもよおわせることはない。好きなだけ書くといいさ」
「剽子さん!」
私は言葉にならない感謝の気持ちを瞳に湛えて見つめました。
「フっ。キミとは馬が合いそうだからね。毒作家業以外でも付き合わせてもらうよ。これからもヨロシク」
そのとき、店員がやってきました。
「ご注文のチョコジャンボフルーツショコラタワーパフェDXの特盛です」
またこれか。剽子さん、いい加減お腹を壊すことを知って下さい。それに特盛りって。あれ、なぜ二つある?
「こんな話になるんじゃないかと思って、あらかじめ門出にふさわしいメニューを注文しておいたんだ。『なろう』での執筆作業はカロリーを消費する。パフェこそ創作に相応しい。もちろんひとつはキミの分だよ」
「マジか」
「キミは以前これを食べきったからね。だから今日は特盛りさ。こういうの、好きだろう」
★
私は『なろう』に戻ってきました。まずは少年を楽しませるために、書きためた第一部を二千字程度に分割して毎日更新。さらに執筆中だったヒロインとのイチャイチャと、王侯貴族が主人公に接待するだけの、敵が超ザコな第二部を破棄。第一部同様の冒険譚に改変します。
第二部の舞台は海にしましょう。そうすれば彼の大好きなウミガメも登場できます。ウミガメは十二支の動物と合体できるようにしましょう。牛と合体すればパワーフォーム、蛇と合体すれば玄武フォームですよ。
それっ、投稿。
ウミガメ少年のブログを覗いてみます。ブログの感想欄には、おおむね好評な意見が書かれておりました。
こうなると嬉しいものですね。
少しでも作品の質を上げようと、ランキング上位の作品を読んで、読みやすい文章を学びました。各ジャンルの一位の作品を読みこんで、面白い構成を勉強しました。文学部の学生が読むような古典にも手を出して、長年愛される作品とは何なのか調べました。そして、わずかでもいいから、自身の作品に反映できればと読書を続け、執筆しました。
すると、ほかの読者さんから評価をもらえるようになったのです。
こうなると執筆以外の時間が惜しいものです。会社ではできるだけ残業しないよう、高速で仕事に取り組みます。どうすれば効率良く仕事が終わるのか、いろいろ工夫していたら、それなりに残業時間が減っていきました。この前なんて動きに無駄がなくなったと先輩に誉められたくらいです。
それから半年は経ったでしょうか。少年は奇跡的な回復を見せ、退院。登校を始め、友達の誘いでサッカークラブに入ったようです。
サッカークラブの入会から三日目でブログの更新は止まってしまいました。きっとサッカーや友達づきあい、学校行事やお勉強で忙しくなったんだと思います。そもそも彼のブログに設けられた『今日のテイマ太郎の感想』も退院の一週間前から止まっています。
現在のテイマ太郎は第三部の後半。ユニークユーザーはわずか数人。でも大切な数人。伏線も回収したし、ここまで来たら前向きに有終の美を飾ってもいいかもしれません。
そうしてやってきた最終回。完結ブーストもあり普段の十倍のPV数になりました。さらに評価をもらい、最終的にテイマ太郎は18ポイントの作品に成長出来ました。
最終回の投稿をした翌日、ウミガメ少年のブログを覗きました。やはりサッカークラブに入会した三日目のあの日から、ブログは更新されていません。当然テイマ太郎の感想もありませんでした。
それでも良いんです。きっと彼は、私の作品の主人公よりも楽しい冒険の中にいるのでしょうね。
★
あれから二年。私は『なろう』で書き続けています。二作目は少しPV数が伸びました。三作目はPV数が落ちて一作目よりも早く終わることになりました。四作目は感想欄がカオスになり急きょ終了。
現在は地元を舞台とした五作目を書いております。まだ十七話目ですがポイント数は二作目の1.5倍の伸び率なので、おおむね満足しています。ジャンル別の日間ランキングの300位にも届きませんけどね。
剽子さんとは、新たなジャンボメニューが発見されるたびに、連れ出される間柄です。もう彼女は物語すら書いていないものの、ジャンボメニュー制覇のブログをたち上げ、多くの人に見てもらっているそうです。
そんなある日のこと……。
マイ作者ページを見てみるとメッセージが届いておりました。内容は。
『アニメ化について。連絡ください』
知らない人からのメッセージでした。不用心にも電話番号が書かれております。内容はそれだけ。イタズラとも思いましたが、公衆電話を使って件の番号にかけてみました。すると。
『アリスさんですか。アニメ製作会社のチェシャ猫(仮名)というものです』
「あの、アニメ化というのはどういう?」
『はい。二年ほど前ですかね。偶然アリスさんの作品を読んだんです。そこでまた偶然にも素晴らしい出会いがありましてね。ちょうどアニメにする作品を探していた時期だったんです』
「はぁ……二年前といえばテイマ太郎の」
『そうそう、なつかしいなぁ。あの出会い以来アニメ化に向けて東奔西走。ついにテレビ放送にこぎつけました』
え? どぅゆぅこと? いつのまにかアニメ化企画が進行していたということでしょうか。普通は書籍化してコミカライズしてからのアニメ化では? そもそも作者本人の許可もなくアニメにしていいものなのでしょうか。
そういえば漫画家さんがツイッターで、編集者とは作者を蔑にするモノだ、と言っていましたね。漫画が実写化されるとき、作者だけが知らなかったという案件も聞いたことがあります。
作家の周囲の人間とは、そう言うものなのかもしれません。
彼は続けます。
『アリスさんは私と作品を出会わせてくれた恩人です。是非アニメ化をお知らせしたくて連絡しました』
それってつまり。
作者とは、読者に作品との出会いを提供させし者。
なんて素敵な響きなんでしょう。私は感動にうち震えました。心の中で叫びます。この際、アニメ化の著作権やマネーなんて問題ありません。テイマ太郎をよろしくお願いします!
『それでですね。今度原作書籍のサイン会が△▽駅の書店で行われるんです。アリスさんって、もしかして△▽駅の近くに住んでいませんか?』
「はい。今書いている作品は地元が舞台なんです。△▽駅も出てきます」
書籍化されていたんですね。私の作品なのに知りませんでした。それに私のサイン会なんて。照れてしまうじゃないですかぁ。
『では詳しい日程をお教えしますね』
★
チェシャ猫(仮名)さんから詳細を聞き、ついにやってきたサイン会当日。時間は正午。『なろう』で投稿を始めた頃に練習していたサインがこんな所で役に立とうとは。
サイン会場は大型書店のマンガ売り場です。なぜマンガ売り場なのかは分かりませんが、そこには猫顔の男性が立っておりました。
「チェシャ猫(仮名)さんですか」
「その声はアリスさんですか。僕のこと、よくわかりましたね」
「目印のネクタイをされていましたから」
彼のネクタイはマゼンダとピンクの縞模様。購入先が気になります。
「よく来てくれましたよアリスさん。サイン会は10分後なんですけれど、実は出版社の者が来られなくなって人出が足りないんです。手伝ってくれませんか。あ、お昼ごはん、まだだったりします?」
「食事なんて喉も通りません。私のサイン会ですもの。興奮しています。私にできることがあれば、なんなりと」
「よかった。ん、私のサイン……? ああ、もちろんです。アリスさんはフライングして先生からサインもらっちゃって来ていいですよ」
「先生? 私以外に? そうか、書籍化ですものね。イラストレーターさんに表紙や挿絵を描いてもらったんですね。その方もお見えになっているんですか」
「挿絵? 何のことです?」
「ん?」
「え?」
目を向ければ、特設ブースが設けられております。そこにはパンチラしているウェイトレスの女の子が巨大なパフェを持ちながら赤面しているイラストのポスターが。アニメ化決定と書いてありますね。拙作のキャラにしてはエッチです。そもそもパフェが出てくるシーンってあったっけ。私以外にもサイン会をする方がいるのでしょうか。
私は指をさしました。
「チェシャ猫(仮名)さん、あれって」
「ええ。あそこでサイン会をやるんですよ。ジェイ・K・ミヨルダ先生の『パンティー・パルフェ・パラドックス』」
「え?」
チェシャ猫(仮名)さんが懐からマンガを出しました。ポスターのイラストの女の子が表紙ですね。この絵、どこかで見たような?
「いやぁ。偶然の出会いでしたね。アリスさんの小説を読んでたら、偶然このマンガの宣伝を見かけて、これだ! って思ったんですよ。感想くれないと呪うとか言っているバカな作者がいるって同僚が言っていて、気になって読んで見つけて。本当、偶然に感謝です」
思い出しました! このマンガの絵には見憶えがあります。それもそのはず。『なろう』に投稿した作品は下にスクロールする形で読み進めることができます。スマホの場合、作品の終わりの下には下書きを添える欄があり、さらにその下にはマンガやゲームの広告が載っております。
もちろん私が自身の作品を『なろう』で見たときにも、作品の下には広告が載っておりました。しかもちょっとエッチなマンガの広告が。それを見るたびに、まるで私の作品までもがエッチなお話しであるかのような気がして、少し不満だったんですよね。
「あのときのマンガ!」
察しました。チェシャ猫(仮名)さんは私の作品を『なろう』で読んだ。そしてエッチなマンガの広告を見つけてアニメ化するに相応しいと考えた。そしてマンガをアニメ化させた。私の作品はチェシャ猫(仮名)さんに出会いの場を提供したに過ぎない存在。
それってつまり。
作者とは、読者に作品との出会いを提供させし者。
なんて損な役回り!
私は特設ブースに駆け寄り周囲を見回しました。当然私の作品のブースはおろか、書籍化された陰もありません。目に映るのは、可愛い女の子がパンチラした表紙のマンガ『パンティー・パルフェ・パラドックス』。
店の奥から2リットルのコーラを持ったゴリラのようなオッサンがやってきて、ブースの椅子にドンっと座りました。チェシャ猫(仮名)さんがオッサンに言います。
「先生おつかれさまです。今日のサイン会、よろしくお願いします」
すると、このオッサンがジェイ・K・ミヨルダ……。チェシャ猫(仮名)さんが私へ向き直ります。
「さぁ、これから先生のファンが押しかけますよ。アリスさん、整理や呼び込み、お願いしますね。僕は少ししたら昼休憩に行きますけど」
★
その夜、疲れ果ててアパートへ帰ってきました。あのあと昼ごはんも休憩もなしに、ずっとサイン会につめかけてきたファンを整理しておりました。そのあとは特設ブースの片づけ。
報酬はジェイ・K・ミヨルダ先生のサインのみ。サインはマンガに書いてもらう必要があったので、自費で購入する羽目になりました。しかも自分用と布教用と保存用の三冊も。こんなマンガ、知らないっていうのに。
マンガの裏表紙には解説が書いてあります。
『パンティー・パルフェ・パラドックス。通称3P。オシャレな喫茶店で巻き起こる美少女たちのドタバタ日常コメディ』
『創作パフェに没頭するかたわら、接客や学校のお勉強、商店街のイベント、ときどき恋愛と大忙し! お店は今日も彼女たちのスウィートトークとパンチラで大賑わい!』
『それにしても店長、私たちのスカートって短すぎませんか?』
『(※注)このマンガに出てくる主要キャラの父親、兄弟、恋人、客層、モブキャラはすべて女の子となっております。安心してお読みください』
「なんじゃこりゃあああ!」
パフェはもう、こりごりです。私はマンガを床に叩きつけました。三冊とも。そのうちの一冊の角が、足の小指に直撃しました。
「ぐわしっ! ……本当に、生きづらい世界ですね」
苦痛で双眸が滲みます。おのれ許さん。許さんぞジェイ・K・ミヨルダ。そしてチェシャ猫(仮名)、オマエもダメだ。
決めました。ファンレターを書いてやりましょう。作者とアニメ会社へ。愛のこもったファンレターを。
私はノートPCの前に立ち、あの禍々しい黒い指輪を再び指に嵌めたのでした。
おわり
第一章完結です。ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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