深き愛情
咲奮闘します。
伯爵家で咲は客間に通された。
此処が主人公の住まいだと思うと興奮するが、今はお預けだ。
扉をノックする音が聞こえ、伯爵が入ってきた。
「失礼、ご令嬢。貴方の……」
「伯爵、私から一つお願いが御座いますの。」
伯爵の言葉を遮って咲は微笑んだ。
伯爵は訝しげに眉を寄せた。
「お願いとは?」
「貴公と取引がしたいのですわ。」
咲と伯爵は席に着くと話し始めた。
「貴方の困っていたあれは演技だったのですか?」
「申し訳御座いません。そうでもしなければ貴公と話す機会など訪れないと思いまして。」
だって、そうだろう。
咲は貴族では無い。
例え銀髪でも家柄がしっかりしていない少女なんて相手にしてくれないだろう。
屋敷に入れるかも微妙だ。
「因みに私は家族と縁を切りました。それ故に父の名前は伏せておきます。今日は私個人の頼みで参りました。」
正直賭けだ。
家と縁を切った、なんの威光ももたない小娘と追い出されたらそれで終わりだ。
内心冷や汗が流れる。
伯爵は興味深そうに咲を見ると再び柔和に微笑む。
流石主人公の父親だけある、麗しい。
「……そしてさっき言っていた取引とは何ですか?」
追い出されないことに取り敢えず安堵した。
咲は懐を弄ると赤い袋を取り出した。
そして、それを伯爵に渡す。
伯爵は不思議そうに首を傾げていたが、その中身を見て目を見開く。
「これは……最高級品の魔石……しかも聖属性魔法のもの……それがこんなに……」
咲は不敵な笑みを浮かべた。
「それを全部を差し上げます。欲しいのならもっと。その代わりに魔持ちの少年に武術を教えてくれる人を紹介して欲しいのです。」
それを聞いた伯爵は鋭い視線を咲に向けた。
探るような目だ。
「……ほう、それは一体何故?」
「……何故とは?」
「貴方の様な方が何故魔持ちの為に此処までなさるのです?」
疑われている。
魔持ちは人外じみた運動神経と魔力を持つ。
それ故にその魔持ちを使って、何か悪しき事でも企んでいるのではと疑われている。
下手な事を言えば殺されてしまうかもしれない。
そんな不安が咲を襲う。
だが、咲はそんな不安を毛ほども見せず、花咲く様な笑みを浮かべた。
万人を魅了する笑顔だ。
「己が子供の様に愛しいと思う子の望みを叶えたいと思うのは可笑しな事でしょうか?」
そう答えると伯爵は目を丸くした。
「実の親でも魔持ちが産まれると厭うのに、貴方は血の繋がらない他人の魔持ちの少年が我が子の様に可愛いと仰るのか。」
「えぇ、そうよ。愛しくて愛しくて堪らないわ……その気持ちは貴公にも分かるのではなくて、伯爵?」
その言葉に伯爵は目を見開く。
掌が微かに震えるが、咲は必死に抑えた。
此処が勝負だ。
伯爵は低い声で咲に問う。
よく出来た作り笑顔だ。
「……何の事です?」
「……貴公のお嬢さんには、四歳年上の魔持ちの兄君がおられましたよね?」
痛いぐらいの沈黙が流れる。
咲はやってしまったと思い、震える手を抑えて謝ろうとしたその時、ため息が聞こえた。
観念したような響きを持つため息である。
「何故知っているのですか?魔持ちの子供がいたと……」
「……秘密ですわ。そして伯爵、私が此処を訪れたのは魔持ちの子供に対する愛情を知る貴公が居たからなのです。きっと、私の心も理解して下さると思って。髪色も瞳の色も関係ありませんわ。我が子を愛するのにそんな事は些末な事です。」
咲は内心、心の底から安堵していた。
実際、咲は主人公に兄がいる事は知っていたがその子が魔持ちだとは知らなかった。
ただ、主人公が言っていたのだ。
『お父様はお兄様を深く愛しておいでだったのよ……お兄様はもう亡くなってしまったけれど、私もお父様もお兄様の事を忘れた事など一度も無いわ』
主人公の兄が亡くなったのはアルトが伯爵に拾われる少し前の事。
そこから推理したのだ。
きっと、伯爵は同じ魔持ちであるアルトを救う事で自分の罪を償いたかったのだ。
こんな世界で幸せを知らぬまま死なせてすまないと。
それ以外で身元の確かでない魔持ちの少年を買い、娘の従者にするなんて破格の扱いはしない筈だ。
魔持ちのアルトの事を主人公がすんなり受け入れたのも兄の影響だからと考えると辻褄が合う。
咲にしては回らない頭でよく考えたものだ。
伯爵は表情を和らげるとふっと笑った。
それは心からの笑顔だった。
「良いですよ。貴方の大切な『子供』に師を紹介しましょう。」
咲は心の中で、天に拳を突き上げて喜んだ。
咲よかったね!
次回も読んでくれると嬉しいです。




