妹は義理
オレンジ色に染められた空の下を、秀刀は一人で帰っていた。
瑞希と別れた後、誰も待ち伏せをしていなかったのは、運が良かったと言って良いのか。
普通なら、愛倉あたりが帰り際とかを狙ってそうなものなのに。
まあ、あの子はあの子で何か一つアクションを起こしてる節がある。
ここは、そっとしておこう。
そんなことを気にすることなく、秀刀は呑気に帰り道を歩いている。
行く道は住宅街を抜け、今度は主婦で賑わう商店街に入っていく。
八百屋や、たい焼き、たこ焼きやら駄菓子屋、色々な種類のお店がある。
辺りの良い匂いに釣られて、キョロキョロしながら歩いていると、秀刀は遠くに見知った人がいることに気づく。
そこは、商店街の最後尾にある大型のスーパーの出口。
2つの大きな買い物袋を両手に持ち、今にも転けそうなほどにフラフラしながら歩く一人の少女。
あんないっぱい買って、無理をするなよと秀刀は心で思い、その少女の元へと走っていく。
「うう……重いです……買いすぎてしまったでしょうか……」
近づくにつれ、徐々に聞こえてくる少女の声。
秀刀は、その両手に一個ずつ持つ買い物袋を、少女の片手から一個優しく奪う。
「え!?って、兄さんでしたか」
一瞬、ひったくり犯とでも思ったのか、驚いた顔をしたが、秀刀の顔を見るなりその顔は安心の笑顔へと変わる少女。名前は、秀刀奈乃花。
名字が一緒なことから、すでに察していることかと思うが、奈乃花は悠斗の妹にあたる。ただ、普通の妹ではない。
そう、義理の妹だ。何が言いたいか分かるな?義理ならば、法律上結婚することはできると言うことだ。
ほんと、この法律を作った人を褒め称えたい。
なので、奈乃花の見た目は、悠斗とは全くと言って良いほど似ていない。
肩まで伸びた銀色の髪、体つきは高校一年生ながらとでも小さく。下手したら小学生に見間違えられることもある。
奈乃花はいつどんな時、誰にでも敬語を使い物腰低く対応している。
それは、自分に対する自信のなさが原因で。それ故、悠斗に想いを伝えたくても、私なんかじゃ兄さんと釣り合わないだとか、思いを伝えて仕舞えば今までの関係が壊れてしまう、と言う理由から、これまでの三年間。全く進展がない。
もしかしたら、一番戦況が不利なのは、菜乃葉かもしれない。
「お前なぁ。こんなに買っても持てないだろ」
それは、本当の兄妹のような。兄が妹にする説教のようなもの。
ただ、悠斗のそれには、目には見えない優しさがたくさんこもっている。
「す、すいません。兄さん」
「分かれば良いよ。それと、悪かったな」
「え?」
「いや、お前に買い物行かせちゃって」
「いいえ、これは私の仕事ですから。兄さんに迷惑はかけません」
そう言って、奈乃花は悠斗が持っていた買い物袋を奪い取ろうと手を伸ばす。
ただし、悠斗はそれをひらりと交わして言った。
「迷惑をかけても良いんだよ。俺たち家族だろ?家族ってのは、迷惑をかけるもんなんだよ」
「で、でも、これは私の役割で……」
それでもまだ、私が持つと言い張る奈乃花に、悠斗は呆れたようなため息を吐く。
「じゃあ、俺はこの買い物袋を奈乃花に持たれたら迷惑だ」
キッパリと言って見せた悠斗。これも、彼なりの優しさなのだろう。
いつも、全てを背負ってしまう奈乃花にそんなことしなくて良いんだよと、時に厳しく、時に優しく教えてあげるのも兄の役割だと言えよう。
どうして良いのかわからない。と言った感じで、言葉を失う奈乃花。
悠斗は、その奈乃花の頭に右手をポンと置く。
「だからさ、お前は俺に迷惑をかけて良いんだよ。俺だって、お前にたくさん迷惑をかけると思う。助け合っていこーぜ。それが、家族ってもんだろ?」
その時見せた、悠斗の笑顔は、とても純粋で、バックに映る夕焼けも相まって、とても綺麗だと。
ポンポンと、悠斗に頭を優しく叩かれた奈乃花は思った。
「ほんと、兄さんは優しすぎます……」
「お前だって優しすぎるんだよ。もうちょっと奈乃花は、甘えるってことを覚えた方がいい」
「私が、わがまま言っても、兄さんは怒りませんか?」
不安そうに、モジモジしながら奈乃花は聞く。頬を赤らめ、その表情は妹の表情ではない。
完全に、先輩に恋する純粋な後輩。今の彼らを見て、兄妹だと思う人は誰もいないだろう。
「それは、わがままの内容による。お前が、間違っていることを望めば怒ってやる。だから、安心しろ。安心して、わがままを言ってこい」
ただし、悠斗の顔は兄だった。奈乃花の、家族であり、兄である。
しかしそれは、菜乃葉の望むものではない。
「じゃあ、私もわがままを言えるように頑張ります」
両手でグーを作り、気合を入れる奈乃花。それを、悠斗は兄の穏やかな顔で見守る。
「ああ。頑張れ。他に悩んでることがあれば、何でも相談してくれよな」
「それでは兄さん。もう一つの買い物袋も持ってくれませんか?」
「お、おお、いきなりだな」
「まだまだ序の口ですよ!」
買い物袋を悠斗に渡した奈乃花は、嬉しそうな表情でスキップをして、悠人の前に立っていった。
その笑顔は、宝石のようで。例え家族と認識している悠人でも、見惚れてしまうほど。
ただし、家族という壁は、親友や、幼馴染みなんかの比でもないほどに巨大。
それを打ち破ることができるかどうかは、奈乃花しだい。