兄は妹を
それは、下校時間から一時間ほど過ぎた頃。
教室には誰もおらず、聞こえてくるのは元気な運動部の声。
空はオレンジに染まり切っているなか、秀刀悠斗は帰ろうとしていた。
なぜ、一時間も遅れて帰っているかと言うと。
特に理由はないが答えだ。
なんだか、下校を告げるチャイムが鳴っても動くのが面倒で、ずっと教室に居座っていた。
そんなこんなで、悠斗は靴箱で靴に履き替えていた。
トントンと靴をしっかりと履いたところで、前方に見知った人影があることに気づく。
平均より低い身長。あの銀色の髪。そして、いつも落ち込んでるように見える、俯いた顔。
悠斗は走ってその背中を追いかける。
「ひゃい!?」
悠斗が肩を走った勢いで少し強い勢いで叩くと、菜乃葉は驚いた声を上げる。
「って、誰かと思えば兄さんですか」
呆れたような声でありながらも、その表情は安心に包まれていた。
「おっす菜乃葉。一緒に帰ろうぜ」
「ははは。呑気で良いですね兄さんは。私の苦悩も知らずに」
言うと、菜乃葉は何かを思い出すようにその表情が暗くなる。
「な、何かあったのか?」
「私は、兄さんにおこなのです」
「おこ?」
「おこ。つまり、怒っているんです!」
両手を腰に当てて、頬を膨らます菜乃葉。
「え、ど、どうして?」
全く心当たりがない悠斗。
何か菜乃葉の気に触ることをしてしまったかと、記憶を辿るが菜乃葉を怒らすような事をした記憶はない。
「兄さんが恋をするのは自由だと私は思います。ただ、こんなに派手に付き合うのはやめてくれませんか!?」
それは、悠斗が今まで聞いたことがない菜乃葉の声量と声色。
そこからは、悠斗は怒りを感じた。
「兄さんの噂が学校中を駆け巡っていて、今日の私は大変でした! 秀刀なんて珍しい名字が二人もいれば、私たちが兄妹だなんて二秒でバレてしまって、そこからは噂の真相を確かめるとか言った探偵気取りのバカに取り調べまがいのことをされる一日! 控えめに言って地獄でした」
「そ、それは、すまん」
「私は本当に何も知らないのに。なんなら噂で兄さんが生徒会長と付き合ってるって知ったのに、妹だからって理由で色んな人から話しかけられて。本人に聞けばと言われれば、兄さんはなんだか話しかけづらいと言われて。本当、良いポジションゲットしましたね兄さんは」
「ごめん。まじでごめん」
まさか、自分の知らないところで菜乃葉がそんな目に合っていたとは。
悠斗は謝ることしかできなかった。
「ま、謝ってくれるなら良いですけど。人の噂も七十五日と言いますけど、あと二ヶ月半もこんな生活が続くと考えると、嫌気がしますよ」
またどんよりと項垂れる菜乃葉。
流石に、七十五日も続くとは思わないけど、少なくとも一週間近くは続くだろうと悠斗は考える。
兄として、妹を守ってやる方法を。
その方法は、とても簡単なことだった。
「よし、俺に一ついい考えがある」
「なんですか。噂を消してくれるんですか」
「違う。簡単さ、俺と菜乃葉が一緒に行動すればいいんだ」
「私と……兄さんが?」
「ああそうだ。俺は話しかけづらいという事なら、そんな俺と一緒に居れば菜乃葉も声をかけられないんじゃないか?」
「な、なるほど。でも私と兄さんの学年は違いますし……」
「休み時間になったら、菜乃葉の教室に俺が行くよ。安心しろ、妹を守るのが兄ってもんだろ?」
「ほ、本当ですか……?」
「本当だ。兄さんを信じろ!」
悠斗は胸をポンと叩いて笑顔を見せた。
それは、菜乃葉にとってどれだけの安心感を生むか。
「ありがとうございます兄さん」
「よし、じゃあ明日はよろしくな!」
菜乃葉の気持ちは、嬉しさがこみ上げていた。
悠斗が一緒にいてくれる。悠斗と共に過ごせる。
ただ、それ以上に、悠斗が、兄さんが守ってくれるのが嬉しかった。
菜乃葉の瞳は光っているように見えた。
そして、次の日がやってくる。




