噂
ゴールデンウィークが終わり、新入生達はそろそろ高校生活にも慣れてきた頃。
一つの大きな噂が、リナリア高校の話題の中心になっていた。
その噂とは、黒綾瑞希と秀刀悠斗が付き合っているという噂。
美人生徒会長として、男子の人気を欲しいがままにしていた瑞希と、隠れイケメンと呼ばれ、女子からそこそこの人気を誇っていた悠斗の特大スキャンダル。
そんな噂に、高校生達が食いつかないわけがない。
そんな訳で、ただでさえ周りから距離を置かれていた悠斗は、他の生徒からすれば、もっと近寄りがたい存在になってしまった訳で。
「なあ、俺なんかやらかしたのか?」
「そりゃあ、そこそこの事は」
「男子からは、嫉妬の目を向けられるし、女子からは色々な目で見られる」
「色々とは?」
「なんだか、悲しい感じの目だったり、少女漫画を見るときのようなキラキラ輝いた目だったり」
「なるほど」
「なんか、お前の反応冷たくないか?」
「そうですかね。私はこれが普通ですよ」
それは、ある日の昼休み。
悠斗は学食帰りに、たまたま出会った愛倉と校内を歩いているところだった。
「ふーん。ま、それがお前の普通なら、それでいいんだけどさ」
「なんですか。いつもの色っぽいやつを期待してたんですか?」
「全然」
いつもの色っぽい声とは違う。
素の状態の低い声でされる色仕掛けには、さすがの悠斗も反応しない。
「それで、先輩に一つ聞きたいんですけど」
「なにを」
「黒綾瑞希と付き合ってるって本当ですか」
「…………すまん。今なんて言った?」
「黒綾瑞希と付き合ってるって本当ですか」
その言葉の意味を、しっかりと理解した後。
悠斗は己の思考全てを回して、この状況の打開策を考える。
一応、瑞希から恋人のフリをしてる事を、他人に話す事は許されてはいる。
信頼できる人なら。それはつまり、秘密を守ってくれる人。
それを頭に置いた上で、悠斗はもう一度愛倉を見る。
まあ、結論から言えば、多分こいつはすぐ誰かに喋るだろうと悠斗は思った。
故に、ここは事実を伝えず、嘘をつく。
それに、悠斗は愛倉を巻き込みたくなかった。
秘密を教えるという事は、その第三者を一気に関係者にしてしまう。
まあ、香椎美穂には言ってしまってはいるが。
そもそも、香椎は遠くに住んでいるため、関わろうにも関われないだろうという考えがあった。
「そ、そうだな。本当だな」
瞬間だった。
愛倉の心に、ピリッとヒビが入る。
「ま……まじですか?」
「あ、愛倉?」
そのかわりように、悠斗は思わず動揺してしまう。
「いや、別にいいっすよ。先輩が誰と付き合おうと、私には関係ない事です。でも、ま、まさか、あの女に負けるとは……」
「だ、大丈夫か?愛倉?」
「わ、私はもうダメです。なので先輩、目覚めのキスをしてはくれないですか?」
「なんだ。元気じゃないか」
目を閉じながら、キスを求める愛倉を見て、悠斗は安心そうに笑う。
「いや、元気ではないです。結構傷ついてます」
急に起き上がると、真顔で愛倉は否定する。
その時だった。
悠斗の後ろから、清楚に可憐に歩いてきたのは黒綾瑞希だった。
周りにいる男子が全員見惚れている。
それは、悠斗も同じで。
「先輩。顔赤いですよ」
そんな悠斗に、嫉妬心を隠しながら愛倉は突っ込む。
「う、うるさい」
噂の真相を聞きにきた生徒達も、その可憐さに見惚れて動けなくなってしまう。
そして、瑞希はゆっくりと悠斗の隣で歩みを止める。
「やあ秀刀悠斗。少し話があるんだ。一緒に来てくれ」
言うと、瑞希は悠斗の腕にするすると腕を絡ませる。
その光景を見た生徒達は、噂が事実へと変わる。
「え、ちょ、どこに行くんですか」
「二人きりになれる場所だ」
ただ、愛倉は冷静でいた。
前を歩く瑞希がわざわざ後ろを振り返ってまでも見せた、あの勝ち誇った顔を見ても、なにも感じずに、むしろ、自分の方が勝った気でいる。
「私は全部知ってるんですからね。先輩」
語尾にハートマークを付けながら、誰にも聞こえない声で愛倉は呟いた。




