3Day:初めて見えた顔
カキンと、静寂を切り裂くように金属バットの音が響く。
瑞希の提案で、バッティングセンターに来た二人。瑞希が後ろのベンチで見守るなか、悠斗は球速120キロの打席でバッティングをしていた。
「君は、野球をやっていたのか?」
「やってないですけど。運動神経は良い方ですので」
言って悠斗はバットを振る。
それはしっかりと真芯で捉え、ライナー性の打球が奥にあるネットを揺らしている。
デートというだけで緊張している悠斗。こんな、カッコいい所を見せるチャンスで緊張しないわけが無く、バットを握る手は震えてスイングの際にはとてつもないほどに力んでる。
それなのに、こんなにいい打球が飛ぶということは、本当に悠斗は運動神経がいいのだろう。
「ありゃ、もう終わりか」
ホームランの的にこそあたらなかったが、運動神経の良さをアピールできた悠斗。
これは、瑞希にカッコいい所を見せられたのではないだろうか。
いや、元より顔がイケメンだし、瑞希は悠斗にもう惚れているので、別に打てなくても、それはそれで可愛いとなっていた気もするが。
「じゃあ、次は私の番だな」
なんて、クールに言いながら悠斗と交代で打席に向かう瑞希だが。
ここで、瑞希の心の中を覗いてみよう。
(か、か、か、か、カッコよかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。何あれ、カッコ良すぎじゃない? っていうか、あんなにカッコいい姿を真後ろから見れるなんて、私は一体いくら払えばいいの!? っていうか、すれ違いざまもめちゃくちゃカッコよかったし。汗かいてる姿とかすごい色っぽくてかっこいい! 特に首筋! 特に首筋! あれ、ちょっと待って。流れで打席に入っちゃったけど、どうする? ボール飛んできちゃうよ……)
「先輩頑張ってください!」
(あ、後ろに天使がいる。可愛い声だし、今も真剣に私のこと応援してくれてるんだろうな。
もう! どれだけ可愛いんだよ! もう好き、大好きなんだけど。お願いだから結婚してくださいお願いします!)
願いを乗せて振ったバットは、綺麗にボールを真芯で捉える。
打球は綺麗な放物線を描き、見事にホームランの的を射抜いた。
「すごいじゃないですか先輩!」
「ま、まあ、私に掛かればこんなの余裕だな」
さすが先輩と、心の中で思う悠斗に、心の中を読まれないでよかったと胸を撫で下ろす瑞希であった。
* * * * * *
空を見上げると、すでにオレンジ色に染まっているころ。
俺と黒綾先輩の初めてのデートは終わりを迎えた。ただし、本物のデートではない、偽物のデートだ。
恋人のふり。最初に、先輩から頼まれた時はどうなることかと思ったが、この調子ならやっていけそう。
まあ、少々心臓がいつもより激しく動くけど。それは、致し方なしと言うことで。
「どうだ。今日は楽しかったか?」
歩いてる足を止め、先輩が不安そうな顔で聞いてくる。
初めてだった。黒綾先輩の心情が読み取れたのは。
いつも、余裕の笑みを浮かべていて、それ故に何を考えているか全く分からなかったけど、今はわかる。
不安だ。先輩の顔から不安を感じ取ることができる。
「はい。楽しかったですよ!」
俺は今日一日過ごして、心から思ってることを俺は言った。
楽しかった。この一言でまとめてしまって良いのかと思うが、いや、だからこそこの一言で良いのかもしれない。
「そうか。なら良かった」
先輩の表情が不安から安心に変わっていく。
やっぱり、先輩も俺と同じ人間なんだ。当たり前だけど、そんなことを思ってしまう。
「今日はありがとうな。それと、無理なお願いをして悪かった」
言って、先輩は深く頭を下げてきた。
「別に、謝らなくても良いですよ。嫌なら断ってますし」
「ありがとう。それじゃ、私はもう帰るよ」
「はい。今日はありがとうございました」
「ああ、私も楽しかった、ありがとう。じゃあ、また」
言って、先輩は俺に背を向けて歩き出す。
先輩の後ろ姿が、曲がり角を曲がって見えなくなるまで見送った後俺は一人の時間だ。
さて、どうやって帰ろう。
西に行っても、東に行っても、多分掛かる時間は一緒。
どっちかに、すごい面倒くさい道とかがあるわけでも無い。
さて、どっちから帰ろう。
こんなことでさえ、選択肢だ。
極論を言ってしまえば、もしかしたら、西に行けば交通事故に遭ってしまうかもしれないけど、東に行けばそれを回避できるかもしれない。逆も然り。
まあ、そんなに考える必要もないな。直感でいいだろう。
あれだな、考えるな感じろってやつだな。
そうだな。どうせ、どっちから帰ってもあんまり変わんないだろう。
運命なんて信じないタイプだしな。
そんな風に、軽く考えながら俺は歩き出した。
次で第一章終わりです。明日投稿します




