仕掛ける
尾行3日目。
冷夏は前日までの2日間と同じように陽太のあとをつけた後、拠点に帰る。
今日は特に陽太の前に困った人は現れなかったので、通常の行き帰りの尾行となった。
冷夏はソファに座る。仁はパソコンのキーボードを叩いている。
「奥さんの方の写真や映像ある?」
「ああ、今日ちょうど映像が手に入ったよ」
仁はUSBを冷夏に渡す。
冷夏はUSBをパソコンに差し込み、映像を再生する。
パソコンの画面に、レジで立っている華が映し出される。
「この女が、例の人妻?」
冷夏はくすりと笑う。
「そうだよ」
「ふーん。美人には見えないけど」
冷夏は映像をじっくりと見ている。
「本当に好きになったら、さして魅力を感じていなかったところまで魅力的に思えてくることもあるでしょ。少なくとも俺はそう。最初は、顔はふつうだと思ったけど、今では、いいなって、魅力的に感じるね」
「俺の友達の中に、ダンスボーカルグループの映像を見て、バックダンサーの子を外見や踊ってる姿から好きになって、実際にそのダンサーのしゃべっている映像を見たら、声や性格が想像していたのと全然違ってがっかりしたけど、それでも踊ってる姿は好きだから見続けていたら、あまり好きでなかったその声や性格をいつのまにか好きになってたっていう友人がいる。それと同じような感じかもね。体験したことない?」
仁は冷夏を見る。
「・・・ないけど」
「まあ、俺も今回、初めて体験したんだけどね」
仁はそう言って笑う。
「何で好きになったの?」
冷夏は興味深そうに聞く。
「最初は一つ一つの動きに惹かれた。不思議と見入っちゃったんだ」
「ふーん」
冷夏はしばらく華の動きを見続ける。
「これを見てる限り、別に何とも思えないけど」
映像を見ながら冷夏は言う。
「ああ。俺も映像を見て驚いたけど、実際に肉眼で見るのと、映像で見るのとでは全然違う」
「写真の顔よりも、実際に会った時の顔の方が魅力的に見えることがあるのと同じだよ。雰囲気とか微妙な振る舞いとかで魅力が加わることもある。画像や映像では伝わらないものもあるからね」と
「ああ、顔はふつうだけど、ちょっとした振る舞いや雰囲気とかに可愛さがあって、実際の顔よりも可愛く相手に感じさせる、モテちゃう子とかね」と冷夏は目を瞑る。
「そうそう。可愛いと思ったのに、写真見て、あれ? ふつうだ、と思うパターン。写真や映像写りが悪いと思われるタイプ」と仁は笑う。
「直接見に行けばわかるよ。見入っちゃうから」
仁は冷夏を見る。
「へえ」
冷夏は心底どうでもよさそうに言う。
「これ、どうやって撮ったの?」
冷夏は仁を見る。
「バイトの新人として潜入してもらった人に、ばれない時だけ隠しカメラを設置してもらったり、身につけてもらったりしてる。華さんのレジに並ぶ客の情報も得ておきたいし」
映像から新人にレジの方法を教えるベテランの声が聴こえる。
「なるほどね」
「平日は娘ちゃんが保育園終わりにお友達と一緒に遊んだり、華さんはママ友といたりするから中々一緒の時間をスーパー以外で確保することが難しいかな」
「華さん、ね・・・」
冷夏は小さく笑う。
「土日のどちらかに夫が仕事で、華さんと娘ちゃんが2人きりで外の公園にいるときが深く接するチャンスだけど、毎週夫がいない休日にだけ偶然を装い会いに行くのも無理があるし、まあ、不自然でないように地道に距離を縮めていくよ」
それからも冷夏は、陽太の仕事の日やシフトの休みの日も、外に出ていく機会があれば、尾行し、当初は3日間の様子見の予定だったが、1週間を過ぎようとしていた。
尾行の4日目以降も、困っていそうな人に陽太は自分から声をかける場面が何度かあり、冷夏はその姿を見ることになった。
たまに駅の構内で、いかにもホームレス的な風貌の男が陽太の優しい顔を見たのか、電車賃がないからお金をくれないかと頼み、その男に対して、自分には家庭があり、お金に関する頼みは聞けないと柔らかく断っている陽太の姿を見る。
結婚していない頃の陽太は何度かそのような場面に出くわし、少額のお金をあげたが、別の日に、自分が以前お金をあげた人が、同じように他の人に頼んでいるのを見て、そういう方法でお金を取る人もいるのだと気づき、そのような頼みには応じなくなった。
また、家庭をもってからは、目の前にお金で困っている人がいても、お金に関する頼みは断るように決めた。自分のお小遣い程度の少額の貸与で、なおかつ信頼できる親しい相手の場合は別として。
日曜日になり、波木家は3人一緒に大きな国立公園に来ており、その姿を冷夏は変装して気づかれにくい場所から一人で観察していた。さすがに仁は、万が一にも華にばれることを避けるため、変装して近づくことは控えていた。
・・・確かに華さんとやらの動きは、映像とは全然違って、洗練されてるように感じられるわね。
冷夏は華を見ていて思う。
広場で、はしゃいでいる雛に幸せそうな顔で寄り添う華と陽太。
冷夏は陽太を見る。
来週はシフトが遅番で、帰りが22時頃になる日があったはず。そこで仕掛けてみようかしら・・・。
木曜日、陽太は勤務を終え、帰宅するために老人ホームから最寄り駅まで暗い夜道を歩いていた。
時刻は22時を回っていた。
陽太は人通りの少ない道にさしかかる。
すると、前方に千鳥足でふらふらと歩いている20代前半くらいの若い女性が視界に入る。
・・・酔ってるのか?
陽太は歩きながら女性を見る。
女性はその場でバランスを崩したようにへたり込む。
「大丈夫ですか?」
陽太は駆け足で女性に近づく。
「んー・・・ちょっとお酒飲みすぎちゃって」
可愛らしい声の女性は陽太をとろんとした目で見つめる。
そのセミロングの女性はアイドルのように可愛い顔をしており、服装からも色気が漂う。
うわっ・・・すごく可愛い子だな。
陽太は思わず目を見張り、女性の顔を見入ってしまう。
そして、そんな2人を後方から変装して姿を隠し、冷夏は笑みを浮かべて見ていた。