片想い
「ありがとうございます。あ、ケーキあるんですけど、食べます?」と仁はビニール袋の中から箱を取り出す。
「え! ケーキ!?」
雛が駆け寄ってくる。
「そんな、悪いわ」
「いいんです。みんなで食べた方がおいしいですし」
仁はカードケースから名刺を取り出す。
「すいません、いつもお会いしているのに自己紹介まだでしたね。こういう者です」と名刺を両手で持ち、華に差し出す。
華は名刺を両手で受け取り、見る。
七海仁という字が目に入る。
「ななみ・・・じんさん」
華は名刺を読みあげる。
「はい、会社というより少人数で組んで投資をやってます」
投資って大金を稼げるようなイメージがある。やっぱりお金持ちなんだよね。毎日、募金箱に1万円入れてるし。
「ねー! ケーキ食べていい?」
雛は待ち遠しそうにケーキの箱を見つめる。
「うん! みんなで食べよっか」
仁は箱を開ける。
この店名・・・たしか、高いケーキ屋さんじゃなかったっけ?
華は箱のラベルを見て、利用したことはないが、テレビで紹介されていたことを思い出す。
「わー! 美味しそうー!」
雛は6つの違う種類のケーキを眺める。
フォークが6つ、袋の中に入っていることに華は気づく。
「あ、これ、もしかして誰かのために買ったものじゃないですか?」
「上司のご機嫌取りのために買ったものですけど、渡しても渡さなくても同じなんで、気にしなくていいですよ」
「何よりもう開けちゃったし。みんなで美味しく食べましょう!」
仁はフォークを2人に渡す。
「このお店のケーキって、かなり高いですよね?」
「有名店です」
「なんかすみません。ありがとうございます」
華は申し訳ない気持ちになる。
「全然! 俺から言い出したんですから」
仁は首を振る。
別途購入したであろう紙皿を仁が取り出す。
仁は雛に「雛ちゃん、この中から2つ選んで。お母さんもその後2つ選ぶから」と言う。
「うん! じゃあ、これと・・・」
雛はケーキを指差す。
「あ、私は1つでいいですよ」
すかさず華は遠慮する。
「遠慮しなくていいですよ。雛ちゃんがケーキを3つも食べることになっちゃいますよ?」
「食べたい!」
雛が顔をあげる。
「お相撲さんになっちゃうぞー」
仁は笑う。
「ええー、やだー!」
雛も笑う。
「本当に遠慮しなくていいです。いつも元気もらってるし、食べていただけるとうれしいです」
仁は華を見つめる。
「あ、じゃあ、いただきます」
遠慮がちに華は言う。
「よかった」
仁は微笑む。
そして、3人でケーキを小皿にのせて食べる。
「七海さんは今日も仕事ですか?」
華は仁を見て尋ねる。
「はい、仕事人間なんで、休日も基本仕事してます」
「でも、うちの証券会社は結果さえ出してれば、わりと自由なんで、ノーパソ1台持ち歩けば外でも取引できるから、カフェとかで仕事してることが多いです」
「そうなんですか」
「あと、苗字じゃなく、できれば名前で呼んでもらえれば・・・」
苦笑いする仁。
「あ・・・わかりました」
「名前の方が男っぽくて好きなんです」
仁は笑う。
「そうなんですか」
華も笑う。
「波木さんの名前は何て言うんですか?」
「華です」
「華さんかー。いい名前だなー。・・・華さんって呼んでもいいですか?」
「え?・・・」
不意を突かれて若干戸惑う華。
「波木さんって呼んだら、雛ちゃんも反応しちゃうから」
仁は笑いながらケーキを一口食べる。
「ああ、構いませんよ」
納得する華。
「おいしー!」
雛は幸せそうにケーキをほおばる。
「雛、そんなに食べて、夕ご飯食べれるの?」
「大丈夫ー!」
「もうっ」
華は小さく笑う。
ケーキを食べ終わった雛は砂場に走っていく。
華と仁は、雛の相手もしながら、しばらく雑談をする。
そして携帯の着信音が鳴り、仁は電話に出る。
「じゃあ、俺は会社にもどりますね」
仁は空っぽのケーキ箱を公園のごみ箱に捨てる。
「ケーキ、ごちそうさまでした」
「いえ、食べてもらえてうれしかったです」
「お兄ちゃん、ばいばいー」
雛は手を振る。
「またねー、雛ちゃん!」と仁も手を振り返して、「じゃあ、また」と華に笑顔で言う。
華も笑顔で会釈する。
仁は街中を歩きながら思う。
最初は一つ一つの動きに惹かれた。ずっと見ていたいなと思った。でも華さんと接するうちに、動作だけでなく華さんにも惹かれていった。
そして今日、深く接してみて、はっきり思えた。
俺は華さんを手に入れたい。どんな手を使っても。
華さんに隣でずっと笑っていてほしい。共に人生を歩みたい。
仁は本気で華に恋したのであった。
携帯電話を取り出す仁。
絶対に失敗したくない。となれば、やっぱり姉ちゃんに依頼するのが一番か・・・。
冷夏の携帯番号を押す仁。
しかし、冷夏につながらない。
・・・仕方ない。マンションまで直で行くか。
仁は冷夏の家に向かって歩き出す。