好意
おっさんクレームデート計画が完遂された日から約1週間後。
陽太は老人ホームでの深夜勤務が終わった帰り道、悩んでいた。
悩みの原因は冷夏だ。
自分に対する冷夏のあからさまな好意を示すかのような言動は勤務初日以降に始まった。
勤務でシフトが一緒になる日は、『好き』という言葉こそ言わないが、あからさまに自分に対して恋愛感情を持っているというような冷夏の言動が目立つ。
勤務中、2人で一緒になった時に冷夏は自分の顔を見つめて褒めちぎる。
自分が仕事をしている時や休憩時間に食事をしている時などに冷夏から視線を感じ、冷夏の方を見ると、視線がばっちりと合い、恥ずかしそうに冷夏は視線を逸らす。
最初は自分のことを珍しい人間というような感じで、面白くて見ているのかもしれないとも考えようとした。
しかし、そのように考えられなくなったのは、冷夏と同時に新人として入ってきた堀峰が、勤務の終わりに冷夏を遊びに誘った日だ。
「和村さん、この後どこか遊びに行きません?」
ルックスのまあまあイケてる堀峰が冷夏を誘う。
「え?・・・うーん。波木さんも行きます?」
冷夏は陽太を見る。
「あ、俺は嫁さんと娘のところへ直帰だから」
陽太は笑って帰ろうとする。
「そうですか。じゃあ、私も帰ります。ごめんね、堀峰さん」
冷夏は堀峰の誘いを断り、陽太と同じように帰ろうとする。
ん?・・・・じゃあ?・・・何か今の流れ、おかしいよな。
冷夏の言葉に違和感を覚える陽太。
「そっか。残念だわー」
堀峰は立ち去る。
「波木さん、一緒に帰っていいですか? 最寄り駅、一緒だし」
冷夏は陽太を見つめる。
「うん・・・別に構わないけど・・・」
・・・大丈夫だよな? 女性と2人で歩くといっても、同僚だし、最寄り駅まで一緒に帰るだけだし。
その帰り道でも冷夏は陽太のことをやたらと褒める。
そして最寄り駅に2人は着き、冷夏と行き帰りの電車が途中まで同じであることを陽太はその時に知り、その状況に不安を感じる。
「私、3日前に電車のホームで、酔っぱらって線路に落ちた男性を波木さんが救出してるの見てたんですよ」
「え? あ・・・あの時、和村さんもいたの?」
陽太は驚く。
「はい。休日でしたが、偶然反対側のホームで止まっていた電車に乗ってました」
「ああ、そうなんだ」
「最初に見た時から波木さんは優しい人だと直感してましたが、あんなことまでできる人だなんて驚きました」
冷夏は微笑む。
「いや、あれは線路の横に退避スペースがあったから、いざという時はそっちに入れば助かると思ったから線路に降りたんだよ。退避スペースがなければ、さすがに線路に降りる自信はなかったと思う」
陽太は照れる。
「それでも、そんなこと中々できることじゃないと思います」
冷夏は首を振る。
・・・あんな社会の底辺みたいな恰好をさせた男でも助けようとするなんて。
冷夏は遠い目をする。
そう、冷夏は3日前に仕掛けていた。
人材派遣を依頼し、ホームレスのような恰好をしてもらった男に酒を飲んでもらって、酔っぱらっている振りをして陽太の前で線路に落ちてもらった。
もちろん、もし電車が来たら退避スペースに避難するということも事前に打ち合わせ済みだ。
陽太がそのような場面でどういった行動をとるのか冷夏は興味があり、当日は面白く見物していた。
救出している陽太の姿を見て、ますます冷夏の陽太を欲する気持ちは高まる。
堀峰についても、もちろん人材派遣で依頼している人間だ。
急用ができて冷夏にシフトを変わってもらったという形で、冷夏が陽太と同じシフトになるようにしたり、冷夏が陽太に対して好意を伝えられるような状況を作ったりすることが仕事だ。顔もまあまあイケてる自分が、冷夏に対して好意を示すような言動をして、冷夏がそれをまったく相手にしていないというように陽太に見せるための役割もある。
その他にも冷夏は老人ホームに勤務する他の職員に対しても、急用ができシフトに入れなくなるようなことを意図的に起こし、出来うる限り陽太と一緒のシフトに入れるように操作してきた。
そして冷夏と陽太は家に帰るため一緒に電車に乗る。
「奥さんがうらやましいなー。波木さんみたいな素敵な人が旦那さんで・・・」
冷夏は陽太を見つめる。
「俺はそんなたいした人間じゃないよ」
陽太は苦笑する。
「いえ、私は波木さんほど素敵な男性を見たことがありません」
「それはさすがに褒めすぎだよ。でも、ありがとう」
陽太は照れ笑いする。
途中の駅になり、冷夏と陽太が立っているちょうど前の席の2人が立って移動する。
「あ! 座りましょう」
冷夏は陽太にそう言って座る。
「・・・俺は疲れてないし、立ったままでいいよ」
陽太は笑う。
「波木さん・・・恥をかかせないでください」
冷夏は陽太を柔らかい目で見つめる。
「ええ?・・・」
陽太は苦笑いし、しかたなく冷夏の隣に座る。
「ありがとうございます」
冷夏は微笑む。
「ちょっと眠くなってきたので、駅に着いて寝てたら起こしてください」
冷夏は眠たそうな目で陽太を見る。
「うん、わかった・・・」と陽太は言う。
そして2分後、冷夏は陽太の肩にもたれかかる。
陽太は驚く。
・・・えええ? これ、眠ってないよね?・・・寝たふりだよね?
何これ?・・・この子、本当に俺のことが好きなのか?
陽太は動揺した。
そんなこんなで同じように、冷夏の露骨ともいえる陽太に対する好意を示す言動が日々繰り返された。
そして今日、冷夏からかかってきた電話の内容で陽太は頭を悩ませていた。
陽太は深夜勤務が終わり、帰ろうとして老人ホームから出た瞬間に着信音が鳴り、冷夏からの電話に出る。
冷夏からの電話の内容は、仕事に関しての相談があって、どうしても今から会いたいということだった。今日、冷夏は休日である。
冷夏は職場の同僚全員と電話番号とメールアドレスを交換していた。
今日は平日で、今は正午近くであり、華はスーパーでパート中、雛は保育園だ。
電話での冷夏の声は、何か思いつめたような声色で、さらに陽太が煮え切らない返事で困っていると、「待ってます・・・」と言い、一方的に電話を切ったのだ。
別にやましいことではないよな・・・。
陽太は考える。
女性と2人きりで過ごすとはいえ、外が明るい時間帯にカフェで、同僚の仕事に関する相談に応じるだけだ。
しかし、冷夏の日頃からの自分へ好意を示す言動が気にかかる。
・・・そういった女性と2人きりで会うのはどうなんだろう?
陽太は迷う。
しかし、華も仕事中であり電話には出られないし、自意識過剰かもしれないが、万が一告白のようなことを受けても断ればいいだけだ、と陽太は思い、待ち合わせのカフェに行くことにする。
カフェに行くと、おしゃれな服装の冷夏が座っていた。
「あ・・・波木さん」
冷夏は微笑む。




