思惑
「あ、おはようございます。笹間さん」
華はレジで翔吾に挨拶する。
「おはようございます、波木さん」
翔吾も挨拶する。
そして、いつものように2人は商品のスキャン中にたわいもない話をする。
華は芳恵の言葉を不意に思い出す。
「笹間さんとお会いして、もう2年くらいになるんですよね」
会計に移る。
「そうですね。波木さんのおかげで2年間、毎日ハッピーな気持ちで仕事に向かえてます」
翔吾は笑う。
「おおげさです」
華も笑いながら袋を翔吾に渡す。
翔吾はスーパーから出て、レジ袋を持って歩きながら物思いにふける。
・・・もう2年になるのか。
新卒として大手企業に入社してから仕事に明け暮れる毎日だった。
恋人ができても仕事が忙しくて、あまり長続きせずに自然消滅していくことの繰り返しだった。
そんなこんなで30代になり、2年前に時々寄るスーパーで波木さんと出会った。
レジでの波木さんの動きに見入ってしまった。
そして、誰に対しても接客に気持ちがこもっていることが見てて感じられた。
いつの間にか波木さんが働く平日は毎日スーパーに通うようになっていた。
波木さんに会うことが午前中の一番の楽しみとなっていた。
指輪をしていたから既婚者だとわかってはいたが、実際に本人から夫の話を聞いた時は落ち込んだ。
それでも波木さんが幸せならそれが一番だと思い、恋心は抑え込もうとした。
旦那さんがうらやましいな。あんな人が側にずっといてくれたらどんなに幸せか。
過去に付き合った女性たちから結婚の話を持ち出されたことは何度もあったが、結婚したいとまでは思えなかった。
でも、波木さんとなら結婚したいと思える。彼女と一緒に人生を共に歩みたいと強く思える。
何でもないありふれた生活の中で、波木さんと一緒に笑っている自分をイメージできる。
スーパーの仕事を辞められれば、もう会うこともできなくなる。
そうなれば、夫がいると知った時より落ち込むだろうな。
翔吾は苦笑して、空を見上げる。
華はスーパーでの休憩時間となり、控室に行く。
華と芳恵と寧々はご飯を食べ始める。
「華さんはいいですよねー。毎日、笹間さんっていう人と、駄菓子のイケメンがレジに並ぶんだから。あの2人、客の中では別格にカッコいいし、目の保養になりますよね」
寧々は羨む表情で華を見る。
駄菓子のイケメンの人と、どうにかして知り合えないかなー。
寧々は密かに仁を狙っていた。
華はどう返答すればいいのか困り、「そうかな?」と曖昧に返事する。
「だったら、あんたも華ちゃんの接客技術を身につければいい話よ」
芳恵が寧々の背中を軽く叩く。
「んー」
寧々は目を瞑る。
「駄菓子のイケメン、本当に何者なんですかね。未だに平日だけ華さんのレジに来て1万円札を募金箱に入れてるんでしょ?」
華は仁との公園でのやりとりで知ったことなどは個人情報なので、芳恵と寧々には話していなかった。
そして、仁もレジでは自分の個人情報に関する話はしなく、華と楽しく話せる話題(テレビドラマや映画、雑学など)を選んでいる。
華は仁の名前を呼ばずにレジで接客している。
「さあね。服装はスーツじゃなく、それでもおしゃれだから、芸能関係か青年実業家とかじゃないの?」
芳恵は自分の推測を話す。
「華さん、あの人と話すんなら、何してるか聞いてみてくださいよ」
寧々が華を見る。
「あんた、お客さんの立場を考えなさいよ。プライバシーってものを知らないの?」
芳恵は寧々に説教口調で言う。
寧々、顔には自信あるから、きっかけさえ作ればゲットできる自信あるんだけどなー。
ライバルになると嫌だから言わないけど・・・駄菓子のイケメン、華さんに若干気があるような感じもするし・・・どうにかして近づけないかなー。
寧々は仁の華への好意にうっすらと気付いていた。
土曜日になり、華は雛と一緒に公園にいる。陽太は仕事だ。
「こんにちは」と前方から声が聴こえ、華は前を向く。
前方から仁がこちらに向かってくる。
「ああ、こんにちは」
華は笑顔で会釈する。
雛は仁が手に持っている箱が入った透明の袋を見て、「これ、ケーキ?」と仁に駆け寄る。
「うん、そうだよ」
仁は雛に顔を向けて笑顔で言う。
「食べたい!」
雛は顔を輝かせる。
「こらっ! 雛!」
華は慌てる。
「みんなで食べよう」
仁は雛の頭を撫でる。
「うん!」
雛は元気よく声を出す。
「上司の方のために買われたものですよね。本当にわるいです」
「いえ、華さんと雛ちゃんと一緒に食べるために買ってきたケーキです」
華が立っている横に座って袋から箱を取り出す。
「え?」
華は瞬きする。
「華さんと雛ちゃんに食べてもらいたいなーと思って買いました」
「華さんと雛ちゃんを見ると最高に癒されるんで、本当に仕事の息抜きになります。先週も来たかったんですけど、忙しくて」
仁は華を見る。
・・・私も?
華は自分も含まれている言葉に違和感を少し覚えたが、「そうですか?」と申し訳なさそうに言う。
「ねー、早くケーキ食べよ!」と雛は、母親との会話で仁の気が変わってしまわないうちに、早くケーキを食べてしまいたいと箱を開けたがる。
「そうだね」
仁はそんな雛を見て、くすくすと笑い、箱を開ける。
「わー! 美味しそうー」
雛はケーキを見て顔を輝かせる。
そして、6つ入っていた全て違う種類のケーキを雛、華の順番で前回と同様に2つずつ選んでもらい、3人でケーキを食べる。
「美味しいー」
雛は幸せそうにケーキを食べる。
誕生日かクリスマスにしかケーキなんて買わないから、雛が食べたがるのも無理ないわね・・・それに買うとしてもイチゴのホールケーキだから、こんないろいろな種類のケーキは新鮮に思うわよね。
華は美味しそうに食べる雛を見る。
ケーキを食べ終わり、雛は砂場に行き、仁と華は座って会話する。
「昨日の夜、同僚に無理矢理、手相の占い師の所に連れ込まれたんですけど、1年後に病気で死ぬかもしれないって言われたんですよ」
仁は手の平を華に見せる、
「えー?・・・」
華は返答に困る。
「で、そうならないためには助言を受ける必要があるから何度も通ってください、なんて言うんですよ。どう思います?」
仁は苦笑する。
「何度も通わせるために不安を煽るみたいな感じ?・・・に思えます」
「ですよね。それって詐欺じゃないですか?」
仁は笑う。
くすくすと華も笑う。
「手相の占い師ってどんな理論で、そんなことを言ってるのか、ちょっと興味本位で手相の本を読んでみたんです。本当かどうかわかりませんがその本の内容は、1万人の手相のデータに基づき書かれているそうで、俺の手相は、これから何もかも上手くいくっていう手相のようです。それにその本には、不安を煽るように悪いことを言って何度も通わせる占い師もいるから注意って書かれていました」
「そうなんですか。よかったですね」
「ちょっと華さんの手相も見せてもらっていいですか?」
仁は華を見る。
「え? いいですけど。私、あんまりそういうのは信じないっていうか・・・」
華は片手を出す。
「もちろん、俺も信じちゃいません。でも、その本に手相はその人の過去もしっかり表すって書かれていて、俺の過去は結構その本の結果に近かったので、華さんはどうかなって思いまして」
仁は華に少し近づいて距離を詰める。
仁は華の手の甲を左手で持ち、手のひらが見えるようにし、右手で華の手首を持つ。
すると、仁の右手は華の手首を軽く握りながら、スススっとわずかに肘に向かって進む。
その瞬間、華はドキッとした。
仁の触り方が上手いのだ。
華は何か変な心地に襲われる。
・・・これ、大丈夫よね? 別にいかがわしいことじゃないよね?
仁は華の手のひらを掴んでいる手の位置を移動させたりしながら「これ、何だったけなー」とつぶやく。
「・・・・・」
華は無言でその様子を見る。
仁は何かに気付いたような顔をする。
「あ、これは確か、凄く幸せなことが待っている線ですね」
「そうなんですか?」
華はぎこちない笑顔を浮かべる。
「華さんの過去はどうかなー。ページに載ってた記憶があるんだけど、どうだったか度忘れしちゃってます」
仁は華の手を静かに離す。
「もう一度、本を読んでくるんで、また次回見せてください」
「何てタイトルの本なんですか?」
「ああ、『最強手相データ』っていうタイトルの本なんですけど、一般には流通してない価値のあるレア本で、友達が特別に貸してくれたから手に入れることは難しいと思います」
「へえ、そんな本があるんですね」
携帯の着信音が鳴り、仁は「すみません」と華に言い、電話に出る。
電話で話しながら仁はパソコンを開き、データを見ながら電話で話す。
「うん、そのままで大丈夫」
華にも見える角度でパソコンを開いていたので、華は画面を見て、難しそうな仕事だと思う。
そして、仁は電話を終える。
「雛ちゃんと遊んできてもいいですか?」
「ああ、ありがとうございます」
仁は笑い、パソコンを開いたまま座っている場所に置き、雛の砂場に向かっていく。
仁は雛の隣に行き、「お兄ちゃんも一緒に遊んでいい?」と笑顔で言う。
「いいよー!」
雛は笑顔で答える。
2人が砂場で笑い合って遊ぶ姿を、陽太と雛が遊んでいる姿を見るのと同じように華は微笑ましい気持ちで見つめる。




