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LOVE奪取  作者: AuThor
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幕開け

「え? 明後日、仕事に行くことになったの?」

波木華なみきはなは驚きの表情を浮かべる。


「ごめん。同僚が入院したみたいで人手が足りないんだよ」

申し訳なさそうな表情で波木陽太なみきようたは華に謝る。


母と父の不穏な会話が聴こえた波木雛なみきひながリビングから走ってきた。

「えー! 遊園地はー!?」

雛は陽太のもとへ駆け寄るなり表情を曇らせる。


「ごめんな。土曜日はママと一緒に遊園地で楽しんでおいで」

陽太は雛をなだめるように頭を撫でる。


「パパも一緒がいい!!」

雛はごねて抗議の声をあげる。


「わがまま言わないの。ほら、明日も保育園あるんだから、もう寝るわよ」

華はたしなめるように言い、ご機嫌斜めの雛を寝室に連れていく。


しばらくして雛を寝かしつけた華が、寝室から陽太のいるリビングに出てきた。


「料金の安い日付指定のチケットにしなければよかったわね」

華は残念そうな表情でコップに紅茶を注ぐ。


「雛には、本当に悪いことしたな」

紅茶を受け取った陽太は一口飲んで溜息をつく。


「仕方ないわよ、社員なんだから。普段から土日のどちらかは休日になるように融通利かせてもらってるし、断れないでしょ」


「うん。代わりに明日が休みになったよ」


「そう。じゃあ、今日は映画に付き合ってもらおうかしら。DVD借りてきたの」

華はDVDをケースから取り出す。


「え、今から? 明日もパートあるんだろ?」


「平気よ。2時間映画だし」とテレビをつける。


2人で並んで座り、映画を鑑賞する。


映画でヒロインは偶然、夫が他の女性と抱き合っているかのような姿を目撃し、浮気と誤解して、その場から走って立ち去るシーンが映し出される。

しかし、夫はつまずいた女性を受け止めていただけである。


「ふつうは、まず愛する人を信じて、事情を聞くよね。話も聞かず決めつけるのは、だめでしょ」

あきれた表情で華は軽く首を横に振る。


「まあ、映画だから」

陽太は笑いながら紅茶をすする。


「もし、陽太が他の女を抱きしめたり、キスしたりしてるところを見ても、私は陽太を信じるし、話を聞くまで自分の中だけで決めつけないからね」

華はテレビの画面から陽太に視線を移す。


「それって、どんな状況?」

笑いながら陽太も華を見る。


「例えば、つまずいた女を受け止めたとか、女の方から急に抱きついたり、キスしたりしたとか」


「そうだね。俺も華のそういうところを見たとしても、何か事情があったんだって、華を信じるよ」


2人は並んでテレビを見ながら手を重ね合わせ、幸せそうに笑い合う。



映画の内容は、浮気の誤解が解けて夫婦仲は元通りになるが、妻がイケメン男性に言い寄られ、トキメキを感じ、一夜の過ちを犯してしまう展開となる。


「何これ? 結婚してても、異性にときめくことがあるのは人間なんだから仕方ないけど、小さい息子もいるのに、家庭を忘れて、別の男に抱かれるなんてありえないでしょ」

華は不快感を露わにする。


「ダメ・・・全然このヒロインに共感できないわ」


「陽太はもし美人から言い寄られて、ときめいたりしても、絶対浮気なんてしないよね?」

華は陽太を見つめる。


「あたりまえだろ。華と雛がいれば、もう何もいらないくらい幸せなのに、そんな一時のトキメキなんかに惑わされて、一番大切なものを失うまねなんて絶対にしない」

陽太は笑顔で華を見つめ返す。


「うん! 私も陽太と雛がいれば、もう何もいらないくらい幸せ!」

そう言い、華は笑顔で陽太の肩に頭を傾ける。


陽太に寄りかかりながら華は思う。


陽太は絶対に浮気なんてしないって信じられる。私も2人を失うようなことなんて絶対にしない。


華に寄りかかられた陽太は思う。


俺は何があっても2人を守る。この幸せな家庭を何よりも大切にしていきたい。


華と陽太はお互いに寄りかかり、幸せな気持ちに浸る。


そして、映画の内容は、最後に夫が妻をイケメン男性から取り戻し、夫婦の愛を再確認して終わる。


「ヒロインがダメ過ぎて、全然共感できなかったから、あんまり楽しめなかったわ」

華は口に手をかざしあくびをする。


「そろそろ寝よう。明日、俺が雛を保育園に連れていこうか?」


「ありがとう、でも大丈夫。寝てていいよ。朝ご飯は冷蔵庫に入れとくから」

ウインクしながら華は立ち上がる。


「そっか。じゃあ、お言葉に甘えようかな。買い物、洗濯、掃除とかはやっとくよ」

陽太も立ち上がる。


「いい旦那さんだなー」

華は笑顔で陽太の背中を押しながら一緒に寝室に向かう。


陽太は笑う。

「それはこっちのセリフだよ。本当にいい嫁さんをもったなー」


そして、寝息を立てる雛を真ん中に、3人で川の字になって眠りにつく。



翌日、いつものように華は雛を保育園に連れていき、パート先であるスーパーマーケットにチャイルドシート付きのママチャリのまま向かう。


スーパーの規模は大きく、レジも複数あり、常時数人の店員がレジにいる。また、高層ビル群の近くにあるので、サラリーマンやOLのお客さんも多い。


華がレジに立ち、30分ほど経過すると、笹間翔吾ささましょうごが華のいるレジ台にカゴを載せる。


「おはようございます」

笑顔を浮かべ翔吾は華に挨拶する。


「あ、笹間さん。おはようございます」

華も笑顔で挨拶を返す。


華が翔吾の苗字を知っているのは、翔吾が同僚と一緒に来た時に、同僚から苗字で呼ばれているのを聞いたからだ。


華は翔吾の方から流れてきた香水の匂いに気付く。

・・・いい匂い。


「明日、部下のフォローで僕の休日が潰れそうなんですよ」

苦笑しながら翔吾は財布を取り出す。


「そうなんですか。社員って大変ですよね。主人も明日、急に仕事入ることになっちゃって、娘との遊園地計画がパーです」

商品をスキャンしながら華は笑う。


「あはは。それはお父さん悔しいだろうなー」


そして商品をスキャンし終わり、清算を済ませてクレジットカードを返し、商品を入れた袋を華は翔吾の前に掲げる。


「お仕事、頑張ってください!」

華はにっこり笑う。


翔吾は笑顔で袋を受け取る。

「ありがとうございます。頑張ります!」



お昼の休憩時間となり、華は食事をとるため、休憩室に入る。


3週間前にパートで新しく入ってきた若い同僚の柿水寧々(かきみずねね)が華の隣の席に座る。


「あの笹間っていう人、華さんの常連客ですよねー」


「そうかな?」


「だって、いつも華さんのレジにしか並ばないし」


「すれ違ったら、いい匂いするし、いかにも大人の男性って感じで魅力的ですよね。すごくカッコいいし、仕事もできそう」

寧々は弁当のふたを開く。


「あの人、たぶんメルファシーに勤めてるよ。メルファシーのビルに入っていくとこ偶然見たことあるし」

華と寧々の向かいの席に座っているベテランの同僚である巻谷芳恵まきたによしえが会話に入る。


「ええー! 一流企業じゃん」

寧々は驚いた表情で身を乗り出す。


「あの人は華ちゃんが勤め始めた2年前から、ここの常連客になったね」

芳恵は遠い過去を振り返るような目をする。


「そうなんですか?」

華は驚く。


「ええ。それまでは時々来るか来ないかだったよ。今じゃ、平日は毎日同じ時間帯に華ちゃんのレジに来てるでしょ」


「それって華さんに気があるんじゃないですか?」

寧々はいじるような口調で言う。


「ないない。私、全然美人でもないし」

笑って首を振る華。


「でも、華さんが勤め始めて常連客になったってことは、少なくとも華さん目的で来てることは間違いないですよね」


「華ちゃんは、あの人だけじゃなくて、たくさん常連客がいるのよ。丁寧で気持ちがこもった接客をしてくれるって人気なんだから」


「確かに、華さんの動きって何だか見入っちゃいますよね。親からのしつけが厳しかったりしたんですか?」

寧々はご飯を口に運ぶ。


「そんなことないよ。10年くらい前に、『私は前を向いて生きる』っていうドラマを観たんだけど、主人公が自分の所作を一つ一つ、丁寧に、気持ちを込めて、大切に行うようにする女の子で、それ観て、凄くいいなって思ったから、私もそう心掛けるようになったの」


「じゃあ、どんな時も、そんなふうに思ってやってるんですか? 疲れちゃいそうですけど」


「もちろん、常には無理だけど、意識できる時はやろうとしてるわ。最初は難しかったけど、意識するたびにずっとやっていくうちに慣れて、そこまで意識しなくてもできるようになったわ」


「それで、今の夫とも結婚できたんだもんね」

芳恵はうなずきながら言う。


「はい」

幸せそうな表情になる華。


「華さんの旦那さんって何やってる人なんですか?」

ご飯を咀嚼しながら寧々は聞く。


「介護職員をやってるわ」


・・・一流企業じゃないんだ。

寧々は華の夫の話題に興味を失う。


「あんたは顔がいいから、男性のお客さんが並ぶけど、華ちゃんは接客がいいからお客さんが並ぶの。どっちのお客さんが出来たお客さんか、わかるわよね?」と芳恵は寧々を見る。


・・・このおばさん、寧々に嫉妬してんな。

寧々はシニカルな笑みを浮かべる。


「そんなことないですよ」

慌てて華は大きく首を振る。


「芳恵さんはレジが早いからお客さんが並びますよねー」

寧々は若干小馬鹿にしたような口調で言う。


「そうよ。迅速にお客さんを外に解放するのがレジに立つ店員の使命よ」

芳恵は寧々の頭を軽く叩く。


「あんたも華ちゃんの気持ちのこもった接客と私のスピードを身につければ完璧よ」


・・・いや、いつまでもこんなとこで働くつもりねーし。

そう思いながらも「はーい」と生返事をする寧々。



遊園地に行く土曜日の朝、仕事へ行こうとする陽太を華と雛は玄関に並んで見送ろうとする。


雛は不機嫌な顔で、そっぽを向いている。


そんな雛を見て、陽太は困った表情を浮かべ、「行ってきます」と言う。


「行ってらっしゃい」

華は笑顔を陽太に向ける。


「・・・行ってらっしゃーい」

雛はあからさまにがっくりしたような表情と声だ。


陽太はそんな雛を可愛いなと思いつつ、昨日思いついた考えを言う。

「雛、次の休みの日に温泉行こう!」


「本当!? パパとママも一緒?」

雛は一瞬で顔を輝かせる。


「うん。3人で一緒に行こう」


「わーい! 温泉だー!」

雛は大喜びする。


「よかったわね」


「うん! パパ、行ってらっしゃーい」

雛は満面の笑みを陽太に向ける。


「行ってきます」

陽太は笑って外に出ていき、玄関のドアが閉まる。


「ほら、雛。遊園地、行くんだから準備しなきゃ」


「はーい」と雛はリビングに走っていく。


そして遊園地に行く準備を終えた2人は家を出る。


華と雛は2人で電車に乗り、遊園地の最寄り駅まで向かっていた。


その途中の駅で和村仁わむらじんが華と雛の乗っている車両に入ってくる。


車両の入口の扉に寄りかかり、外を眺めている仁。


「ママ、のど乾いたー」

雛は華の袖を引っ張る。


仁は雛の声を聴き、華たちに視線を軽く向ける。


華がバッグから水筒を取り出して、お茶を注ぎ、雛にコップを渡しているのを仁は見る。


雛がお茶を飲み終わり、華が水筒をバッグにしまった後も、仁は華と雛のやりとりを2人に気付かれないようにさりげなく見続ける。


2人はノートに絵を描いて、それが何かを当てるゲームをしている。


「電車が揺れて、上手く描けないね」と言いつつ、華がノートに何かを描く。


「これ、なーんだ?」

描き終わった絵を華は雛に見せる。


「犬?」

首をかしげる雛。


「残念。猫でしたー」


「猫じゃないよー」

大笑いする雛。


「そうね、お髭さんがついてなかったわね」

華も自分の絵に笑う。


「雛、鼻水出てる、ティッシュで鼻かんで」とティッシュを取り出す。


その華の丁寧で、気持ちが込められた一つ一つの所作を、仁は見続ける。


華は乗り換えの駅で雛と一緒に降りる。そして、電車を乗り継いで、遊園地に到着する。


遊園地では、はしゃぐ雛に華が付き添い、暗くなる前に2人は遊園地から出て、築40年の4階建てのマンションに帰宅した。


陽太がすでに家に帰っていたので、3人で遊園地での出来事を楽しく話して、お風呂に入った後、川の字になって眠りにつく。


それから二週間ほど経った夜、仁は高層マンションの一室にいた。


仁が玄関からリビングに行くと、優雅にクラシック音楽を椅子に座って聴いている、姉の和村冷夏わむられいかの姿が目に入る。


「何か用?」

冷夏は目を瞑り、涼しい顔で音楽を聴いている。


「姉ちゃんに協力してもらいたいことがある」


「どんな?」


「好きな女性ができたんだけど、結婚してて夫がいるんだ」


冷夏は静かに目を開く。


仁は不敵な笑みを浮かべる。

「別れさせたいから、夫の方を落としてほしい」


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