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死神に鎌  作者: 蠍戌
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打ち上げ話

 不意に、私を包み込んでいた月光が消え、私ははたと顔を上げた。

 筋がピキった痛みで同じ速度で項垂れる。急に動かすとこうなる勘弁して。

 ゆっくりと目線から、もう一度顔を上げていくと、昼日向から雲一つない快晴を維持していた夜空に生じた変異を理解した。

 天窓を覆った作者がこちらに手を振っているのだ。私と目が合うと、音を立てないように天窓を開けた。

 私はリーパーを一瞥したが、せっかく眠っているのを起こすのも嫌だったので、一人で対応することにした。作者もそれを望んでこんな時間にしたのだろう。

 私は椅子の上に登って鎌を振る。くるりんりん。

 三度目ともなれば慣れたもの。うまい具合に足の裏から天窓の外に飛び出たところで作者に抱き留められ、そのまま屋根の上に引きずり出された。

 作者がやはり音を立てないように天窓を閉じる。

「その後はどうだ」

「何もないわ。毎瞬間が幸福に満ちている」

 私たちは横に並んで座って三日月を眺めながら、打ち上げ話を始めるのだった。


「ピストルで撃ち抜かれた奴を仕留めたことはあるか」

「多分ね。あまり覚えはないけど」

「その殺された奴って、誰が殺したことになるのかな」

「私かリーパーかってこと?」

「いや、それ以前だ。引き金を引いた奴がいなければ、誰も死なないだろう」

「答え出てんじゃん。引き金を引いた奴でしょ」

「ではもしそのピストルに、君と同じように、意思があったらどうだ」

「…言いたいことはわかったわ」

「引き金を引いた奴が殺したことになるのか。

 それともそのピストルが殺したことになるのか。

 何よりもそのピストルが、その相手を殺したくないと願っていたら、どうなのか。

 そんな取り留めのない思い付きが、この話に繋がった」

「引き金を引いた奴がリーパーで、ピストルが私なのね」

「さすがにそのまま当てはめることはできなかったから、死神と、その得物である鎌にしてみたわけだが、とにかく早い段階でシックルの容姿が浮かんできて、これだと思った。両腕が鎌になってて、峰をずるずる引き摺って歩く感じ。書いたら楽しそうだなって思ったし、実際楽しかった」

「こっちは大変なんだけど。重いし動きにくいし、蚊に刺された跡を掻くこともできない」

「そういう風になるだろうなと思ったから、そういう風にしただけだよ」

「何をモデルにしたのかしら(遠い目)」

「少なくても、これみたいにしよう、というのはなかった。

 ただ後になって、ヴァンパイアシリーズのレイレイにインスパイアされてたんじゃないかと思うようになった。意識したつもりはないが、偶然だと言い張る気もない。対戦格闘ゲーム云々って描写は、それも含めて書いた部分だ」

「あなたの思い付きのときは、ピストルが相手を殺すことを嫌がっていたんでしょう? 同じように、私が命を奪うことを嫌がるという展開にする気はなかったの?」

「誰かや何かの命を奪うことを嫌がる奴の話なんて、そこら中にあるだろう。

 そんな死神の話も、これまた枚挙に暇がない。リーパーや崎だってそうだ。

 それが鎌に変わったところで目新しくなんてないし、持ち主の死神と得物の鎌が、お前が殺したんだ、いいやお前だなんて、責任の押し付け合いをしてもくだらない。罪悪感を分かち合うのも違う気がした」

「だから私は鎌に徹したわけね。あくまでも物として、命を奪う罪悪感や嫌悪感は抱かないように」

「人間の命を吹き込まれているとはいえ、人間だった頃の記憶はなく、鎌としての自我と自覚を保たせることで、死神全般に対する傍観者としての役割も担ってもらったし、最後はリーパーの苦悩を和らげる存在ということで落ち着かせた」

「命を奪うことを嫌がる死神と、その死神が手にする鎌の物語。どんなテーマがあるの?」

「ありません」

「おい」

「ザッツエンターテイメントだよ。位置づけとしてはラブストーリーだ」

「気が狂っとる」

「君らがそうやって動いちゃうんだもん。さすがに肉体的な交接にまで及んでたら力ずくで止めに入ってたわ」

「書いたのはあなたでしょう。自分の匙加減で何とでもできるじゃない」

「それが今でも不思議なんだ。

 この話はとりあえず書き上げた後、しばらくしてから見直したときに、俺こんな話書いたのか? 本当に自分が書いた文章か? と思ったもんだ。

 見てのとおり一人称小説だから、執筆当時、とにかくシックルになりきって書こうと心掛けていたことは覚えているが、後から読み返しても首を傾げるばかり。とても俺のセンスとは思えない。

 だからこの文章は、シックルが書いたのだと思っている。

 うまいこと鎌の切っ先でキーボードを叩いたんだろうと」

「楽しそうで何よりだわ」

「だが実際のところ、こんなにもキャラクターが自由奔放に動いたのは、後にも先にも他にない。本当にシックルは俺の頭を飛び出してくれんだたと思う。作り手としてこんなに素晴らしい経験はなかろう。だから作中で見るに堪えない部分があっても、それはシックルが悪いということになる」

「予防線張るのやめなさい」

「しかしそれも随分昔のことだ。

 最近はそこまで創作に入り込むことができなくなってしまった。

 なけなしの才能がさらに枯渇していくのを肌で感じている」

「そんなに古いっけ」

「2012年に応募したことがあるらしいが、実際に書き上げたのはもっと前だ。

 より具体的に言うと2011年3月11日より前であることは間違いない」

「震災前ね」

「あれ以降だったら地震をアイテムとして用いるのは不謹慎で気が引けていただろう」

「震災ならその前にもあったでしょ」

「阪神のときはガキだったから、そうすることに対する引け目をあまり感じなかったんだろうな」

「リライトの予定はないの?」

「大惨事のきっかけとなる理由が地震以外に浮かばない。未熟ですいません。もしやるとしても崎のカメラを変えるぐらいだろうな」

「未だにコンパクトカメラ使ってるもんね」

「デジカメがまだ一般的ではなかったんだろう。あれも往時を偲ぶ一つといえようか。今だとデジカメですら珍しいかもしれん」

「崎は他の話でも出る予定だったのよね?」

「もう書かないだろうから種を明かすと、一人の人間の男と色んな異形の女の恋愛譚を構想したことがあった。

 毎回天使の女とか悪魔の女とかと出会い、恋仲になるが、主に相手の異形さゆえに添い遂げることができないという短編連作。

 時系列でいうとこの話の後に、崎が死神の女としてその男と恋をする展開を考えてた。

 崎もこの話の一件で、アイデンティティに疑問を感じているということにしてさ。

 ほんの少しだがシックルとリーパーにも出てもらって、人間と死神が恋愛することの誤りを諭して、二人の関係が終わるきっかけになるという顛末だ」

「何で書くのやめるの?」

「この年月の間に異形の女が創作のスタンダードになっちまったからだ」

「X匹目の泥鰌は狙いたくないと」

「有名無名合わせれば三ケタぐらいになるだろう」

「短い話だからってのもあるけど、これって登場人物少ないよね」

「ドSの死神とものぐさの死神は、もうちょっと活写する案もあったが、結局出さなかった。できるだけシックルとリーパーだけにしたかった」

「崎は最初から出すつもりだったのね」

「いわば『転』の始まりだからな。あいつがいなきゃ、君らは茫漠たる日々を永遠に過ごしていたことになるぞ。話として書き上げる価値もない」

「それはそれで困るけど、私たちだけがよかった気もする」

「アラ嫉妬?」

「そう」

「素直だな」

「だから早く帰ってほしいな」

「アッハイ」


 私は両脇を抱えられて、ゆっくりと天窓から下ろされる。

 腹這いになって両手を伸ばしてもう限界というところで作者が私から手を離し、私は部屋の中に着地する。うまく震動と音を抑えたから、リーパーは眠ったままで気づく様子はない。

 私が小声で尋ねると、作者も小声で答えた。

「次は誰に会いに行くの?」

「15歳年下の腹違いの妹と暮らすことになったロリコン大学生」

「リーパーけしかけて殺しに行くわ。ロクな予感がしない」

「やめたげて。あれもラブストーリーなんだから」

「とてもそうは思えない言い方ね」

「愛にはいろんな形があるということだ。それがテーマだ。君らとおんなじ」

「あなたの言うところの肉体的な交接、絶対やめさせなさいよね」

「それはどうかな」

「(無言で鎌を構える)」

「あれももう書き上がってる話だから、二人がどうなるかは俺の意図では変えられんよ」

「R18でないことを願うばかりね」

「間を取ってR15にしておくか」

 私が椅子に戻ると、作者も天窓を閉じた。作者が手を振るのに応えて、私も鎌を振った。右、左、右、左、右、右、左、左、左、何やらすのよ。

 程なく作者が姿を消し、私は再び月明かりに包まれる。

 ふとリーパーを見やると、相変わらず、面白くなさそうな寝顔をしていた。

 そうして私はまた、幸せな長い夜を過ごすのだ。

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