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掌編

廃屋

作者: 天童美智佳

純文学かどうかはわかりません。

 ある、冷たい雨の日でした。

 少女は一人、真っ黒な傘を差して、家路を急いでおりました。通り慣れた暗い道。どこにどんな家があるのか全て覚えているような道を通っている途中、視界を掠めた違和感に、ふいと振り向くと。

 そこには、今朝まで誰もいない空き家だった民家が、半分崩れたまま、夜道にひっそりと佇んでいたのです。

 雨に濡れた白い石膏ボードは粉々に砕け散り、灰色のコンクリートから飛び出た鉄筋は、暗闇の中で赤黒く光っていました。狭い庭があったところには、銀の浴槽(バスタブ)がひしゃげた姿で打ち棄てられています。壁が半分無くなり、露わになった部屋の中には、まだ人がいたときの空気が流れていました。

 少女にはその崩れかけた平凡な廃屋が、魔王の棲まう城のように思えました。錆びついた門の上にとまった怪物像(グロテスク)、地を這う使い魔(サーヴァント)、そして、少女を飲み込まんと大きな口を開けている魔王(ルシフェル)

  少女は地面に傘を落としたのにも気がつかず、それに見惚れておりました。あんなにみすぼらしかったこの家も、壊されていく過程はこんなに美しい。資材の欠片は細胞の一つ一つ、曲がりくねった鉄筋は血管、僅かに残る古びた家具は内臓、鎮座する重機(ショベルカー)はその心臓。魔王の城は暗黒の魔人に転生して、今にも襲いかかってきそうです。

 少女はその場を動きませんでした。立ち尽くしたまま、復活の瞬間(とき)を、ただひたすらに待っておりました。

 服に雨が染み込み、少女の華奢な肢体を冷やしていきます。一つ、くしゃみが出ました。でも動きません。寒気が背を撫で下ろし、全身の肌が泡立ちます。それでも動きません。少女はそのとき、目の前で命を与えられ、動き出す魔人だけを見ておりました。

 足が痺れても。

 指の感覚が無くなっても。

 息が苦しくなり、身体が熱くなっても。

 少女はその場に立ち尽くして、虚空を見つめておりました。



 数日後、少女は亡くなりました。肺炎を拗らせたそうです。

 あの家も、無くなってしまいました。今はただの、まっさらな地面だけが残っています。滅びていった彼らは、一体どこに行ったのでしょうか。

 きっと、天国と地獄の狭間、二つが混じり合うところで、永遠に戯れているのでしょう。少女は魔人の肩に乗り、闇夜を見渡して楽しんでいるに違いありません。

 創造主(かみ)に見放された彼らが、心穏やかでありますように。ただそれだけを、祈り続けます。

この間、解体中の廃屋を見たときに覚えた感動を綴ってみました。

わけがわからないと思います。が、天童の目にはそのように映りました。

おかしな独り言にお付き合いいただき、誠に有難うございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] Twitterではお世話になっております。廃墟と言うタイトルに惹かれて拝見しました。わたしも田舎住まいの仕事柄、廃墟のある風景に接することが多いのですが、ひと気の絶えた場所って一見不吉なが…
[良い点] 綺麗でいて流れるような、とても印象的な文体ですね。 短い文字数の中でも充分にドラマを感じました。 [一言] 当方作品への感想、誠にありがとうございました。 御礼がてら、作品を拝読させて頂き…
[一言] 淡々と描かれた風景描写が綺麗ですね。 一つの廃屋からよくここまで想像できるなと感心しました。
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