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このグラウンドで

作者: 清顕

 春の夕焼けに染まったグラウンドからは、仄かに土の匂いがした。桜舞う空を見上げて、祐一は一人グラウンドに立っている。

 今日は、卒業式だ。

 既に式そのものはすっかり終わって、生徒たちは皆街へ最後の思い出作りに出掛けたことだろう。祐一とてその輪に入るのは簡単なことだった。しかし、3年間の汗と涙が染み込んだグラウンドが、彼の後ろ髪を引っ張ったのだ。彼は硬式野球ボールを片手に、一人野球部のグラウンドへと向かった。

 3番手の控え投手。背番号は16だった。エースの越川のような切れ味鋭い変化球があるわけでも、リリーフエースだった高取のようなピンチに動じない強心臓があるわけでもなかった。普通。とても普通の投手だった。ストレートは最速で128キロ。コントロールは、まあストライクは取れる程度。変化球も、どっちがどっちなのか区別もつかないようなカーブとスライダーだけだった。

 背番号を貰えたのは、このチームが弱かったからだろう。県大会は、1回戦突破がやっと。2回戦や3回戦で強豪にあっさりひねられて終わるのがいつものことだったし、祐一たちの代もそうだった。

 最後の夏から、もう8ヶ月が経つ。野球に捧げ、野球に打ち込み、野球と共にあった高校生活も、今日で終わりだ。

 この前、卒業アルバムを貰った。開いてみると、野球部のみんなでふざけあった写真が、幾つも出てきた。今もそのアルバムは、鞄の中にある。過ぎ去った青春のきらめき。2度と戻らない、決して戻ることはないあの日々……。

 たまにしか踏ませてもらえなかったマウンド。そのマウンドへ、祐一はゆっくり上った。振りかぶる。体重移動。腕がしなり、ボールが指から離れる……。

 これから何十年も経ったら、この日々を懐かしく振り返る時が来るのだろうか?2度と戻らない日々を偲んで、思い出に浸る日がやがて来るのだろうか?思い出のほかに何が残るというのだろうか?

 ボールはバックネットに当たって、祐一の手元へと跳ね返って戻ってきた。祐一はそれをゆっくり拾い上げ、マウンドのてっぺんに静かに置いた。彼は静かに、一歩一歩グラウンドを去っていった。

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