門
「はー……」
「(おおー……)」
「(ふむ……)」
眼前には重厚なつくりの門がある。
入り口の幅は竜の自分が三匹は同時に通れるくらいにあり、高さも3m以上の位置にある自分の顔でも首を伸ばして見上げなければならないくらいに高い。
この大きな門はこれからアンナと一緒に通う事になる、ヴェルタ王立学院の正門だ。
通うのは20名の学生と20匹のまだ幼い飛竜が在籍する学院の竜騎士養成学科。
ここで少しの間学び、ヴェルタ国内を飛竜に乗って移動するための資格をもらうのが目的である。
移動には自由に飛び回れる竜の姿がいいのだが、行く先々で要らぬ騒動を招くことが多くなる。それは飛竜を使役する人材を王国が管理しているからだ。国に登録していない竜を使役している者は各地の兵に見つかると捕まるらしい。
別に気にせずに勝手気ままに旅をすることもできるが、余計なトラブルは御免だし、何よりもアンナやメリエに危険が及ぶことは避けたい。
少し面倒に思いもしたが期間もそれほど長くは掛からず、国が認めている竜騎士だという証をもらう方が旅を円滑にできるだろうと判断し、王立学院に通うことにしたのだ。
勿論、アンナが竜騎士、飛竜の姿である自分が騎竜役である。
そして暇潰しにと付いて来たライカは従魔ということにしてある。ライカは普通の狐の姿になっており、アンナの頭の上に前足と顎を乗せて肩車のようにしがみついていた。
「(でっかいね……アンナ大丈夫? 緊張してない?)」
「(す、少し緊張していますけど、大丈夫です……よ?)」
……背に座っているアンナに声をかけてみたが、緊張で強張っているのがわかる。
いつも背中に乗せて歩く時には揺れを抑えるために身体を振ったりバランスを取ったりしているのに、ここまで歩いてくる時は少しでも速く歩いたら振り落とされそうなくらいカチコチだった。
飛竜の姿で王城を出て、周囲の人間から奇異の視線を集めながらのっしのっしとヴェルタ王都の大通りを歩いてきた。アンナを乗せて翼を折り畳み、他の四足獣と同じように道を歩いているだけなのだが、やはり飛竜と同じような姿は目立つ。
疾竜はちらほらと見かけはすれど、飛竜タイプの従魔が歩いて道を移動することなどない。というより飛竜自体がこの国で30匹もいないのだ。そんなものが人通りの多い場所を歩くと人だかりができてしまうのは必然だろう。
これから貴族ばかりの竜騎士養成科に編入するという重圧と、多くの人間にじろじろ見られたことでアンナは精神的にかなり疲労しているようだった。
しかしこればかりは助けることができない。気苦労は大きそうだが頑張って耐えて頂こう……。
道案内のために付いてきてくれている騎士の人も最初は怯えていた。様々な戦いに参加した百戦錬磨のつわものでなければなることのできないらしい近衛騎士といえど、後ろから飛竜が歩いてついてくるというのは恐ろしいようだ。まぁ移動のうちに慣れてくれたようで、今は普通にしてくれている。
そんな案内人に先導されて歩くこと数十分。王都郊外にある王立学院の門の前までやってきたところだ。
「私は入ることができませんので、これで失礼致します。頑張って下さい」
「あ、は、はい。案内ありがとうございました」
「では、失礼します」
近衛騎士は門の前まで来ると一礼して戻っていった。後は中に入って職員の指示に従えばいいという話だ。
「(それじゃ行こうか)」
「(は、はい。でも、この門、どうやって開けるんですかね?)」
「(押せば開くんじゃない? あ、でもそっちに何かあるね)」
門の右端に窓のようなものがついている。受付だろうか。
自分ではノックもできないので、アンナが背から下りて窓に近付く。するとアンナが触るよりも先にスッと開き、中から女の人が顔を出した。
「ここは王立学院です。御用の無い方はご遠慮下さい」
「あ、あの! えっと、ここに来るようにと言われてきたんですけど……」
ライカを頭に乗せたまま、アンナがしどろもどろに答える。動物を頭に乗せてあたふたとしているのは何とも愛らしい姿なのだが、本人は至って真剣なので余計なことは言わないでおいた。
「あら。失礼しました。では、お名前とご用向きをお伺いしても宜しいですか?」
「アンナです。竜騎士養成学科のアラミルド・バーノスさんに会いたいんですが」
「アンナ……ああ、今日から竜騎士養成学科に編入する予定のアンナさんでしたか。これは失礼しました。すぐにお開けしますね」
竜騎士養成学科の生徒は貴族が殆どという話だった。貴族は一般人よりも高級な服を身につけていることが多く、大体一目見れば一般人か貴族の子弟かわかるくらいには違う。
アンナは見るからに貴族という出で立ちではない。一応ちゃんとした服装にはしてきたが、旅に適している服や装備ばかりなので受付の人も入学者とは気付かなかったのだろう。
すぐに重そうな音と共に門が開かれ、門の内側が視界に飛び込んできた。
だだっ広い敷地に芝生が敷き詰められ、奥にはシンプルで綺麗な建物がいくつも見える。
「大変失礼致しました。ではご案内しますのでこちらにどうぞ」
「は、はい! お願いします」
アンナを背に乗せて行こうかと思ったが、アンナは自分の足で受付の人に付いていった。確かに案内してもらっている人の方が年上だし、身分も高そうだ。騎乗して付いていくのは失礼かもしれない。
竜の姿で芝生の上を歩くと足跡が残ってしまうので、なるべく石畳から外れないように注意して歩いた。
受付の女性は飛竜のような姿をした自分を見ても特に驚いた様子も無く、だだっ広く人影の少ない敷地の中をどんどん進んでいく。
目の前に見える三階建てくらいの建物に向かっているらしい。
「えっと、随分と王都の外れにあるんですね」
「え? ああ、それはそうですよ。ここは王立学院でも危険な従魔を躾けたり戦闘訓練を行なったりする場ですからね。さすがに王城や住宅街の近くに構えるわけにはいきません。
研究棟や文官を養成する科、商人を養成する科などがある学舎は別にあって、それは貴族街と平民街の近くに建てられています。
ここは危険な魔法実験や戦闘訓練、そして従魔などの管理も行なう魔法科や竜騎士養成科などが集まった学舎です。近くに騎士団の訓練施設もあり、卒業を控えた学生が共同訓練をしたりもしています」
「そ、そうなんですか……」
危険な場所と聞いてアンナの首がすぼまる。
聞いた話では、アンナも戦闘訓練に参加する事になる。実戦さながらの模擬戦などもあるらしいので、メリエと行なっていた基礎的な体力作りなどとはまた違う大変さがあるはずだ。
これから参加する訓練への不安と、危険という受付の女性の言葉を反芻して怯えてしまったらしい。
「ふふ。貴女もまだ小さいとは言え、飛竜を従えているではありませんか。私は何度か訓練を目にしているのでそうでもないですが、一般の人なら飛竜を見るだけでも恐怖を感じるものですよ。
それに飛竜だけではなく、随分と可愛らしい従魔もお持ちのようですね。魔獣使いの才能もお有りのようですし、竜騎士養成科だけではなく魔法科や魔獣科も御覧になられてはいかがですか?」
「あ、その。気が向いたら行ってみますね」
「ええ、きっと今後の役に立つ事を学べると思います。あ、到着しましたね。こちらの建物が竜騎士養成科の学舎となります。アラミルド教官は教官室にいると思うので今お呼びしてきますね」
「え? 私が入って挨拶するんじゃ……?」
「アラミルド教官本人が来たら呼ぶようにと言っていましたので、アンナさんはここで待っていて下されば大丈夫です。アンナさんと飛竜の両方を見たいからじゃないでしょうかね?」
「あ、そ、そうなんですか……」
「では少しお待ち下さい。色々な事務手続きは挨拶が終わったらお願いする事になると思いますので」
「はい」
そう言うと受付の人は建物の中に入っていった。