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超能力者に愛を求めて  作者: 広野 氏子
第1章 LoreleiとSchrödinger
7/13

Chord6: 帰路にて

拓真は汗を流しながら、学校までの道中にある決して緩やかではない坂道を上る。


「本当に春なのか……?」


拓真がそう疑問に思うのも無理はないことであった。まだ四月に入ってそうそう間もない頃、言い換えるならば、上旬なのである。蝉の鳴き声こそ聞こえることはないが、体感温度は25度を超えているのではないのだろうかと思えるほど、暑いのだ。運動神経が悪いわけではないが、運動部にも所属せず、基本的に何もしない毎日を送っていた拓真にとってこの暑さは耐え難いものであった。

後ろから情けない声がかかる。


「おーい……おくやまー……。」


その声は背中を丸めて腕を落とし、舌を出してトボトボと歩く、暑いという思いを全面に押し出したスタイルの野田将大だった。


「おう、今日も相変わらずサボりか?」

「いやー、こんなに暑かったらきっと道場の中も蒸し蒸しして暑いに決まってる。だったらやってらんねえよ剣道なんて。」


完全に運動部のそれとは違う体躯をした運動部員が完全に運動を放棄する発言をして、拓真は苦笑しつつも呆れ果てた。

ふと、昨日の出来事を思い出した。思い出してしまった。無意識の内に考えてしまっていた。



自分は能力者。神と名のつく能力者。



「……ま、……くやま、……おい、奥山、聞いてるのか?」


ハッと野田の呼びかけに我に返った。


「ああ、悪い。ちょっと考え事をして……」


―――このことは忘れようと決めていたのに……


隣でせわしなく話しかけてくる野田を横目に、今度こそ昨日のことを忘れようとした。



「あんさんら、いっつもギリギリやなぁ。」

「お前が変なところで優等生なんだよ。」


綺麗な栗色の髪をした入間がニヤニヤしながら皮肉るのを拓真が気の抜けたツッコミで返す。

入間和志は学力はこれといって特徴のない平均的ではあるが、彼の身体能力は特筆すべきものであり、野球をやらせれば打つわ走るわ捕るわ投げるわ、その全てが野球部員を唸らせる才能である。蹴球であれば、いつの間にか彼がハットトリックを達成しているなんてのもよくあることである。足も速い。まさに運動をするために生まれてきたようなやつなのに、彼は運動部に所属せずに軽音楽部でベースを弾いている。上手さも平凡、普通なのである。


「いやー、なんか最近ふわっと朝早うに起きれるようになってなー。ほんで寝覚めもええから気持ちよく登校できるんやわ。」


ニヤニヤしながら口調を一切変えることなくペラペラと聞いてないことを話し出す。

野田と入間が談笑しているのを見て拓真は笑みがこぼれた。





放課後、拓真はいつもどおり下校しようと校門を抜けたところで声をかけられた。


「随分と待たせましたわね。私をこんなに待たせるだなんて非常識も甚だしいですわね。死んでください。」


聞き覚えのある声と話し方だ。


「なんだ中河か、こんなところまできて何のようだ。」

「別に用はありませんけど」

「じゃあなんでわざわざ家から反対方向のオレの学校まで出向いてきたんだよ。」


拓真の通う鳳凰堂高校と中河の通う塔ノ島女学院は距離的にはそれほど遠くはないが、彼女の生活拠点、すなわち自宅は鳳凰堂高校とは全く逆方向であるため、当然だが、鳳凰堂高校に来たというのは遠回りである。


「別にいいじゃありませんか。私と一緒にいるのがそんなに不愉快ですかそうですか死んでください。」

「仮に一緒に帰るにしても、結局オレもそっち方向に帰るんだからどっかで待ってりゃ合流できたろうが。」

「それは、そうですけど……」


顔を膨らませて腕を組み悪態をついたかと思ったら今度はしおらしく恥じらいを持って顔を赤らめたり、拓真はよくわからなかった。


「本当に用はないのか?わざわざここに来たってのは何かあるんだろ?」


拓真は中河のことを少なからず知っていた。

中河阿澄は回りくどいことを好まない、ストレートな性格である。悪いことを悪いと言える女の子である。そのために苦労したこと、失敗したこともあった。友人を失ったことだってあった。それでもめげずに自分の正しいと思うことを貫いた。

拓真は中河のことを少なからず知っていた。彼女のそんな性格だからこそ、なにもないなんてことはないはずである。


「……はあ。」


中河は1つため息をして、それはまるでこの先悪いことでも起こるんじゃないかという面持ちで話しだした。


「昨日の夜から、不穏なニュースが流れていますわ。」


昨日の夜、と聞いて拓真は不安になった。


「背の高い黒い背広の男が街中をうろついているのを学院の生徒たちの数人が見たらしいの。」


話している彼女の口調はどこかしら暗い。


「しかもそれが一人じゃないの。」

「……え?」


拓真が昨日の帰路で見たのは一人だった。黒い背広、黒いネクタイ、黒いサングラス、オールバックの煙草をくゆらせた男だ。


「同じ背広の男で、背は低かったそうよ。」


知らない。昨日出会った、出遭った男、レオンハルトは背が高かった。身長180cmはあるだろうと思われる男のそばには他に誰もいなかった。


「二人は別行動をとっていたらしいんだけれど、二人共あたりを散策して誰かを探しているようだったと聞いていますわ。」


誰かを探していた……。拓真は昨日会ったあの紫髪の女の子を思い出した。



―――ドイツでは有名な極悪非道のコンビSchrödingerシュレディンガーの一人よ。



彼女はコンビと言っていた。一人なわけがなかった。


「そして今日もその二人は散策していたらしいわ。今度は二人共いたらしいわ。」


嫌な胸騒ぎがする。


(そいつらが探しているのはローレライに違いない……。まだ探しているということは、見つかっていないのか。)


安心を覚える。

だが、胸に残った違和感が消えることはない。


「奥山君、気をつけたほうがよろしいですわ。」


折角忘れようとしていたはずが、拓真はその事ばかり考えて焦っていた。


「……奥山君?」

「……ああ、わかった。ありがとう。」


拓真は必死に笑顔を作って返答した。


「いやらしい顔ですわね。私が忠告してあげましたのになにかいかがわしいことでも想像なさっていたのですか?……もしや私の体を!?破廉恥ですわ!!死んでください!!」


そう言って彼女は拓真を置いて一人で走って帰っていった。


「むしろその事を考えていたかったくらいだ……。」


拓真がそう言ってどうしたものかと考えていた矢先の事だった。



「……おい坊主。」


嫌な胸騒ぎの正体を、知りたくないその危険なもやもやを、たった数分前感じた不安を、拓真は知ってしまった。

今回は割と普通の日常シーンだったかなと思います。


読んでくださった方には無上の感謝を。楽しんでくださった方には至上の喜びを。

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