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超能力者に愛を求めて  作者: 広野 氏子
第1章 LoreleiとSchrödinger
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Chord1: 春眠暁を覚えない日常

「……眠い。」

自室に声が響く。大して広くない、6畳程度の部屋に学習机と漫画ばかり収納された小さな本棚があるだけではあるが、朝の静寂に響き渡る。鶯の鳴き声も聞こえない。ただ眠いという響きだけがこの部屋を支配していた。


 寝ぼけ眼をこすりつつ重たい(まぶた)を必死に持ち上げながらベッドから降りる。くしゃくしゃのままの掛け布団を横目に高校の制服に着替える。


制服のブレザーには名前が刺繍(ししゅう)してある。


 奥山 拓真


それが彼の名である。


 大口を開けて欠伸(あくび)をしつつ、自室を後にして階段を降りてリビングへと向かう。


「ほら拓真、遅刻するわよ、急いで。」

「わかってるよ、母さん。」


エプロンを付けてパタパタと拓真の朝ごはんを用意する彼の母親、奥山京子が急かす。


 半ば急ぎ目で拓真は某スタジオなんとかの某空飛ぶ城に登場したような食パンにサニーサイドアップの目玉焼きを乗せただけのものを口にねじ込んだ。さっさと歯を磨いて登校する。学生特有の手提げかばんを肩から下ろすように持ち、盛大に欠伸をかましながらゆっくりと通っている高校へと向かう。自宅から高校まではそれほど遠くはないので徒歩で登校している。


「よっ、奥山!!」


後ろから声がかかった。


「おう、野田か、おはよ。」


振り返ってぶっきらぼうに返答する。


「相変わらず朝がよええよなあオマエは。いっつも眠そうじゃねえか。」

「春だけだ、暑くなれば少しはマシになると思うよ。てかオマエ今日朝連どうしたよ、剣道部は毎日朝練あるんじゃねえのか?」

「いやあめんどくさくなっちまって行ってねえ。」


 この男は野田将大(のだまさひろ)。奥山の中学の頃からの友人で、当時はともに受験勉強を頑張った仲である。口は少し悪いが根は優しい性格で、少しふくよかな体型を気にしているのか、高校生になって運動部に入ると決断し剣道部に入った。短髪の黒髪で終始悪そうな笑みを浮かべている。


「いっつも思うけど、高校行くときのこの坂キツくね?」


野田が愚痴をこぼした。


「運動部が何を言ってんだ、こんなんでへばってたら剣道やってらんねえだろ。」


軽く奥山は一蹴した。


 彼らは鳳凰堂(ほうおうどう)高校に通っている高校二年生だ。偏差値は高からず低からずで、平凡な高校である。藤原頼通が関わっているらしいがよくわからない。そこそこの学力の学生が集っており、進学科と普通科がある。奥山らは普通科であるが。


 奥山は野田とクラスが違うので、別れを告げて自分の教室へと足を踏み入れる。


「おっくん来たかー、えらい遅かったなあ。」

「春はいつも眠いからな。」

「あんた昔っからいっつも眠そうやんけ。春とか関係なく一年中眠そうにしてるやん。」


このコテコテの関西弁を話す男は入間和志(いりまかずし)。極力痛まないようにするために入念に慎重に優しく脱色して染めた栗色の髪に、整った顔立ちをしているためになかなかモテている。昔から楽器に憧れていたらしく、高校では軽音楽部に入ってベースを弾いている。


「あんた授業も寝とるやん、それでテストとか大丈夫なんか?」

「まあなるようになるさ。」


奥山家は基本的に父も母も勉強に関して口うるさくないため、大層悪い成績でない限り怒られることはない。というよりは父浩正ひろまさは外務省の人間として殆どを海外で過ごしており、家に帰ってくるのは一年に一回長くて一週間ほどである。母京子は基本的に家にいるが、父の海外出張に不満を持たないのかと以前訪ねてみたところ、


「あら、久しぶりに会うからこそ燃えるんじゃない。」


などと息子からしたら両親の惚気話など呆れ果てるほどどうでもいいことを言うのである。


 それからいつも通り授業を受け(奥山はほとんどの授業寝ていたが)、部活に入っていない奥山はすぐに下校した。普段はまっすぐ家に帰る奥山だが、今日は寄り道したい気分だったため、遠回りをして住宅地ではなく大きい通りを通って帰路につくことにした。


 ある程度歩いていたところ、前方にある女の子が歩いているのが見えた。


「中河じゃないか、久しぶりだな。」

「あら、奥山君じゃあありませんか。お久しぶりですね。」


この女の子は屈指の超お嬢様学校、塔ノ島女学院に通うかつての同級生で、推薦で入学したらしい。今や絶滅の危機に瀕していることを嘆いて、(かたく)なに黒髪長髪を保っている。美しいその髪をなびかせる姿はまさにお嬢様そのものである。


「どうです、元気にやっていますか?」

「まあぼちぼちと言ったところだな。そっちはどうだ、女子校だろ、男っ気のある噂とかないのか?」

「そんな低俗なビッチと一緒にしないでいただけますか穢らわしい死んでください。」

「……相変わらず五月蝿(うるさ)いな。鋭利な刃物みたいな毒舌も、変わってないな。」


 昔から奥山はお嬢様気質で高飛車な性格だが、良きライバルであるこの中河阿澄(なかがわあすみ)とは(しのぎ)を削ってきた。小学校の頃からの縁で、たびたび喧嘩をしていた。どんな喧嘩かと言うと、当然相手は女の子だから暴力の喧嘩はないにせよ、口喧嘩は毎度のことで、テストがあれば必ず点数で争い、50m走などの体力測定も必ず結果を争うほどのライバルっぷりであった。

ちなみに口癖は死んでくださいだ。度々この言葉を使う。非常に口も悪くお嬢様とは思えない毒舌で罵詈雑言の限りを尽くしている。


「それにしても成長したよな。」

「ええ、身長なら伸びましてよ。」


と中河が背筋を伸ばしてえっへんとでも言いたげなようにドヤ顔で身長が伸びたと主張する。


「誰が身長のことを言ったんだ。オレは胸のことを言ったんだ。」


そう奥山が言った途端、中河は顔を真っ赤に染めて手をブンブン振り回しながら、


「なっ……なななな……なんてことを言うんですかあなたは!!全く破廉恥です!!5回死んでください!!」


あまりにも焦って体を揺らしながら怒鳴るので、彼女の豊満な二大巨塔も猛烈な地震に見舞われていた。


そう言いながらも、元気な姿を見て安心した奥山は中河を置いて帰途についた。


「じゃあまたなー。」

「あっ、ちょっとお待ちなさい!!レディを辱めておいて置いて帰るとはなんて失礼で無礼極まりなくて最低でゴミなんですか!!死んでください!!」


キーキー後ろから聞こえるが、奥山は手を振って振り返ることはなかった。

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