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君の知らない時間(02)

---2009/04/13 13:32 (2)


 俺は、大学の門の前で千紘を待っていた。今日は各学部のガイダンスの日で、それぞれ終わったら一緒に食事をする約束だった。しばらく待っていると、千紘が来た。

「ごめん、待たせた?」

「いや、全然」

 本当は工学部のガイダンスはあっという間に終わったので、結構な時間、もらったサークルのビラを見ながらここにいたのだが。

「……そう?」

「何で?」

 何でもないというように、俺は軽く肩を竦めてみせたが、千紘は笑った。

「花びらいっぱいついてるよ」

「え?」

 そう言って自分の体を見回すと、桜の木の下に立っていたせいで、確かにジャケットや鞄に桜の花びらがはりついていた。

「あ、マジか」

 カッコつかねえな、と思って払っていると、千紘の手が俺の頭に伸びて、髪についた花びらを取る。分かりやすく心臓が鳴る。

 俺も千紘も無事に松本学院大に合格できて、本当に良かった。


 近くのハンバーガー屋に入った。マックじゃないバーガーってこんなに高いのかと驚いたが、千紘は別に気にしていない様子だった。

だらだらポテトフライをつまみながら話していたら、自然とこれからの大学生活の話題になった。

「千紘、どっかサークル入る?」

「どうしようかな……隼人は?」

 千紘を待っている間、サークルのビラをずっと見ていたら、気になるサークルがあった。俺の趣味に合ってて、楽しそうだった。

「んー、フォーミュラってサークル、今度見学に行こうかなって」

「フォーミュラ? 何?」

「F1の車作るサークル」

「えっ……」

 俺の言葉に、千紘は微妙な表情を浮かべたみたいだったので、説明を加えた。

「F1って、フォーミュラ・1の略なんだよ。フォーミュラって、規定って意味で、ああいうレース、どういう車で出ていいか決まってて、それでその規定の元でやるレースのことを、フォーミュラ1って元々言ってたんだけどさ」

「……待って。そんなの、危ないよ」

「そんな危ないわけ」

 笑って千紘の顔を見て、俺は言葉を飲み込んだ。

 千紘は、怖いくらい真剣な顔で俺を見ていた。

「だ、だって……私もテレビで見たことあるけど、すごいスピードで走ってて、ぶつかって燃えたりするの見たこと……」

「や、違う違う!」

 千紘は何か勘違いしている。俺は慌てて手を振った。

「作るサークルだって。俺なんかそんなの乗れないよ! 第一、テレビで見たようなそんなプロのやつじゃないから、出るのは学生大会みたいなやつなんだから」

「出るって、じゃあやっぱり走るの?」

「そりゃまあ……そうかも。見学しないと分かんないけど」

 千紘は、俯いた。

「……危ないサークルだったら絶対やめてよ」

「危ないわけないじゃん……大学のサークルなんだから、そんな危険だったら禁止されてるよ。まあ、そりゃ、危なかったら、俺だって止めるよ」

 意外と心配性だな、と思った。

 俺のことを心配しているのは、可愛いけれど。




---2009/07/25 14:09 (2)


 母さんは、久しぶりにうちに来た千紘を見て、嬉しそうにしていた。

「千紘ちゃんも随分大きくなって、綺麗になったのねえ」

「お久しぶりです。あの、こちら召し上がってください」

「あらあら、気を遣ってもらっちゃって」

 これ以上母さんと千紘を話させていると、何か余計なことを言いそうな雰囲気だったので、慌てて止めた。

「あ、母さん、ほら、それ冷蔵庫に入れた方がいいんじゃん」

 千紘も、気付いて頷いた。「あ、はい、アイスなので」

「あ、そうね。じゃあ、ゆっくりしていってね」

「お邪魔します」

 そう言って千紘は、俺のあとについて二階に上がってきた。階段の途中で、少し小さな声で千紘が俺に聞く。

「……ねえ」

「ん?」

「隼人のお母さん、……その、私と隼人が、付き合ってること知ってるの?」

「……まあ」

 千紘が来るという時に、もっと自然に言えれば、もしかしたら久しぶりに遊びに来るのね、くらいに思われたかもしれないのだが、照れて噛んだものだから、不審がられて思い切りバレた。

「……そうなんだ」

 正直、今割って入ったのだって、緊張していたのだから。

 昨日、急いで片付けた部屋に千紘を通す。床に散らばった雑誌を片付け、あとの物はクローゼットに突っ込んだだけだが。

 千紘は、俺の部屋を見て、え、と声を上げた。そのまま、部屋の前で固まっている。

「……何、どうしたんだよ」

「あ、ううん……」

 小さい頃には、自分の部屋を持ってなかったから、千紘が俺の部屋に来るのは初めてだ。特に変な物も置いてないと思うし、足を踏み入れるのを躊躇うような部屋じゃないと思うのだが……。

 千紘は俺の部屋に入って、壁を見回した。視線の先を追って、ああ、と思った。千紘は男兄弟もいないし、こういうのが珍しいのかもしれない。

「あれは去年の鈴鹿レースのポスター」

 俺の部屋には、レーシングライダーのポスターやカレンダーが色々張ってある。このコレクションはちょっとした自慢だけど、女子には分からないかな。

「……バイクなの? ……F1とは違うよね?」

「あ、まあね」

 F1レースも好きだけど、どちらかといえば俺はバイクレースの方が好きだった。F1マシンの作成は楽しくて、ハマっているけれど、もし大学にバイクのサークルがあったら、そっちに入っていたかなと思う。

「……隼人、バイク……好きなんだ」

「おう」

 雑誌も、バイクマガジンが多い。バックナンバーも溜めこんでいるのが結構な量だ。

「……知らなかった」

「そうだっけ」

 結構、クラスの男子は知ってることだけど、まあ、確かに女子には話したことはない。それでも、千紘に話したことないのは、自分でも意外だった。

「……でもさ、バイクって危ないから良くないよ。車と違って、乗っている人がむき出しでしょ? 事故とかあったら……」

「……」

 確かにバイクレースに事故はあるし、危険も高い。けれど、いきなり趣味を否定されたのはちょっと腹が立った。

「……ねえ隼人」

「何だよ」

「バイク、乗らないよね」

「は?」

「だって、もし事故とかあったら……」

「そんなの大丈夫だって。千紘って、飛行機とか乗れないタイプ?」

「そうじゃないけど……」

 俺はちょっとイライラした。そりゃあ勿論、車に乗ってて交通事故に遭うことがないとはいえないし、バイク事故は車のそれより死亡率は高いかもしれない。でも、それを言っていたら何もできないんじゃないだろうか。

 何か、車に対して、危ないイメージがあるんだろうか。

「それより、出かける予定立てようぜ」

 俺はパソコンの電源を付けた。千紘は、うん、と頷いて、自分の鞄から手帳を出した。その時に俺は、合宿免許のパンフレットを、さりげなく参考書の間に押し込んだ。




---2009/08/30 19:50 (2)


 金色の光が、夜空に広がる。

 サークルの集まりの後で急いで待ち合わせに向かったので、あまりいい場所は取れなかったけど、それでもまあまあよく見えた。千紘は、花火を見上げて、呟いた。

「久しぶりだなあ、花火……」

「え? そうだっけ」

 もちろん、一年前の夏なので、久しぶりといえば久しぶりだが――高校のクラスが結構仲が良かったので、クラスで集まって去年もこの花火大会を見に行った。千紘も来ていたのに。

「……ああ、うん、そうだったよね」

「んー」

 大玉が何発も連続で上がった。そろそろ終わってしまう。

 横目で千紘を見る。千紘は花火を見上げていた。

 ……手とか繋いでも、怒られないかな。

 お互いに家が歩いて数分の近所に住んで、大学まで一緒な割に、あんまりデートする機会がないまま、八月も終わりになってしまった。大学生の夏休みはここから後半とはいえ、何だかんだで、大学祭で展示するマシンの作成やバイトで、会う時間が取れない。

 そんな話を藤代にしたら、真剣に怒られた。

「お前さ、幼馴染だからって油断しすぎなんじゃねえの。熊谷だって愛想つかすかもしれないぞ」

「……。」

「逆に近くに住んで、いつでも会えるとか思ってるから駄目なんだよ。俺の彼女は社会人だけど、ちゃんと毎週会ってるからな」

 一体、浪人生の藤代が、どういうコミュニティで社会人の彼女をゲットしたのかは気になったが、相当ぐさっときた。

「この夏で勝負かけろ勝負」

 そう言われたのだが。

 そんなわけで俺は、さっきから正直、花火も見ているようで見ていなかった。

「もう最後だね」

 千紘が呟いた。

 一際大きな花火が上がった。腹に響く音がして、真っ赤な光が、白い筋になって消えていく。そして、花火大会終了のアナウンスが聞こえた。

 この花火大会には、小さい頃から何度も来た。これが終わる度に、夏も終わりだな、と思う。そして、今年も。

「じゃあ、帰ろっか」

「お、おう」

 千紘はさっさと立ち上がり、ブルーシートを畳み始めた。自分の情けなさ加減に、内心落ち込む。

「早くしないと、道が混んできちゃうよ」

「あ、そうだな」

 そう言いつつ、人混みを使ってうまく手を繋げないかなとか、まだ俺は考えていた。

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