君の知らない時間(01)
---2008/09/19 18:45 (2)
ああもう、と苛立ちが思わず口から出た。
教室に暗幕を張り終わり、電飾につなぐ延長コードがガムテープで床に固定された。プラネタリウム作りの作業が進んでいる中、俺は一人で、映らなくなったプロジェクターを直そうと試行錯誤していた。
原因がパソコンでなく、プロジェクターであることははっきりした。だから、プロジェクターを冷ましたり、電源を入れ直したり、色々試してはみているが、どうにも直らない。
「……まだ、直らないんだ」
声をかけられて振り返ると、千紘がいた。
「パソコンの方は何も問題ないんだ、別の映写機につないだらちゃんと映ったから」
「そうなんだ」
そう答えながら、気のせいか、千紘がぼんやりしているように見えた。俺は、どうかしたのかと声をかけようとしたが、それは飯田のからかう声で遮られた。
「おいタケ、いちゃついてないで早くやれよ」
「バーカ」
それで俺は、千紘と話すのを止めて、プロジェクターに取り掛かる。千紘も、教室の外に出て行った。
千紘とは、幼稚園のころからの幼馴染だった。ずっと小さい頃からの知り合いだから、女子の中でも、仲もいいし楽に話せる。
ただ、それをこうやって茶化されるのは困る。
まず、千紘の方もそれを嫌がって、あまり気安く話せないようになった。そして、俺の方は本当に千紘のことを意識してしまうようになった。
……逆に、好きじゃなかったら、一緒に遊ぼうとかまだ誘えたんだろうな。
俺は直らないプロジェクターを指で弾いた。壊したって怒られるの覚悟で、先生に聞いてみた方が良さそうだ。
---2008/09/19 20:39 (2)
プロジェクターの故障の原因は、接触不良だったらしい。結局そのせいで作業が進まなくて、ものすごく遅くなってしまった。
「じゃーな、タケ」
「おーう」
俺は藤代たちに手を振って、自転車置場まで歩いた。
学園祭の前日とはいえ、下校時間を過ぎていたので、学校にはほとんど人がいなかった。多分、俺たちのクラスが最後だ。
(……あーあ)
学園祭が終われば、あとは受験だ。俺は理系だけど、親には二択しかないとはっきり言われている。家から通える私立か、下宿するなら国公立か、だ。国立の理系って、一体俺の学力でどこを目指せと言うんだ。
千紘は、どこの大学に行くんだろう。
文系の選択授業を取っているから、まあ文系なんだろうとは思うけど、頭いいからな、千紘。
ぼんやり、自転車置場で突っ立って考え事をしていたら、千紘が来るのが見えた。そういえば、教室に最後まで残っていた。
千紘は、自転車置場を行ったり来たりしていた。何だろう。
「千紘、何してんだ?」
「……あ、隼人。……自転車、探してるんだけど」
「え? 盗まれた?」
千紘は、首を振った。
「多分違うと思う……朝、どこに停めたか分かんなくなって」
「……へっ?」
結局、千紘が自転車を探すのを、俺も手伝った。本当にどこに停めたか忘れただけらしく、しばらくして自転車が見つかった。
「……ありがとう」
千紘は少し困った顔でお礼を言った。そのまま何となく、自転車を押した。狙っていたわけじゃないとはいえ、二人きりになれた。自分でも馬鹿みたいに、心臓が鳴る。
何か話さないと、と思った。
「……そういえばさ、千紘、どこの大学行く?」
千紘は、少し考えているようだった。
「……はっきりとは、決めてないかな。隼人は?」
「俺は、松本学院大のつもり」
「ふーん……」
校門を出てからも、俺たちは並んで歩いた。いつもの千紘なら、もっと色々喋るのに、何故か今は、あまり話さない。
それは俺も同じだった。いつもあんなに気安く話しているはずなのに、全然言葉が出てこない。
千紘がもし遠い大学に行ったら、という漠然とした分からない不安より、もしかしたらこのまま、俺たちは前みたいに話せなくなるかもしれないということの方が、俺は怖かった。
告白して、もし、今の関係が壊れてしまったら。そう思うと、勇気が出なかった。だけど、このままでも千紘が、離れていってしまうのだったら。高校卒業までだって、時間がない。
口の中が乾いて、焦った言葉が貼りついてしまったみたいだ。
そうして歩いているうちに、俺と千紘の家への道が分かれる曲がり角に来る。
「じゃあ……」
千紘が、そう言って、俺は慌てた。
「……遅いし、家まで送るよ」
千紘は、何も言わず、静かにこっちを見た。
言うなら今しかない。
「……俺さ」
千紘は、黙って聞いていた。カッコ悪いと思いつつ、千紘の顔を見れない。電柱の影がアスファルトに長く伸びているのが見えた。
「千紘が好きだ」
顔が火照って、上げられない。言ってから長い間、間があった。これ以上、千紘が黙っていたら、もう駄目だ、と思っていた頃。
「……あ……ありがとう」
「……え」
俺は、ゆっくり、顔を上げた。
「……驚いたけど……気持ちは嬉しい……よ」
「……え、え……?」
駄目元かもしれないと思っていた。
千紘は俺のことを、単なる幼馴染だと思っているんじゃないかと思っていた。
なのに、そんな答えが返ってきたことに、俺の方がむしろ、驚いてしまった。
「……俺、あの……」
「いいよ、まあ、最初は友達としてなら……」
千紘がそう続けたのを、俺は信じられない気持ちで聞いていた。
---2008/09/20 13:35 (2)
お客が入って来るたび、積み重ねた机の裏でパソコンを操作して火星の映像を流しながら、はあ、と俺はスポーツドリンクを飲んだ。
「あっちい……」
藤代が小声でぼやく。暗幕で覆った教室は、窓を開けられなくて、蒸し暑い。接触不良をどうにか直したボロいプロジェクターが、熱暴走しなければいいのだが。
「なあ、演劇部のステージ観に行くだろ」
「んー」
藤代の言葉に、パソコンの画面を見たまま返す。
「おい、聞いてんのか? 飯田が最後だから観に来いって言ってたやつ」
「ああ……」
演劇部の飯田は、今日の学園祭で主役をやって引退といっていた。
「ああ、じゃねーよ。何かお前、今朝からぼーっとしてないか」
「別に何もねーって」
慌てて否定する。が、明らかに俺は、いつも通りじゃなかった。
昨日の千紘の言葉が頭から離れない。
最初は友達としてなら。最初ってことはその後は?
さすがに恥ずかしくて、今日は千紘と一回も話してない。
「はー、じゃあ、交代だし、行くか」
「え? おう」
後ろのドアからプラネタリウムとなった教室を出ると、受付をしている千紘が目に入った。
せっかく、クラスの出し物の当番の時間、たまたま一緒だったんだけどな。そう思いながら、俺は藤代と一緒に体育館に向かった。
だが、千紘を誘って行ったら、それこそ周りのヤツに何を言われるか分からない。
---2009/01/03 17:33 (2)
「松本学院大に、合格できますように」
予備校の特別授業が終わった後、千紘と待ち合わせて、近所の神社に初詣に行った。当然、今年の願い事は合格祈願だ。
「てか、千紘、平気?」
「え?」
「この前、すごい遅い時間にメール返ってきてたじゃん」
「あ、メール気付かなくて。ごめんね」
いや、そういうことではなくて、そんな深夜まで起きていて大丈夫なのかと思って聞いたんだが……。
受験勉強がラストスパートなのは確かだけど、最近の千紘は本当に必死に勉強していた。正直、初詣に連れて行くのを躊躇ったくらいでもある。
まあ、気分転換させた方がいいかなとも都合よく考えて、ちょっとくらいならと誘ってしまったのだが……。
千紘も俺と同じ松本学院大を志望していると知って、嬉しかった。正直、千紘ならもっと上のランクを目指せたような気がするけれど、本人曰く、全然成績が追いつかないらしい。
「そうじゃなくて、あんま無理すんなよって」
「うーん……でも、受験まであとちょっとだから、頑張るよ」
そういう千紘は、何となく少し暗かった。やっぱり、無理してるんだろうか。




