貴方の知らない時間(06)
---2010/08/29 18:55 (3)
「そろそろ始まるね」
屋台で買ってきたたこ焼きと焼きそばを食べている隼人に、私は声をかけた。
「今年はいい場所取れなかったな」
「十分でしょ」
地元の花火大会は、毎年結構な人手だ。それこそ昼過ぎから場所を取らないと、去年のようないい場所は取れない。今年は、私も隼人も当日にバイトがあって、そんな時間から場所取りができなかったのだ。
「ちなみにさ、前から不思議だったんだけど、隼人って何でバイトしてるの?」
「何でって、お金のため」
「そうじゃなくて、何に使ってるのかなあって……」
別にお金の使い道を指図したりする気はないけれど、結構バイトしているはずなのに、そんなにお金を使っているように見えない。派手な趣味もないし、服にお金をかけている様子もない。デート代だって、割り勘にしているはずだし。貯金しているのだろうか。
隼人はちょっと肩を竦めた。
「んー、別にこれといって……まあ色々。何か心配?」
「何が」
「ギャンブルとか」
笑ってちゃかしているが、明らかにごまかしている。何だろう。
「アイドルのグッズでも買ってるとか?」
「……はあ?」
隼人は、意表を突かれたというか、間の抜けた声をあげた。
「俺がアイドルオタクとか、どうしたらそうなるわけ」
「……違うんだ」
「違う。つうか、男が金使うのはアイドルだろうって、すごい偏見じゃないか」
「そういうわけじゃないけど……」
隼人はアイドルが好きなものだと、てっきりそう思っていた。
……でも確かに、隼人からライブに行ったとかそういう話も聞かないし、どうして隼人がアイドル好きだと思い込んだのだろう。
相当心外だったのか、隼人が何か言おうとした時、一発目の花火が上がった。
---2010/09/19 21:25 (3)
「で、バイト先の先輩が馬鹿やって、俺まで一緒に怒られてさ」
「あはは」
デートの帰りは、必ず隼人は私を家まで送っていく。家が近いので、まあ大した距離ではないけれど。
さすがに時間割やお互いの予定があるので、大学の行き帰りもいつも一緒というわけではないが、時間が合えばちょっと寄り道をして帰って、そのまま家の前まで送ってもらうことも多い。
だから私が、いつもの曲がり角を、自分の家の方に曲がろうとした時、隼人は私を呼びとめた。
「あ、千紘……まだちょっと時間ある?」
「え? うーん……何?」
携帯で時間を確認したら、もうそろそろ九時半近い。家はすぐそこなので門限には余裕で間に合うが、今までに言っておいてもらえればよかったのに。
「ちょっとさ、公園寄ってかないか」
「え? ジャングル公園?」
私と隼人が、小さい頃よく遊んだ公園だ。住宅街の中にある、本当に小さい公園なのだけれど、ライオンや象や、動物の形をした遊具が多かったから、ジャングル公園と呼ばれていた。すぐそこだから、ちょっと寄っても大丈夫だけど、何だろう。
「や、まあ、数分だけ」
「……別にいいけど」
久しぶりに来た公園は、記憶より随分狭かった。当然、私が大きくなったからなのだが、本物の象くらいあると思って見上げていたジャングルジムが、この程度の大きさだったのかと思う。この時間になると、誰もいない。
「懐かしいな」
「そうだね、近所だけど全然来なかったし」
隼人がぽんぽんと、カバの形をしたベンチを叩く。軽く砂を払って座ったので、私も横に座る。
「で、どうしたの、急に」
「……んー」
何となく察しがついた。今日は、付き合って二年になる記念日で、何か言うために、わざわざ二人きりになる場所に連れてきたのだ。
私の時間が巻き戻って、ちょうど二年でもある。
「二年って、あっという間だな」
「……そうかもね」
めまぐるしいくらい、時間はあっという間に過ぎていった。
大学受験と大学入学だけでも大きなイベントだったけれど、隼人とはとにかく色々な時間を過ごした。最近では花火大会に行ったし、プールにも行った。季節ごとに紅葉を見に行ったり、動物園で桜を見たりもした。映画や食事には何度も行った。
薄れていく、私のかつての記憶を埋めてあまりあるくらい、たくさんの記憶だった。
「ありがとな、千紘」
「うん」
「これからも、一緒にいような」
「……」
隼人の目が、私を見ていた。どこか不思議な目だった。
考えたことがないわけではない。
もしこのまま七年経って、もう一度二十五歳を――2015年の年末を迎えた時、自分は、かつての自分と同じところにはいない。
巻き戻った時間を過ごして新しく得たものはあるけれど、失ったものも確かにある。
あの時間でも、私は一生懸命生きてきた。仕事も頑張ったし、語学も勉強した。それは、今どんなに頑張っても、また得ることはできないだろうから。
「……千紘?」
だけど、どうしてだろう。
隼人の事故死を防ぐために犠牲を払ったと思っていたのに、今自分が持っているものを、どうしてこんなに手放したくないのだろう。
もしまた時間が戻っても、きっと私はこちらの道を選ぶと分かるくらいに。もしまた時間が戻ったら、この時間を失ってしまうことが、耐えられないと思うくらいに。
「……ごめん、ちょっと、……嬉しくて」
「あ……」
「いいよ、ねえ、隼人」
私は、笑いながら聞いた。私のことが好き?
隼人は答える代わりに私を抱きしめて、ゆっくり頷いた。そして、少し震えていて、泣いているのだと分かった。
何で隼人が泣くのだろう。
はじめて、分かった気がした。
隼人は、私のことが好きなのだ。
それを、私はどこかでずっと、分からないでいた。
そんな私の、傍にいて、待っていて。
「私も隼人が好きだよ」
だから――絶対に隼人のことは、死なせない。
---2010/12/24 19:23 (3)
今日はもしかしたちょっと遅れるかもしれないから、バイト先のコンビニで待っててほしい、と言われていた。ぶらぶらと新商品のお菓子や雑誌を見ながら待っていると、遅れてごめん、と隼人がレジ横の扉から出てきた。
お先に失礼します、と言う声は、他の店員たちは聞いていないようだった。店先にケーキとチキンを並べて、最後の追い込みに入っている。
「本当に、バイト抜けて大丈夫だったの? 別に他の日とかでも大丈夫だったよ」
「や、大丈夫だって」
そう言って隼人は肩を竦めたが、予想していた通り、上がりの時間が遅れていたし、明らかに嘘だ。
クリスマスツリーを見た後、予約していたお店に入る。今年は二人とも、お酒の飲めるクリスマスだ。
「じゃあ、乾杯」
奮発してスパークリングワインで乾杯する。
「この店、千紘のチョイスだよな」
「うん、ここね、すっごくケーキが美味しいの」
リンゴのケーキは、特にお気に入りだ。
「へー」
料理が運ばれてくる間、隼人が私に小さな包みを渡した。
「酒が回る前に、忘れないうちに」
「いや、忘れないでしょ」
私も用意してきたプレゼントを渡す。今年のクリスマスは、マフラーにしてみた。男の人へのプレゼント選びはいつもよく分からない。
「お、マフラー。手編み?」
「ごめん無理。でもカシミヤだから温かいと思うよ。こっちも開けていい?」
白い紙とピンクのリボンで包まれた箱は、結構軽かった。そっと細いリボンを解いて箱を開けてみると、腕時計だった。
「あ、これ……」
白い革ベルトに、小さめの文字盤。最近雑誌で見て、いいなと思っていた腕時計だった。
「ん、知ってるの?」
「あ、うん。可愛いなって……知ってたの?」
「いや? 色々見てたら、店員さんに勧められて。気にいってもらえたなら嬉しいけど」
「ありがとう、嬉しい」
今持っている腕時計が、中学の時から使っていたものだから、だいぶ古かったし、デザインも子供っぽいのでつけていなかった。時間は携帯で見れるので、特に困ってはいないけれど、こんな感じの時計が欲しいなとは思っていた。
「でも、これ、結構な値段したよね」
「そこ考えない! というか千紘、本当にワガママ言わないよな」
「え?」
「そりゃさ、彼氏を財布代わりにするとかいうのは嫌だけど。欲しいものとかあっても、言わないし」
「そうだっけ?」
あんまり欲しいものを聞かれたことがないし、わざわざこちらから言ったりしなかっただけだと思うのだけれど……。
「ワガママ言わないっていうか、……困ったこととかあっても、全部抱え込んじゃうだろ。それで千紘、結構一人で何とかしちゃったりするんだけど……もっと、俺とか周りに色々言ってくれてもいいんだから」
似たようなことを、母にも言われたのを、思い出す。
もしかしたら、家族との間に壁を作っていたのは自分の方なのだろうか。私は、ただ迷惑をかけないように一生懸命にやってきたつもりだったのに。
「……そう、かな」
「とにかく、それは気にしない。てか、もう買っちゃったんだから」
隼人の言葉に、思わず苦笑する。
「ありがとう。大事にするね」
そういえば、隼人からもらったプレゼントで、身に着けるものはこれが初めてだったかもしれない。
何だか、嬉しかった。
手を繋いで、イルミネーションで飾られた通りを歩いた。地元のデパートがやっているイルミネーションは、東京のそれとは比べ物にはならなかったけれど、それでも綺麗だった。
「こういうプラネタリウム、作ったな」
「学園祭だね」
「クリスマスじゃないから、電飾が近くのホームセンターじゃ売ってなくてさ」
「それで、色々なところから借りたんだよね」
笑った。楽しかった。
この時の私は何も疑っていなかった。
本当は、もっとよく考えるべきだったのかもしれない。
時間が巻き戻るとは、どういうことなのか。
どうして、隼人がバイク事故に遭っていたのか。
それを理解するには――私は隼人のことを、知らなさすぎた。




