貴方の知らない時間(04)
---2009/07/25 14:08 (3)
隼人のお母さんは、久しぶりに会った私に、随分大きくなって綺麗になって、と笑顔で迎えてくれた。
「お久しぶりです。あの、こちら召し上がってください」
「あらあら、気を遣ってもらっちゃって」
手土産のシャーベットの入った紙袋を渡すと、隼人のお母さんはそのまま玄関で私と世間話を始めそうな勢いだった。二階から降りてきた隼人が、声をかける。
「母さん、それ早く冷凍庫にしまわないと」
「あ、ああそうね。じゃあ、ゆっくりしていってね」
「お邪魔します」
小さいころ、何度か遊びに来たことはあるが、お邪魔するのは一体何年ぶりだろう。
「……ねえ」
「ん?」
「隼人のお母さん、……その、私と隼人が、付き合ってること知ってるの?」
「分かってるとは思うけど……」
一応は、彼氏の家にお邪魔するということで、多少の緊張を持ってきたのだが、隼人のお母さんの様子では、どうも私をどういう感じで迎えたのか検討がつかなかった。
「……つまりさ、親にとっては、いくつになっても息子は子供みたいなもんなんだって」
「何それ」
答えになってない。
「緊張した?」
「……まあ、ね」
かつて――私が一度目の大学生をやっていた時の記憶になるが、一度だけ大学の時に付き合った彼氏とは、お互いの家族に紹介する前に、一年くらいで別れた。私も当時、上京のことで家族とは揉めたこともあって、ほとんど連絡しなかったから、自分の親には彼の存在すら知らせていなかった。
今日、隼人の家に遊びに来たのは、夏休みに遊びに行く計画を立てるためだった。お互い、バイトの予定もあって忙しかったし、お金もそれほどなかったが、海もプールも行きたい、映画もいいし遊園地にも行きたい、徹底的に計画を立てる、と隼人が言いだしたのだ。
そんなにあちこちは無理だよ、と言った私に、大学一年目の夏休みは二度と来ない、と隼人は返したのだ。
高校の学園祭で、学校中の出し物を回っていた時と何も変わっていないので、私は可笑しくなった。
二階に上がり、隼人はこっちが俺の部屋、とドアが空きっぱなしの部屋を指差した。
隼人の部屋に入るのは初めてだ。どんな部屋だろうと思い、部屋を見渡してみたが、何だか意外なほど片付いていた。
「……へえ……」
「何、へえって」
「いや、結構きれいな部屋だなって」
というより、物が少ない。全体に白と黒のモノトーンでまとめられている部屋には、机や小さい本棚や、ベッドといった必要最小限の家具が置かれている程度で、あと部屋にあるものといえば、大学の参考書とパソコン。
隼人は肩を竦めた。
「まあ、ね。あ、ドア閉めちゃって」
隼人はクーラーをつけて、部屋の窓を閉め始めた。中に入ってドアを閉めようとしたところで、隣の部屋のドアが開いた。
「え、誰か来て……何、え?」
高校生くらいの男の子が、私を見て目を丸くしていた。あ、海人くんだ、と思い出す。隼人の弟だ。
「あ、お邪魔してます」
「え、隼人兄、彼女!?」
騒ぎ出した海人くんを、隼人が軽く小突く。
「久しぶり、海人くん」
「え……えっと、こんにちは?」
「覚えてないか、千紘だよ、昔よく遊んだろ」
「海人くん、小さかったからね」
私と隼人が小学生にあがった時、海人くんはまだ幼稚園で三歳か四歳くらいだったはずだ。
「……え……何だ、彼女じゃないんだ」
「彼女だ」
「え? マジで?」
兄弟のやり取りを見ていると、何だか可笑しい。海人くんは隼人と同じくらい背が伸びて、顔立ちもどことなく似ていた。
「やっぱりかー、急にポスター剥がしたり、部屋片付けだしたから可笑しいと思ったんだ」
「あっ……馬鹿」
それまで、軽く海人くんをあしらっていた隼人が、初めて焦った表情を見せた。ポスター?
「……あー、ほら、海人は向こう行け」
「へーい」
ドアをパタンと閉めて、隼人はあー、うん、と何やらもごもご言っていた。どうやら普段から片付いた部屋ではないらしい。それに、壁をよく見ると、確かに何か貼ってあったと思われるような、テープや画鋲の跡がたくさんあった。
「なに、ポスターって?」
「……いや、何かほら、汚いポスターがあったから、みっともないかなって剥がしただけで……」
明らかにごまかした様子にピンとくる。彼女である私に見られたくないようなポスターということは、きっと、アイドルか何かのポスターが張ってあったに違いない。よく見れば、本棚も隙間だらけだし。
「ふーん……まあ、いいけど。じゃあ、予定決めようよ」
「え、ああ」
隼人は追求されなくて明らかにほっとしている様子だった。そして、私も少しほっとする。
確かに隼人はあちこち出掛けるのが好きなタイプのようだけど、どうやら部屋中にポスターを張るほどアイドルに夢中らしい。ツーリングには、今のところ興味はないようだった。
---2009/08/30 19:45 (3)
光が空一面に広がる。遅れて、お腹に響く大きな音。大きな花火が連続で上がって、いよいよ花火大会はクライマックスだった。
地元の花火大会なんて、来たのはいつ以来だろう。はりきって打ち上げ場所に近い場所を取ったから、迫力がある。
「いい場所取れたけど、ずっと見上げてたら首痛くなっちゃうね」
「千紘も寝転がっちゃえば」
隼人はブルーシートにさっさと寝転がって、さっきからずっと寝たまま花火を見上げていた。男子は気楽でいい。私はアップでまとめてきた髪もぐしゃぐしゃになってしまうから、そういうわけにはいかない。
「久しぶりだなあ、花火……」
「……。……そっか。……悪い」
どこか隼人はさびしそうに、私の呟きに答えた。何故だろうか、その声の響きにドキリとする。何だろう。私はこの声を、どこかで聞いた覚えがあるような気がするのだけど……。
「なんで、隼人が謝るの?」
「や?」
ひょいっと隼人は起き上がり、そして軽く肩を竦めた。
「来年も来ようぜ」
「……そうだね」
私の時間が巻き戻り、もう一度時間を過ごし始めてから、もうだいぶ時間が経った。ふとすると、自分が、二十五歳であったことを――本当なら今は二十六歳、だったことを、見失ってしまいそうになるほどに、めまぐるしく時間が過ぎていった。
「……でもさあ、来年の夏は、お互いもっと忙しいから無理かもよ?」
「何で?」
「就活とかさ、そろそろ意識しないと」
「いくら就活が厳しいって言ったって、早すぎだろ」
隼人が笑う。確かに、まだ大学一年の隼人の立場からすれば、能天気に言うのも無理はないかもしれないが――かつて就活で散々苦労した自分としては、考えざるを得ないのだ。
「千紘は、先のこと考えすぎだって」
「仕方ないじゃない、だって」
自分には未来が見えるのだから。
「……女子は就職厳しいんだから」
また、花火が連続で上がり出した。空を見上げた。昇っては、一瞬で消えてしまう光の線を、見逃さないように見つめる。
「……けどさ、俺は……」
「えっ?」
音や歓声がうるさくて、隼人の声が聞こえない。聞き返した。
「……って思うよ」
「何?」
声を大きくした私に聞こえるように、隼人が顔を近づけた。
「あとから後悔したって、時間は取り戻せないから、今できることをやることが大事だって思うよ、って」
「……え……」
それは。
後悔しないようにしていこう、という言葉のはずなのに。
後悔したものを取り戻せ、と言われているような気がした。
隼人は、私の時間が巻き戻ったことを知るはずもないのに。
「……」
空を見上げてばかりで痛くなった首を預けるように、私は隼人の肩に寄りかかった。
金色の粉が滲んで消えて、理由は分からないけど私の視界まで滲んできた。
ガキっぽい幼馴染だったくせに。
目が潤むのがばれないよう、目を閉じた。




