君の知らない時間(05)
---2008/09/19 17:22 (3)
夢だ。そうだ、俺があまり、千紘のことを後悔しているから、自分が高校生になって、一番楽しかった時のことを、こんなリアルな夢で見るのだ。そう思った。
だが、夢だと自覚したはずのこの、高校時代の風景は、消えていくことはなく、俺の前に存在し続けた。
むしろ、大学生の自分の方が夢だったようにさえ、感じられる。
「……。」
自分の前には、映らないプロジェクターが置いてある。覚えている。確か電源の接触不良で、直すのに随分手こずった覚えがある。
俺はプロジェクターの、パソコンと繋がっているコードのあたりを力を入れて手で押さえた。
一瞬、青い光が、走った。
「……」
コードを一旦外し、端子を確認する。端子が少し曲がり、うまくはまらなくなっていた。
「なー、誰かペンチ持ってない?」
俺は後ろで作業しているクラスメイトに声をかけた。
「え? ペンチ?」
「あ、いいや、そのハサミ貸して」
後ろで、星型の飾りを切り抜いていた一人から、ハサミを借りる。ハサミの刃で軽く挟むようにして、端子をつかんで曲げた。ちょっと叩くようにして微調整し、もう一度繋ぎなおす。電源を入れ直すと、プロジェクターが点いた。パソコンを操作すると、青い地球の映像が、スクリーンに映り、その場にいたみんなが喜んだ声をあげた。
「直ったのか?」
「やった、映った!」
大学でずっと機械いじりをしていたから、これくらいどうってことない。というか、原因が分かっているから、簡単だ。
「何が悪かったんだ?」
飯田が、プロジェクターを見ながら俺に聞いた。
「いや、端子の接触不良みたいだった」
答えつつ、俺は、自分の言っていることの意味を考えた。
(プロジェクターが映らなかった原因が、接触不良だったことを、俺は、知って……)
その時、教室の外から、人が入ってきた。
「直ったんだね」
入ってきた女子の一人がそう言った。その後ろにいたのは、千紘だった。
俺はあまりのことに声が出なかった。もう二度と会えないと思っていた千紘が、目の前にいる。千紘も高校生だった。
千紘がこちらを振り返った。その目がこっちを見る。
「……っ」
千紘は、死んだはずだった。俺の目の前で。
その記憶ははっきりと俺の中にあった。あれは間違いなく夢じゃない。だけど今、目の前にある現実も、夢ではなく現実だ。
俺は、過去に戻っていた。
---2008/09/19 19:42 (3)
プラネタリウムの準備は予定通り終わって、今日は解散になった。俺は、駅に向かう藤代たちを見送って、自転車置場に向かった。
門に置かれた、青雲祭の看板。何もかも見覚えがある。ここは、自分がいた高校時代だ。だが、自分の姿も、高校生になっているから、正確には、意識だけが過去に戻ったということだろうか。
とにかく、家に帰って、父さんと母さんに事情を話そう。信じてもらえるかどうか分からないが、これから起こる未来のことが分かっていることを証明して――。
証明して、それで、どうする?
俺はそもそも、どうやって過去に戻ったのか。それがまったく分からないのだ。
いや、そうじゃない。
今この時間には、千紘が生きている。時間が戻ったのだとすれば、あの事故が起きた事実を変えることができるのではないか?
可能なはずだ。俺はプラネタリウムのプロジェクターを直すことができた。確かあの時は、先生まで呼んで、遅くまでかかったはずだった。つまり、起こったことは変えることができるはずだ。
自転車置場で俺は、自分の自転車を探した。だが、いくら探しても見つからない。
「おかしいな……」
自分は結構遅刻ぎりぎりに来る方だった。なので、自転車置場の奥の方しか空いていなくて、いつも自転車置場は奥の方を使っていたはずだった。
暗い中自転車をしばらく探して、俺は勘違いに気付いた。
確か、俺は自転車を大学入学と同時に買い替えたのだ。それで、今の自転車と違う色になっていたから、見つけ出せなかった。確か、前の自転車は青色だったはずだ。改めて青い自転車を探すと、すぐ見つかった。鞄に入っていた鍵を差し込んだら合ったので、間違いない。
自転車に乗っていこうとしたら、千紘がこちらに来るのが見えた。
俺は何となく、出て行かずに様子を伺った。もし千紘に会ったら、俺はどうしたらいいか分からなかった。いや、どうなってしまうか分からなかった。
千紘はだが、自転車置場を何度も行ったり来たりして、自転車を探しているようだった。
何をしているんだろう、と思い、思い出す。そういえば千紘、あの時自転車を探していた。それで俺も一緒に探して、一緒に帰ることになって……。
衝撃が走った。
まさか。
俺は、自転車を押して、千紘のところに向かった。
「……大丈夫か?」
「は?」
千紘は、質問の意味が分からないようで、きょとんとした。
「自転車、探しているみたいだったから……」
「うん、まあ……」
「どういう自転車だっけ」
「赤いのなんだけど」
俺は頷いた。その自転車なら知っている。千紘がどの辺りに自転車を停めているかは分からないので、俺は奥の方から、一つ一つ自転車を探した。まだ校内に残っている生徒が多いのか、自転車もたくさんあり、数分かかって、やっと自転車が見つかる。
「……ありがとう」
千紘はそう言った。それに反射的に俺は返した。
「送ってくよ」
俺はあの時、何を言っただろう。
千紘は、何も言わず俺と一緒に歩き出した。
「なあ、千紘、どこの大学に行く?」
俺は、そう聞いた。
「はっきりとは、決めてないかな。隼人は?」
「松本学院大を目指してる」
「ふーん……」
千紘の言葉、一つ一つが、小さな欠片のように俺の心に降ってくる。その欠片が、パズルのピースのように俺の心の中に嵌っていく。もう聞けないと思っていた声、そして、あの時とまったく同じ、答え。
あの時、俺は緊張でほとんど話せなかった。
今の俺も、とても、胸が詰まって、言葉が出てこない。
千紘が、隣にいる。
歩いているうちに、俺と千紘の家への分かれ道まで着いた。
「じゃあ……」
千紘がそう言った。俺は、千紘を呼び止めた。
「待って、千紘」
「……なに?」
千紘の声は静かだった。
「俺、……」
この千紘は――俺がこう言った記憶を、持っていないけど。
「千紘のこと、好きだよ」
千紘は、俺を、見ていてくれた。
「……あ……ありがとう」
「……千紘」
名前を呼んだ。この後の言葉は、俺はあれから、何度も何度も思い出した。
「……驚いたけど……気持ちは嬉しい……よ」
「じゃあ、俺と、……付き合って、くれる?」
俺は、決して千紘にとって、いい彼氏じゃなかったけど。もし、やり直せるなら。
千紘はゆっくりと、間を置いて、答えてくれた。
「……いいよ。まあ、」
俺はもう、その言葉が嬉しくて、嬉しくて。
「千紘! ……良かった……ありがとう」
千紘は、目を丸くして驚いた。
「ちょ、ちょっと」
「俺、絶対に千紘のこと、一生守るから! 約束する!」
絶対に千紘のことは守る。あの事故からも――できるなら、その先も。もう二度と、あんな思いはしたくない。耐えられない。
「……はい?」
千紘は、俺の言葉に笑った。笑われて、それで、俺も自分が何を口走ったか、気付く。クサすぎるセリフで、しかもそれが本心だっていうのだから、始末に負えない。
俺も笑った。
笑ったのがいつ以来かは、そう、はっきりしている。




