君の知らない時間(03)
---2010/12/24 19:58 (2)
バイトが終わり次第、駅前のクリスマスツリーに走った。イルミネーションが点灯するツリーの周りは、人で混んでいて、なかなか千紘が見つからない。
やっと、一人ツリーを見上げている千紘を見つけて声をかけたが、千紘は少し不機嫌だった。寒い中、ずっと待たされていたので当然といえば当然だ。第一、冬に屋外で待ち合わせしたのがそもそも間違いだったかもしれない。
「遅い」
「本当、すみませんでした!」
バイトは前々からちゃんと予定を組んでいたのに、ケーキとチキンの販売でいつもより忙しくて、ずるずると上がりの時間が遅れてしまった。
「悪い、本当待たせちゃって……」
「……とにかく早くどっか入ろうよ」
「えーと」
千紘を怒らせてしまうポイントはもう一個ある。俺は、千紘の持っているデパートの紙袋を見ながら、やや視線を逸らしながら言った。
「今日は、千紘を待たせてしまったお詫びに、何でも好きなものをプレゼントします」
「……」
千紘は、ちょっと無言だった。単にクリスマスプレゼントを用意してないだけだということは、当然分かる。
もちろん、プレゼントの存在は忘れたわけではない。アクセサリーとか、色々考えた。ただ、何を選んでいいか分からないまま、ずるずる時間が経ってしまったのだ。
「何でも?」
「……何でも」
ふーん、と千紘は言って、俺を連れてさっさと歩いて行った。
それから千紘は、アクセサリー屋や、雑貨屋をいくつか見て回った。ただ、ショーケースを見ては、ちょっと迷って店を離れていくことの繰り返しだ。
「千紘、何か欲しいものとか……ないの?」
「んー……」
「……本当に、待たせたこともあるし、遠慮しなくていいんだけど」
「別にもう怒ってないよ。隼人だって、バイトだったなら仕方ないし」
千紘は、本当に怒っていないようだった。そう言ってもらえると助かるけど、ただ、罪悪感はある。
千紘は、本当に全然ワガママを言わない。俺は、彼女ができるのが初めてでよく分からないのだけど、もっと色々連れていけとか、買ってくれとか、言うものかと思っていた。
「本当さ、……気遣わないで、何でも言ってくれていいよ。その方が俺も、気にしなくていいから」
プレゼントに限った話ではなく、そう言った。
千紘は、ちょっと考えて、さっき一度来たアクセサリーショップに戻った。
「え? ここさっきの店じゃん」
「……じゃあ、これがいい」
そう言って指差したのは、小さな腕時計だった。白いベルトに、小さめの文字盤。シンプルだけど、可愛らしい時計だ。
「さっき見てたやつじゃないの」
「うん」
千紘は控えめに頷いた。俺はそれを見て、その値札を見て、内心、ああ、と思った。ちょっと高い。
それで遠慮したのか、と思う。もしかしたら、さっきから色々店を回っている時のも、俺に遠慮しながら探しているから、時間がかかっていたのだろうか。
そこに、店員が素早く寄ってくる。
「こちら、当店の冬の限定デザインなんですよ。普段はうちでは時計はお取扱いしてないんですけど」
「これがいいの?」
俺は何でもないという風に確認した。それで、じゃあこれをお願いしますと頼んだ。予算はオーバーしているが、見栄を張る。
「じゃあ、プレゼント用でよろしいですか」
「あ、お願いします」
千紘は、本当にいいの? という顔で俺を見たので、何でもないというポーズで肩を竦めた。
「いいからいいから」
……食事の前にATMに寄ろう。
まあ、貯金は結構ある。どうしてもバイクが買いたくて、一生懸命貯めているし。
遠慮しながらも、包みを受け取った千紘は嬉しそうだった。
「ありがとう。大事にするね」
そう言ってもらえたら、カッコつけた甲斐がある。
イルミネーションで飾られた通りを歩いた。田舎の駅前のイルミネーションのレベルはたかだか知れていたけれど、それでもまあまあ雰囲気はある。
安物のワインで酔って、彼女とクリスマスを過ごして、ちょっと舞い上がっていた俺は、横を歩いていた千紘の手を取って、自分のコートのポケットに入れた。
「わ、ちょ」
千紘が驚いた様子でこっちを見る。
「手、寒くない?」
「後から聞く?」
予想外に千紘が呆れた様子だったので、俺はむう、とコートの中で手を放した。
嫌がる様子じゃないけれど、何だか、まるで子供に手を繋がれた時のような反応で。俺はどこか――寂しくなった。
「……なあ、千紘」
「うん?」
「俺のこと、あんまり好きじゃない?」
千紘は、一瞬、立ち止まった。
「そんなことないよ」
「悪い」
最低にカッコ悪いな、と自分でも思った。こんなこと言うのも、酔ってるからかもしれない。
それから家まで、俺たちは黙ったまま帰った。最後に、俺が軽はずみなことをしたせいで、何だか台無しになってしまった。
いつもの道の分かれ道まで来た。そこで千紘は、ふう、と息をついた。
「ねえ隼人」
「……」
その声があまりに静かで冷たかったから、俺は一瞬、フラれるんじゃないかと思った。
「私のこと、好き?」
「……好きだよ」
前に、俺はここでそう言った。
「……私も、本当は隼人のことずっと好きだったのに」
後悔していたから、私はここにいるんだ。
千紘が何を言っているか、分からなかった。よく見たら千紘は、顔色こそ普通だったが、俺よりもずっと酔っているみたいだった。
「何、言って……」
「隼人、私のこと嫌いになってもいいから」
そう言って千紘が顔を抑えて崩れ落ちるのを、俺は慌てて抱きとめる。
「お願いだからバイクに乗らないで。約束して」
---2011/03/01 16:47 (2)
俺はサークルの作業場で、部員の誰かが持ち込んだバイク雑誌を眺めていた。
「今度の土日は、天気良さそうですよ」
「じゃあ、予定通り5日だな」
ジャッキで上げた車の下に潜り込んでいた新田先輩が、そう答える。俺がバイクを買ったので、天気が穏やかな日にツーリングに行ってみようということになった。
雑誌を眺めていると、やっぱり最新モデルが欲しくなる。とはいえ今の俺には、とても無理で、初めての愛車は、中古の古い型だ。
「先輩のって、このスズキのやつですよね、いいなあ」
「俺にしてみたら、後ろに乗ってくれる彼女が欲しいけどな……。なあ竹村、彼女に友達誘わせて、ツーリングに連れてこいよ」
そう言いながら、車の下から出てくる。
「あー、それ無理です」
「何で」
「……何か、俺がバイク乗るの、すごい嫌がるんですよね。何でなのか理由は分かんないんですけど」
だから、バイクを買ったことも、千紘には話していない。
「あ、それ分かる」
サークルの同期の大林が、スパナをぐるぐる回しながら言った。
「趣味と私とどっちが大事なのー、っていうか。僕の彼女もうるさいですよ。特にこういう、車いじりみたいな趣味って、自分が理解できない分、嫌なんじゃないですかね」
「そういうもんか?」
「そうっすよ。自分の知らない部分がちょっとでもあると、何か我慢できないみたいなんですよねー。たまに鬱陶しい時ありますよ」
「贅沢言うんじゃねえ」
新田先輩はそう言って大林をドライバーでつついた。
(趣味にかまけて、彼女のことを大事にしてない、か……)
千紘の言っていることは、そういうことなのだろうか。確かに、藤代にももっと彼女と一緒に居ろと再三言われているし、サークルや、バイトにかけている時間が長いのは確かだ。バイトも、第一の理由がバイクの購入資金を貯めるためなので、趣味のためといえば趣味のためだし。
だけど、それとは、何か違うような気がした。
だが、俺はその理由を、深く考えなかった。
---2011/03/05 09:59 (2)
真っ赤な血が、アスファルトに広がっていく。投げ出された千紘の顔は、驚くほど白い。
「だめだ、千紘!」
死んじゃ、だめだ。
俺は何もできず、千紘の横に崩れ落ちて。血が流れた唇が小さく動いて、息が漏れるような掠れた声は、俺の耳にだけ届いた。
「ばい…く、のらない……で……」
「え?」
俺が千紘の言葉に耳を疑った。なぜ、今、そんなことを。
それだけ言って、千紘の体から、ふっ、と力が抜ける。その表情は、笑っているように見えた。
俺の中から、一切の音が消えた。救急車が近付いていることに、俺は気付かなかった。
救急隊員が、力の抜けた俺を千紘から引きはがして、担架に乗せて運びこんでいく。低く唸るようなサイレンが、遠ざかっていくに連れて、俺はようやく、自分が何をしようとしていたのかを思い出した。
自分の家の前に、倒れたバイクが転がっていた。
(お願いだからバイクに乗らないで。約束して)
千紘の声が――蘇る。
「うわあああああああ」
叫んでも、叫んでも――目の前には、割れたガラスと、赤い血の染みだけが目に焼き付いた。




