貴方の知らない時間(01)
「大丈夫だよ」
これからは時間は、前に進むから。
そして私はその時間を、零さないよう抱きしめていくのだ。
---2015/12/30 19:35 (1)
私が少し遅れてお店に入ると、同窓会はすでに盛り上がっていて、高校のクラスメイトたちが楽しそうに話していた。
「あ、千紘!」
入口近くに座っていた美香が私を見つけて、声をかけた。不思議なもので、お互いすっかり社会人になっているのに、女子高生のようなテンションになれてしまう。
「久しぶりー! 元気だった?」
空瓶を下げていた店員に酎ハイを頼んで、私も席についた。
「ごめんごめん、電車が遅れちゃって」
「何かあったの?」
「うん、雪の影響で」
「千紘が東京に行ってから、全然会ってないから、本当に久しぶりだよねー」
高校の時のクラスは、本当に仲が良かった。卒業してからも何度か同窓会の連絡は来ていたけど、大学進学で上京して以来、ずっと東京にいた私は、なかなか参加する機会がなかった。今回は年末に開催されて、私の数年ぶりの帰省と重なったから、参加することにした。
正直、実家に帰るのは気が重かったのだが、さすがに、仕事でしばらく海外に行くとなれば、両親に話しておかないわけにはいかない。
そんな気分を振り払うように、ジョッキで周りの皆と乾杯した。私にとって、高校のクラスメイトとお酒を飲むのは初めてだ。
「熊谷さんがバリバリのキャリアウーマンになったって本当なの?」
「そんなんじゃないよ」
そう言って笑ったけど、美香がつつく。
「またまたー。あーん、私も千紘みたいな旦那様が欲しいー」
じゃれる美香に、みんなが笑った。私は店を見渡した。
「みんな、結構来てるね」
「うん、今回は参加率いいねー。あ、でもやっぱ由美は来れなかったみたい」
「結婚したんだっけ」
「あとは……竹村くんも来てないねー」
その名前を聞いた途端、少しどきりとした。隼人が来ていないと聞いて、安心したような自分がいることに驚く。
ところが、美香がそれを言った途端、周りが少し、気まずい雰囲気になった。
「……ああ、……森野、知らなかったのか」
急に水を差されたように空気が冷える。藤代くんが、ビールを置いて、溜息をついた。
「……あいつ、亡くなったんだよ」
「え? 何で?」
美香が驚いて、私に聞き返す。だけど、私も初めて聞いた。
「バイクの事故だったって。タケの奴、ツーリングが趣味って言ってた……だから、それで」
「そんな……」
美香が口を押さえた。
私は。
私は、何も言えないでいた。
---2008/09/19 15:42 (2)
遠くから、ざわざわとした音が聞こえてくる。何だろう、と目を開けたら、私は、学校の廊下に立っていた。
「……え?」
自分の見ているものが分からなかった。
ここは、何?
「千紘! 暗幕あったー?」
名前を呼ばれて反射的に振り向くと、美香がこちらに向かってきていた。昨日、同窓会で久しぶりに会ったばかりの美香。だけど、そこにいたのは、制服を着た、高校生の美香だった。
「え……あ……うん」
そう答えて、自分が荷物を持っていたこと、持っていた荷物が暗幕だったことに気付く。分厚い布は結構重く、気付いた瞬間に取り落としそうになる。
「あ、重そうだね。まだあるよね?」
「え、うん……」
分からないけれど、頷いた。
「じゃあ、私が残り持ってくるね」
「え、待って」
美香は私の声を聞かず、廊下を走って行った。そして、物理実験室と書かれた部屋に、入っていく。
「……え……」
私は呆然とした。
この場所を知っているし、私はこの風景を見たことがある。ここは、私が通っていた高校、そのものだ。
廊下には、段ボールやガムテープを持った生徒がたくさん行き来していて、普段とは違った雰囲気で飾り付けられている。
窓から、体育館前に立てかけてある看板が見えた。『2008・青雲祭』と書いてある。私の高校の、学園祭の名前だ。
ここは、学園祭前日で。
窓ガラスに映る私も、高校生だった。
暗幕を持って教室に戻っている間に、段々と遠い記憶がよみがえってくる。
高校三年生、最後の学園祭に、私達のクラスはプラネタリウムを作った。最初はお化け屋敷の予定だったのだけど、他のクラスも似たような企画をやることが分かった。それに、自分たち自身が、お化け屋敷というのも発想が単純でつまらない、と思っていたのだ。そこでクラス全員で話し合い、今から方向転換できて、なおかつ別のクラスと被らなさそうなもの――ということで、プラネタリウムとなった。
「プラネタリウムというよりは、スター・ツアーズだよね」
地学部で、こちらは本格的なプラネタリウムを準備している由美はそう言っていた。
暗幕で暗くした教室の中を、お客さんに歩いてもらう。お化け屋敷と違うのは、イルミネーション用のライトを使って、星空の中を再現したというところだ。それだけだと宇宙にならないので、スクリーンに宇宙の映像を流したりもした。
色々ハプニングもあったけど、楽しくて、懐かしい思い出だ。
私は何故か、その思い出の中にいる。夢を見ているようで、夢よりずっと意識ははっきりしている。
一体どうなっているんだろう。
教室のドアを開けると、男子がパソコンの周りに集まっていた。
「どうすんだよ、これ」
「分かんない」
「壊れた?」
男子たちは、パソコンと、プロジェクターをかわるがわる見ていた。その中心で画面を見ていた隼人が――隼人が、こっちを見た。
「……とにかく、みんなで集まってても仕方ないぜ、暗幕も来たし、やれる準備を進めよう、俺、これ見とくから」
「じゃあ、タケ、頼んだわ」
夢かどうか、分からないけれど、私は――七年ぶりに、隼人の顔を見た。
---2008/09/19 18:32 (1)
私が教室の飾りを作っている間、隼人はプロジェクターをいつまでもいじっていたので、ちょっと手を止めて、声をかけてみた。
「まだ直らないんだ?」
「パソコンの方は何も問題ないんだ、別の映写機につないだらちゃんと映ったから」
「そっか……」
「千紘の方は準備、終わってんの?」
「もう少し」
私が隼人と話していると、飯田くんがふざけて話し掛けてきた。
「おいタケ、いちゃついてないで早くやれよ」
「バーカ」
隼人がそう言いかえして、プロジェクターに向き直る。私も教室の外の飾り付けに戻ると、すかさず美香が話しかけてくる。
「ねえ、千紘って、本当に竹村くんと付き合ってないの?」
「違うよ、昔から学校とか一緒だっただけ」
「幼馴染ってやつでしょー、すごいねえ」
美香が笑いながら、星型の飾りを壁に貼り付けていく。
私と隼人は、幼稚園の時から一緒だった。親同士の仲が良かったし、小さい時は、隼人の弟も交ざって、よく一緒に遊んでいた。家が近かったから、小学校、中学校と一緒だったのは当然として、まさか高校まで一緒だったのには驚いたけれど。
「竹村くん、一人でずっとプロジェクター直してるけど、大丈夫なのかなあ」
由美は、心配そうに言った。
「私たちも、早くやろ。下校時間まであんまり時間ないよ」
「うん」
明日までにちゃんと、プラネタリウムが完成するかどうか、心配になってきた。一人でカッコつけてないで、誰か詳しい人とか呼べばいいじゃん、と私は隼人の後ろ姿を見ながら思った。
---2008/09/19 17:48 (3)
教室の外で、壁に飾り付けをしていた私達は、教室の中でわっと歓声があがったので、中の様子を見た。
「映った!」
スクリーンに、青い地球が大きく映し出されている。宇宙空間を、ゆっくりと回転している。
「直ったんだね」
由美がそう言うと、男子が頷いた。
「何か接触不良だったらしいぜ」
隼人は、ちょっと肩を竦めた。「明日明後日、もてばいいけど」
私はへえ、と思った。思ってたよりあっさりと直ったらしい。確かぎりぎりまで、苦労して直していたような覚えもあるが……。
私はしばらく、スクリーンの火星を見ていた。そうだ、懐かしい。この映像、パソコン得意な人が編集したんだっけ。
私達のクラスはこうして、他のクラスにない企画を出して、学園祭は大成功だった。お化け屋敷よりも、小さい子供も楽しんで入れるということで、すごくたくさんのお客さんが来てくれた。随分前のことなのに、よく覚えている。
タイムスリップ、というより、やっぱり、高校時代の夢を見ているようだ。だって、ここにいる自分も高校生なのだから。
それでいて、私には、記憶がある。この先七年分の未来に起こることの記憶が――確かに。それだけが、私にとって、私が未来から過去に来たことの証明だった。
ふと、視線を感じて、振り返った。
隼人が私を見ていた。私と目が合ったのに視線を逸らすこともなく、不思議な目で、こっちを見ていた。
(……そうだ、この後……)
七年間、私が隼人を避けていた理由。
隼人はこの日、私に告白したのだ。




