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短編

コタツの冒険

作者: 牧田紗矢乃

 ボクは、初めて一人で旅に出た。風がぐいぐい背中を押してくれて、ボクはどんどん加速する。

 雲のトンネルの隙間から、下の世界が見えた。


「うわぁ……、これが海かぁ」


 思わず声がもれた。どこまでも青い色が広がっている。空の水色よりも、もっともっと深く透き通るような青色だ。

 お父さんは危険だって言っていたけど、ぜんぜん怖いところなんかじゃなかった。きっと、一人じめしたいからってボクにいじわるを言ったんだ。


「もう、ずるいなぁ」


 ひとり言も、青い空に吸い込まれるみたいだ。

 ボク、かくれんぼなら得意なんだよ。雲の中をすいすい進んで、後ろからワッ! っておどかすの。友達はみんな気付かなくって、ビックリして飛び上っちゃうんだ。

 そうすると小さな竜巻ができるから、それがどこまで走るかでみんなで競争もするんだ。ボクはいっつもビリだけど、お父さんが「得意なものはひとつあればいいんだよ」って言ってたから、ボクはかくれんぼで一番になるんだ。


 それにしても、海って広いなぁ。ボクたちの学校より、何倍も大きいんだ。

 それに、ときどきキラッと光って魚が飛んで、すっごく面白い。ボクも、ちょっとだけ。

 ザブン、と大きな水しぶきがあがった。海の水が雲まで届きそうなくらい高く飛んで、代わりにボクはぐんぐん沈んだ。


 目を開けるとちょっと痛かったけど、大きな魚も小さな魚も、いろいろいた。青だったり、緑だったり、キラキラ光ってたり、星よりもカラフルできれいだ。

 周りが真っ暗になって、ビックリして上を見た。大きな魚が、ボクの上をゆっくりと通り過ぎるところだった。ボクよりもずっとずっと大きくて、でも、お父さんよりは小さい魚だった。

 真っ白なお腹が通り過ぎると、すぐに周りが明るくなった。ちらっと見えた口は体と一緒でとても大きかった。ボクなんて一口で飲み込んじゃいそうなくらいだ。


 だんだん息が苦しくなってきたから、急いで雲に戻った。水もボクにくっついてきて、小さな竜巻ができた。けど、すぐにしぼんで海に戻って消えちゃった。

 さっきの大きな魚が、お別れのあいさつに海の水をボクに向かってふき上げてくれた。




 さて、今度はどっちへ行ってみようかな。海は広くて楽しいけど、だんだん飽きてきちゃった。ずっとずっと青一色なんだもん。

 ……あ、夕日が沈む。太陽が海に落ちて、赤い色が溶け出したみたいだ。海の色があったかそうだったから、ちょっとだけ水に触ってみた。

 水は、さっきより冷たくなっている気がした。


 今夜の寝床は、あの大きな雲にしよう。とってもふかふかで、ゆっくり眠れそうだ。

 ボクはお兄ちゃんだから、おねしょだってしないよ? ……たぶん、ね。




 目が覚めたら、雲のお布団からは雨の雫がポタポタ落ちていた。やっぱり、おねしょしちゃったみたい。

 お母さんが知ったら怒るかな?


 でも、こんなに雨が降っているのに、どうして海はあふれないんだろう。家に帰ったら、お父さんに聞いてみようかな。

 雲のお布団は、役目を終えてちぎれて溶けていった。最後のひとしずくを見送って、ボクは冒険の続きを始める。


 朝の太陽に照らされた海は、キラキラ輝いていた。

 青い海の中に、ぽつんと緑の塊がある。ようやっと島が見えたんだ! よーし、行ってみよう!

 新しくできたばかりの雲の中にもぐって、ボクは空を翔けた。でも、あまりにも急いで飛んだから、つい通り過ぎちゃったんだ。


 あちゃー。島にあった木が何本か吹き飛ばされてる。

 ひっくり返った木は、緑から茶色に変わっていた。

 海のしょっぱい匂いもいいけど、森の匂いも好きだな。おしりの方に顔をむけると、まだかすかに森の匂いが残っている。でも、遠くにもっと大きな島が見えたんだ。


 よし、そっちの方に行ってみよう。




 今度のは緑もいっぱいあるけれど、赤とか青とか黒とか、いろんな色も見えたんだ。きっと、これが「おうち」ってやつなんだと思う。

 お父さんが人間のおうちはとってもカラフルで面白いって言ってたけど、本当だね。木でできているおうちもあれば、石で作ったみたいに灰色の家もある。

 雲の中のボクのおうちとは大違いだ。ボクにはちょっと狭いけど、入ってみたいなぁ。


 雨でぬれた屋根がキラキラ光って、とってもきれいだ。なんだか草や木も生き生きとしてるみたい。

 ボクが通る道は、前にある雲のせいでいっつも濡れている。今まではそれが嫌だった。けど、こういうきれいな景色を見ると、これもいいなぁって思う。




 ずーっとずーっと下の方で、小さな点が動いていた。よく見てみると、お花の模様だったり、チェック柄だったり、いろんなものがある。

 きっと、あれが傘なんだ。傘は人間が雨から自分を守るための道具なんだよ、ってお母さんが言ってた。

 ってことは、人間は濡れたらダメな生き物なのかな? でも、海とか川で遊ぶっていう話も聞いたことがあるんだよなぁ。

 んー、よくわかんないや。


 フーッと息を吹きかけるイタズラをしたら、傘は簡単に壊れて飛んで行った。あんなに弱いなんて考えてなかったから、ボクの方がびっくりしちゃった。

 お父さんにばれたら怒られる!

 ボクは急いで逃げ出した。




 大きな島にたどり着いて、その端っこを探すためにどんどんどんどん進んでいった。

 途中で、すっごく大きくてきれいな山があった。周りには森もあって、ふわっと木のいい匂いがしたんだ。これが富士山なのかな? ボクもあれくらい大きくなりたいなぁ。


 おっ! 次は細長いのがふたっつ。赤いのが東京タワーで、もう一つの方がスカイツリーっていうんだよね。スカイツリーって、できたばっかりなんだっけ。

 お母さんが近所のおばさんたちとおしゃべりしてるの、聞いたんだよ。

 でも、あんなに細いと風が吹いたら倒れちゃうんじゃないかな?


 さっきの傘で反省したから、もうイタズラはしないけどね。ゆっくり通らないと、竜巻が吹き飛ばしちゃうかも。

 他にも、いっぱい建物があった。今まで見てきた街とは、ぜんぜん違うの。細くて高い建物がぎゅーっと集まってて、針の山みたい。


 東京って、すごいところなんだ。




 それにしても長いなぁ。この島はどこまで続くんだろう。どこまで行っても端っこが見えないや。

 今日もまた、太陽が海に沈んでいく。ゆっくりと海がオレンジ色になって、建物もオレンジ色になる。それから、ぽつぽつとあったかい色の光があふれだした。


 こんな光、海を見ていた時にはなかった。すごいすごい!

 触ってみたいけど、ボクが行ったら壊れちゃうよね。だんだん寒くなってきたし、そろそろ帰ろうかな。




「ただいまー。お父さん、あのね、今日はニホンって国を見てきたんだよ」

「一人で遠くへ行っちゃダメだって言ったのを忘れたのかい?」

「忘れてないよ。すっごく近かったもん。雲の中をびゅーんって飛んでいたら、すぐだったよ」


 胸を張って言ったら、お父さんは困った顔で笑っていた。

 そこに、お母さんもやってきた。すごく怒ってる。周りに雷がバチバチ鳴ってるから、すぐわかるんだ。


「お泊りはやめなさいって言ったでしょう」

「……ごめんなさい」


 まあまあ、ってお父さんがお母さんを止めてくれた。


「それで、日本はどうだった? 楽しかったかい?」

「うん! とっても綺麗だったし、とっても楽しかったんだ。僕も早く大きくなって、お父さんみたいに世界中を回る竜になりたいな」

「そうか。お前は好奇心がたっぷりだから、きっと立派な竜になって世界旅行ができるよ」


 子辰こたつのままじゃ、遠出もできないもんね!




“南の海上で発生し、激しい暴風雨を伴い北上していた小型台風十二号は、岩手県沖で突如消滅しました。列島を直撃したこの台風は、全国各地に大きな爪痕を残しました。今後の農産物収穫にも、多大な影響を与えるものと見られています。それでは、中継を繋いでみましょう――”

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― 新着の感想 ―
[良い点] この現象(?)を題材とした童話というのはかなり珍しくて面白かったです。童話らしく、話し言葉を主体とした文章構成もよかったと思いました。 [気になる点] 特にありません。
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