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厄年

作者: 糸川草一郎

 それは家の者が〈こえ〉と呼ぶ、「納屋」の中にあった。それは牛小屋だった。昼下がりの呆けたような明るさの中、その牛小屋で、何とも長々と牡牛が啼いている夢を見た。

 その声は何だかぼやけて聞こえた。けれども夢であるという感覚はまるでなかった。牛の貌は何かを訴えかけているようでもあった。瞼を開けてはいるが白眼しか見えなかった。牛は啼きながらぼろぼろとその白い眼から涙を流していた。

 牛小屋の臭いは何とも言いようのない糞尿と藁の香ばしい臭いとが一体化して、呻きたくなるようだった。それらは発酵した臭気であって、むせ返るようであった。午後にしては寒々としていて、傍らに木槿が咲いていたけれど、季節は暖かな秋にはとても感じられず、鳥肌が立つようにぞっとする真冬の陽気だった。

 〈こえ〉全体はなぜかぎしぎしと自から軋む音を立てて揺れていた。私はそれを何やら怪物の前に立たされているような凄みとして感じ、得体の知れない恐怖感ばかりがあおられた。〈こえ〉の前にいるだけで気味が悪くなっていたけれど、脚はどういうわけか地面に張り付いたまま動きが取れなかったし、ものを言おうにも口を利くことも、叫び声を発することも出来なかった。


 いま語ったのは夢の話であったが、今から語る話は夢ではない。実際に我が家にあった実話である。


 その出来事の正確な年代は忘れたが、かなり昔の話で私も若かったのは確かである。傍らには夢と同じく木槿がぽっかりと咲いていた。咲き乱れていたと言った方がいい。

 前述の夢にもあったように、その牛小屋は〈こえ〉の中にあった。ちなみに、夢に出てきた牛は前年にすべて処分してこの頃はもう一頭も家にいなかったが、牛小屋は残っていた。私は何かと言うと今記したような異様にリアルな牛の夢を見た。

 高校を辞めてから、私は家に閉じこもってただ毎日をぼんやりと過ごしていた。家族はもう働けとも何とも言わなくなっていた。どうしてこういうことになったのか。それを筋道立てて話すことは今でも私には出来ない。精神を病んでいたことは明らかだが、何故病んでしまったかの理由を説明することも原因を究明することも出来ない。何故ならそれが私の病気であるからだ。両親は世間体を気にして私を精神科には行かせなかった。両親とそのほかの家族―つまり祖父と姉と妹―はみな私をひどく憎んでいた。いわば一家の「腫れもの」的存在であった。

 普段はおとなしかったけれど、時々私はひどく逆上した。何故逆上したか、その原因、理由をいちいち思い出すことはもはや出来ない。家庭内暴力は日常茶飯事。家族を殴ることはほとんどなかったが、やっていることは犯罪で言えば「器物破損」にあたるものであって、身体を鍛えるために父に買ってもらった木刀が、破壊のための道具に豹変した。現在でも生家にその名残が残っているが、例えば窓ガラス。かつては統一されたデザインの絵模様の浅浮き彫りのようなガラスがサッシに嵌められていたけれど、現在ではそのほとんどが不揃いの半透明のガラスに変わっている。室内も同様でまともな障子はほとんどなく、桟の破壊された障子にそのまま障子紙が貼られている。それを見るたび家族の憎悪は補強され、揺るぎないものになってゆくようだった。まかり間違えば一触即発の空気になることもしばしばであった。家の中は殺伐としてとても人間が健全に暮らす環境とは言えなかった。

 両親が宗教にはまり出したのはその頃である。我が家には龍が棲んでいるとか言い出す先生を連れてきたり、家の庭に清酒を撒いて、大祈祷会を催したりした。

 私は当時〈こえ〉の二階の、かつて叔父たちが住まっていた部屋に寝起きしていた。部屋では仔猫を四匹飼っていて、よく私に懐いていた。餌はすべて私がやっていたし、寝起きの間もいつも一緒だった。

 ある夏の終りの夕方のことである。家族で山梨の○○宗の道場へ勉強に行って帰ってくると、家のお勝手口のところで、四匹のうちの一匹である雌のトラ斑猫が泡を吹いて死んでいた。死後大分経っていたらしく、すでに冷たくなっていた。何故死んだのか原因を解明しようとしたが、何らかの毒物を口にしたのは判ったけれど、何を食べたのかは結局判らなかった。

 翌々日、今度は父が夜、寝室でお腹を抱えて、夜中にのたうつように苦しみだした。静岡の病院に緊急入院することになったが、診断の結果腎臓に石がたまっていることが判った。手術をすることになったけれど、その手術の当日、家で飼っていた紀州犬が突然泡を吹いて倒れた。変な格好でもだえながらひどく苦しんでいた。母と私とで看病したが、母が「この犬はお父さんの身代わりとなって死ぬ」と言ったので、獣医には連れて行かなかった。母がそう言うなら犬など死んでしまえばいい。犬は全身を痙攣させて一時間後に死んだ。その場にいた叔父にずいぶん非難されたが、敢えて黙殺した。


 我が家に一頭の巨大な虎が出没するようになったのは、その翌日以降のことである。牛小屋から虎が出てくると言い出したのは母であって、しかも母だけでなく家の者みんなが目撃した。私が見たのは、〈こえ〉の中の車庫として使っている一階の広い土間にいた虎であって、そこには耕耘機や脱穀機も置かれていたが、その土間の中央の車を停めるべき場所に、いつもあったはずの父の車が無くなっていた。かの虎は〈こえ〉の土間に広々と寝そべり、ごうごうと地鳴りのような鼾をかいて寝ていた。私は慌てて〈こえ〉の二階に逃げ込んだが、階段を上られる恐れがあったので、階段室の入口の引き戸にそっとつっかい棒をして、虎が入って来られないようにした。

 虎は外を出歩いている様子はなく、もっぱら〈こえ〉の中で寝起きしているだけであったので、家族が襲われないようにするには、どうしたらいいか、入院中の父を除く家族全員で考えたが、やはり警察に通報しようということになったけれど、その時になって虎は家の守り神だという夢のお告げがあったと母が言い出した。侃々諤々(かんかんがくがく)たる議論の末、結局母の意見に従って通報は諦め、代りに虎が寝ている時間帯に〈こえ〉の土間の処へそっと、肉屋で買った豚肉の塊を一日三回に分けて置いておくことにした。やはり虎だけあって、母が無理をして買ってきた五㎏もの豚の肉塊が数分目を離したすきに綺麗に消えて無くなっていたのには戦慄を覚えた。母は一塊数千円もする肉塊を日に三つも買わねばならないことを愚痴にはしなかった。これも父のためと思っていたのかもしれない。ところで父の車だけれど、盗まれたのだろうが、警察に届け出るとまた虎が厄介なので、届け出なかった。

 困るのは来客のある時であって、どうその場を取り繕ったらいいか思案に暮れたが、客の来る時、虎は気配で判るらしく牛小屋に隠れていたようであって、牛小屋は〈こえ〉の奥まった角の、普段人の目につかない場所にあったから、来客に気づかれることもなかったのは不幸中の幸いであった。

 不思議なのは虎が昼も夜も吠えなかったことで、様子を見に行くと、その野性的な眼で睨みつけられることはあったけれど、そんな時は一瞬たじろいだが、大概は低い鼾をかいて寝ていることが多く、寝ている時だけは襲われる心配もないので、家族でこっそりと食事をし、虎の気に障らぬようにTVの音も控えめにし、夜は息をひそめて眠りについた。

 警察に通報しなかったのは、警察から折り返し電話のかかってくるのを恐れたためもあって、当時の甲高い電話のベルの音は、虎の気に障るに違いなく、せっかく眠っている虎を起こさぬようにと、接続コードを抜いておいたほどであった。電話を下さった方は当然不審がったが、「ああその時はずっと電話工事の人が来ていて、不通だったんですよ」などと適当に理由を見つくろって上手くはぐらかした。近所の人に内緒にしていたのも、必要以上に騒ぎになるのを恐れたためである。

 どうしても電話をつなぐ必要がある時は、家の戸やドアをすべて閉め切り、掛け布団を三重に電話機へかぶせた。

 猫は虎の出没後どうしていたかというと、こんな事態になっても虎のいる〈こえ〉の土間で遊んでいた。虎はそんな時も寝そべっていたが、猫がふざけていたところで怒り出すことはなかった。猫の昼寝の時間は虎も昼寝をしていたので、猫たちは虎の腹のあたりに寝そべり、かたまって寝ていた。虎はまるで猫の親のようなところがあった。

 父の腎臓の手術は無事成功したが、執刀医によれば、腎臓内に二十数個の石が詰まっていたという。尿路にも石が出ていたということなので、転げまわるような痛みは、そのためだったのだろう。ただならぬ病状であったことは確かで、背中から腹部までの胴の半分を切った傷が癒えるまで一、二週間様子を見て、その後退院許可が下りたので、家に帰って来られることになった。

 叔父の車に乗せられて帰って来た父にも、家から少し離れたところで降りてもらった。父は妙に思ったようだが、「○○宗の松島先生が言ったんだけど、家の者以外の他人が結界に這入る時は気をつけてと言われているのよ」などと母が言い、家族で口裏を合わせて上手くはぐらかした。しかしそれでもこれはいずれ話さねばならない問題ではあった。虎のことをどう説明すべきか、それは家族で悩んだことだが、いざ父を引き取って家に帰ってみると、何故か虎は〈こえ〉から忽然と消え失せていた。どういうことか意味が判らない。その時になって虎がいたことを警察に届け出たけれど、まったくとりあってもらえなかった。一応警官も状況検分にやってきたが、虎がいたという物的証拠が何一つないことに、家族一同愕然とした。体毛が残っていたが、すべて猫の毛であった。それだけでなく虎に肉をやった件の大皿まで消滅していたのである。父にも虎のことは話したが、実際に〈こえ〉に虎がいない以上、虎の存在を証明するものは、何一つなかった。父は夢でも見ていたんだろうと馬鹿にしたが、家族がそろって同じ夢や幻覚を見る、などということがあるだろうか。

 そして父の車は盗難届をその時になって出したが結局見つからなかった。父と警察からは散々嫌味を言われたが、仕方がない。

 信ずる、信じないは勝手だが、虎は間違いなく存在していた。そのように私は同じ主張を繰り返したけれど、虎のことに拘泥したためもあってか、それとも日頃からの異常な行動を見咎められたのか、統合失調症を疑われ、精神科に入院することとなった。入院中牛の夢をまた繰り返し見た。以前と違うのは、夢の中に虎が登場することであって、二頭は〈こえ〉の土間に仲良く寝そべっていた。その後も虎の存在を証明する物的証拠を考えたけれど、証拠と言える物は、肉屋から肉塊を買った時の、そのレシートぐらいであって、見舞に来た母に尋ねてみたものの、そんなもの、とうの昔に捨ててしまったと言う。

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