秘密を知ったものの末路
今日はよく殴られる日だなと正太朗はもうろうとする意識の中で思った。
正太朗は移動サーカスのような巨大テント型の施設の中に連れ込まれていた。その中には見たことのない形状の戦闘機に似た何かの残骸がそこにはあった。おそらくUFO墜落現場とやらなのだろう。
その施設の端につれていかれた正太朗はイスにくくりつけられ、目隠しをされた上でただただ殴られた。相手からの言葉はない。ひたすらに拳だけが飛んできた。顔はすでに醜く腫れ上がり、歯も何本も折れている。
正太朗は今は殴られていなかった。30秒ごとに殴られているからだ。今はそのインターバルだった。目隠しをされているため、どこを痛みつけられるか分からない。その恐怖は想像を絶した。
そういえば、美咲は嘘をついていたな。正太朗はぼんやりと考える。手加減をしたといっていたが、美咲のボディブローはここで食らわされたものと大差なかった。帰ったら文句をいってやらないと……。そんなどうでもいいことを考えることで正太朗は恐怖と戦う。
足音が近づいてきた。思わず正太朗は体を震えさせた。だが、拳は飛んでこなかった。規則正しく行われていた暴力がやんだ。なにかがあったようだ。正太朗は状況をさぐろうと耳をすませた。
「どうだ、吐いたか」
正太朗を連行した男の声が聞こえた。男は尋問の現場には立ち会わずさっさと残骸の方に向かっていったのだ。その男が様子をうかがいに戻ってきたようだった。
「いいえ」
「なにを手間取っている」
「申し訳ありません」
男の声には明らかに苛立ちが含まれていた。すぐに吐くと思っていたのだろう。ざまあみろと正太朗は思った。
正太朗が情報をいまだに吐いていないのには理由がある。
意志利用型記憶防壁。
さくらが施したオーバーテクノロジーだ。このテクノロジーは意志によってのみ記憶の引き出しを可能にするという技術だ。使用者、つまりは正太朗が渡そうと思わない限りは記憶に関して正太朗自身でさえもアクセスできない。知らないものを相手に話すことなど不可能だ。だから、正太朗自身いくら聞かれようとも答えられないのだ。
もちろん、このテクノロジーにも弱点はある。というよりもこのテクノロジーは本来は欠陥しかない。相手に渡してもいいと思ってしまった瞬間にその記憶にアクセス可能になってしまう。つまりは精神力次第なのだ。
逆にいえば絶対に相手に渡さないという意志さえあれば最強の盾になる。そして、正太朗は圧倒的な精神力でそれをなしていた。
正太朗は自分にいい聞かせる。
大丈夫、俺は耐えられる。いや、耐えられなくもいい。痛みを前に無様に泣け叫ぼうがなにをしようがようはコイツらにだけは絶対に渡さないと思い続けられればいいだけなのだ。さくらの技術は完璧だ。心さえ折れなければ絶対に俺の口から情報が漏れることはない。さくらのくれた、この武器がある限り俺は負けない!
言い聞かせることで戦っていた。少しでも気が緩めば心が折れてしまう。すでにぎりぎりなのだ。こんな非道な連中に世界を好きにさせたりしない。その思いだけで必死に折れそうになる心に喝を与え続けていた。
「このまま続けても効果は薄そうだな」
男はここで一拍おいた。正太朗になにかを聞かせようとしているのだ。絶対に教えないと改めて決意する。そこに男の悪魔のような言葉が突き刺さった。
「指を切り落とせ」
いま、なんて?
動揺した。してしまった。ダメだと自分に言い聞かせる。俺は渡さない。俺は絶対に渡さない。渡すわけにはいかないのだ。下手をすれば自分や自分が知り合ったものたちもいなかったことになってしまう。すべての人が積み上げてきたものが壊されてしまう。そんなことには絶対にさせない!
自分を鼓舞する。鼓舞し続ける。今にも折れそうな心を必死にごまかし続ける。
「素人相手に無理をすればショック死のおそれが」
「死んでも『創出の魔女』がいる。ああ、そうか。あれから情報を引き出せればこいつは無駄死にということになるのか」
無駄死に。
その言葉が正太朗を再び揺さぶった。
動揺するな。こいつはただ俺の心を揺さぶっているだけだ。そう、それだけなのだ……。
そうだと分かっていても動揺を隠すことはできなかった。
「そうだった。『創出の魔女』といえば、さきほど捕らえたという連絡が入った」
「おめでとうございます」
「情報を引き出すのも時間の問題だろうな。捕らえてしまえば、こちらにはあの魔女自身が作った情報を引き出すためのオーパーツがある。自分の技術で自分の技術を破られるとは憐れな女だ」
気がつけば体が震えていた。さくらから情報を引き出すなど不可能だ。
分かっているはずなのに。なぜ自分の体は震えるのか?
弱気になるな。さくらは関係ない。自分にできることをやるしかないのだ。渡さないという意志を決して消さないことだけが重要だ。奴の言葉に耳を貸すな。
祈るように自分に言い聞かせた。
「ここから先は私がやろう。お前は『創出の魔女』のようすを見てこい」
「了解しました」
足音が遠ざかっていく。小さくなる足音を背景に近づく足音が聞こえた。その音は大きくなり目の前で消えた。目の辺りに感じていた圧迫感がなくなる。反射的に目を開けると悪魔の顔が見えた。
「話す気になったか?」
「誰が話すか」
「一歩前進だな」
「なんのことだ?」
「今まで一度も口を開かなかっただろう?」
今度は口を固く閉ざし、睨みつけた。男は余裕の表情を浮かべていた。悔しさに奥歯を噛みしめると折れた歯がひどく痛み、顔をしかめる。
「強情なやつだ。『創出の魔女』は捕まった。もはや、お前が話そうと話すまいと同じことだ」
それは嘘だ。本当に捕まったのなら正太朗のことなどさっさと殺してしまえばいい。正太朗からいまだに情報を得ようとしている時点ではったりだといっているようなものだ。
「すぐに殺さなかったから『創出の魔女』が捕まっていないとでも思ったか? 残念ながら『創出の魔女』が捕まったのは事実だ」
男が正太朗の反応を確かめる。脳を空にして反応しないようにした。次の瞬間、腹を殴られた。心の準備をしていなかったため苦痛が漏れた。
「二歩前進だな。痛みに声も上げていなかったのだろう」
誰がお前などに屈するものか! 全身全霊を込めて睨みつける。男はそれを無視するという行動であざ笑った。
「お前を殺すといったがやはり撤回しよう」
なぜいきなりそんなことを言い出したのか正太朗には分からなかった。そんなことはないと思ってももしかしたら生きて出られるのではという希望が芽生えるのを押さえることができない。
「指をすべて失って生きるというのはどんな気分だろうな?」
想像してしまった。指を失って生活をするさまを。芽生えてしまった希望が一気に崩れ去る。ただ、死のみを想像していた正太朗には死ぬこと以上にそれは苦しいことに思えた。
「家族はそんなお前を見てどう思うだろうな。ああ、そうだ。せっかくだからここに家族を呼んでやろう」
「やめろ! 父さんと母さんに手を出したら絶対に許さない!」
「姉を忘れているぞ」
「この野郎!」
正太朗ははじめて人を殺したいと思った。だが、くくりつけられていた体は椅子を動かすことはおろか、ぴくりとも動かすことができない。自由のきく指を強く握りしめた。
「威勢が出てきたな。さて、感動の再会の前にまずは指だな。どうだ吐く気になったか?」
「誰が!」
「自身の体を大切にしないとは親不孝ものだな」
「黙れ! 殺してやる!」
「吠えるな」
男が正太朗の手を掴み、握り込んでいた人指し指を掴み出した。手の甲側へ無理やり曲げる。ひどく乾いた音がして、指が手の甲へとついた。正太朗の絶叫が建物中に響き渡った。
「どうだ、冷静になったか」
「……ああ、おかげさまで」
激痛が脳を焼いている。痛みで発狂しそうだった。だが、その痛みが逆に正太朗を冷静にさせる。あのままだったら確実にプロテクトが解除されていた。痛みで冷静さを取り戻せたのはむしろ好都合だった。
このプロテクトに必要なのは意志だ。絶対に相手に渡さないという鋼の意志だ。相手の言葉に惑わされるな。大切なのは情報を守り抜くという覚悟なのだ。
「ほう。あと一歩と思ったが持ち直したか。たいしたものだ」
男の言葉に賞嘆の感情などない。ただの事実確認のように呟いただけだ。男は一言も発せず淡々と準備をはじめた。指を切るために用意されているであろう器具が立てる金属音が妙に耳についた。嫌でもその器具に目がいってしまう。巨大なはさみだった。あんなものに指を挟まれたら……。
体が大きく震えはじめた。
「知っているか。指は10本ではない。足も含めて20本ある。さて、お前は何本目まで持つか。いまから楽しみだ」
震えが止まらない。殴られるのなら我慢できる。でも切り落とされるのは違う。それは喪失をともなう。喪失に対する恐怖。失った未来に対する想像が恐怖に拍車をかける。刃が食い込んだ瞬間を想像して青ざめる。
「今いえば五体満足で帰すと約束しよう」
思わず男を見てしまう。男は柔和な笑顔を浮かべていた。男の人間らしい顔を見たのははじめてだった。
「本当に?」
「私も鬼でもなければ悪魔でもない。約束は守る」
心が揺れる。両親の顔が浮かんだ。最近、疎遠になっている姉の顔も浮かんだ。友人たちの顔が浮かんでいく。親戚の顔が浮かび、なぜかオーパーツ回収同盟のメンバーの顔まで浮かんでくる。姫乃の顔も浮かんだ。ああ、ここに戻れのか。ここでまたいつもの平和な日々を送れるのか。それは……なんて、なんて魅力的な提案なんだろう。
ただ、思えばいいだけなのだ。この男に情報を渡してもいいと。そうすれば楽になれる。この日だまりの世界に戻れる。だったら、意地など張らなくても……。
『それでいいのか?』
頭の中に文字が浮かんだ。それは顔も見たことがなければ、声も聞いたことのない親友からの問いかけだった。
その文字の向こう。そこにはさきほど浮かんだ正太朗の関わってきた人々がいた。彼らは誰もが笑っていた。彼らはとても幸せそうだった。その中でいっしょに笑っている自分が見えた気がした。
「そうだったね、零。俺は大切なことを忘れてた」
唇を噛む。歯が食い込んでいき、血が出た。構わず力を込め続ける。痛みに力が弱まりそうになるのを我慢する。さらに力を込める。
ぶちりという音がした。強烈な痛みが押し寄せた。悲鳴が漏れるのを必死に堪える。
かみ切った唇を吐き捨てた。血が飛び散る。それが正太朗を汚す。男にもかかり、赤い沁みを広げた。
「俺はお前なんかに屈したりしない! 俺はこの世界の誰も消させない!」
痛みに吐き気がする。体が熱い。汗が噴き出る。涙が溢れる。流れる血が気持ち悪い。口の中は血の味しかしない。最悪の気分だ。それでもこの痛みが自分の役割を思い出させてくれる。アレを渡すなと正太朗を奮いたたせてくれる。いいさ。極限までつきやってやる。ここから先はどちらが意志を貫き通すかというただの意地の張り合いだ。
「そうか」
男はその一言で正太朗の意志を切り捨てると正太朗の指を掴んだ。
「まずは親指からだ」
痛みに耐えるために思いっきり歯を食いしばる。折れた歯の神経に他の歯が刺さり激痛が走る。目をつむる。親指に刃がついた。冷たい。これが食い込み指が飛ぶのだ。震えた。涙が出る。下半身にぬるいものが広がる。かまうものか。どれだけ情けない姿になろううが指を失おうが、情報をいわなければ勝ちなのだ。指に刃が食い込んだ。目をきつくつむり、歯を改めて食いしばった。
痛みは……………来なかった。
変わりに聞こえたのは無線の音だった。正太朗が目を開けると、男が舌打ちをして、無線機に手を伸ばしているところだった。
『大変です! なにものかによりかなり前からスキャンを受けていました! それもオーパ-ツによるスキャンです!』
「なに!?」
男の声は爆音によりかき消された。爆発が起こったのだ。正太朗は爆風でイスごと吹き飛ばされた。
なんとか踏みとどまった男が無線を取り叫ぶ。
「何が起きた!」
『攻撃を受けています! 光学兵器です!』
「オーパーツによる攻撃!? どこからだ!」
再び爆発。激しい振動が施設を襲った。正太朗は天井を見上げた。そこに穴が開いていた。その穴が白に染まる。続いて白光が天井を貫いた。白光は床へと突き刺さり、爆発が起こった。激しい爆発に施設が揺れる。
白光は次々と現れては破壊の爪痕を残していく。施設内に悲鳴が広がっていった。
『解析完了! 場所が特定できました! え? 高度36000km? そ、そんな……あ、ありえない……。あ、相手は高度から考えて宇宙から撃ってきています!』
「宇宙から? 星覇の連中が介入してきた? だが、なぜだ……? 我々ですら偶然手に入れたこの少年のことをなぜ知っている……。まさか『創出の魔女』か! だがなぜだ? あれは星覇に追われているのではなかったのか?」
考えに没頭しているらしく男の注意が正太朗からそれた。
チャンスだった。
さきほど吹き飛ばされた際にイスが歪み、縛られていた手が自由になっていた。こっそりとカートに張っていく。カートに手を伸ばして、上に乗っているものを掴む。たまたま掴んだのは鋭利な刃物だった。すぐに足を拘束していたロープを切った。
起き上がろうとしたが痛めつけられた体は思うように動かなかった。カートを巻き込んで倒れてしまう。正太朗とともに倒れたカートが騒音をまき散らした。男が正太朗に気づいた。
「逃がすな!」
正太朗はなんとか必死に走る。だが、普段歩いているよりも遅い速度しかでない。周りを黒ずくめの男たちが取り囲んだ。ああ、また捕まるのかと正太朗が思ったとき、白い光が見えた。
極細の白光が黒ずくめの男たちのすぐ近くを薙いだ。爆発が起こり、男たちは吹き飛ばされた。
最後のチャンスだった。正太朗は体力を振り絞り、全力で走った。さきほどよりも速度が出ている。白い光が起こした爆発により施設の壁に大きな穴が開いていた。そこから懐かしい外の景色が覗いていた。
誰もまだ追ってきていなかった。穴を抜け、外に出た。これで帰れる。そう思った正太朗の耳に何かが爆発する音が届いた。
「えっ」
胸を何かが貫いていった。ばしゃりと何かが飛び出した。手を当てる。生ぬるい。これはなんだ? 暗くて見えない。
正太朗は倒れた。荒い息を吐く。意識がどんどんと遠のいている。
「この役立たずが! なぜ撃った! 『創出の魔女』の行方は分かっていないんだぞ!」
男の怒号に続いて発砲音がした。どさりと何かが倒れる音が続いた。
ぼんやりとした頭で考える。ああ、そうか。俺は撃たれたのか。あの音は銃声だったんだな。はじめて聞いた。いや、その前に聞いた気も……。ダメだ。思いだせないや……。
薄れていく視界の中で何かが光った。流れ星だった。それも無数に落ちてきている。きれいだなあと思った。
もはや正太朗には死という概念はなかった。そんなものを考えるだけの余裕がもうなかった。最後に思ったのは親友についてだった。彼のメールは正しかったのだ。ここに来てはいけなかったのだ。
「ごめんな、零。約束破っ……ごふっ」
口から血があふれ出した。もはや視界のほとんどは闇に閉ざされていた。残された視界の中を流れ星が飛んでいく。ああ、そうだ。願い……ご……と
「れ……い……に………いち………ど……………あ……………い……………た」
言葉が最後まで紡がれることはなかった。
匠 正太朗は死んだのだ。




