知ってはならない秘密
更新遅くなってすみません。次回からはもっと早く更新できるよう精進します。
正太朗の頭の中はショート寸前だった。いきなりあらわれた女性はあろうことか自らを宇宙人だと名乗った。いつもなら冗談だと思い笑っていただろう。だが、今の正太朗は笑うことができない。
『天野って宇宙人とか信じてるんだ』
『信じているもなにも実在するからな』
美咲の言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。オーパーツだという銀玉は確かになんらかの反応をみせた。その後、突然女性が現れた。これだけの事実を見ればオーパーツは本物だったとしか思えない。美咲の話は本当だった? 宇宙人は実在する? 目の前の女性はまさか本当に宇宙人?
女性はなんの言葉も発することができない正太朗の前まで来てかがみ込み、黒焦げになったオーパーツを拾い上げた。
「……認識迷彩阻害装置ですわね。しょせんは地球人だと思い油断しましたわ」
女性は興味を失ったようにオーパーツを後ろに投げ捨てた。興味は正太朗に移ったようだった。正太朗の体に視線を這わせはじめる。その目が青く光っていることに正太朗は気がつかない。そんな余裕がなかったからだ。
女性の発言は美咲の言葉を裏付けていた。あの球体は本当に認識迷彩を遮断したのだ。あれはオーパーツだったのだ。オーパーツを見分けられるということはこの女性は本当に宇宙人だということか。
いや、待てよ。それはおかしい。正太朗は暴走している推論に自制をかけた。
その理論でいったら美咲も宇宙人ということになってしまう。美咲が宇宙人なはずがない。はずはないのだが、疑問は残る。
なぜ、オーパーツだと分かったのか。それも機能まで言い当てている。オーパーツ研究同盟には宇宙人の協力者がいる? それならば、実在するという美咲の言葉も納得がいく。
いやいやいや、待て待て待て! 正太朗は自らの考えを否定した。
いつの間にか宇宙人がいることが前提になっている。オーパーツも存在すると決めてしまっている。ありえない。常識を持て。そう、常識で考えるのだ!
考えた末に答えにたどり着いた。
そうか! これはドッキリだったのだ!
リンチの際に銀玉を胸ポケットに入れておく。次に電話をかけてオーパーツのことをほのめかす。これで下準備は完了。正太朗が銀玉に気がついたとき、あらかじめ正太朗をつけさせていた協力者に銀玉に仕掛こんでおいた発光機能の電源を入れてもらう。目が眩んだ隙をついて協力者に登場してもらい、あの銀玉があたかも本物のオーパーツであるかのようなに言い方をさせれば完璧だ。この計画ならいままでの全てのことに説明がつく。
呼び出したのは正太朗にドッキリを仕掛けるためだったのだ。度が過ぎるとしかいえないが、無意味な穴掘りを嬉々としてやる連中だ。それぐらいやってもおかしくない。
すべての謎は解けた。ならばすることはひとつだ。
「分かっているんですよ……。あなたがオーパーツ回収同盟の協力者だということは!」
真実を突きつける。決まったと正太朗は思った。顔にはどやぁと書かれている。女性はというとまったく興味がないらしく正太朗の観察を続けていた。
「あれ? もしかして違いました……」
女性は無反応だった。しばらく待ってみるがまったく反応するそぶりがない。どうやら本当に違ったようだ。……ひどくはずかしい。めっちゃドヤ顔までしてしまった。恥ずかしくて死ぬる。正太朗は身もだえした。
「ほかにコンテンパラリオーパーツは持っていらっしゃらないようですわね。あの方たちの関係者でもありませんわね。関係者でしたらすぐにでもわたくしを捕まえようとするはずですし。ほかの機関の方かしら? それにしては丸腰ですわよね。それとも油断させるための罠なのかしら? とっても興味深いですわ。ねえ、教えてくださらない? あなたはいったいなにものなのかしら?」
「え? なにもの? ええと……匠 正太朗としかいいようがないんですけど……」
女性はなにかを考えているようだった。なにか変なことをいってのだろうかと正太朗は慌てた。
「非常に興味深い答えですわ。いままでの者たちは先ほどの問いに必ず自身の肩書きを答えてきましたわ。わたくしもなにものか問われれば発明家と答えるでしょう。ですけれど、たしかに熟考してみればなにものかという問いに対する根源的解答は自分自身ですわ。自分自身をあらわすべきもっとも的確表現は名前。肩書きなどというのはしょせんは社会に対する己の位置づけに過ぎませんわ。むしろ肩書きは己という全集合の部分集合。己のほんの一面しかあらわしていませんわ。全集合をあらわそうと思えばその全集合自体を示す自身の名はまさに至高の解答! そんなこと一度も考えたことがありませんでしたわ。わたくしはずっと間違えた答えをいっておりましたのね。もっとも、名前自体を自身の要素のひとつとみなせばあの方の解答も間違いなのでしょうけど。ですが、己の全集合を一言でいおうと思えば自身の名をいうしかありませんわ。この方の解答はまさしく真理ですわ。愉快ですわ。実に愉快ですわ」
女性は心底愉快そうに笑いはじめた。一方、正太朗は真っ赤になっていた。自分が変なことをいったのが分かったからだ。ここは大学生と答える場面だったのだ。それはそうだ。女性が知りたかったのは個人の名前などではない。正太朗という人物の肩書きだ。
肩書きはその人の身分を保障する。肩書きが分かればその人の背景の一端を知ることができる。肩書きさえあれば十分に相手のことを把握できるのだ。それに引き替え名前で分かることなんてほぼゼロだ。なにものかという質問に答えるのにどちらがふさわしかったかなど考えるまでもない。名前を名乗るだけでは「私は私だ」と答えているようなものではないか。
あれ? これってどこかで聞いたことがあるような……。正太朗は頭をひねる。
ああ、ジャムだ!
と頭の中でぽんと手を打ち鳴らす。
ジャムとはとある有名SFに出てくる宇宙人のことだ。主人公の「いったいおまえは何者だ?」という問いにジャムは「われは、われである」と返答するのだ。実際には前後に言葉が入りかなりニュアンスが違うが、相手が理解できないという点では似たようなものだ。
俺は宇宙人と同じような答えしかできなかったのか! と正太朗はかなり衝撃を受けた。
こんな答えのどこがツボにはまったのか女性はいまだに笑い続けている。
どうもこの女性の感性についていけなかった。女性の発言を聞く限り正太朗をけなしているのではなく誉めているっぽいし……。なにひとつ理解できなかった。宇宙人と同じ発想の答えのどこにそんなに共鳴したのだろうか?
ああ、と再び頭の中でぽんと手を打ち鳴らした。そういえばこの女性も宇宙人だと名乗っていた。きっと、そのせいだ。
「わたくしもなにものかを名乗りる必要がありますわね。わたくしは…………」
女性の口が動いたが声が出ていなかった。
「あらあら、うっかりしていましたわ。発音できぬ言葉の入っている固有名詞は翻訳できませんでしたわね。地球人ごときに己の名を名乗る必要などないと思っておりましたから失念しておりましたわ。名を教えて差し上げることは叶いそうにありませんわ。許してくださいませ、タクミ ショウタロウ」
「はあ……。おかまいなく」
翻訳できないとはどういうことなのか分からないがとりあえず返事をしておいた。彼女の宇宙人という設定上で重要なことなのだと判断しておく。本物の宇宙人なのかという疑問は正太朗の頭の中からはすでに消えていた。いまでは彼女は宇宙人という設定を自ら課した電波系の女性でしかなかった。宇宙人とどちらがマシな存在なのかは正太朗のあずかり知らぬことだ。
「名は教えて差し上げられませんが、あなただけに名乗らせる訳にもまいりませんわね。あまり好みの名ではないのですが、しかたありませんわね。『創出の魔女』。皆、わたくしのことをそう呼んでおりますわ」
「創出?」
「新しくものを生み出すという意味ですわ。大変興味深い解答をしたと思えば、この程度の単語も知らないのですわね。未開の住民というのは興味がつきぬ存在ですわ」
「はあ……」
宇宙人設定というのは大変だなあと思いながら生返事をした。
「あのひとつ質問いいですか?」
「なにかしら?」
「なんで『創出の魔女』って二つ名が嫌いなんですか? なんか発明家とかいってましたし、ばんばんと発明するすごい人って感じでかっこいいと思うんですけど」
「かっこいいという発想はありませんでしたわ。この名をかっこいいと感じるとはなかなか斬新なセンスをお持ちのようですわね。これが未開の住民だからなのか、それともあなた個人の特質によるものなのか。なかなか興味をそそられますわ」
「男ならかっこいいと思うと思うけどなあ」
「未開の男性は魔女などという悪質なイメージの蔑称を好むと。これは大変興味……」
「待って! 今の取り消し! え? 魔女って蔑称なの?」
「あら? 違いまして? 字義的には魔女とは人に害悪を与える存在のはずですわよね。翻訳の齟齬が生じているのかしら?」
いわれてみればそうだ。魔女と名のつくキャラはえらく強いものが多いし、てっきり強者の称号だと思い込んでいた。だが、よく考えれば相手に恐れられているものに『魔女』という名は冠せられる。その名を聞くものにはすごくデキるやつのようにとられるのかもしれないが、名付けられた方は恐怖の対象として見られていていい迷惑だろう。これは猛省しなければならない。
「ごめん。魔女っていうのはやっぱり蔑称だよ。かっこいいとかいってごめん」
「謝られる理由が分かりませんわ。あなたが謝ったところで定着したこの名がなくなるわけでもありませんもの。あなたに謝られても無意味としか思えませんわ」
いっていることはきつかったが怒っているという感じではなかった。事実だけを述べているという印象だ。淡々と告げる姿がどうしようもないとあきらめているように見えてしまったからだろうか。正太朗は無性になんとかしてあげたい気持ちになった。
「嫌いならさ。新しい名称を作ればいいんだよ」
これは我ながらいいアイデアではないだろうかと正太朗は思った。ドヤと女性の方を見ると女性は必死に笑いをかみ殺していた。
「く、くふふふ。そ、その発想はありませんでしたわ。自分の通り名を自分で決めるなんて、ぷ、ぷふふふ、ふふふふふ。あははははは。傑作ですわ。実にかっこわるいですわ。自分で自分に都合のよい名をつけるなんて。ぷふふふふふふ。アホ丸出しすぎですわ。恥ずかしすぎですわ。それはもう恥死ものですわ。く、くふふふ。ふふふふふふ。あははははははははは」
堪えきれなくなった女性はついに腹を抱えて笑い出した。
「た、たしかに……」
納得せざるをえなかった。『稀代の天才発明家』などの通称を自分でつけたら威厳もなにもない。自分から名乗ったとしたら胡散臭さしかない。『創出の錬金術師』なんてつけてしまった日には、目も当てられない。それはもう完璧な中二病だ。20歳過ぎた人が真顔でいったら絶対ドン引きされること間違いなし。名称を自分で作るという案は完全にアウトだ。
女性はようやく笑い終えたらしく、荒々しい呼吸をしていた。
「あなた天才過ぎですわ。はあはあ。く、苦しい……。くふっ。こ、こんなに笑ったのは生まれてはじめてですわ。タクミ ショウタロウ。ぜひともお笑いの道を目指してくださいませ。きっと名コメディアンになれますわ」
本日二度目の進路の提言だった。……まったくうれしくなかった。思い出したのか腹を抱えて女性は悶え苦しんでいた。そのまま悶え死んでしまえと恥ずかしさでほてりきった顔で正太朗は思った。
というか、よく考えると自らを宇宙人や『創出の魔女』と名乗った人間にどうしてここまで笑われなければならないのだろうか。実に理不尽だった。
「その案は全力で却下させていただきますが、発想自体は悪くありませんわ」
「どういうことですか?」
「あなたがわたくしの名前をつけてくださればよいという意味ですわ。通称ではありませんくてよ。コメディ王のあなたにつけられる通称などきっと恥ずかしくて死んでしまいから。わたくし自身の名をつけてくださいませ。この星ではその名を名乗りますわ」
「ふえ?」
正太朗はしまったと後悔した。安易な発言の結果、とんでもない難題を突きつけられてしまった。他の人の名前をつけるとか責任が重大すぎる。とてもではないが引き受けられない。
「あの……俺はそういうのはちょっと……」
「そうですわね。この国らしい名前がいいですわね。響きが美しいものを所望いたしますわ」
女性は期待を込めた目で正太朗を見ている。とても断ることなどできそうになかった。
考えろといわれても急に思いつくものでもない。彼女の言葉をヒントにするべきだ。日本。そうだ。日本らしいものだ。日本らしいもの………。そうだ!
「わさび?」
「却下ですわ」
即答された。
「えと、てんぷ……」
「怒りますわよ? 次、ふざけたことをおっしゃいましたら素粒子レベルで粉砕しますわよ?」
女性は暗く微笑んだままぶっそうなことをのたまった。目が笑っていない。あれは本気だ。
考えろ考えろ考えろ。彼女にぴったりの名前だ。彼女は『創出の魔女』という名を嫌っているからこそ名を求めている。魔女という蔑称を嫌っている。うん? 魔女?
ここで正太朗の中で摩訶不思議な化学反応が起こった。
かわいい魔女? お○ャ魔女? いやいや、ドレミとかないわ。でもなんかいい線いってるんじゃね? 魔女がダメなら魔法少女? まどか? いやいやいや、これは色々とまずい。あえて、ネクストジェネレーションでイリヤとか? 悪くないけど日本語っぽくないし、却下。魔法少女……。もしくはそれっぽいもの……。カードキャプター? それだ!
「さくら! さくらにしましょう!」
「サクラ……。バラ科サクラ亜科サクラ属の樹木……。日本の国花……。儚く美しい花……。いいですわ。それ、すごくいいですわ! それにいたしましょう! わたくしは今この瞬間からサクラですわ!」
「それはよかったです」
思考過程はなんかえらくひどいものだった気もするが、気に入ってもらえたのでいいだろう。満足げな笑顔を浮かべ、「サクラ、サクラ」とはしゃぐ女性……いや、さくらの姿を見ていると正太朗自身もうれしくなってきた。
「こんな素敵な贈り物をもらったのですもの。わたくしもなにかお返ししないといけませんわね」
「いや、別にいいですよ」
「いいえ、それではわたくしの気がおさまりませんわ。はじめてなんですのよ。知的好奇心からではなく純粋に感謝の気持ちでなにかを差し上げたいなんて思いましたのわ。ぜひともうけとってくださいまし」
「分かりました。ありがたくうけとらさせてもらいますね」
「はい」
ここまでいわれて受け取るわけにはいかない。なにがもらえるのか正直興味もある。自称宇宙人からのプレゼントとはいったいなんなのだろうか?
「わたくしの知識をすべて授けることができればよいのですが、それではショウタロウの脳が耐えきれませんわね。あまり賢そうにありませんし。ショウタロウがわたくしと同じ種族であれば、『知識の樹』をとおして共有という形がとれましたのに……。そうですわ! 知識共有種に体を作り替えてしまえばいいのですわ! そのためにはまず装置から作る必要がありますわね。作るには……あら? この惑星で手に入る材料では絶対無理ですわね。わたくしの持つオーパーツでなにかいいものがあるかしら? リストオープン。……ダークエネルギー機関、無遅延通信機、自己修復鋼、無限収納コンテナ、重力制御装置、……あらら? めぼしいものがありませんわね」
さくらは楽しげに贈り物を思案していた。ときどき正太朗を貶めるようなことをいっていたり、人体改造するとでもいいたげなおそろしげな発言が入っているのはきっと気のせいだろう。
「弱りましたわ。こんなことならせっかく作ったアレをおもしろ半分で地球などに転送しなければよかったですわ。そうすれば追われることもありませんでしたし、地球で八咫烏とかいう連中に『星の暗号』を渡せとしつこくつきまとわれることもありませんでしたし……。あら? あらあらあら? 閃いてしまいましたわ。アレの鍵でいいではありませんか! アレの鍵ならきっと満足していただけますわ!」
なにか閃いたらしくさくらが笑みを浮かべた。なぜだろう。その笑みに正太朗は危険を感じた。その笑みはあまりにも無邪気過ぎたからかも知れない。この世界の危険についてまだ何も知らない幼児が浮かべるような無垢過ぎる笑み。そして、最近耳にしたばかりの八咫烏という単語の登場。ひどく嫌な予感がした。
「タクミ ショウタロウ。あなたに鍵を授けましょう。世界を変えるための鍵。もちろんこれはただの鍵。筐体と使い手、この二つがそろわなければなにもできぬ無用な知識。ですが、この二つさえ手に入れてしまえばあなたは確実に世界を手中に収めることができますわ」
「待って! 俺はそんな知識……」
不吉な予感につき動かされ、逃げようとしたがすべてが遅すぎた。
「さあ、受け取ってくださいまし」
さくらが正太朗の額に己の額をつける。その瞬間、膨大な知識とイメージが脳内に流れてきた。それが示す事実に正太朗は驚愕した。
これは……この知識は……たしかに世界を変えてしまう……
こうして正太朗は世界を変えるための鍵を手に入れた。手に入れてしまった。それは決して人が知ってはならない秘密。手に入れたものを破滅へと誘う禁忌の知識。この鍵により正太朗の人生は大きく歪められることになる。




