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ルクセント戦記  作者: 千夏
私とあの人との出会い
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1-2    ガルスの戦いまで  ホアスネイティア攻防戦

ホアスネイティアは共和国東部にある要塞都市のことで、最重要拠点の一つでもある。


ここを突破されると、首都バラスまで最短距離で進軍できる。逆に言えば、ここを対処できれば戦況は好転しなくても不利になることはない。まさに要の場所である。


当然共和国はここを防衛するのに名将と世に謳われた将軍達を派遣して死守してきた。


ディアン=クレイス大佐もそんな一人だった。中将と同じ頃入隊した人で、殊防衛戦に関しては右に出る者がいないほどの能力を発揮した。攻撃戦が5割の勝率に対し、防衛戦は9割の勝率を誇り、『鉄壁のクレイス』という二つ名を持つ正にスペシャリストである。


故に、この戦争が始まるや真っ先に配置が決まったのは彼だった。


「よぉ! 無事か中将!」


出迎えの第一声と共に抱き寄ってきたクレイス大佐は、ひょっこりと顔をこちらに向けると


「君がガンフォールさんか。噂には聞いている。君も無事でよかった」


そう言ってクレイス大佐は私に向かって微笑んでくれたので私は思わず会釈をしていた。


そのクレイス大佐は、中将への挨拶もそこそこに誰かを探すかのようにキョロキョロとしだした。


やがて、その中に軍と異なる衣服に身を纏った人を見つけるとささっと近づいていった。


「貴方が、ピィェンガンのお師匠様ですか?」


「ん? まぁ、そうなるな。それで、アンタは誰だ?」


褐色の軍服と白い戦袍姿のジンロンさんは飄々としてそう答えた。


それを確認したクレイス大佐は姿勢を正し一礼した。


「ランバルディア共和国第17防衛軍所属のディアン=クレイス、階級は大佐です。我が友を救っていただき本当にありがとうございます」


「ロンイェン=ジンロンだ」


短く答えるジンロンさんとクレイス大佐は握手を交わすと、「申し訳ないが、これから軍議がありますので」と断り、中将と数名の参謀を連れて城内に消えていった。


「ジンロンさんは、参加されなくていいのですか?」


「俺は謂わば客将だ。声がかからぬ限り参加はできんよ」


『客将』4という言葉を聞いたことがなかった私が首を傾げていると、ジンロンさんはその意味を説明してくれた。


彼によると、『客将』とは地方の領主といった偉い人とかの客として扱われている将軍という意味で、正式に雇われた兵士ではないらしい。


「最も、俺は長ったらしい軍議が嫌いでな。誘われても蹴ってやるがな」


クククと意地の悪い笑みを浮かべたジンロンさんは、暇だなぁと早速ぼやいていた。


「なぁ、クリス。お前確かジャーナリストだったよな?」


突然で、しかも初めて名前で読んでもらった私は「ひゃい!?」と恥ずかしい声を上げてしまった。


そんな驚かなくてもいいだろうと苦笑するジンロンさんは、軍議とやらが終わるまで私の質問に答えると言ってくれた。


その時の私の眼は、ものすごく輝いていたと後にシュバルツ君が呟いていたという。


しかも、質問の内容とその返答を書き記した用紙はいつの間にかどこかにやってしまったようで、今現在も行方不明であり、私の生涯最大の失敗として記憶している。


全くもって当時の自分を叱ってやりたい気分だ。


私が一通りの質問を終えると、彼は「そう言えば、クリスの恩師は何故囚われたんだ?」と聞いてきた。


私はその問いに編集長が捕らえられたと報じた新聞記事を差し出すことで答えとした。それと一緒にこれまでに共和国政府が発表した幾つかの記事も合せて出したのだが、ジンロンさんはそれらを一瞥して


「政府の犬共が書いた記事など興味ない」


と見ることさえしなかった。記事も見ていないのに何故そう断じてしまったのか全く分からなかった私はつい尋ねてしまった。何故そう言い切れるのかと。


「んなもん、見出しと最初の文さえ見れば分かる」


彼はそう言った。例えば、と言って彼は先ほど放り投げた記事の中から無造作に一つを抜き出して私の前に差し出した。


『ノーマンス平原の戦いで共和国大勝利』という見出しのある新聞社の記事だ。

―――共和国政府発表によると、我が国の誇るヘルマン少将率いる第18遠征軍がケーニッヒ山脈のノーマンス平原において鬼畜帝国軍を打ち破り13万の首級を上げる大勝利を・・・―――


確かに文面は多少気になるところがあるが、それ以外は別段変わったところはないように見える。これのどこが、政府の犬が書いた記事というのだろうか。


「これのどこが・・・・・・」


首を傾げた私を見て、ジンロンさんは、ふむ、と嘆息して


「お前は、政府が発表するモノはすべて正しいと思うか?」


そう投げかけてきた。その当時の私は確かに編集長が捕らえられた一件で政府に対して不信感を持ったが、発表に関しては欠片も疑っていなかったから「正しいと思います」と答えた。


何せ、陛下直轄の戦争情報省が発表しているから疑う余地もなかったのだ。虚偽の報道をしているとはとても思えなかった。


「何故そう思う?」


「政府に集まる情報は各軍にいる情報官が戦場のありのままを送り、それを情報省の方がまとめて国民に発表しているからです」


「それが全て正であるとどう証明する?」


そう言われた私は、アッと呻いた。言われてみれば、各軍に所属している情報官が送ったそれと情報省がまとめたそれが真正であると証明する手段を私達はもっていない。軍の戦況が芳しくなければ情報官が嘘の報告をしそれを情報省が信じて、あるいは情報官が正しく伝えたとしても情報省の意向で捻じ曲げた報道が成されることだってある。写真などはどうとでも加工できるのだ。


「言われてみれば・・・・・・」


「気づいたか? そう、この記事が本当に真実を伝えているか、俺達には確かめる術はない。ないが、情報の真偽を確かめもせず連中が言ったことをそのままバカ正直に信じて書く連中はもっと馬鹿だ。読む気になれん」


これは俺の持論だがな、と前置きしてジンロンさんは語りだした。


「ジャーナリストや記者というのは、自分の耳で聞いたこと、自分の目で見たこと、自分の肌で感じたことが全て真実だ。それを正しく世に伝えるのが仕事だ。国が情報を下すのであれば、それが真実であるか追及し確認して初めて載せるのであればまだいいが、政府上層部の頭でっかちどもの言葉を疑わずにただそのまま書く奴を俺はジャーナリストとは認めん。また、そいつらの手足となって虚偽の情報を何も知らない市井の者達に伝える馬鹿共も同義だ。加えて言えば、俺はそいつらからの取材は一切受けん」


私は頷くことも忘れて聞き入っていた。これまで国の情報を鵜呑みにしてきた私にとって耳の痛い話だ。


振り返れば、これまで何度か国が発表した報道について疑問を持ったことはあったが、勘違いだろうとそのままにしてきていた。


「私の何かが音を立てて崩れました」


「そうか。それはいいことだな」


「そういうものですかね?」


「少なくとも、戦場のせの字も知らない机の上で御託並べて生きがる能無しと、事実を捻じ曲げて一般人に真実であると報じることに疑問を持たない屑より100倍マシだ」


「ですがジンロンさん。普通の人はそれを信じるしかないですよね?」


「そうだ。だからアンタみたいな正しい人が真実を伝えることが必要なのだよ。嬢ちゃん」


「嬢ちゃんって、私もう25なのですが・・・・・・」


てゆうか貴方と私ってそんな年が変わらないと思うのですがとツッコミを入れたが、そういやそうだったけかととぼけられた。


「さて、そろそろ終わる頃かな」


「いえ、ジンロンさん。相手は『戦闘狂』で有名なロイエル=ダスティン中将率いる軍ですから、相当時間かかりますよ」


「そうなのか?」


「戦闘狂は襲撃した街を破壊し尽くし、略奪・殺戮・陵辱をほしいままにし、残るのは廃墟と死体の山だけだとかいう噂を聞きますし、実際にある軍に従事していた仲間からその惨状の写真を見せてもらったことがあります」


ポケットから端末を取り出してその写真を見せると、ジンロンさんは途端に不快な表情を見せた。嫌悪していることが良く分かるほどに。


「・・・・・・あー、俺の嫌いな人種だ」


「だから相当時間をかけて対策を練らないと・・・・・・」


「―――どうやら、その時間はなさそうだ」


えっ、と振り返ると、ジンロンさんの前に三人の軍人が駆け寄ってきた。胸章からクレイス大佐の軍の中で上位に位置する人達だ。


「ご無沙汰しております閣下。またご一緒で来て嬉しく思います」


そのうちの一人が言うや、三人とも恭しく頭を下げた。


「雅通、芳時、邦弘。久しいな。が、挨拶をしている暇はない。状況を教えてくれ」


「東門2キロ先に敵軍が接近。数10万。ロイエル中将率いる本隊と思われます」


「大佐達はまだ敵の来襲に気づいておりませぬ」


「我らで動いてもよいのですが、ここは一つ、閣下のご指示をと思いましてな」


やれやれだなと呟いたジンロンさんは三人を見据え、まるで初めから考えていたかのように指示を口にしたのだ。


「雅通は共和国軍を東門に集結させ敵の来襲に備えさせろ。芳時は今すぐにクレイス大佐と『ゲンジ』にこのことを伝えて来い。邦弘は俺と来い」


言い終えるとその三人は直ぐに行動に移した。私は彼らについていくことにした。


私達三人は東門の上に登り、迫り来る敵を眺めていた。


「邦弘。どう見る」


「騎兵が中心ですね。機動力で突破する気でしょう。それに魔法に長けている兵士が半数を占めています。魔法攻撃で城壁を破壊、騎兵部隊の機動力でここを蹂躙するかと。何せ、こちらは何の準備もしてませんから」


「ふむ・・・・・・。お前ならどう対処する?」


「まず遠距離魔法を用いて牽制します。足止めしている間に城壁に強化魔法を施しこちらの体勢を整えます。騎兵には槍兵をあて、魔法兵には魔法兵を。」


「時間がかかりそうだな。それまでに奴らが来るだろう」


「と、いうわけで、ひとつ閣下にお願いが」


「この野郎、最初からこれが狙いか」


「滅相もない。と言いたいところですが、実際作戦に備える時間がありません。閣下がひと暴れして頂ければ、後はこの邦弘が責任を持って万事行います」


「分かった。どのくらい稼げばいい?」


「10分の時間を頂ければ」


そう言って、邦弘という軍人は声を上げた。すると、恐らく邦弘さんの部下であろう方が2m位の長さの木のような棒に糸のようなものが両端に張ってある武器のようなものをジンロンさんに手渡した。


「・・・・・・全く。お前らは俺の物をどんだけ持ってるんだよ」


「閣下といつお会いしても良いように」


嘆息しながらもその顔には笑みが溢れていた。後で聞いた話でそれは『弓』という飛び道具であるそうだ。


ジンロンさんは褐色の軍服に白い戦袍に着替え、愛馬竜胆に跨り城門を出ようとしたが守兵に止められてしまったが、


「緊急事態だ、開けろ! 死にたいのか!」


と有無を言わさず門を開けさせて外に出た。私はあの人の邪魔にならないように以前のように小型の映像記録媒体を飛ばしてあの人の戦い方を記録することにした。


「ふむ・・・・・・」


ある程度飛ばして飛ばした先で竜胆を止め、それを眺めていたジンロンさんは手にしていた弓を手に取り、矢筒に入った矢をひとつ取り出し、つがえた後に放った。


射放った矢は帝国軍に向かってまっすぐ飛んでいき、やがてどこかから悲鳴が聞こえた。それと同時に彼らの足並みが乱れた。


それもそうだろう。自分達が認識できない彼方から突然の攻撃が繰り出され、あまつさえ正確無比にこちらの戦力を削いでいくのだから、動揺しないはずがなかった。


これも後で聞いた話ではあるが、弓というものは、200mくらいしか飛ばないというのだ。となれば、そんな武器で2キロ先にいる敵を射るということが、どれほど驚異であるか想像できるだろうか・・・・・・。


「これで面倒な奴らの戦力を削るか」


そう言って彼は矢が尽きるまで射続けた。私の知る限り30くらいの矢を射て、その全てが命中した。それも、全ての矢が軍馬の眉間を貫き文字通り騎馬部隊の攻撃力を削いだのだ。神業とした言いようがなかった。


正体不明の攻撃に狼狽した帝国軍は即座に軍を引いた。


巻き上がる砂塵はまるでハンターから全力で逃げる獲物の最後のあがきのように思えた。


「まぁ、これならしばらくは来ないだろう」


ジンロンさんは満足げに引き上げていった。






「一度ならず二度までも! このクライス、感謝しきれません!!」


「いや、そう気にしなくれ。好きでやったことだ」


「閣下。申し訳ありません、私の落ち度です」


「そう思うんなら、奴らを追い返すことで報いてくれ」


戻ってきたジンロンさんに感謝の念を示すクライス大佐と首を垂れる中将と一通りの会話を交わした三人は、机上に地図を広げて状況の確認を含めた軍議を行うと言い出した。その場でクライス大佐はジンロンさんにも参加してほしいと打診した。


「中隊長連中を呼んだ方がいい」


ジンロンさんがそう発言した時、クライス大佐が明らかに不服な表情になった。


「我らで決めたことを伝えれば十分でしょう。ピィェンガンの師匠であろうが、こちらのやり方に従って頂きたい」


責任者として、余所者がしゃしゃり出てあれこれ口を挟まれたらそれはいい気がしないだろう。特にクライス大佐は防衛戦に関してはほぼ負けたことがないという自信とプライドがあるのだ。そう思って当然だろう。


しかし、今はそんなことを言っている場合ではないと素人の私でも理解できた。


「そんな考えでいたら間違いなくこの城は落ちるぞ、大佐殿」


彼のこの一言は火に油を注ぐ結果となり、激昂したクライス大佐が斬りかかろうとしたのを、近くにいた部下の方々が取り押さえてその暴挙を食い止めていたが、その眼は血走っている。


そんなクライス大佐にジンロンさんは冷ややかな視線で口撃を続けたのだ。


「この程度でキレるようじゃ、守将として失格だな」


「なんだと!!」


「その驕り、慢心が敗北を招く要因だと知れ、若造」


「き、貴様ぁ!!?」


「いいか大佐殿。今はこの国の存亡にかかっているんだぞ。皆で連携せねば帝国には勝てないんだよ。それでもいいのか?」


怒りが収まらぬクライス大佐をまぁまぁと諌める中将をよそに、ジンロンさんの口撃は続いていた。


そんなある意味修羅場であるこの場所に来たのは、先ほど急報を伝えに来た三人のうちの一人、雅通と呼ばれていた人だ。


「閣下。準備が・・・・・・って、またやっちまったんですかい?」


「あっ・・・・えっと、マサミチさん、でしたっけ?」


「ええ。第17防衛軍参謀補佐のマサミチ=クジョウ少佐だ。貴方はクリス=ガンフォールさんだね」


「はい。あの、ところで先ほどの意味は・・・・・・」


「あぁ、あれかい? いや、閣下は昔っから事あるごとにああやって軍のお偉方とか他軍の将軍と『揉め事』を起こしてね。やれやれ、変わらないなぁ」


諦めの境地で眺めるクジョウ少佐の先には、火消しに追われている中将の姿があった。そして私は察した。


この先あんな感じの『面倒事』が増えるのかと思うと気が滅入って仕方ない。私はこの場を気にすることなく盛大なため息を吐いた。


「・・・・・・さて、と。おーい、軍議開くから、ちょっと手伝ってくれー」


クジョウ少佐は彼らのことなど構わずに連れてきた中隊長達を指揮して軍議の準備を始めた。私もちょうど手持ち無沙汰だったので少佐を手伝うことにした。


「閣下は人とは違う視点から戦を見ることがあるから、我々常人とは意見が合わないんだよ。だから意見が食い違って当然なんだよ。かくいう俺らも閣下の薫陶を受けたわけだが」


などと少佐はこっそりと教えてくれた。彼を含めたあの三人も、ジンロンさんの弟子であるらしい。


それから、ジンロンさんが自分達と次元が違うということには首肯した。何せ、一回見ただけで相手の最強技をまんま繰り出す怪人じみた人間がどうも自分達と一緒の人間とはどーしても思えなかったのだ。


「あの、因みに少佐。止めなくてよろしいのですか?」


誰を、とは言わず私は空気が違うそこを指差して尋ねてみたが、少佐は肩をすくめて首を振った。


「誰が好き好んで大嵐の中に突っ込んでいくもんか。中将に犠牲になってもらうさ」


「ですが、それだと軍議がままならないのではありませんか?」


「あぁ、平気平気。こっちで勝手にやって報告するから」


「・・・・・・よろしいのですか?」


「構うもんか。無駄な時間費やして死にたくねぇし」


あぁ、この人は正しくジンロンさんの弟子だなぁと私は深く頷いた。第一、好き好んで無数の銃弾飛び交う激戦区に裸一貫で特攻して玉砕する気は私にもないし、これ以上の時間の浪費はイタい。


そもそも、生きるか死ぬかの瀬戸際に近いこの状況で仕方ないとはいえ喧嘩をおっ始めやがった二人が悪い。しかもあの様子だとこの大事をすっかり忘れてくれているだろう。もしもあちらが文句をつけようてこようもんなら怒髪天に立てて「アンタらがくっだらない喧嘩している間に攻め込まれたらどうすんだこの野郎」と声を大にしてがなり散らしてやりたい。


因みに、あの時いた残りの二人―――ヨシトキ=ナンバ少佐と、あの時ジンロンさんと一緒にいたクニヒロ=クサカ中佐は、火元の消火作業に駆り出されているようだった。


火元が近くにある中で開かれた軍議に参加したのは、私とクジョウ少佐に少佐が連れてきた防衛軍中隊長8名である。


「敵勢10万。内訳は騎兵6万と後方支援兵1万に魔法攻撃兵3万だ。今は城の東側5キロの地点に陣を築き対処を考えているだろう。こちらには防衛兵7万だ。時間がない。今上げられる策を言ってくれ」


「魔法兵は全てが上位魔法を操れるレベルです。よって、篭城戦は愚策と考えます」


「敵の主力はあくまで騎兵隊であると推察。騎馬隊の攻撃力を削げば勝機はあります」


「要塞の北東200mの所に小さい森があります。そこに兵を配置しゲリラ戦を仕掛けるのは如何か」


「仕掛けるがいいが、長続きはしないぞ。それにそれは決死隊になる。閣下は犬死を容認はしない」


「あぁ・・・・・・そうですね―――」


軍議は思いの外白熱していた。私も時折意見させてもらいながらこの戦を乗り切る為に普段使わない頭を懸命に回した。


その間も、私は折を見ては火災現場に目を向けていた。相も変わらず、というか寧ろその炎は範囲を広げているように思えた。クジョウ少佐が開く軍議と比べて、何とも子供の喧嘩としか見えない自分は正常であろうという認識を持ったまま、私は彼らのあくなき戦いを生暖かい視線を送っていた。






時間にして3時間くらい過ぎた頃だったか、ある中隊長がポンと手を打ってこう言った。


「クジョウ少佐。長篠合戦の手法、使えませんか?」


私にはなんのことだか当時の私はさっぱり分からなかったが、それを聞いたクジョウ少佐を始めとした中隊長達はおぉと歓声を上げた。


「成程! 使えるな」


「銃剣もたんまり『持ってきて』ますし、“この世界の”連中には効果覿面では」


「閣下の弓も効果があったみたいだからな。だが柵はどうする? 木だと燃えるだろう?」


「強化魔法を使えば何とか持ちますでしょう」


「よし分かった。すぐに準備にかかってくれ」


軍議は終了し、中隊長達は退出、クジョウ少佐はその内容をまとめていた。報告用であろうが、依然として鎮火していない修羅場に対して少佐は如何に報告を行うのか気になっていたが、私がふと視線を向けると、近くの机に突っ伏している中将を発見した。


どうやら、あの修羅場に耐えられず撃沈したようだ。なんか負のオーラみたいな黒い何かが見えた気がした。


「まぁ、三時間頑張ったほうじゃないかな、中将は」


「・・・・・・もっと酷かったことがあったのですか?」


「私はまるっと半日鎮火活動したことあるよ。しかも御前会議で」


私は目眩を覚えた。あんな大火事を半日も、しかも陛下―――私達の国での国王に当たる―――の御前でやりきったというのだ。私なら間違いなくその前に蒸発しているか路傍の露とかしているに違いない。


「よぉ中将殿。お疲れさんだな」


へらっとした口調で中将に声をかけると、中将は生気を感じない瞳を向けて「クージョー」と気の抜けた声で応え、再び突っ伏した。


「何逃げてんすかー。あれ何とかすんの手伝ってくださいよー」


「誰があのめんどくさい大火事の中を好き好んで肉体的精神的特攻かまさにゃならんのだ。そんなのは誰か近くにいた尊い子羊に任せるが一番よ」


「何だよそれー」


「文句を言うなよ。まぁなんだ。ご愁傷様」


「少しは感謝しろ―!」


文句を述べる中将であるが、本気ではないように思えた。恐らく、これが普段からの彼らのやり取りなのであろう。どこか微笑ましい光景だった。


外では帝国の来襲にてんやわんやしているというのに。


「うーん・・・・・・、ありゃ当分無理かなぁ」


クジョウ少佐は未だ収まらぬ大火事現場を眺めながら呆れていた。


「どーすんですかぁ。これとーぶん無理ですよー」


中将はひどく間の抜けた声で少佐に返す。


いい加減疲れてしまい、私はひどく間伸びした声でクジョウ少佐に問いかけた。クジョウ少佐も苦笑が絶えない。


「だな。つか、時間ねぇし」


そう言って少佐は既にあらゆることにやる気をなくしていた中将を無理矢理叩き起こした。


少佐、粗すぎです。


「中将、くたばってるとこ悪いんだが、ちょいとこれ見てくれや」


そう言って先程取り纏めた概要書を中将の前に突き出した。


「なんすかーこれー。今見たくなーい」


中将はまるで子供の様に面倒くさそうに再び突っ伏そうとするのを、少佐が「まてこら」と中将の髪の毛をひっつかんで阻止した。


痛いと訴える中将を無視して少佐はさっさと要件を述べた。


「さっき俺達でさっと作った対帝国用作戦概要だ。眼ぇ通してくれ、時間がねぇんだよ」


渡された紙を見て、少し気力が戻ったようで気色が良くなった。それから、盛大なため息をついてその紙を机の上に置いた。


「了解しました。少佐、これでやっちゃってください。この事は私が責任もってあのお子様達に伝えます。急いでください」


「話が早くて助かるよ。ゲンジ」


「ちょっ、その名は・・・・・・」


「? あぁ、悪かった、ピィェンガン」


この時の私は特に気にしていなかったが、何となく微妙な空気が流れていたのは確かだ。中将が何かを隠していることも少し気になった。














私はあの現場にいても特にやることはなかったのだが、クジョウ少佐に手伝って欲しいと言われて少佐の陣に来ていた。


「中将の隊のナンバー2は誰かな?」と言われたので、私は頭の引き出しを引っ掻き回して数分を費やして漸くシンジ=キサカ少将の名を引っ張り出すことができた。


私がその名前を告げるとちょっと驚いた表情になった。


「アイツもこっちに来ていたのか。ならちょうどいい。ガンフォールさん、済まないけど、少将を呼んできてもらえるかな?」


「別にいいですけど・・・・・・私、あまり面識無いのですが・・・・・・」


「大丈夫。何なら、私の名前を出してもらって構わないから」


私は「はぁ」と生返事をして、それからふと思い出したように手をポンと叩いて尋ねた。


「よければ、内容を伝えますよ?」


「ピィェンガン中将と作戦を練ったから手を貸してほしいと伝えてくれ」


別に、同じ国に仕える軍人なのだから言えば協力してくれると思うけどなぁと口にはしなかったが、何か変な気持になった。


「・・・・・・貴方は私達のことを聞かないのですね」


少将の所に行こうかという時に、クジョウ少佐が突然独り言のように呟いた。その言葉の意味が私には理解できなかった。聞くとは一体どういった意味なのだろうか?


「質問の意図がわかりかねます、少佐」


「・・・・・・すまん、忘れてくれ」


クジョウ少佐は苦笑して引き止めて悪かったと言って私を見送った。


そうだと言って少佐が声を上げた。私が振り向くと、一つ忘れてたと言って


「アイツに気の利いた部下を数人連れてくるようにを加えてくれ」

そう言った。


キサカ少将のいる場所まで歩いている間、私の頭は先ほどの少佐の言葉がぐるぐる廻っていた。


自分達のことを聞かないのか。それの意味するところとは何なのか見当がつかなかったが、クジョウ少佐達に違和感を覚えたのは確かだ。それは、第三遠征軍についても同じであった。


ピィェンガン中将を始めとした第三遠征軍は、5年ほど前に遥か東の小国から共和国にやってきた。その後共和国軍に入隊したが、ひょんなことから陛下の娘であるアリス皇女殿下のお気に召され、異例のスピードで共和国軍の中核の一つとしてその地位を築いたのである。


その異例の速さに他の軍人からは様々な憶測が流れていた。袖の下を送ったとか、魔法で殿下を操っているからだとかその殆どが根拠のない悪意に満ちたものだった。


「ひょっとして、アイツらこの世界の人間じゃないんじゃないか?」


こんな噂もその中の一つであったが、この噂だけは根拠に思い当たる節があると私は思っている。


彼らの魔法は、剣に埋め込まれた宝石を媒介として詠唱してから発動させるので、タイムロスがどうしても発生してしまうが、それでも共和国内でトップクラスの威力を誇るものであった。


ただ、これは少し特殊だった。


この世界では、魔法はほとんどの人が16歳頃から使えるようになる。使えない人の方がまれだ。無論、軍隊にも少数ながらいるが、指で数えるくらいしかいない。そんな人は、魔法が使える特別な宝石を自分で入手することでその代用をしている。


その特別な宝石は、町の露店で売っていることもあれば、王宮内の専門店で売っていることもある。値段もピンキリありその効果などもそれぞれ違ってくる。


が、この軍は全員が使えないどころか、その魔法を使える宝石を王女殿下直々に賜ったと編集長から聞いたことがある。


後で同じ話を取材仲間に聞いて見たところ、どうやらアリス皇女殿下が国王陛下に頼み込んで賜ったものだというらしいが、ここまで待遇の良い軍隊はこれまで聞いたことがない。


様々な考えを巡らせながら歩いていたので、第三遠征軍の陣営についたのに気づいたのはキサカ少将に声をかけられてからであった。


「ガンフォールさん。何ぶつくさ言っているんだい?」


声をかけられて、私は思わず「わひゃぁ!?」とすっとんきょーな声を上げてしまい、それから少将の姿を見てあわあわと狼狽してしまった。


「ほら、落ち着いて」


そう言って差し出された水を一息に飲み干して気を落ち着かせた私は「第17防衛軍参謀のクジョウ少佐がお呼びです」と告げた。


すると、キサカ少将も少佐と同じく少し驚いた表情をして、それからふふんと微笑んだ。


「へぇ。アイツもこっちにいたのか。それで、奴の要件は?」


「ダスティン中将率いる帝国軍がこの先に陣をとっていまして、少佐が作戦を練りました。その件で少将にお話があるそうです。」


「分かった。案内してくれ」


「それから、少佐から気の利きそうな部下を数名連れてきてほしいと」


「・・・・・・成程な。5分時間をくれ」







「久しいなクジョウ。閣下の参謀役は健在のようだな」


「まぁな」


「俺達を呼んだってことは、閣下はまた例によって誰かに食ってかかったのか?」


「ほれ、あそこ」


そう言って指さした先には、未だに不毛な争いを続けている二人と火消しを行っている中将とナンバ少佐とクサカ中佐の姿があった。


「はぁ、今度はクライス大佐とか。やれやれ。閣下も相変わらずだなぁ」


なぁ、と言って後ろに声をかけると苦笑しながら五人の中隊長が頷いていた。彼らはここに来るときにキサカ少将が声をかけて連れてきた人達で、彼らもジンロンさんの弟子であるという。


「それで、あの戦闘狂を食い止める手立ては浮かんだのかな?」


「まぁな。馬防柵と三段構えで凌ごうかとね」


「ほう、長篠の戦法か。よぉ出てきたな」


「フジキが捻り出してくれたんだ」


「はー。まぁ、アイツなら分からんでもないな」


この会話だけで二人はクスクスと笑い出したものの、私にはなんのことだかさっぱりであったので二人に説明を求めるが、見ればわかるよと一蹴されてしまった為、ムスッとした顔をしていると、二人はクスクスと笑いだした。


なんか面白くない。


「で、俺達は何をすればいい?」


「銃剣をありったけ用意して、馬防柵で迎え撃ってほしい」


「成程。最前線に立つわけだな」


「悪いな。これまでの戦績を考えると一番妥当だったんでな」


「気にすんな」


その後はスラスラと作戦が伝わり、少将が去ろうとしたその時に、私は思い切って質問をぶつけた。何故、貴方がたは指揮官の指示を待たずに勝手に動いてしまうのかと。


私の認識では、軍とは司令官が指針を決定し、参謀が作戦を練りその作戦のもとに兵士たちが動く、というのが基本であり、彼ら以外は何も考えずにただ作戦に従うのが常であるからだ。


その視点からすれば、彼らが行っていることは明らかな軍規違反である。


それを聞いた二人は、あぁ、と嘆息して、「まぁ、閣下の考えは独特だったからなぁ」とつぶやいたのだった。


「閣下が目指したのは自ら考え動く軍人だからな」


「自ら動く軍人?」


「そう。上官の命令をただ実行するだけだったら誰だってできる。命張って仕事しているのにそれじゃ空しいだろうが」


そう言われて、私は納得しかけた。言われたことをただその通りに実行するなら確かに誰でもできる。まして死ぬ可能性が高いこんな職に就く必要はない。しかし、上官、まして国の命令は絶対というそれが軍隊の基本である。


「そもそも、人間という存在は完璧な存在じゃないのは知っているだろ? 不完全な人間が考えた作戦なんて間違えだらけに決まっているじゃないか」


私は首肯した。確かにその通りだ。完璧でないから人間は争ったりするのだ。


しかし、軍隊というのは上官に意見しようものなら問答無用に制裁を加えられ意見を聞いてもらえず、陰湿ないじめにあう勝手なイメージがこびりついている。恐らくこんなイメージを持っているのは私だけではないと思う。


「人の生死が関わる戦争の作戦を、戦場から遥か離れた安全な場所で御託並べて修羅場を知らぬ頭でっかち共が考えた作戦と、数多の修羅場を潜り抜けてきた者達がこれまでの経験、地形、軍の規模等様々な事を考えて立案した作戦。ガンフォールさんなら、どっちを信じる?」


キサカ少将の問いに、私は後者を信じると答えた。


戦場を知っているのは実際にそこで戦っている将兵達だ。戦場についてほとんど知っていると言っていい。気候や地形、健康状態などあらゆる事がリアルタイムで動いている。それを踏まえて作戦を立てた方がいいに決まっている。


そういえば、以前似たようなことを編集長が言っていた気がした。


「指揮官が戦場を把握できない時に、前戦で何らかの動きがあった時は臨機応変に動いて構わないと常々仰っていたからな」


それは変わっていると感じたのが私の本音だ。普通の指揮官は盤面で作戦を考え、たとえ前線に異常があっても戦線維持を命じて自分はさっさと逃げるというのが多い。そんな無能な指揮官の為に有能な将兵達が散らさなくてよい命を散らしてしまったことは決して少なくない。実際に私もこの眼でそんな低能な指揮官を目撃し、憤慨した。その時に私を逃がす為に命を張って散っていった人達の姿が今も頭に浮かんでくる。


中には少数ながら有能な指揮官がいて、彼らが率いる軍はしっかりと戦果を挙げていることを私は知っている。


その時、ただ閣下は兎角敵が多かったと少将が嘆いた。


「閣下のお考えは軍の常識とかけ離れているからな。今日みたいな感じで時々誰かとああやって衝突してたよ。時には国のお偉方にも食ってかかってたから、俺達は何回冷や冷やしてたことか」


「まだ、良い方だろ俺達は。副官の山崎は、俺ら以上に胆冷やしているぞ」


「そうだったな。他所の部隊から閣下の軍に異動してきていきなり副司令官に任命されて、それからが酷だよな。あんな感じだから、一回でも衝突したもんなら東條や及川といったお偉連中に呼び出されては頭ごなしに怒鳴られ、それを聞いて激高した閣下を必死に宥めたりな」


「典型的な中間管理職だったよな、アイツ」


「あれ見ていると、つくづく閣下の副官にならなくて良かったと思うよ」


私はその話を聞いてその山崎という人物に思わず同情してしまった。私が見てもアレは凄すぎてとてもじゃないが手に負えない。あの状態のあの方を宥めるとか絶対にやりたくない。


だが、前にも感じたがあの方がいるということは今後このような事態が必ず何回か来るということだ。その度に誰かが犠牲にならなければならないというわけで・・・・・・。


「はぁ・・・・・・何か嫌だなぁ」


私は気づいたら深いため息を吐いていた。


「でもねガンフォールさん。閣下の下にいれば、貴方の知見は大いに広がるよ。それは保証する」


そこに、つつっと先程の中隊長の一人が駆け寄ってきた。小言でクジョウ少佐に告げると、クジョウ少佐はうむと頷いた。


「分かった。後は任せるから好きにやってくれ」


「承知しました。何かありましたら、連絡します」


そう言って下がっていく彼を見送りながら、ふふんと笑うクジョウ少佐とキサカ少将はちょっと話をしようかと言って外に出ていった。私もそれに続くことにしたが、未だに大火事は収まっていない。


「あ、あの、ほっといていいのですか?」


私はたまらず二人に尋ねるが、いいのと同時に言った。


「火山の噴火は自然鎮火に限る」


それでいいのかなぁ。と同時に今少佐は中隊長みたいな人に好きにやっていいとか言っていたけど、それで大丈夫なのか気になっていた。


「少佐。先程中隊長さんに何か言っていましたが・・・・・・よかったのですか?」


「あぁ、あれ? 大丈夫。彼も閣下の下で学んだから」


そうなんですねと言うと、キサカ少将が少し真面目な表情になってこんな質問をしてきた。


「ガンフォールさん。一つ質問いいかな?」


「何ですか?」


「正義って何かな?」


その質問が一体何を意味するのか分からなかったが、私は自身が考えている正義の定義を述べることだろうと解釈し、それを述べることにした。


「帝国は我が国を己が野心の為に蹂躙しています。共和国は彼らから国民と国土を守る為に戦っています。悪逆非道の帝国の侵攻から国を守り、帝国を間違った道から救い出そうとする共和国に大義名分と正義があります」


それが私の気持ち。帝国の人が全てそうだとは言えない。しかしこれまで私が見てきた惨状を目の当たりにするとどうしてもそう思ってしまっていたのだ。


すると、クジョウ少佐は私にこんな質問をしてきた。


「成程。では、正義だ悪だってのは、一体誰が決めているんだろうね?」


私は質問の意味が分からなかった。正義と悪を決めるのは誰とはいったいどういうことであろうか?


二人は何も言わずに要塞内を歩いていた。私が言葉を口にするまで黙っているつもりであるだろうと思った。私は悶々とそのことについて考えていた。


それを決めるのは人でしかないが、では誰が?


やがて、クジョウ少佐達は口を開いた。


「正義と悪を決めるのは、結局人が決めることだよね」


「そう、ですね」


「正義と悪は紙一重みたいなものさ。自分が正義と思っていることが相手には悪に思える。逆に、自分が悪だと思っていることが相手には正義に思える。簡単に例えるなら・・・・・・そうだな、子供の喧嘩だ」


子供の喧嘩、というフレーズに私は少しばかり違和感を覚えた。先程の正義やら悪やらの論議と子供の喧嘩のどこに関係があるというのだろうか。そしてこの二人の思考は軍隊では異常であったというのが私の印象であった。


首を傾げる私に、キサカ少将は苦笑しながら言った。


「ガンフォール君もあるんじゃないかな? 子供の頃、友人とすっごくどーでもいいことで喧嘩したことがさ」


そう言われてこれまでの人生を振り返ってみると・・・・・・あった。幼い頃に近所の子とケンカしたことがあった。ただ、どんな理由だったかは思い出せないでいたが。


それを皮切りに出てくる出てくる。言った言わないの水掛け論からの発展や意見の食い違い等、今思えば実にくだらないことでしょっちゅう喧嘩をしていた幼い頃の自分の記憶。


「お互いが正しいと思っているから譲らない。だからぶつかる。戦争とは所詮はそういうものだと、閣下の口癖だ」


「・・・・・・もうなんか、ぶっ飛んでますね」


さもありなんという感じで二人が首肯した。


論点が正義と悪から離れてしまった気がしたが、いい話が聞けたからいいか。


私が二人に質問しようとしたその時、突然乾いた音が数回聞こえてきた。何だろうと思った私の横でクジョウ少佐がふうと息をついて


「早いな。もう来たか」と呟いた。


そんな時に此方に駆けてくる人がいた。少佐、と呼びかけているところを見ると、先程の中隊長だった。


「ダスティン率いる帝国軍が攻めてきました。数5万」


「状況は」


「こちらの馬防柵と一斉射により敵は混乱をきたしています。しかし残り半数の動きが読めません。恐らく別働隊として行動しているものと思われます」


「奇襲も考えられると?」


「はい。既にヨシイ中佐がそちらの対処に向かっています」


「分かった。念の為、クドウとサナダの小隊も向かわせろ」


報告に来た中隊長は敬礼してそこを後にした。


「ガンフォール君、ひとまず戻るぞ」


そう言って、私達は急いで本陣に戻った。


戻ってみると、どうやら大火事は鎮火していたようでクライス大佐とジンロンさんの下には膨大な量の情報が飛び交っていて、その処理に忙殺しているようだった。


「戻ったかシンジ、マサミチ。こっち来い」


手招きされた二人は早速軍議に加わり私は一旦中将の隊に戻ろうとしたが、その時、そそくさとこの場を去ろうとする二人組を見てしまった。


その二人は中将の軍にいて日々懸命に闘ってくれた古参の人達で中将からの評価のいい。そんな二人がまるで人目を気にするように辺りに顔を向けながら走っていく。


彼らを見ていた私の頭に、かつて編集長から聞いたことを思い出されていた。


『いいかいクリス。戦争は謀略戦でもあるんだ』


『謀略戦、ですか?』


『そうだ。如何に自軍の消耗を減らしつつ相手の損傷を大きくするかが分かれ目の事がある。特に、大国同士なら尚更さ』


以前、ある国の戦争を取材した際に編集長からこんなことを言われた。謀略とは一体どういうことなのか、当時の私は知らなかったので聞いてみたことがある。


『簡単に言えば、嘘の情報を撒いて相手を混乱させる。同じく嘘の情報を用いて敵の有能な将軍を粛清させる。敵の将軍を味方に引き入れ内応させるといった、ね。手っ取り早いやり方は敵方にスパイを送り込むことだ』


その話に興味を持った私は、編集長にあれこれ質問してその度に答えてくれたことを一心不乱にメモ帳に書き記していた。


スパイの中には戦が起こる数年前から敵国に潜り込み、要職などについてその国の人から十分な信用を得た上で重要な情報や極秘事項を引き出す。その情報を隙を見て味方に伝える者もいるらしい。


無論、リスクを伴うものなので、途中で正体がばれて二度と故郷の地を踏むことができなくなった者も多数いるという話だ。まさに命がけの任務だ。


また、その国のキーマンを消すことでその国の国力を低下させ、更には国内に不安を煽ること、疑心暗鬼を生ずることで国内の結束を弱めることができる。


『クリス。君はこれからジャーナリストとして軍と行動することもあるだろう。今後私の言ったスパイに会うかもしれない。その時はまずその人物をよく観察するんだ。そして確信を持ったら速やかに責任者に報告するんだ。じゃないと、君が死ぬことだってあるからね』


私は彼らの行動をメモしながら後を追った。信じたくはなかったが、あの人達が万一でも共和国の不利益になるようであれば、中将らに伝えなければならない。


だからいつでも情報を送れるように持っていた端末に予め文章を打ち込み、いつでも中将に送信できるように準備していた。


「ようやくですね」


「あぁ。警戒心がない将官で良かったよ。バカはやりやすい」


そんな会話が耳に入った。それまで信じていた私は彼らの行いを確信した。


彼らは帝国のスパイだ。それも何年も前から中将の信頼を得んが為に。


このままいくと北門に出る。彼らは何らかの言い訳をでっち上げて脱出するつもりだ。彼らを逃がしてはこの砦が危ないと感じた私は中将に知らせるべく端末の送信ボタンを押そうとした時だった。


突然その二人が足をもつれさせて地面に思いっきりダイブした。そしてあっという間に数名の兵士に縛り上げられて連行されていった。


「えっ、えっ??」


何が起こったのか分からずにきょとんとしていた私の肩を誰かが叩いた。ビクンと肩を

上げながら後ろを向くと、そこにいたのはアインス=シュバルツ曹長であった。


「やっと見つけましたよ、クリスさん」


「しゅ、シュバルツ君?」


「あんまり危ないことしないで下さいよ。僕が中将に怒られるんですよ?」


少し怖い目つきで言ってきたので素直に頭を下げると、私は一体どういうことだと聞いた。


「中将からの命令でね。あの二人から眼を離すなと」


シュバルツ君の話によると、どうやら中将は以前から彼らの行動が怪しいと睨んでいたようで、シュバルツ君にそれとなく監視させていたようだ。


それと並行して私の護衛も兼ねていたようで、シュバルツ君の苦労は計り知れなかった。


「けど少しの差で間に合わなかったみたいです。別のスパイがこちらの情報を敵に届けていたようで、別働隊が西から現れました」


この砦は東・西・南を塀で囲まれており、特に東と西は密林の天然壁が広がっている。ここはその密林を分断するような形で存在している。


この天然壁を超えることができれば首都へ行軍することが可能であるが、この天然壁はその昔とある大魔術師がある種の呪いをかけたらしく、ここを通る者は確実に死ぬと言われている。故に誰もこの密林を通ろうとしない。


しかし、その事もあって東西にはあまり人員を配置していない。それほど安心しきっていた。そこをどうやら突かれたようだ。


兎にも角にも私達は急いで司令部に戻った。既に総司令クライス大佐は方々への指示でてんやわんやの状態だった。


「敵本体の迎撃にクジョウ少佐とキサカ少将の隊が向っています。東側は中将が少佐達の案で何とか持っています」


「けどシュバルツ君。こっちは兵力的に不利じゃない? このままだとジリ貧じゃぁ・・・・・・」


「案ずるなクリス。総大将を叩けばそれで終わる」


その不安をかき消すように、ジンロンさんが後ろからそう言ってくれた。何故かと理由を問うと


「古来から、大将を失った軍の統率ほど脆いものはない。まぁ、優秀な副官がいれば話は別だが、そんな奴はほとんど聞いたことない」


「ですがジンロンさん。ダスティン中将の副官は切れ者で有名なノイン=ルドルフ少尉です。それくらいのことは想定内かと・・・・・・」


当然の疑問を投げかけた。大将の副官は彼の補佐を含め戦場をあらゆる角度から検討して戦を進めるブレーンみたいな存在であると以前誰かから聞いていたことがあった。特に大将が猪突猛進型や類型の将軍だったら尚更だ。


「奇襲とかは下策では・・・・・・」


「そのルドルフ少尉。聞けばナルシストらしいな。己が作戦は絶対成功すると確信して疑わない。他人を嘲るのが趣味の最低野郎だ。そんな馬鹿なぞ、俺らの相手じゃない」


しかし、ジンロンさんは自信たっぷりにそう言った。その自身は一体何処から来るのか分からなかったが、何故か信じる気になっていた。


「一体どうするんです?」


私がそう尋ねた時に向けたジンロンさんの薄ら恐ろしい笑顔が今でも忘れられない。


「これよ」


そう言って彼が出してきたのは、帝国軍の軍服だった。


「・・・・・・一体、どうやって手に入れたのですか?」


私がジト眼で聞くと、ジンロンさんはにひひと不敵に笑った。何となくではあるが、私は見当がついていた。チラリとシュバルツ君を見ると顔が真っ青になってガクガク震えていた。


心の中でご愁傷様と呟いた私であったが、ふと嫌な予感がして彼が持っていた服を見ると、なんと3着あった。


「えっと・・・・・・、ジンロンさん? 何故それは3着あるのでしょうか?」


この時、私は嫌な予感が確信へと変わりつつあったが、聞かずにはいられなかった。何故なら、ジンロンさんのその時の笑顔がとてつもなく怖かったのだ。


「そりゃ潜入するからな」


「あの、その3人とは?」


ジンロンさんは何も言わず指を指した。自分と、シュバルツ君と、民間人の私。


「・・・・・・何故、私なのですか?」


「ルドルフ少尉とやらが、たいそうな女ったらしと聞いてな」


「・・・・・・何故、私なのですか?」


「お前は何気に強運の持ち主だからな」


「・・・・・・何故、私なのですか?」


「従軍記者の取材の一環だ。安心しろ。お前の身はシュバルツが護ってくれるさ」


三度の問答の挙句、私はがっくりと肩を落とした。どうやら逃げられそうにない。というか、中将には何て言ったらいいのだろう。


シュバルツ君は完全にとばっちりである。敵軍に潜入して服を盗むという危険な橋を渡った挙句、民間人である私の護衛の為に再び死地に赴くとは思ってもみなかっただろう。


いや、3着盗ってこいと言った時点で巻き込まれることは確定したと諦めていたかもしれない。


「てか中将に何て言うんですか?」


「あ? このままこっそり行ってちゃちゃっと済ませてくるに決まってんだろ? だから何も言わずに行く」


私は眩暈を起こしその場に崩れ落ちた。


ちょっと待てこの野郎。今何て言いやがった?


「いやいやいや! それダメでしょう! 今、貴方は中将の客将なんですよ!? 勝手なことしちゃダメだってさっき貴方自自身が言ってじゃないですか!!!!」


あまりのことに私は生まれて初めて他人に怒りを露わにした気がした。


「大体貴方は自分勝手すぎるし、軍というものを―――」


「クリスさん。どう、どう!」


まだ怒りが収まらなかった私はこれまでのジンロンさんに対して思っていたことをぶちまけようと彼に詰め寄り、一発ぶん殴ってやろうかと思っていたが、シュバルツ君が後ろから羽交い絞めにして私の邪魔をしたらしい。


「邪魔しないでシュバルツ君! この人一発殴らせて!!」


「ダメです! てかジンロンさんもちゃんと作戦あるなら勿体ぶってないで話してください! でないとこの人本当に貴方を殴りますよ!!?」


鬼もビビって逃げるほどの末恐ろしい形相の私に涙しながらもシュバルツ君はジンロンさんにそう言ったという。


その時のジンロンさんは、ものすごくめんどくさそうに頬を掻きながら「わーったよ」と投げやり気味に言ったらしい。


その時の記憶は、怒りのあまり忘却されてしまったようだ。覚えているのは、ジンロンさんが今回の作戦の概要を言い終わったあたりからである。


「ちゃんと話すから、ちょっと落ち着けクリス」


ふー、ふー、と猫のように荒い息遣いになりながらも私は落ち着いていたらしい。


・・・・・・本当に、何も覚えていない。


「今回の事は、ちゃんとピィェンガンにも言ってあるし、許可も取ってある。人員も、奴から借り受けた」


そう言い終わるや、パラパラと10名くらいの兵士が現れたらしく、その顔は皆生き生きとしていたようだらしい。


どうやら、中将の下にいる将官達は再びジンロンさんと共に戦える事が殊更嬉しい様だったとシュバルツ君が語ってくれた。


「ちゃんと、お前にも分かるように説明してやるから」とジンロンさんはそう言ったそうだ。



本来であれば、この危機迫った状況で講釈を垂れている時間はないのだが、説明しないと私が納得しないと思っていたようで、貴重な時間を割いて説明してくれた。


「さっきも言ったが、強力な軍を瓦解させるには大将を叩くのが一番だ。加えて、軍を率いるに相応しい将軍と参謀を排除する。それで、その軍の攻撃力は消滅する。兵士達は烏合の衆というわけだ」


「じ、ジンロンさん。早くしないと僕が持たないです・・・・・・」


「奴の軍の要は大将ロイエル中将と参謀ルドルフ少尉の二人だ。こいつらを、夜襲に乗じて討つ」


「・・・・・・えっ? 夜襲って??」


「―――ようやく、こっちに戻ってきたなクリス」


ここから、私の記憶は復活した。ただ、「夜襲―――」のあたりからだったので、私は一発こつんと頭を殴られた。


「俺も悪かったが、ちったぁ反省しな」


「はぁい」


「さて、話を戻そう。今回の奴らの奇襲攻撃はピィェンガンにシンジにマサミチらに任せていれば安心だ。俺達は夜を待ち、夜陰に乗じて帝国軍に潜入する。俺の合図で『味方』が夜襲を決行する。その混乱の中で二手に分かれ件の二人を討つ」


「夜襲、ですか?」


「そうだ。これも、アイツらにはもう話してある」


「ですが、ジンロンさん。帝国軍の位置なんてどうやって知らせるのです?」


そこで、私の方を見てニタァと笑んだを見て、私は苦笑いした。つまりそういうことだった。


私はバッグからいつも取材で使っている小型の映像記録媒体を取り出した。


「これで私達の場所を中将達に伝えるのですね?」


それが、私が今回ジンロンさんに『連れていかれる』本当の理由だった。


「物分かりが良くて助かるよ」


そんな意味ありげな笑顔向けられたらいくら鈍い人でも分かりると思うとは口にしなかったが、ため息を吐いてその媒体の設定を始める私を他所に、ジンロンさんは作戦の説明を続けた。


「帝国が撤退を開始したらそのどさくさに紛れて奴らの懐に入る。後はその時が来るまでバレずに過ごすんだ。下手に芝居をするな。自然に溶け込むんだ。合図がしたら、目的を忘れずに派手に暴れてやれ」


応、と小さく答える彼の弟子達は一瞬にして散っていった。


それを見て、ジンロンさんは私に2枚の写真を手渡した。そこには2人の将が写っていた。肩章から、右の写真がロイエル中将で左がルドルフ少尉であろう。


というか、その写真は一体何処から入手したのですかねジンロンさん?


「クリスはこいつらの顔を覚えろ。お前が頼りだ」


そう頼まれてはやらずにはいられない。私は彼等の特徴をメモに書き記したりして作戦中にすぐに見つけることができるように必死だった。


ジンロンさんと私は一緒に行動することになった。他の人達もそれぞれ4班に分けられると、各班の班長を集めて最終確認を行う事になった。


4班は2つに分けられ、1・2班はロイエン中将を、3・4班はルドルフ少尉を討つことになった。それぞれが目的を達成したら派手に暴れながら素早く撤退し損害を最小限に留めること、作戦計画は臨機応変に変更可とし、やばくなったら作戦など放棄してすぐに逃げるようにと申し伝えられた。


因みに、私はジンロンさんと一緒に標的の探り出しと支援だそうだ。やり取りは魔法による簡易通信無線で行うらしい。


「いいかお前ら。犬死はするな。命ある限り失敗などいくらでも取り戻せる。焦らずに、深呼吸して周りを見ろ。分かったな」


ジンロンさんは最後にそう締めくくり解散させた。


「ジンロンさん。何故、あんなこと言ったのです?」


それから暫くして私はジンロンさんに先程の言葉の意味を尋ねると、まだ時間はあるなと呟いて解説してくれた。


「クリス。戦争の勝者って誰だと思う?」


いきなりの質問に私は戸惑いながらも、数秒考えた後、「相手に勝った方ではないですか?」と答えた。


それに対し、あの人は違うと即答した。私がポカンとしていると


「戦争の勝者は戦争を生き残った奴だ」と言った。


「それはどういう・・・・・・?」


「国の勝ち負けなんざ、結果論に過ぎん。戦争ってのは、多くの金を使い、資源を浪費し、人の命が湯水の如く消えていく。それは、分かるな?」


「はい」


「死ぬということは、そいつがやりたいこと、家族との団欒、友人と過ごす時間など、あらゆることが永久に失われるということだ」


「そうですね」


「お前らの国が兵士に対してどう教えているかは知らんがな。聞いたことあるか?」


「えっと・・・・・・。聞いた話ですが、国の為に最後の一兵になるまで戦えと言われるそうですよ」


それを、ジンロンさんはくだらんと一蹴した。


「国の為に戦え? 確かに一理ある。だがなクリス。こんな暴言何処にある」


「暴言?」


「兵士の中には有能な人材が山ほどいる。そいつらの人生をその一言で戦地に赴かせ、戦わせ殺す。死にたくも無い奴を死にに行かせるなど、論外だ」


ジンロンさんが怒っている。戦争を憎んでいるのかもしれない。


その一方で、彼は兵士達を気遣っているように思えた。


軍に入るということは、いつの日か戦いで死ぬということを前提としている。その日が来るまで、彼らは訓練を重ね、束の間の休みを謳歌している。


ジンロンさんは戦争で死ぬことを否定していない。死に方を批判しているようだ。


戦争に参加すれば、何らかの要因で死ぬ者がいる。銃撃された、流れ弾に当たる、爆撃される戦争に参加すれば、何らかの要因で死ぬ者がいる。銃撃された、流れ弾に当たる、爆撃される等々。


蛮勇による特攻を彼は憎んでいるようだ。将官は部下に任せてさっさと逃げ、迫りくる暴力の前に部下は恐怖に顔を引きつらせながら突撃して。あるいは、将官が率先して自らの自殺に部下を道連れにしていく。その状況を許せないでいると推察した。


「将兵は戦いに参加した以上、勝敗がつくまでその歩みを止めない。が、俺達は命ある生き物だ。生き恥がどうとか虜囚の辱めがどうとかそんなもん関係ない。どんなに惨めな目に逢おうが他人から後ろ指さされようが生き抜け。そして戦争の虚しさを伝える語り部となれ。

これ俺の持論でな。俺の部下には口酸っぱく聞かせていた」


ニカっと笑うジンロンさんに釣られて私も自然と笑っていた。ジンロンさんは確かに私達の常識から斜め上にぶっ飛んでいる思考の持ち主で私達には理解ができない。


しかし、この人は私達以上に将兵達の事を考えている。敵味方関係なく、だ。


「人生なんて、たった一度きりしかないんだ。後悔しない選択をしたいだろう?」


「・・・・・・そうですね」


「・・・・・・・・・・なに、笑ってる?」


思わず口を手で押さえて笑いを噛み殺していたのだが、ジンロンさんにジト眼で睨まれた。


「ジンロンさんが、人で良かったなと」


ジンロンさんはポカンと『何言ってんだこいつ?』みたいな表情をされたが、私は気にすることなく作戦の為の準備にかかった。


私達の周りでは相変わらず兵士達が右へ左へ忙しなく動いており、時折クライス大佐の怒号が轟いた。どうやら状況は宜しくない方向に進んでいるようだ。


「大分苦戦しているな。少しマズいか」


そう呟くジンロンさんであったが、顔はそこまで心配をしていないように思えた。それよりも彼の教え子である中将達が『少し手こずっているがまぁ何とかなるだろ』といった感じで特に指示を出すことなく歩いていた。


そこまで信頼されていると中将達が聞いたらどれくらい喜んだことだろうか。


「閣下」


と言って近づいてくる人がいた。彼はヘイタ=ミサカというキサカ少将配下の中佐だ。


「随分と苦戦しているじゃないか、ヘイタ」


「すみません。何分、帝国の攻勢が思いの外激しく、手こずっています」


「敵を甘く見すぎたな。それで、何とかなるのか?」


「はっ。何とかなりつつあります」


「根拠は?」


「奇襲部隊を編成し、現在帝国軍の中隊長クラスを集中砲火し、併せて指揮系統の寸断を図っています」


「ふん。考えたな」


「お忘れですか? 俺ら、閣下から薫陶を受けてるのですよ?」


「そうだったな。よし、敵が撤退したら信号を上げろ。それが合図だ。皆にそう伝えろ」


「はっ」


ミサカ中佐は足早に立ち去る。ジンロンさんは私を見て準備を急ぎ西門付近に待機するように言った。


私は半ば走るように集合場所に急いだ。走っている最中第17軍の兵士達とすれ違ったのだが、その顔のどれもが緊張と不安に満ちていた。


どだい無理はないと思った。味方にスパイがいたこと、そのことにより帝国から奇襲を受け、司令部は錯綜した情報整理に忙殺され、全く機能していない。


中将やクジョウ少佐、キサカ少将の隊は事前に打ち合わせしていた為、帝国の動きにすぐ反応できた。


しかし、やはり準備が少し不足していたようで苦戦しているようだ。


それでも、ジンロンさんの教え子を誇っていることはあり、臨機応変に戦場に対峙している。冷静に、今自分達がやるべきことを熟知している。


そうこうしているうちに私は集合場所に到着した。そこには既に数人が集まっており、その時が来るのを心待ちしていた。


「ガンフォールさん。貴方も大変ですね」


「あはははは・・・・・・。何ていうか、あの人に一度睨まれたら逃げられないなと悟りまして」


「あー分かります。俺も閣下に睨まれた口で、その日の内に作戦課長に任命ですよ」


「俺なんて副官補佐だぜ。閣下に振り回された山崎中将が不憫でならなかったよ」


そこから暫く私は彼らとジンロンさんの話で盛り上がっていた。聞けば聞くほど、ジンロンさんは破天荒ではあるがかなり慕われていると感じた。口では色々と文句を言っているが、どこか親しみが込められている、そんな感じだ。


「・・・・・・てか、私らここに待っているだけでいいんですかね?」


ふとそんな疑問が湧いて尋ねてみると、彼らはつい今まで忘れていたように手を打って思い出したように呟いた。


「あー・・・・・・んじゃま、そろそろ行きますか」


「え? ジンロンさん待たなくていいんですか?」


「大丈夫。閣下なら勝手に紛れてくるから」


「・・・・・・それでいいんですか?」


「閣下は奇襲の準備をしているし、場所も打ち合わせ済みだからね」


ははは、と苦笑した。偉く信頼されている人だなと感じた。


兎に角私達は急いで門を出て戦場近くの森に待機することにした。


爆音が耳をつんざき、聞きたくもない断末魔の叫びが私の気力を奪っていく。もしも傍にシュバルツ君がいなければ即座に逃げ出していたかもしれない。


私達が待機している森は、主戦場から500mくらい東に離れた場所にある。


「何か遠いね」


「遠い? あぁ、そうですね」


合図が鳴ったとして、敵に紛れ込むには位置的に少々無理があるのではないだろうか。敗走の混乱の最中とはいえ、流石に気づくのではと思った。


その時、一緒にいたソウタ=ヤスダ少尉が号令をかけた。行くぞとの一言で皆が一斉に動き出した。理由は分からなかったが私も彼等の後をついていった。


一行は敵軍まで200mの場所まで近づいたその瞬間、何かの破裂音がした。これがどうやら合図らしい。それを聞いて皆が一斉に走り出した。


敗走の混乱でダスティン軍は私達に全く気付くことなく、ただ逃げていた。追撃を恐れての事だろう。


その敗走軍の中に、私はジンロンさんの姿を認めた。本当にいたことに驚いたが、チラリと見た彼の弟子達が「言った通りでしょ?」とドヤ顔をしていたので、思わず笑ってしまった。







全くどうして人間というのは、こうも警戒するということを怠ることがあるのだろうと考えていた。


日も大分落ちた頃からダスティン軍の酒宴が始まっていた。どうも憂さ晴らしのようにも明日の為の景気づけとも思えたが、兎角彼らは最初から飛ばしていた。


「いいねぇ姉ちゃん! ほれ、もっと飲めよ!」


「は、はい・・・・・・」


「姉ちゃんはどっから来たんだ」


「ゲルトの村からです」


「あんな田舎からわざわざここまで来たのか? そりゃ大変だったろう。ほら、もっと食べなよ。滅多に食えないものだからさ」


「しかし女の身でよくこんな戦場に来ようって気になったよな」


「実は国は違うのですが、父が軍人だったもので。その背中を見て育ちましたから」


などと兵士達と会話しながら私は注がれた酒を飲んでいた。


ここには女性兵士が配属されていない。別に珍しいことではない。むしろ、女性が軍に参加すること自体ごく少数である。


そもそも、この数か月近く全く姿を見せなかった私のような女性を疑わないこと自体、問題だと思った。


最も、10万近くの兵を擁しているので末端の兵士達が誰なのかを把握することは難しいし、いちいち確認などしないだろう。


この日、ダスティン軍はルドルフ少尉の作戦の下を共和国軍に奇襲を敢行するも、共和国軍の見たこともない柵と攻撃により騎馬部隊が壊滅、更に本軍もクレイス・ピィェンガン両将軍率いる共和国軍の強固な抵抗にあい、更に騎馬部隊を壊滅させたキサカ・クジョウ両将軍率いる別働隊による挟撃により撤退を余儀なくされた。


この戦闘により、帝国軍は死者45,000、負傷者30,000という大打撃を受けた。総勢10万兵がこれにより7割以上の戦力を失ったわけである。


そりゃ酒を喰らいたくはなるよなぁと思いつつも、私は標的を呑みながら眼で追っていた。


ダスティン中将は見つからなかったが、ルドルフ少尉はすぐに見つかった。私の所から少し離れた場所で酒をかっ喰らいながら喚き散らしていたのだ。


「あの男が俺の作戦をうまく使えないからこんな目にあったのだ!」


「お前らがきびきび動いていればこんなことにならなかった!」


と、自分の事を棚に上げて上官であるダスティン中将や味方を批判していた。


「あーあ、また荒れてるよ」


「アイツの癇癪には困ったものだな」


そこにいた人達は思い思いの言葉を口にして盛大なため息を吐いた。どうやら、彼は日常的に癇癪を起しては周りにはた迷惑をかけているようだ。


彼を囲んでいる人達は一様に笑ってはいるが、どれもひきつっている。その顔は早く終わらないかなと訴えている。眼を合わせようとすると、彼ら以外の人は即座に視線を逸らす。私も思わず逸らしてしまった。


悪いことしたなと思う反面、あんな人の愚痴など聞いていたら精神がおかしくなりそうだと思い酒の入った樽を口につけたときだった。


「それで、共和国の姉ちゃんはアイツを殺しに来たのか?」


小隊長であろう壮年の兵士に言われた私は思わず口に含んだ酒を吹き出してしまった。


むせた私の背中をさすってくれたのは右隣にいた兵士の方で、「大丈夫かい?」と優しく声をかけてくれたが、私はそれどころではなかった。


ばれた?どこで?いつ?何故?私はやばいことはしていないはず。へまはやらかしていないはず。だが、ばれた。


ということは必然的に作戦の失敗を意味する。私はこの人達によってよくて捕虜として囚われるか、性奴隷として過ごすことになるか、果ては責任を取ってここで自害するか・・・・・・。


「おい、姉ちゃん!」


私がジンロンさん達への謝罪やら今後の自分の身に起こる事やら何やら色々と考え事をしている時に声を掛けられたものだから、思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。


「わひゃっ!!」


「そんな驚くなよ、へこむぞ」


正気に戻った私は、深呼吸した。彼の言葉を待つことにした。女だけどもう腹は決まった。煮るなり焼くなり好きにしてみろ。


「・・・・・・姉ちゃん。意気込んでいるところ悪いんだがな、俺達は姉ちゃんをどうこうしようという気はないぞ?」


「・・・・・・へ??」


しかし、彼の言葉を聞いてすっかりと拍子抜けしてしまい、ぽかんと口を開けてしまった。


真の抜けた声を出したまま彼を見ると、彼は笑っている。見れば他の人も笑いをこらえているようだった。


「まぁ、想像していたことは分かるよ。俺も同じ立場だったらそうしているしね」


「けど、軍事訓練受けていない姉ちゃんがよくこんなところまで来れたな」


「あれだよ。あそこの奴に守られて来たんだよ」


「あー、あそこの。確かに空気が違うよな」


私は状況が呑み込めず只々茫然としていた。一体どういうことなのだろうか。


「あ、あの~」


私は遠慮がちに彼らに話しかける。ん?と言ってきたので、名前を聞くことにした。


「俺はゼクト=ノイマン。階級は大尉。小隊長をしている」


「ウェルトス=ナハカ。少尉だ」


「オズワルド=カーター。軍曹だ」


「えっと、私はクリス=ガンフォール。ランバルディア共和国第三遠征軍の従軍記者です」


「へぇ。あの名高いピィェンガン中将のとこの記者さんか。その貴方が、何故こんな所に?」


「それは、話せば長くなりますのでかいつまんで話しますと、ある人に半強制的に連れてこられまして」


それを聞いた皆さんはどう反応したらいいのか困惑しているようだった。そりゃそうだ。私が彼らの立場だったら同じ反応をするだろう。


「それで、貴方がたは私に何もしないので?」


「事情があってな」


複雑な表情から、余程人に話したくないことなのだろうか?


しかしそうではなかった。


「俺は、今の帝国が好きでない」


「は、はぁ」


「というか、あの戦闘狂とナルシストが率いるこの軍が気に入らない」


「大体、行く先々で殺戮するなんて時代錯誤も甚だしいわ」


「男子供は皆殺し、女は凌辱。クソくらえだ」


といきなり自分が所属している軍の批判を始めてしまったのだ。しかも、その批判の矛先である一人とは目と鼻の先にいる。万一ここの会話を聞かれでもしたらまずいのではないか?


そう言った私の心配は、何気なく視線を凝らした先を見て解消した。その当事者であるルドルフ少尉は未だに喚き散らしていてこちらに気付いていないのだ。


視線を戻すと、ノイマン大尉達の不満は続いていた。酒も手伝ってかかなりヒートアップしている。


幸いだったのは、熱は入っているが、理性は少しあったようで声はそれほど大きくなっていないことだった。


彼らの話を聞いている限り、この軍団の評判は相当悪いものらしい。他軍からも相当な批判が上がっているらしく、そのほとんどが行く先々での殺戮行為と凌辱行為に関してだった。


かなり派手にやっていたようなので、普通なら誰かにすっぱ抜かれ瞬く間のその情報が世界中に広まってもおかきくないのだが、私はその事実を一切知らなかった。


私の腕が未熟で、他の記者は知っていたかもしれないと思ったのだが、話を聞いている限りだとルドルフ少尉があの手この手を駆使してその事実を隠蔽していたようだ。


その話を聞いて私は怒りを覚えて顔を紅潮させた。人の命を弄ぶどころかその事実を闇に葬り平気な顔で次の狩場へと向かう。人の所業ではない。


この軍の中にも彼らと思考を同じくする畜生もいたのだろうが、ノイマン大尉のような人も少なからずいると思いたかった。


「お、盛り上がってるな。ちょいといいかい?」


そんな空気が悪くなっている中に割り込んできたのが、ジンロンさんだった。


間が悪いというか、空気を読んでいるというか、助かったというかなんというか、この人はある意味凄いと改めて感じたのだ。


もしかして、私の正体がばれたことを知っていて暫く野放しにしていたのではないかというぐらいタイミングが良かった。


「クリスを可愛がってくれたようで。お礼と言っちゃなんですが、一杯どうです?」と右手に持った小さな酒樽を持ち上げて誘ってきた。


あっ、この人知ってて放置しやがったな。


「貴方が彼女を連れてきた張本人様で?」


「人聞きの悪い。役に立つから『お願いして』来てもらったんですよ」


いや嘘つくなそこ。私の意思を欠片も確認せずに連れてきたじゃないか。完全にノイマン大尉達が戸惑っているじゃないか。


私が疑いの眼差しを向けていたのを知っていたのかどうかは分からないが、ジンロンさんはノイマン大尉との話を続けた。


「まず、貴方の名を伺いたい」


「ロンイェン=ジンロンだ」


「貴方がたの目的は?」


「それを聞いてどうする? 俺達は共和国軍の人間だぞ?」


「ご安心を。他言は致しません。ことによっては、協力してもいい」


「そう言って危険な目にあったことがこれまで幾度もあってな。簡単には信用できん」


ジンロンさんの眼差しが厳しいものになる。戦時中の今、彼の言葉は最もであり、ホイホイ人を信用して話すことで、味方を危機に追いやるだけでなく自身の人生を左右しかねない。


初対面の人間を信じるというのはリスクがあることなのだ。


「まぁそう言わずに、俺の話を聞いてくれよ。それで判断してくれ」


そう言って、ノイマン大尉は話し始めた。


大尉を含めて五千人ほどは、元は別の軍に所属していたそうだ。その軍の将軍はとても温厚な人であったようで、国の命令とはいえ占領地の住人を虐殺することに抵抗を覚えていたそうだ。


そこで彼の将軍は、あくまで抵抗してきた者のみをやむなく殺すことにし、その他の住人については部下をつけて帝国の脅威が来ない遥か彼方の地へと逃がすことにした。


しかし、戦役開始からわずか半月で事態は豹変する。彼の将軍は『コルダルン平原の戦い』において共和国軍の挟撃に逢い戦死した。指揮官の戦死により帝国軍は瓦解、敗走を開始した。


敗残兵をまとめたのは大尉であるそうだ。彼らは一旦近くの山脈まで退いた。


その後、上層部の命によりダスティン軍へ編入された。そこからが地獄の始まりだったそうだ。


連中の眼の前で、彼らは蹂躙した住民達を処刑していったのだ。その狂気じみた行為に我慢できずに抗議した者もいたが、その者達も例外なく彼らの前で仲間の手で処刑された。


憎しみに顔を歪める者、悲観する者、くしゃくしゃに泣き晴れた顔を見る度に、大尉達は苦痛に顔を歪めていた。


こんなの、人がやることではない!


苦虫を噛み潰し、しかしそれを決して『表』には出さなかった。出せば必ずアイツらの眼に留まり消される。


いつか必ず『俺達』の恨みを晴らすその日が来るまで、彼らは耐えてきたという。


「・・・・・・話は分かった」


ジンロンさんは静かにそう言った。眼を閉じ、ふうと深く肺の中の空気を外に吐き出した。


「だがよ、大尉。俺達に協力すれば、帝国にはいられなくなるぞ?」


「承知の上さ。こいつらも、同じ思いだからな。何、小さな村で傭兵とかやって食い繋ぐさ」


彼らの決意は固い。私とジンロンさんはそう感じた。


「何だったら、俺が口をきいてやろうか?」


ジンロンさんが提案してみると、大尉はゆっくりと頭を横に振った。その気はないらしい。


「暫くのんびりと外から世界を眺めてみたいと思いましてね」


「分かった」


そう言ってジンロンさんは中座した。


彼が戻って来たのはそれから5分もしなかったが、変わっていたのは潜入班全員を引き連れてきたことで、よく他の人にバレなかったなと内心ドキドキしていた。


「決行は寝静まる寅の刻、ピィェンガン・クライス両軍の夜襲をもって決行。対象は敵大将ロイエル=ダスティンと参謀ノイン=ルドルフの二名。両名排除後、叩けるだけ叩き撤収する。クリス、例のは?」


「場所は既に送っています」


「コウキ。時間と内容を今すぐ奴らに送れ」


「承知しました」


「大尉。アンタらには、俺達と一緒に暴れてもらう。なんなら、どさくさに紛れて対象を殺ってもらっても構わない」


「分かった。やらせてもらおう」


「閣下。計画は変更になりますかな?」


「そうだな。基本は変えない。但し、乱戦になるは必須と考えて臨機応変に動け。討てるなら討て。無理ならその辺の雑魚を一掃すればいい」


打ち合わせは短時間のうちにサクサク決まっていった。そして作戦時間まで解散となり、私はさてどうしようかと迷っていた。


見る限り、この軍は二手に分かれる。一つはダスティン派と思われる血気盛んで共和国軍を蹂躙せんと息巻いている一群と、ノイマン大尉らのように、恐らく他の軍から編入された一群で明らかに士気はどん底にある。連中のやり方に不満を持ち、ついていけないと感じているのだろう。


共和国にも、二つの派閥があるのだろう。敵を殲滅する為に手段を択ばない連中と、友好的平和を望む連中。


その時、私の通信端末が振動した。急いで人目のつかない場所まで移動し画面を見ると、記者仲間のリンディ=ホープマンだった。


『クリス。久しぶり。元気だった?』


「えぇ。久しぶりねリンディ」


画面上には飛び切りの笑顔を振りまくリンディの姿が映し出されていた。


『アンタ、またエライ事に巻き込まれてるわね』


「うるさいわね。好きで巻き込まれてるんじゃないわよ。だいたい、何で知ってるのよ」


『べノン大佐からね』


何故べノン大佐は私がこんな面倒事に巻き込まれているのを存じているのだろうかとツッこみを入れてやりたいところだが、それをぐっと飲み込んで何で連絡を寄越してきたのか聞いてきた。


『大佐からのお礼を伝えるのと、ちょっとした情報をね』


「情報?」


『そ、情報。二つある』


勿体ぶらずに言いやがれ、こちとら時間がないんじゃ。


『そーかっかしなさんなよクリス。手短に話すからさ』


ならさっさと言え!


『一つは、キース編集長の事。今のところ牢の中に幽閉されているけど、いつ処刑されるか分からない状況だよ。後一つは、今そっちに帝国第2遠征派遣部隊が向ってるよ。数6万』


私は言葉を失った。いくらなんでも、6万の援軍を迎え撃つ体力がこちらには残っていない。


私が黙ったままでいると、リンディはにっひっひと人の神経を逆なでするように笑っていた。


『そんな貴方に朗報です』


そんなことをの賜ったので、私の堪忍袋は切れた。


「早く言えこの野郎でないとアンタの昔の面白恥ずかしい数々のネタを全国にぶちまけてやる」


『ごめんなさいそれだけは勘弁して』


「言えいいから言えさっさと言え」


私が怒りのまままくしたてるとリンディはその朗報とやらを話し始めた。


『さっき言った援軍は来ないわよ』


・・・・・・は?コイツ何言ってんの?


「いやいや、アンタさっきと言ってることが違うじゃない」


そんな私に彼女は良いから話を聞きなさいなと言う。


『第2遠征派遣部隊6万がそっちに向かうという情報を得たのは今から3日前。知り合いの従軍記者に確認を取ったから確実よ。けど、昨日その派遣部隊が全滅したという情報が入ったわ。これもその知り合いから実際の映像見させてもらったから確認済み。聞いた話なんだけど、その6万の軍、たった一人によって全滅させられたんだって』


それを聞いて私は思わず声をあげそうになった。そんな芸当をしでかしそうな人物を私は知っている。というか、今私と一緒にいる。


「そ、そうなんだ」


私は努めて平静を装って話した。


「その人はどうやって6万もの大軍をたった一人で全滅させたの?」


『何でも、その人が振るった剣から巨大な火の鳥が出てきて半数以上が焼死。残り半分は彼の剣と天から降り注いだ無数の光の矢によって死んだとさ』


うん、やっぱあの人っぽいな。そんな規格外の技を使いそうな変人は。


『・・・・・・ねぇクリス。アンタ知ってるんじゃない? その人』


そう聞かれた私は多分といい、彼女に伝えた。


「ピィェンガン中将のお師匠様に当たる人なんだけど、色々規格外の人なんだよね」


『ふーん。どんな人?』


「べノン大佐から聞いてない?」


それに対してリンディは首を傾げた。どうやら聞いていないようだ。


「多分唯一大佐に土つけた人だよ」


あぁ、と彼女は大声をあげた。


「大佐の軍を一人で全員戦闘不能にして大佐の技を一目見ただけで自分のモノにしたっていうロンイェン=ジンロンって人!?」


私は首肯した。


「会わせて!!」


リンディはそう言った。嫌だ、と言いたいところだったが、彼女は眼を星の様に輝かせていたので止めた。こうなった彼女は何を言っても譲らないことを知っている。


ちょっと待ってと言って私はジンロンさんを探しに行き、渋る彼を何とか通信機の前に連れてくることができた。


簡単な自己紹介を互いに交わすとまず彼女はベノン大佐の謝意を彼に伝えた。


「アンタ、大佐の知り合いなのか?」


『幼馴染でして』


ふむ、と頷くジンロンさんにリンディは早速6万の軍勢撃滅について質問を始めた。


『あの、将軍はどこから援軍が来ることを知ったのですか?』


「リンディとやら。俺はあくまでピィェンガンの客将であって正式な共和国軍人じゃない。その将軍ってのは止めてくれ」


『あー分かりました。それで、ジンロンさんはどこから』


「大佐の所に、昔の弟子がいてな。秘密の暗号で知らせてくれたんだよ」


いつそんなやり取りをあの時したの?と私はツッコんだが、クサノ少佐は中将の同僚だったらしいから、恐らく中将経由で聞いたのだろう。


あの混乱の最中よくできたなぁと感心してしまった。


『ふーん。それで?』


「大体の場所も知らせてくれたんで、そこまで出向いて屠っただけさ」


『具体的には、どのように?』


それに対して、んーっと数秒唸ってから簡単に、本当に簡単に話した。


「火の鳥を召喚して半分を焼滅、1/4は弓で射殺、残りは斬殺だな」


唖然としている私を他所に、リンディは恐る恐ると言った感じで質問を続ける。


『あ、あの・・・・・・。火の鳥と弓っていうのは、何ですか?』


ジンロンさんはポカンとしていたが、すぐに答えてくれた。


『簡単に言うと、まず火の鳥ってのは、その辺に飛んでいる鳥が巨大になって火を全身に纏っている感じだ。弓ってのは俺の国で使っていた飛び道具だ』


そう言って、ジンロンさんは地面にその弓と言う飛び道具の図を書いてくれた。緩やかな曲線の「竹」と呼ばれる素材を基にして作り、弦と呼ばれる部分には麻と呼ばれる素材などを使用して作るそうだ。飛ばすものを「矢」と呼び、細く加工した木材の先端に尖った鉄を括り付け飛ばすそうだ。


私はつい最近知ったが、魔法がまかり通るこの世界で、その武器はいかにも原始的である。


しかし、現実にその原始的武器が帝国軍に対して有効に使われたことを私は見ていた。


「ま、1キロ離れた場所から乱れ撃ちしたからな。気付くまでにはある程度は射抜いている」


と軽く答えた。


私は知っている。その弓は通常であれば200mくらいしか飛ばないことを。そんなことできるのは貴方位であることも。


「まぁ、閣下の弓は凶悪なオーダーメイド製だから可能だし、実力自体が神もかくやと言うくらいだし、ね」


と語った言葉に思わず頷いたあたり、私もしっかり毒されている感じがした。


『これから、ジンロンさんはどうするんですか?』


いきなり核心を突くのかこの娘は?


「戦闘狂とクソ参謀の首を取る」


そして貴方は作戦の事を軽々しく外部の第三者に語っちまうんですね。もう私の背中は冷汗が滝のように流れてますよ。


ホント、この人といると私の心臓に悪いし寿命がどんどん削られていく気がする。


『・・・・・・・あ、あの、私が言うのもなんですが、それ、言っちゃまずい物じゃ?』


激しく首肯する私。私、まだ常識を保っている。


「大佐の知り合いなら別に言ったって漏洩しねぇだろ?」


一体その自信はどこから来るのですか?


その、無条件に人を信頼するのは如何かと・・・・・・


「まぁ、他の連中にチクれば、その時はご挨拶に伺うから心配すんなよクリス」


ジンロンさんはまるで私の心を見透かすように苦笑したので心配して損した。


「・・・・・・そのご挨拶とやらはあれですよね? お礼参り的なやつですよね??」


「お? 分かってるじゃねぇか」


バシバシと肩を叩くジンロンさんの向こうでリンディがフルフルと震えていた。


うん。分かるよ。6万の大軍を一人で撃滅したお方が真ん前にいるんだ。しかも、眼の前にいる彼はそれはそれはすこぶる笑顔でいるが、その後ろには凶悪な笑顔を浮かべている魔王様がいらっしゃるように見えた。


『た、他言はしません神に誓って』


「ん。約束を守る娘は長生きするぞ」


笑顔のまま、ジンロンさんは彼女に一つおいしい話があると言った。


「大佐と弟子宛に贈り物したからよろしく伝えておいてくれ」


『贈り物・・・・・ですか?』


「6万の中に共和国の裏切者2名いたんでな。まぁ手柄にしてくれ」


そういった。


因みに、どうやってベノン大佐がいる場所を知り何で送ったのかなどはあえて聞かなかった。まだ私は死にたくない。


やがて通信が終わると、ジンロンさんは私にふり向いてにっこり笑った。


「仲間は大事にしろよ」


私はこっくり頷いた。


ジンロンさんはふと夜空を見上げ、顎を手でなぞった。


「―――クリス。時間だ、行くぞ」





「あげますよ?」


「おう。パーティー開始だ」


私は上空に向けて光弾を打ち上げた。


それからほんの数十秒の間があり、地響きと共に共和国軍が寝静まった帝国軍の蹂躙を開始した。


突然の共和国軍の夜襲に帝国軍は文字通り大混乱に陥っていた。加えてノイマン大尉達が反旗を翻したためにその混乱に拍車をかけた。


逃げ惑う者がいれば武器を取って応戦する者、まだ寝ている味方に敵の来襲を告げまわったりする者に向かって凶器を振るう共和国軍。


その大乱戦の真っただ中、私はジンロンさんとシュバルツ君達に守られながら標的を探していた。


「急げクリス! 時間はあまりかけられないぞ!」


「分かっています!」


あの腐れ外道共の顔はしっかりと頭に叩き込んだ。あとは探して彼らに引き渡すだけだ。


「いた! あそこ!」


私は2時の方向を指さした。するとそこには逃げ惑う戦闘狂がいた。


「よくやった」


短くお礼を言うと、彼は既に片刃剣を抜いていた。


「ロイエル=ダスティンだな」


「ん―――」


彼は何を答えることなく振り向いた瞬間にその首は宙に吹っ飛ばされた。


宙を飛んだ首はそのまま彼が突き上げた左手に掴まれた。


「ロイエル=ダスティンを討ち取ったぞ! これ以上の抵抗は無用!」


ありったけの声で叫ぶと帝国軍は一層混乱し始めた。ジンロンさん達はこちらに向かってくる帝国軍将兵の迎撃に入った。


この軍は実質ダスティンの武勇の身で成り立っているとみて相違ない。その棟梁が討たれたとなると、武勇の身を頼りにしていた烏合の衆は自分の命を優先する。


その混乱の最中、別の所からノイン=ルドルフ少尉を討ち取ったとの声が上がった。


これで勝敗は決した。二大柱を失った帝国軍の崩壊はもう止められないだろう。


投降を申し出た者もいたそうだが、恨み骨髄にまで達していたノイマン大尉ら反乱隊によって一人残らずその命を散らせた。






夜が明けた頃、帝国軍が陣を張っていた場所に残っていたのは私達共和国軍のみだった。帝国軍は全員この戦場の露となって消えてしまった。


ノイマン大尉達はジンロンさんにお礼を言うとピィェンガン中将が来る前に立ち去ってしまった。


去り際に「何か困ったことがあればここに。恩を返しに飛んでいきます」と連絡先を書いた紙を私に渡してくれた。


因みに、私はと言うと、ダスティン中将を討ち取った後はシュバルツ君と数人の兵士達に守られて戦場を駆け巡っていた。


「今回も、圧勝でしたな、閣下」


「よく言うよ。あんな大隊連れてきておいて」


聞いた話だと、夜襲や奇襲の際は最低限の兵力で行うのが基本らしい。近くに軍は控えているが、その軍が動くのはそれらが成功して相手が混乱に陥った時に放つ合図を確認してからだという。


ただ、今回はジンロンさん自らが奇襲部隊を率いていたこともあり、中将は合図とともに1軍隊率いて帝国軍を蹂躙したのだ。


いくら数で押していた帝国軍とて、奇襲されてはその本来の実力を発揮できなかったのは致し方ないのかもしれない。


「よし、墓つくっぞー。お前ら、何か手ごろな木か石持ってきてくれ」


ジンロンさんがそう言うと、皆が返事をして墓標になりそうなものを探しに行った。他の人は土を掘り返し始めた。


「墓・・・・・・ですか?」


私がそう聞くとそうだと答えた。


「どんなクソ野郎でも死ねば皆同じだ。冥福を祈るくらいしてやってもいいさ」


「そういうもんですか?」


「そういうもんだ。悪霊になって祟られても困るしな」


言葉のニュアンスから仕方なくと言う感じがしないでもないが、祈らないよりかはマシと言うことだろうか。


てか、今の言葉をたった今死んでいった者達が聞いたらそれこそ祟られるんじゃないだろうか?という疑問もあったが、ジンロンさんなら悪霊如きは手にする片刃剣で文字通りばっさり切り捨てるんだろうなぁなんて思い納得してしまった私がいた。


「と言っても、俺が名を知っているのは屑野郎二人位だ。だから合同碑って形にはなるがな」


そうですか、と答えてから暫くして兵士が手頃な太さの木材を持ってきた。その人はまるで分っていたかのように墨と呼ばれる液体と筆と呼ばれる筆記用具を彼に渡していた。


ふふんとその人に微笑んだジンロンさんは、サラサラとその木材に文字を書き込んでいった。


そこには「ホアスネイティア戦役殉難者慰霊乃碑」と書かれていた。


その木材を戦場の適当な位置に指して、手を合わせて祈った。


その周りには小さい山がいくつも築かれていた。


私にはこれが何だか分からなかったけど、恐らくこれがジンロンさん達の国でやっている埋葬方法だと当時は思った。


「ピィェンガン。この地に城を築けば前線基地になるんじゃないか?」


「前線基地としては機能しそうですが・・・・・・物資を保管するには少し離れすぎでは?」


「ふむ・・・・・・」


「ここは土地が痩せていて、作物はあまり育ちそうにないです」


私が言うと、ジンロンさんは土を取り指でこすったり舌で舐めたりした。


「・・・・・・確かに場所が悪いか。なら・・・・・・砦くらいならいけるか」


「ならこの一帯に巨大な柵を設け、一定距離ごとに小規模な砦をいくつか築けば帝国軍の兵力は減らせますな」


「しかし、築くっても何ヶ月かかるんですか?」


「半年かな。頑張れば」


「突貫すれば1月くらいで行けそうですが」


「おいおい。平時ならまだしも、今は戦争中だろ? そんな突貫じゃ意味ねぇよ」


「ですよねー」


私の横で何だか今後の話し合いをしている二人が怖い。それは今話さねばならない事かしら?


「あの・・・・・・そろそろ戻った方がイイのでは?」


私が言うと、二人共そうだなと頷いた。


「全軍、撤退!」


中将の号令により、共和国軍はホアスネイティアに戻っていった。


この戦闘により、帝国軍は攻撃の要の一人であったダスティン中将と参謀ノイン少尉、並びに10万以上の兵力を失った。


対する共和国軍も3万ほどの兵力を失った。


ホアスエイティア攻防戦は2週間の戦闘の後共和国軍の勝利で終わった。


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