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ルクセント戦記  作者: 千夏
私とあの人との出会い
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ランバルディア共和国第三遠征軍追撃戦回顧録 元アーレント帝國第十五軍団少佐 ジュンイチ=クサノ氏寄稿手記より抜粋


あの時、私が帝国のアリス=べノン大佐に拾われて5年の月日が経っていた。自分がいた世界からこの世界に飛ばされ、困惑していた私を拾ってくれ衣食住の面倒を見てくれたばかりか、『魔法』が使えないと本来であれば入隊することさえ叶わない帝国軍に裏技を使い入隊させてくれ、あまつさえ側近―――副師団長として迎えてくれた。


当然以前からいた人達は大佐の突然の発表に反発したが「だったらテストしてみろ」ということになり、私は彼らから出されたいくつかの課題を何とかクリアすることができ認められた。


その席で、私が別の世界から来た人間であることなどをさらっと言ってくれた。最初こそ驚いていたが「まぁ、大佐が連れてきた人だから、いいか」的な空気となりそれで終わった。


その日から、私は彼女の右腕として軍の政務から作戦立案などの様々な仕事をこなしていった。私が尊敬する『閣下』の指導のおかげでそつなくこなすどころか軍の質が格段に上がったようで、「やはりアタシの眼に狂いはなかった!」と大佐に褒められたのを今でも覚えている。感謝してもしきれないくらい私は彼女の頭が上がらない。








あの日。私はいつも通り後詰として大佐の参謀として、私がいた世界の同胞であり戦友であるユェンヂー=ピィェンガン中将―――私のいた世界での名は片岡源治という―――率いる共和国第三遠征軍との戦いに明け暮れていたが、戦うこと数十、ついに彼の軍が敗走を開始したことと、大佐配下のネアン=シンレイ少佐が戦死したという報告が同時に私の元に届いた。


正直目の上の瘤であったシンレイ少佐が死んでくれたことは、規律を重んじる我々としてはほっとした。これで大佐に対しての妙な噂が立つことはない。


問題は彼女が「奴を追うぞ」と言ったことだった。当時の共和国軍は遠征の疲労や傷病兵の増加も相成ってまともな戦力はないと思う一方で、何かの罠かあるいは伏兵を忍ばせている可能性があった。


『いいか純一。敵を追撃にする時は、ありとあらゆる可能性を考えろ。伏兵・援軍・隠し玉など、全てだ。味方の被害を最小限に抑え最大の効果を導くのが参謀であるお前の役目だ』


私の師に当たる方―――『閣下』がそう教えてくれた。今回の追撃に関しても、私はあらゆる可能性を思いつく限り浮かべた。


ユェンヂーも『閣下』の下で共に戦った仲間だ。彼も追撃されることを予想して策を巡らせている可能性を否定できない。


そのことを進言したが「この好機を逃せば共和国を死に体にできないだろうが!」と一喝され彼女は二万を率いていってしまった。


彼女の言うことも一理ある。共和国はユェンヂーと言う主柱で持っているといい。それが崩壊すれば共和国は砂上の楼閣に等しくなる。


だがしかし、それは彼女にも言えることだ。べノン大佐とて、帝国の主柱の一つである。彼女が倒れればこちらが危うい。彼女はきっと自分が誰かに倒されるなんて夢にも思っていないだろうが、世の中とは上手いようにできている。予想外のできごとというものはいつ起きるか想像がつかない。


「カラミス大尉。五千を率いて大佐を追ってくれ。残りは一時ダラ平原まで退く。周囲の警戒、怠るな」


私はそう指示してダラ平原まで退いた。カラミス大尉は視野が広く戦況に応じた動きをしてくれるから安心できる。


平原まで退いた私は早速陣を築き斥候を放ち情報を集めることにした。斥候が持ってきてくれた情報を元に今後の作戦を練る為だ。情報を知らずに作戦を練るのはバカのすることだと『閣下』はよく言っていたのを思い出す。


大佐の力はよく知っているし、ユェンヂーの統率力に関しても熟知しているつもりだ。戦闘ともなればまず間違いなく大佐が勝つだろう。友人としては、この世界に来た数少ないかけがえない戦友を失うのは心もとない。


できれば、一杯酒を飲み交わして語らいたかった。


「少佐! 少佐!!」

 

思いふけっていた私の耳につんざくような声が入ってきて現実に帰ってきた私は、ボロボロになったカラミス大尉を見て絶句した。救援に向かった大尉がこの状態になるとは思ってもみなかった。これは私の落ち度だ。アイツは余程の策を施していたのだろうが、大佐や率いていった2万の将兵の安否が気になった。


満身創痍の大尉は、肩で大きく息をしながらも上司たる自分に報告すべく口を開く。報告はどんなに悪いことであろうとも正確に報告しろ、対処は私が考えると常日頃口酸っぱく言っていた。


「報告します! 我が隊五千を含め、べノン大佐隊二万が、『たった一人の為に』全滅しました!!」


息も絶え絶えに放たれたその言葉に、私は一瞬何のことだがワケが分からなかったが、その意味を理解した瞬間「そんな馬鹿なことがあるか!」と吠えていた。


100歩譲って大佐が敗れたとしても、大佐とて人間であるから一度や二度は負けることもあろう、完璧な人間などこの世にはいない。


その事実を知ると同時に、世界に5本の指に入る大佐率いる精鋭や援軍にやった者達を葬った者の正体が知りたくなった。大佐がこの世にいないことに絶望したが、気丈を振舞った。


「参謀はどんな事態になろうとも冷静でいろ。でないと最善の策など思い浮かばんぞ」


『閣下』の言葉が不意に脳裏に聞こえてきた気がした。


「いったい誰が大佐を倒したのだ?」


努めて冷静に振舞って尋ねるが、大尉は何故か言いにくそうに困惑していた。実は大尉も私のいた世界から迷い込んできた者の一人であるので、もしかしたら知り合いの一人にでも会ってそれで言いづらいのかと思っていた。


「そ、それが・・・・・・その者の戦袍に家紋が・・・・・・それで・・・・・・」


大尉は言葉を詰まらせ拳を強く握っていた。私は大尉が自ら口を開くのを待つことにした。今思えば「早く言え!」の一言でも言えば良かったとか色々な思いを巡らせることができるが、その当時は緊急を要する以外は当事者自ら言わせることにしていた。


あの時も緊急事態ではあったが、相手はユェンヂーであるから無理は追撃はしてこないと踏んでいた。アイツは無益な殺生やアホなことはしない。


それから数十分くらい経った頃だろうか、大尉が重い口をついに開いた。


「か、家紋は、『紅十字龍紋くれないじゅうじのりゅうもん』!」


その時の私は時間を忘れて立ち尽くしていたのを覚えている。そして「そうか」とだけ呟いていた。


これまでの出来事が全てあの方の仕業であるなら合点がいく。


「しょ、少佐。大佐達は・・・・・・」


ふぅ、と息をついた私は「大事無い。大小の負傷はあるが、皆生きている」


それを聞いた大尉は良かったと言わんばかりに腰を抜かして大きなため息をついた。安心しきっていた彼に、私はリリアン中尉を呼びにやった。


リリアン=イースト中尉は私が最も信頼を置く部下で、作戦の立案から有事の際の相談といった諸々の事案を話せる者である。


やがて数分もしないうちに彼女が大尉に連れられてやってきた。挨拶もそこそこにまず私は大佐達の無事を彼女に伝えると、彼女は良かったと一言呟いて眼に涙を浮かべていた。



「感動しているところ悪いんだけどさ、中尉。ホアスネイティアに向かっている戦闘狂を止める方法、ないかな?」


その発言は、せっかくの感動場面をぶち壊すのは十分なものであり、ジトーっとした眼で私を睨みつけていたから少しの気まずさを覚えて視線を逸らした。


「それ、本気で言っているのですか?」


「あぁ、本気だ」


戦闘狂ロイエル=ダスティン中将が共和国東部戦線最重要拠点に向かっているという報告を聞いたのは昨日のことだ。彼のことだから1週間もあれば到着するだろう。


防衛隊長ディアン=クレイス大佐はその筋での才能に長けていると聞く。彼が関わってきた戦闘の記録を見る限り殊防衛戦に際しての勝率は9割と高い。


しかし、ここで彼が仆れてしまうと共和国首都バラスに一気に畳み掛けられてしまうほど一直線の平野が続いてる。つまり、東部戦線の命脈というわけだ。


私は正直彼のやり方がシンレイ少佐を100倍凶悪にしたものであることで気に入らない。大佐もどうやら同じだったようで、彼の戦果報告を聞くたびに苦虫を噛み潰したような顔になっていたのを覚えている。


リリアン中尉はジーッと私を睨んだ後、はぁ、とこれみよがしに大きなため息をついて額に手を当てていた。


「大尉が私を呼びに来るから何かと思えば、全く」


悩ましげにねちっこい説教を数分間それこそ小姑のようにまくし立てた後、「それで、私は何をしたらいいのですか?」と聞いてきたので、彼の進行を1週間遅らせてくれと頼んだ。


「また無茶な注文を・・・・・・」


暫く俯いていた彼女は「1週間だけでいいのですか?」と聞き返してきた。


「何なら2週間くらい遅らせてやりますよ。あのうすらハゲの豚野郎には恨みつらみが山ほど・・・・・・」


り、リリアン。なんか、禍々しい何かが出ているよ? その笑顔も、なんか怖いよ。とは口にも出せず、「た、頼むよ」というのが精一杯だった。


邪悪な笑顔を浮かべて下がる中尉を見送ってから、大尉が大丈夫かと恐る恐る私に聞いてきた。多分大丈夫だろうと答えておいた。


「さて、大尉。こちらも誠意を見せねばなるまいよ」


「と、言うと?」


「ジョン=マクベス少尉以下のウチで預かっている共和国軍将兵30名を引き渡す」


最初こそ驚いた大尉であったが、さもありなんと早速手続きに入ってくれた。


私は席を立つと空を見上げた。雲一つない快晴の空は、まるで私の心を表しているかのように澄んでいた。


「閣下・・・・・・」


それから4日が経った頃に私の元に閣下からの書状が届いた。そこには引渡し場所と捕虜との交換についてが書かれていた。


そのことを太尉に伝えるとともに、中尉から戦闘狂の進軍を2週間くらい遅らせてやったと光悦に浸った顔で報告を受けて彼女が全体どういった手段を使ったのか興味を持ったが、何故か私の心が警鐘をやかましく鳴らしていたので止めた。


邪魔するぞ、と私達の前に若い女性将校が姿を現した。マリア=ヴェルディア中将という大佐の親友であり、私の理解者の一人でもある。


「これは中将。今はヘルマン峠攻略中では?」

「友人が敗れたと聞いてな。いてもたってもいられなくて」

「だったら直接向こうに行けばよかったじゃないですか」

「バカ言え。向こうにはアイツを倒した奴がいるんだぞ。そう迂闊に戦えんさ」


中将は戦闘指揮官として優秀なだけではなく、一人の戦士としても『帝国四将軍』の一人としてその武を世界に知らしめている。


ただ、大佐のこととなるとたとえ作戦中でも彼女のもとへ駆けつけてしまうきらいがあるが、副将や配下の者達はよく心得ているようで事前にこちらに連絡してくれる。そのおかげで向こうとの親友がたくさんできたが今は置いておく。


「それで、アイツを倒したのは誰なんだ?」

「・・・・・・私の師に当たる方です」


私の言葉に興味を覚えた彼女は色々と聞いてきた。どんな奴なのか、とか、強いのか、解か根掘り葉掘り聞かれた。私は閣下の今後に支障がない程度に彼女に答えた。


戦いたい!と言い出した彼女であるが、私達三人は宥めてどうにかしようとした。それでも納得しなかったので、私は戦闘はダメだが遠目から閣下を見るだけなら四日後に会う約束がるのでついてきていいですよと言うと、分かったと言って引いてくれた。


そういうことになったので、大尉に言伝を頼んで下がらせると、彼女と一献引っ掛けた。


「中将の扱い、手馴れてきましたね」

「そうかな?」


私の横でスヤスヤ可愛い寝息を立てて眠っている中将を肴に酒を飲む私に中尉が感心したように呟いた。まぁ、本当は大佐から中将は酒に弱いから何かあったらとりあえず酔わせて寝させれば何とかなると以前聞いたことがあったから実践しただけでなんだよなぁとは言えず、笑ってごまかした。


「明後日ですね」

「あぁ、そうだな」


それから会話は途絶えた。私達は黙って酒を飲んでその夜を過ごした。







約束の日になった。


内心ドキドキしながら目的地に向かっていたのを今でも思い出す。色々な思いが私の中を駆け巡っていただろうが今ではよく覚えていない。


私が気づいたのは大尉に小突かれてからだった。どうやら場所についていたようだ。


「大佐! ご無事ですか!?」


私が駆け寄ると大佐は以前よりも元気になっており「世話をかけた」と優しく肩を叩いた。


眼線をかつての友に移し「すまないピィェンガン。迷惑をかけた」と告げた。


「気にするなよ。それよりも」と、友は道を開けてある人物と私を対面させた。


その人こそ、私が長年もう一度会いたいと願っていた方であった。


「ジュンイチ。元気そうでなによりだ」


あの時と変わらぬ姿を見、声を聞き、あぁと声を漏らして感激のあまり涙を流した。


「まさか、生きて再び『閣下』にお会いできるとは・・・・・・。このクサノ、感激しております」


「固い奴だな。まぁ、俺もお前に会えて良かったよ」


そう言って、閣下は私の肩をポンポンと叩いた。


「べノン大佐以下2万の将兵はこの通りお前に託す」


私は大佐達がすっかり元気になっているのを確認し、畏まって頭を下げて、その好意に応える。


「ジョン=マクベス少尉以下、帝国軍捕虜30名をお返しします」


私の合図と共に大尉がマクベス少尉らを解放した。確認した友は確かにと頷いて彼らを引き取った。


マクベス少尉は涙ながらに己の愚行を詫びるが「気にするな」と友は彼らを労った。やはり、アイツはこの世界でも変わらずにいることが嬉しかった。


私はところで、と前置きして


「ホアスネイティアに5万の軍団が向かっているそうだ。急がないと手遅れになるぞ」と言った。


「いいのか? そんな情報、敵に漏らして」


当然訝る友であるが、私は空惚ける。


「戦友に独り言を言っただけだが?」


「独り言なら、アタシは咎めるわけにはいかないわ」


大佐は大佐で私の意図を知ってクスクス笑って知らん顔を決めていた。これ以上事を運ぶ気は毛頭ないようだ。戦いたくないという表現の方が正しいか。


「急いだほうがいいな。防衛戦は準備で全て決まる」


閣下の一言をきっかけに両軍それぞれ旅路に出た。我々は体制をたてなおす為、友は次の戦場へ。


「あ、あの! 『閣下』!!」


しかし、どうしても我慢が出来なかった私は大佐に一言断ってから閣下のものに向かった。何だと振り返った閣下に、私は自身の思いをあの人にぶつけた。


「俺は今帝国の軍人ですが・・・・・・俺が成すべきことを済ませましたら、また『閣下』の元に戻ってきてもよろしいですか?」


それは、偽りのない私の本音。また一緒に閣下とともに戦場を駆け巡りたいという私の思い。


私の両の眼は決壊寸前まで溜まっており、一つ何かあればたちまち溢れてまっただろう。


閣下の答えが返ってきたのはそれから間もなくであった。


「そうだな・・・・・・。お前がお前の仕える国でやるべきことを全て終え、三軍を統べる将となった時に来い」


そう言って、閣下は愛刀『龍牙』を鞘に入れたまま私の前に突き出した。それを見た私は感激し、自分の腰に履いていた刀を閣下の『龍牙』に軽く当てた。


それは、私が閣下の部下となった時に記念で頂いた『藤朝臣相模守翔龍』という銘の閣下お手製の太刀であった。


「待っているぞ」


「はい!!」


私は力強く答えて閣下達と別れた。









「ジュンイチ。彼は一体何者なんだ?」

「どうしたんですか? 急に」


道中、大佐が不思議そうに私に問いかけてきた。


「アタシの技を切り裂いたり技をそっくりそのまま返すなんて、一体どういう魔法なんだ??」


それを聞いた私は思わず腹を抱えて笑ってしまった。何事かと振り向くものや、不謹慎であろうと非難の眼を向けるもの、そこまで笑わなくていいだろうと大佐の目。


しかし、笑わずにはいられなかった。過去に一度だけ見たことがある、相手の技を完全コピーして繰り出すことや、万物を切り裂く剣技。


伊達に私の愛する国を古来から守ってきた一族に名を連ねているわけではないのだ。


「いや、失礼。ですが、あの方に必殺の魔法は禁物ですよ」


「おいこら、それどう言う意味だ」


あら、食いついてくれてありがとう大佐。これならこの退屈な帰り道を閣下の話で過ごすとしましょうと私は心の中で呟いた。


「少佐、俺もあの人の話聞きたいです」


「私も!!」


大尉と中尉も食いついた。


「ジュンイチ。アイツのことを詳しく話してくれ。気になってしょうがない」


「承知しました。お話しましょう。そうですね・・・・・・」



そうして、私は陣に着くまで閣下の話を話した。

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