見つかって……?
人ごみを少しさけて、広場の噴水に腰を下ろし、途中で買った林檎を口に運んだレオンは、視線を感じ周りを見回した。
通りがかりの人たちが、チラチラとこちらを見ていく。特に男連中が多い気がする。
その視線の先には、腰掛けた噴水の水に自分の姿を映しているセレスティアがいる。
よほどうれしかったのか、先ほど貰った髪飾りを映す様に水面を覗き込んでいる。首にはレオンから貰った青い貝殻のペンダントが揺れている。
あまり水面に顔を近づけすぎて、ペンダントが水につきそうになってあわてて押さえるが、今度は袖が濡れそうになって1人ワタワタしている姿が微笑ましい。
「安物なんだけどな」
「そんな!とてもうれしいんです」
レオンのつぶやきに、セレスティアは即座に返した。
「初めて私の為に選んでもらったんですもの。すごく、すごくうれしいんです」
そう言って満面の笑みを浮かべた。
初めて『外』に出て、この1週間で今まで一番楽しくて幸せなのだと、初めて見た海や、賑やかなこの港町で見た驚きを、『一生懸命』と言った表現が合う様に、レオンに語るのだった。
そんなセレスティアに時々茶々を入れながら話を聞き、途中で買った果物や菓子を勧め興奮冷めやらぬセレスティアを落ち着かせる。
そんなほのぼのした時間を過ごしていたその時だった。
『セレスティア様!』
男女の声が同時に響き渡った。
一人はこの3日間、散々怒鳴り散らされ耳についたセレスティアの侍女ミリィの声だ。もう一人は……。
もう一つの声の主を目で追うと、広場の先に数人の兵を引き連れた、歳の頃レオンと同じかいくつか上に見える青年が、驚いた顔でセレスティアを見ている。
セレスティアもミリィも驚いた顔で青年を見ていた。
「サーバル!」
レオンの声に、セレスティアの視線は青年から離れた。そして、その声に反応してミリィに付いていた船員サーバルが、突然彼女を抱えて反対方向へ走った。
それと同時に、レオンもセレスティアを抱え、サーバルとは別の方向へ逃走を開始した。
兵士は、何事かと狼狽えていたが、青年の的確な指示で二手に分かれ、追跡をはじめた。もちろんあの青年はレオンとセレスティアを追って来た。
「やっぱ、こっちに来るか」
サーバルは、仲間内で一番の逃げ足の速さだ。ミリィ一人抱えていてもうまく切り抜けると確信している。
レオンもセレスティア一人抱えていても逃げ切る自信はあった。そう、逃げ切れると思っていた。
「ち、意外としつこいな」
数秒で他の兵士は撒けたが、あの青年だけはまだ追って来ていた。
「どういった知り合いだ?」
レオンの問いにセレスティアが答える。
「国の、王家直属の親衛隊長です。私の家庭教師も努めてくれた事もあって……、私が知る…数少ない人物の一人です」
「ああ、なるほど」
職務柄か、旅装束の彼女を見ても見間違える事は無いという事。そして、安否のわからなかった姫を目の前にして、見知らぬ男に連れ去られるのを見過ごすわけにはいかないという事か。
それよりも、セレスティアの最後の小さかった声が耳に残る。
半分担ぎ上げてる感じで、肩にしがみついている形なので表情は見えないが、担ぎ上げられて走っている事への不安とはまた違う緊張感が、掴んでいる手から伝わってきた気がした。
そんな事を考えながら、裏路地などを駆け抜け、街を抜け、船を泊めていた港とは別の人気の無いところへ出た。
セレスティアは、徐々に息が上がっていくレオンの服にしがみついて、不安そうに覗き込む。
そんなセレスティアにいたずらっぽい笑顔を見せたかと思うと、突然足を止め、追って来た青年に向き合った。
相手もだいぶ息が上がっているようだったが、足を止め腰の剣に手をかけ、ゆっくりとひと呼吸してレオンに問う。
「貴様何者だ?その方は貴様のようなやつが軽々しく触れていい方ではない。即刻引き渡せ」
低く威圧する声で、レオンから目を離さない。それをかわすように、返答した。
「オレはアンタみたいに、かたッ苦しいやつは苦手なんだよなぁ。おまけに引き渡せと言われても、オレは手に入れたものはそう簡単に手放す気はない」
殺気を肌に感じる。マジで怒っているのがわかる。
腕の中でセレスティアの体が強ばるのもわかった。
「オレから奪えるものならやってみな!」
そう言い放った次の瞬間、レオンはそのままセレスティアをしっかりと抱き込む形で後ろへ飛んだ。切り立った崖へと。
青年の目が驚愕に見開かれ、セレスティアを掴もうと手を伸ばすがそれよりも遠く、崖から離れ海へと落下した。
「セレスティア様!!」
崖の先へ駆け寄り、下を覗き込む。その顔は驚きと安堵、そして憤怒の顔へと変わった。
崖の下には一艘の船があり、広げられた帆の上にうまく飛び降り、そのままつかんだロープをうまく使って甲板に下りるのが見えた。そして船はすぐ陸を離れた。
セレスティアの無事と彼女を連れ去った男への怒りが青年を満たしていた。
すぐ踵を返し、船を追う為の手配に向かった。




