解き放たれて……?
大股で二人の傍へ寄ると、先ほどの親しみやすいと思った顔は一変し、少女から侍女へと視線を移し、尋ねた。
「んで、あの船は隣国へ嫁ぐ姫君の一行だって聞いたんだが、当の姫さんになんでこんな囚人みたいなもんがつけられてんだ?」
びくりと体を固くする少女を、抱きかかえるようにかばう侍女は、しばし考えあぐねていたが、その重い口を開いた。
「……姫様……セレスティア様は、幼い頃からこの枷をはめられてお暮らしでした」
「はぁあ?!」
そこにいた者達の口から一斉に上がった声に、侍女は今までたまっていたものを吐き出すように話し始めた。
侍女が城にあがった時には既に枷がはめられたままで、その頃はまだ存命だった乳母から聞かせられていた事を含め、今に至るまでを語った。
母親である王妃は、セレスティアを生むと同時に亡くなった。
元々政略結婚だった為か、父親である王は、早々に幾人かいた側室から一番寵愛していた者を正妃とし、翌年には世継ぎをもうけた。
その間にも王はセレスティアを顧みる事はなかった。
ましてや後妻である継母も、接して来る事もなければ、自分が子を授かった事でますますセレスティアを城の奥へと追いやった。
さらに継母は世継ぎをもうけた事で地位を不動のものとしたせいか、王に進言した。表向きはいずれどこへ嫁に出しても恥ずかしくないよう『教育』。実のところは政治の『駒』として、従順である様にと。
その為には自由に動き回る事も必要ないと、足枷をはめて常に部屋に閉じ込めた。
セレスティアの身の回りの世話をしていたのは、ほとんど乳母一人だったが、セレスティアが5歳になった頃には、乳母の年齢のせいもあり、当時12歳だった孫を城に上げ、侍女として育てた。
4年後、突然乳母が亡くなってからは、彼女が1人でセレスティアの世話を受け持った。
出会った頃はまだ幼かった彼女も、妹の世話をする様に話し相手や遊び相手を務め、乳母が亡くなってからは姉の様に、母の様にただ1人の味方として守り育てた。
城から、まして部屋から出る事もかなわなかったが、セレスティアは乳母と侍女のおかげで、城の奥でささやかではあったが幸せに過ごしていた。
しかし、16歳の誕生日を迎えた今、とうとう恐れていた話が持ち上がった。
隣国ナザルへの輿入れ。
相手はその国の王。しかも自分の父親の二周りも上の年齢だと言う。
それからはあっという間だった。
知らされた1週間後にはあの船の中だったのだ。
その場で話を聞いていた男達は、言葉を失っていた。ただ一人を除いて。
「そーりゃ、笑う気にもならないわな」
そう言って突然侍女から引きはがし、セレスティアを抱き上げた。
「なっ?!」
驚く侍女を尻目に、セレスティアを抱き上げたまま部屋の外へ出た。
「歩く事も出来ず、ずーっと部屋に閉じ込められてたんじゃ、人形みたいになるのも無理は無いよな」
大股で船の上で作業していた船員達を尻目に、船首まで歩みを進めながら話しかけた。後ろからは慌てふためいた侍女が、金切り声をあげながら追ってくる。
「ほら、見ろよ!ここは周りになんにも無い、海の上だ!」
そう言われて改めて周りを見回すセレスティアの瞳に、明らかに今までと違う光が宿ったようだった。
目の前に広がるのは、空を流れる雲と、一面の水。
右も左もただただ広がる水と空。
「……う……み?」
お話でしか聞いた事のなかった海。
「ああ、お前が住んでた城の狭い部屋とは違う、壁もなーんもない、海のど真ん中だ!」
城の部屋を狭いと言い切った彼の肩を震える手でしっかり掴みながら、体を少し前に船首のさらに向こうを覗き込もうとするかのように見つめた。生まれて初めて見る「外」の世界を。
そのとき、船首に当たった波が思いっきり弾け、頭から塩水をかぶった。
「きゃーっ! 姫様っ?!」
ずぶぬれになった二人に侍女が駆け寄る。
「……つめた…い」
「あははは! わりぃわりぃ、ずぶぬれになっちまったな」
空いている方の手で、ずぶぬれで顔にかかったセレスティアの長い髪を手グシでかき分けてやる。
セレスティアは少し驚いた表情をしていた。唇に付いた水滴が口に入った。
「くすっ……」
侍女の足が止まる。
「くすくす……しょっぱい」
外に出るのも初めてなら、頭から水を、しかも海水をかぶるのも初めてだった。
海の水も話に聞いてはいたが、本当に塩辛い。
城の窓からみるのとは違う広い空。まぶしい太陽。
「本当に、お水が塩辛い」
少しぎこちない感じはあるが、小さな花がほころぶように笑うセレスティアに、侍女は大泣きだった。
「生きてりゃまだまだ面白い事はあるぜ」
そう言って彼は頭をなでた。その手がとても気持ちよかった。




